第9話 ゲームに勤しむ兄貴と苺!

「大型連休〜大型連休ぅ〜」


 東雲姉妹たちが帰った。我が家にいるのは、苺と俺だけである。両親はいつものように仕事だ。


「楽しそうだな」

「当然でしょう? 年に一度のフィーバータイムだもの」


 大型連休の到来は、俺も苺も東雲も、誰も彼もが喜んだ。何度も口ずさみたくなるような、素晴らしい響きだ。


 しかし、連休だからといって、やらねばならぬことをスルーしてよいわけではない。定期テストまでに残された時間は、そう長くはないのだ。


 東雲姉妹を例にとると、十連休をおおいに満喫し、ノー勉になってしまうと。


 定期テストまでの勉強計画が音を立てて崩れる。正直、なんの結果も出せずに終わるだろう。悲惨な結果を目にしたくない。いち家庭教師として。


「苺の高校は三学期制。うかうかしていると、定期テストが悲惨なことになるぞ」

「あー聞こえない聞こえない」

「聞かざるの精神を発揮しないでいただきたいな」


 両手で耳を覆い、俺と目線を合わせようとしない。おそらく現実逃避だろう。


 三学期制ということは、中間と期末を合わせて、年六回も定期テストがあるということ。


 隔月でテスト、プラスアルファ模擬試験(おそらく)。

 

 高校二年生にして、テストに追われる日々ということだ。かわいそうではあるが、どこも似たようなものだろう。苦しいのは、なにも苺だけじゃないのだ。


「大型連休を楽しむには、勉強と遊びと部活。この三本柱でやらないといけない」

「でもそれって理想じゃん」

「だが、現実的にできそうなラインを最初に設定すると、それすら達成できない」

「目標は高く、ってこと?」

「そうだ。無茶無理無謀な目標は、さすがに立てないけどね」


 計画というものは、往々にして達成されないものだ。途中で変更してもいい。とはいえ、ある程度かっちり決めておいた方がいい。と、俺は考える。


「定期テストで目標点を越えたら、せっかくだしご褒美でも用意しておくか」

「でも、大型連休でバーベキュー行くしな」

「そりゃそうか。なら、現金ってのは?」

「ほんと? ほんと?」


 食いつきが半端じゃなかった。お金の魔力というのは恐ろしいものである。


「忘れてくれ。一度金を出したら、苺はつけ上がってしまいそうだからな」

「私を試したってわけ?」

「遠慮の精神を持ち合わせていると信じていたんだが」

「ちぇ」

「脳内はお金で埋め尽くされてるってか」


 貰えるなら貰っておきたいってものか。


「お金が欲しいっていうなら、アルバイトに興味はないのか?」

「ない。だって、働かずしてお金を手に入れたいもの。労働とは敗北と同義じゃないの」

「腐っているな、我が妹ながら」


 ここで雑談を終えて、実際の勉強計画を決める段階に入った。


 苺の場合、東雲姉妹よりかは希望を持てる成績だ。全教科で点数を飛び抜けて伸ばす、なんてのは無理だが。


 英語だけでなく、数学や古文とかも改善の余地があると思われる。そういった教科を、重点的に強化していく。


 強化していきたいところは山々だが、赤点の回避こそ第一目標。現在の学力を鑑みるに、苺とて、得意を伸ばすことだけに注力している場合ではなかった。


 赤点回避が最優先事項。その次が、楽に伸ばせる可能性がある教科の強化。これを元に、計画を一緒に組み上げていく。


「……というわけだ。詰めすぎないように、だが下手にサボると厄介なことになる。ちゃんとやればできる」

「ちゃんとやれば、ね」

「できなかったとき用の計画も立てておいたし、案ずることはないさ」

「計画はさ、立てるときが一番楽しい。だから、実際やるときにやる気があるか不安」

「そのために俺が教える」

「兄貴……!」


 感謝の意を込めてか、力強く握手をしてきた。俺が苺の救世主となれるなら、望んでその任を果たそうではないか。


「気持ちも高まってきたみたいだ。いまから計画をこなしていこうか!」

「そうだね。でも、ちょっと疲れたしさ、これから頑張るから……ゲーム、しようよ」


 上目遣いで、甘い声で囁く。


 こうやって出られると、俺としてはいささか強く出られない。ここでキッパリと断ると、泣き落としに入るのだ。手がつけられなくなる。


 俺が冷徹に振る舞えばいいのかもしれないが、苺のことを思うと、それはできないのだ。なんとも押しに弱い兄貴である。


「わかったわかった。ゲームが終わったら、ちゃんとやる約束だからな。いいな!」

「兄貴だーいすき♡」


 半ば、いやそれ以上に口先だけだろう。


「……よっしゃ、俺の勝ち!」

「ぐぬぬ! でもあれだから! 兄貴は十勝九敗。たった一戦リードしてるだけ」

「勝利数が先に二桁になった方が勝ちだと、苺がルールを定めたんじゃないか」


 ここまで一時間強、有名な格闘ゲームを楽しんでいた。勝利数の差は、一より大きくなることはなかった。俺と苺とでは、ゲームの実力差がほとんどない。ゆえに、なかなか決着がつかない。


 今回は苺が妥協点を見出したが、負けたことに納得がいっていないらしい。


「あーあ、負けちゃったらやる気なくなっちゃった。もう勉強したくないなぁ」

「子どもみたいなことをいうんじゃないよ」

「だってまだ私、未成年だもん。兄貴、大人気おとなげない」

「たった二個下じゃないか。自分で決めたことくらい守ってほしいな」

「じゃ、じゃあコンビニまでお菓子を買ってきてくれたら……」


 この流れはまずそうだ。また泣きそうなフリをし始める苺。


「その手には乗らないぞ。俺は苺のパシリじゃないんだ」

「私がかわいくないって?」

「それは禁止カードだろうに」


 その後、ちゃんと説得したら机に向かってくれた。ごちゃごちゃいいたがるが、結局はやってくれるのが苺なのだ。


 大型連休に向けての込み入った予定も、すこしずつ組まれつつある。


 東雲姉妹、赤坂兄妹のお出かけ。

 

 実際どうなるだろうか。期待と不安が胸の中を渦巻いていた。

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