第12話 なんちゃって温泉に行ってみるキャンプ帰り!

 水切りで遊び、自然に戯れて走り回る。まるで小学生に戻ったようだった。童心というのは、高校生や大学生になっても、忘れないものらしい。


 幼いころといっても、たかだか十数年前。忘れるはずがないか。 


「帰るぞ」


 日が沈みかけてきたので、そろそろ出ないと夜になってしまう。ここに泊まる予定はない。それに、出るのが遅くなると、渋滞に巻き込まれたときに悲惨なことになる。


 大型連休最中とあって、いつ出ようと道が混んでいるのは確定している。早めに出るに越したことはない。


「ぶるる……なんか冷えてきた」


 李里花はため息交じりにいった。


「兄貴、きょうって寒い日だっけ」

「本来はめちゃんこ暑い。夏が早々に来てしまったような天気のはずだ」 


 天気は夏を思わせるものだったが、東雲姉妹と苺の体感気温は別だった。川に入って、水をかけあっていた。俺も参加していたが、三人とは違って節度をわきまえていた。


 彼女たちにそんなものはない。濡れてしまおうが、知ったことではない。後は野となれ山となれの精神で、水を勢いよくかけていた。当然服はぐっしょり濡れる。  


 色の濃いシャツを着ていたのが幸いだった。他の利用者にとっちゃ、目に毒だからな。


 幸いといっても、濡れて寒いことに関していえば、全然うれしくないだろう。服を雑巾絞りするなり、自然乾燥させるなりしていたが、体は冷えてしまったらしい。


 自業自得といえばそれまでだが、せっかくのお出かけを謳歌するためにはやむをえない犠牲だったといえるだろう。多分。


「体の心から冷えちまったみたいだな」

「寒い、寒い……あったまりたい、サウナでじっくり」

「お、温泉!? 妹よ、なんて素晴らしい提案を!」

「口調が崩壊しているみたいだよ、お姉ちゃん」


 温泉か。


 サウナか。


 冷え切った体には最高だろう。俺はあまり冷えてないからいいが、三人にとってはこのうえない提案だったに違いない。


「兄貴、いまから温泉街にいこう!とびきり効能のある、最高の場所に」


 三人は、もう行く気満々らしい。いまから行ける温泉街なんてあるだろうか?


 いまは大型連休なのである。どこも込み合っているに違いない。


 それに、遠くに出てしまえば、帰るのが日をまたぐことになる。それは避けたかった。


「有名な温泉街となると、距離とか混み具合の問題で厳しいな。残念だけど、今回はパスだ」


 えぇー、という声が重なった。しょぼんと、あからさまに落ち込む三馬鹿トリオ。


「しかしな、俺には代替案がある」

「代替案?」


 愛弓がたずねた。


「近所の銭湯だ」


 銭湯という言葉に、意外なところを突いてきたな、というような反応をした。


「ただの銭湯じゃあない。温泉と銭湯の間くらいと思っていい。本物ではないが、充分楽しめると思う。俺のお墨付きだ」


 兄貴のお墨付きなら、本当にいい店なのか考えちゃうな、と母は冗談めかしていった。


「レビューサイトの評判も悪くない。俺の狭い主観じゃ信用できないなら、他の利用者の感想を見ればいい」

「兄貴を疑うつもりはなかったよ。冗談だって」

「俺は理解したうえでマジレスをしている」

「そういうことね。やっぱり兄貴は兄貴だね」


 ベストな決断はしかねたが、ベターくらいならいける。


 予定変更、問題なし。値段設定、良心的。なんなら値引きクーポンをもらったばかり。常にガラ空き穴場店。こりゃあ行くしかないわけだ。



「予定決定?」

「ああ。帰り道に行くのは楽。あとはみんながいいといえば」


 もちろん、とのことだった。 




 車を飛ばして、目的地へ。俺がよく知っている場所。車で行くのは初めてだ。


「こんなところにあったんだね」

「気づかないよな、気にしてないと」

「大丈夫? ぼったくり店と違う?」

「安心してくれ。あそこは安いし安全だ」


 中に入ると、なんだかんだテンションが上がっていた。


 男、女と書かれた暖簾までたどりつくと、なんだか温泉旅館に来た気分だった。


 それは俺に限った話ではなかった。風呂上りは牛乳にするか、コーヒー牛乳化で議論になる三馬鹿トリオがいた。どうもコーヒー牛乳が優勢らしい。解せぬ。


「風呂から上がったら、下のベンチに集合な」「了解。また後で」

「兄貴、女子は時間がかかるってこと、忘れないでね」



 こうして、いざ温泉タイム突入だ。脱衣場はかなり空いていた。


「ふぅ……」


 体洗いを済ませて、いざ浸かっていく。先にくつろいでいたおじさんが出ていったため、ほとんど貸し切り状態となった。


 目をつむる。湯を体全体で堪能するためだ。体がポカポカする。このために生きているのかもしれない、とすら思う。  


 なにを隠そう、温泉はやはり最高なのだ。


「ん?」


 目をつむっている分。耳に意識がいく。よく注意してみると、なんだか甲高い声が聞こえる。


 聞き覚えがある声だ。もしかすると、女湯の方からだろうか。男湯と女湯をわける仕切りは薄いらしい。


 寄ってみると、より鮮明に聞こえた。


「……って、やっぱりブラコン」

「えーそうかな?」

「ふたりとも仲いいし、その説は濃厚」 

「たぶん逆だよ。兄貴がシスコンだよ」


 なるほどね、との相槌が聞こえた。これは、三馬鹿トリオで確定だろう。疑いようがない。


 こっちには聞こえないと踏んでいるらしいが、残念ながら筒抜けである。人の話を盗聴しているのだから、いささか罪悪感はある。 


 が、自身の評価というのは、気になるものだった。



「そういうふたりは、兄貴のことどうなの?」


 ここにきてストレートな質問が飛んできた。


「純矢さんか……親身でいい人だよね。悪い印象は、あんまりないかな?」


 気を遣ってくれているだろうが、プラスな評価はありがたい。褒められたと思っておこう。


「愛弓ちゃんは」

「お兄さん先生のこと? うーん、なんだかたまにつらくなるときが、ある」

「え」


 想定外だろう。ちょっと辛口の評価に思える発言なわけだし。俺も、心の中で同じリアクションを取ってしまった。


「嫌いじゃない、むしろ好き……でも、弱点を突かれると『やめて、そこはクリティカルヒットだから』ってつい思っちゃう。ちゃんと見てくれていると思うと、より刺さる」


 正論をいえているようではあるが、この感想だと、ちょっと指導を考えたほうがいいのかもしれない。


 俺は深くもたれかかった。すると、床に足を滑らせてしまい、ドボン、とド派手に音を立ててしまった。


「あれ、もしかして兄賞、そこにいた」


 このときは息をひそめたが、出てから詰められて、俺はあっさり吐いた。


 なんだか気まずくなったが問題ない。そのあとに食べたご飯がおいしかったからな。みんな忘れているはずだ、きっと。信じないとやってられないというものだ。

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