第14話 決意をしたよ東雲愛弓!
テスト勉強、猛勉強。
苺にとっても、東雲姉妹にとっても、この期間は地獄といってよかっただろう。
もちろん、すべてが計画通りに進んでいるわけではない。サボることも多々あるし、思ったように覚えられないこともある。
計画は往々にして崩れる。自身の能力を過信しすぎることがおおよその理由だろう。
俺とてそのくらいわかっている。が、点数を取らせるためには、彼女らの能力を高めに見積もる必要がある。
「で、できたかも?」
李里花は、成長が止まらない様子だった。覚えようと負荷をかければかけるほど、能力の最大値が向上する。そうして能率を上げる。
要するに、質より量の段階だった。
「やばい。あの子に負けてたら、私の一年間はどうなるの?」
苺はやや不安げだった。
苺の勉強を見続けて、もう何年になるか。新入りの東雲姉に抜かされそうな勢いを見せられると、否が応でも動揺するだろう。
「むむむみゅ」
よくうなるのは愛弓の特徴である。そしてときおり謎の擬音が出る。
彼女は早い段階からスランプの中にあった。やり方が悪いのかと、計画に修正を加えてみても、他のふたりほどの効果は出ない。
傾向は前からあった。
が、もう厳しいところにある。テストまで、あと二日しかない。
「私、馬鹿かもしれない。一生懸命やっても、伸びない」
「ナイーブになるものじゃないさ。テストまで時間はある。最後までやる。それでダメなら次を考える」
「どうせ無理」
これは厄介なフェーズに突入しているらしいな。なにをいってもマイナスに捉えられてしまうパターンだ。
かといって、彼女の手を止めるわけにはいかない。止めたときが最後、本当に結果が振るわなくなる。
たとえ九割九分が絶望だろうと、残りの一分に賭けてみたい。すくなくとも俺はそうだ。
俺がテストを受けるわけではない。愛弓も同じ心情でないと、いけない。
「無理かもしれない。でも、やってみよう。なにもやらなかったら、昔のままだ。結果も大事。それと同じくらい、やってみることも大事だ」
「でも……」
「俺を信じてほしい」
愛弓は俺から視線を外した。
「わかってる。でも、でもお兄さん先生は……」
いって、すこし俯いた。
「ちょっとだけ、ひとりにさせて」
「愛弓!」
下に降りていった。追おうと思ったが、いまは無駄足になりそうである。むしろ逆効果になりかねない。
追おうとする苺と李里花をなだめる。しかし、李里花の方は折れなかった。姉妹として、話をつけたいのだという。
「いいの、兄貴?」
「残念だが、俺の出る幕じゃない。愛弓のことを一番わかってやれるのは、家族だからな」
こういうときに支えてやれないのはもどかしい。いずれ、もっと信頼されて、受け止めてられるようになりたい。
「愛弓が挫折すること、私の中では想定内だった」
苺は、おもむろに語り出した。
「そもそも、自分ひとりでどうにかなるなら、兄貴に家庭教師を頼んでない」
「だよな」
極論、自学自習で事足りるのであれば、塾や家庭教師を利用しない、という選択ができる。
「兄貴なら、きっとふたりを勉強のトリコにできると信じてるから」
「でも、俺はなにも」
「残酷なことをいえば、東雲姉妹って兄貴にとっては他人なの」
だいぶありていにいうものだ。
「兄貴にできることは限られている。干渉するのは自由だけど、制約がある。そのなかで、やっていく」
「俺は俺のままでいい。そういうことか?」
「だいたいね。兄貴は期待通りやってくれてるよ。ちょっと飛ばしてる感はあるけど、熱意と優しさは伝わる」
よく褒めてくれるじゃないか。褒められてもなにも出ないぞ。そういって、俺は笑った。
「東雲姉妹が解決してくれるよ。あと一歩、兄貴は待つだけ」
いわれて、俺は納得した。どれだけ説得したところで、最後に決めるのは愛弓だ。いうことはいったのだ。
愛弓を信じる。完全には信じられていないから、不安になっているだけだ。
「わかった。信じるよ、愛弓を。苺が愛弓を信じているように」
「伝わってよかった」
しばらくして、東雲姉妹が戻ってきた。沈みまくっていた愛弓も、正気を取り戻したらしい。
「私、頑張る。やっぱり、逃げたくない。進んでみなきゃ、始まらない」
こうして、三馬鹿トリオは勉強を再開した。もうブレることはない。あとはテストの日を待つだけである。
ようやく、活路が見えてきた。以前からあったのを、俺は再発見したというわけだ。
テスト勉強は、連日遅くまで続いた。小テスト対策も、俺が面倒を見た。暗記のコツを叩き込み、実践させた。
結局のところ、やるのは彼女たちである。やる気になれば、こちらのものだ。
頑張ったからといって結果がついてくるとは限らないのが残酷なところだが、おそらく大丈夫だ。
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