第13話 お金で釣るけど勉強してね!

 永遠に続くかと思われた大型連休は、残念ながら終わってしまった。連休はいずれ終わるからこそ価値がある。わかっていても、悲しい。


 銭湯エピソードを振り返ろう。


 女性陣は、どうもサウナにも入ったらしい。こんなものだろう、温泉エピソードは。風呂に浸かっている時間以外は、ほとんど一緒に過ごしたのだから。


 ご飯を済ませてから、早々に帰宅した。もうここに泊まって朝風呂も入りたいと苺は抜かしていたが、無理なお願いというものだ。


 我々は、このメンツで泊まることの世間体や今後のことを考えて、渋々帰宅した。


「兄貴、勉強って概念が消えたらなーって思うんだよね」

「勉強は嫌か」

「できることならしたくない」

「みーとぅー」

「同意。多数決により賛成多数。よって可決。勉強は消える」


 我が家にまた三人が揃っていた。


 彼女たちが勉強をしているのは、むろん定期テストのためである。テストなど考えたくないのが本音と口を揃えていった三馬鹿トリオであったが、現実は現実。受け入れねばならぬ。


 そもそも、これまで無視してきた惨憺たるテスト結果に危機感を覚えて、家庭教師をお願いしようという話だった。


 ここで彼女たちがサボっては、まるで俺が家庭教師をする意味はなくなる。


 俺のために勉強してくれ、などというつもりはない。せっかく勉強すると決意したからには、やり遂げるのをサポートしたいというわけだ。


「英語は悪くなさそうだよな、最近」

「うん。文法は暗記が命。いままでサボタージュを決め込んでたのが馬鹿らしくなる」

「かくいう愛弓は、私と小テストを比べると」

「勉強の伸びには個人差があって当然。私なりには成長してる」


 うんうん、と俺は首を振った。苺も聞き役にまわっていた。


 愛弓の言は一理ある。


 が、焦りはある。


 この頃、姉と妹の能力値の違いを痛感することが多い。同じ課題をやらせてみても、愛弓はいまいち振るわない。


 伸びていない、というつもりはない。姉の伸びが早く、かつわかりやすいだけだ。


「まぁ、英語に関してはふたりともいいペースだ。赤点回避が見えてきた。苺はいつも通りで問題なし」


 そもそも、今回は赤点を回避するのが目標だ。英語よりも、他の教科が心配になってくる頃合いである。


「他教科も対策していこうか」

「いよいよね」

「待機してた。このときを」


 英語とて時間はかかっている。他の科目をつめこむのだって、そう簡単ではない。


 今回やるべきは、単純暗記ものになる。社会科目をはじめ、副教科。数学以外といってもいい。


「残念ながら、画期的な勉強法を教えることはかなわない。真面目にガンガンつめこむ。一夜漬けの長いバージョン。姑息なやり方だ」

「姑息でも、点が取れればいまはいい」

「だよねー」

「いうと思ったよ」


 想定内だ。


「姑息だからといって、楽だとはいわない。勉強しなくちゃ、点は取れない。俺ができるのは、それをいかに楽しくやらせるかしかない」

「うんうん」

「承知」

「そこで俺はアメを用意することにした」


 彼女たちに姑息なやり方を求めるなら、こちらも姑息なやり方を講じてみてもいいんじゃないか。


「もし目標を達成したら、次のお出かけ費用は、俺がすべて負担する」

「!!」

「えぁ!?」

「兄貴、正気?」


 お財布はちょっと寂しくなるが、貯めていたお年玉はそこそこある。無用の長物になるくらいなら、有効活用されるべきだろう。 


「モノやカネで釣る。姑息だが、立派なやり方だ」

「違う違う。別にやってもいいんだけどさ、女子高生の出費を舐めてるんじゃないかな」

「そうか?」

「服に食事にアクセサリー、その他諸々考えて。かける三人分いるよ? 万札何枚飛ぶと思う?」


 苺はざっくりと計算し、結果を伝えた。すると、俺の考えを上回る額であると判明した。これはいけない、払えない。


「やっばり、半額負担というのは……」

「ダメ。男に二言はない」

「いや、あるね。時代に取り残されちゃダメだ」

「男女関係なしに、成人なら発言に責任を持つべきじゃない? と李里花は思います」

「やっぱり奢られたい気持ち満々か」


 与えたアメは、あまりにも甘美な味をしていたらしい。いまさら取り上げるのは、難しそうだ。


「じゃあ条件をつける」


 後出しジャンケンだといわれたが、ここはいったんスルー。


「誰かひとりでもダメなら、そのときはナシにしようか」

「「「ダメ」」」 

「揃ったな……なら、できなかった人は全額負担」

「それが落とし所だよ」


 苺のいう通りらしい。納得の表情だ。


「決まりだな。もし全額負担を望むのであれば相応の努力をする。仮にそうであろうとなかろうと、自分のために頑張ろう」

「うん!」

「もち」

「楽しみにしてるからね」

「楽しみにしててね、の間違いだろう。本音が漏れてる」

「あやや」


 これじゃあ、俺が間接的に点を買うようなものだ。何度も使えるやり方じゃない。そして、一度使った以上、今後、次がないとはいい切れないやり方である。


 次にどう対処するか。重要だ。 


 いまは、俺がやるべきことに取り組む。要は後は野となれ山となれ、であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る