第10話 レッツーバーベキュー!
なんとバーベキュー当日となった。
勉強を頑張っていた東雲姉妹であるから、ご褒美としてちょうどいい機会になるだろう。
目的地までは、俺が車で送った。慣れない運転で、大丈夫かどうかと、不安になったものだ。無事辿り着けただけで花丸だろう。
「食材、これでどうかな?」
キャンプ場について早々、東雲姉妹は食材を広げ出した。
「なかなか豪華なもんだな」
肉から野菜まで、バラエティ豊富な食材たちが、クーラーボックスに詰め込まれていた。高そうな食材も散見される。かなり買ってきてくれた。ありがたいものだ。
「でしょう? ふたりの貯金を切り崩した甲斐があったわ!」
「推しへの軍資金が……」
東雲妹たる愛弓は、食材を前にテンションが下がっている。
「そこまで落ち込むなら、無理しなくてよかったのに」
「お兄さん先生への月謝代わりだから。仕方ない」
「愛弓! そんな不本意そうにいったらだめよ! 純矢さん、かわいそうでしょう?」
「でも……」
負った傷は深かったらしいな。いまや食材も高くなってきているしね。
「愛弓ちゃん、食費の件はいったん忘れよう! せっかくのキャンプ。楽しまないと損だよ?」
「う、うん」
双子で歳が変わらないとはいえ、愛弓の方が幼いというのは否めないな。
こういう状況で、よくいってくれた苺。ナイスサポートである。
「兄貴、こういうのは年長がサポートするんだよ」
「はい……」
「いいじゃない、苺ちゃん。私たちがこれから純矢さんを変えていくんだから」
「それもそうだね!」
この場はどうにか丸く収まった。
三人から視線を外す。ぐるりと一周、遠くを見やる。
広がるのは大自然だ。家族連れから大人のグループまで、幅広い人がやってきている。
テントがあちこちで設置されているのを見るに、泊まりの客も中にはいるのだろう。
耳を澄ませば、鳥の鳴き声に川のせせらぎ。
「ふぅ……」
深呼吸。新鮮な空気に、生き返る、などという陳腐な感想を抱く。
バーベキューをするにも、アウトドアを満喫するにも、最高のロケーションといえよう。ちゃんと場所を選んでよかった。
きょう、赤坂純矢を含めた四人は、日帰りの予定である。さすがに、女子三人と俺で同じテントというのはよろしくないし、そもそも今後の予定の問題もあるし。
三人に視線を戻した。
本日は暑い。五月とはいえ、初夏並みらしい。ゆえに、全員やや薄着だった。
苺はTシャツにズボンというラフな格好。見慣れているやつだ。
李里花はちょっと派手な格好だ。露出が多く、目のやり場に困った。シースルーというやつだろうか?
愛弓はややボーイッシュな服装だった。どこか暗さを隠しきれていないところがあった。
俺の服装は、苺に見繕ってもらった。
「こんなダサい格好、ふたりに見せられないよ!」
と、当初着ていくはずだった服は、無惨にもクローゼットに押しやられた。いちおうマシな格好ではあるが、ちょっと厚着かもしれない。まだ午前中だが、すでに暑い。
「じゃ、準備して行きますか」
「りょーかい、兄貴!」
「うん!」
「う。すぐやる」
車から、おおよその荷物は取り出していたが、何度か荷物を取りに戻った。
全員、キャンプ経験がそこそこあったので、想定よりスムーズにことは進んだ。事前準備の賜物でもあろう。
火をつけてからしばらくして、食材を焼き始める。
「よく燃えてるな」
「地球の力。人類の叡智。生命を感じる……」
「だいぶスピリチュアル色が強いな」
「私はミステリアスだから」
愛弓はやや表情を変えた。ドヤ顔だ。
「だから自称ミステリアスっていいたくなるんだよ」
「お兄さん先生がどういうおうと、私は貫く」
「意地を張ってもなんにもならないぜ」
いいつつ、肉を箸でひっくり返す。
苺はというと……。
「おい、もうデザートか? 肉も野菜も食べてないのに」
「だって火が通るまでに時間かかるんだもん」
「ほんとそれなぁ〜! 純矢さん、人生賢くね」
女子ふたりチームは、中盤戦以降に繰り出すはずのマシュマロに手を出していた。反則プレイを疑うような行動だ。
「おいしぃ〜」
「マジやばいんですけどぉ」
せっせとこちとら愛弓と料理をしている横で、マシュマロに逃げる(?)のをやめないふたり。
「お前ら、働かざる者食うべからずだぞ」
「兄貴、マシュマロ焼きは立派な労働だよ?」
「御託はいいから手伝ってほしいのよ。下手に放っておくと焦げるからな」
「まぁまぁ、そういわないでよ純矢さーん」
「うがっ……!」
突然口に、なんか突っ込まれた。薄い皮から、ジュワッと熱いものが漏れ出す。
焼きマシュマロだ。
「お、おいしい……」
ゴタゴタいってしまったが、このおいしさを知ってしまったら、野菜とか肉とかどうでもよくなるかもしれないな。
「どう? アーンの感触は」
「あ、そういえば」
あまりにも突然だったので意識していなかったな。
「これもデートの予行演習だよ、兄貴。いずれアーンをされるかもしれないんだよ? いい機会だったね」
「そ、そうだな」
「純矢さん、顔赤いよ? ちょっと意識したね」
「先生に生意気な口を聞くもんじゃないよ」
そういって誤魔化した。残念ながら、苺が前にいった通りだ。俺はウブらしい。
「お兄さん先生、イチャイチャして熱くなるのはいいけど、食材はもっと熱くなってるから」
「いっけね」
急いでひっくり返す。愛弓は半分くらい処理してくれていたが、残りまで手は回らなかったらしい。
「ちょっと焦げちゃったな」
「許容範囲。むしろこんがりの方がいい」
「ダメじゃん兄貴ぃ、仕事はしっかりしなきゃあ」
「労働を妨害した口がいえたもんじゃなかろうに」
「いい思いをしたのに、それはないんじゃない?」
「ぐぬぬ」
家庭教師を始めて以降、兄としての威厳が失われつつある気がしてならない。これは俺の勘違いではなく、事実なんだと思う。悲しいことではあるが。
時間をかけて、両面じっくり火を通していく。
さすがの苺&李里花も、焼くのに協力してくれた。マシュマロという誘惑に抗えなかっただけなのだ、彼女たちは。
「そろそろ、いただくとするか」
皿に焼けたものたちを取り分けていく。湯気が上がり、焼けた炭の匂いが鼻を通り抜けていく。
俺たちはバーベキューに来たのだと、ふたたび実感するのだった。
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