第2話 授業料はデートでお支払い!?

「やっほー! 李里花だよ!」

「愛弓。こんばんは、お兄さん」


 東雲姉妹がうちに来た。妹が外で待たせていたのだ。苺よ、俺が仮にノーといったらどうするつもりだったんだ?


「はじめまして、李里花さん、愛弓さん。俺は赤坂純矢。苺の兄だ」

「こちらこそ。話は苺から聞いてるよ! めっちゃ天才なんでしょ!」

「李里花、ちょっと失礼。それにアホ丸出し」

「愛弓って、見た目に反して辛辣なこというなぁ」


 姉妹ならではの親しげな会話だ。トゲはあっても、優しさがある。


 東雲姉妹をひと言で表すなら、光と影、とでもいうべきか。


 姉の李里花は、快活そうな少女である。苺のいう「三馬鹿トリオ」の中では、もっとも背が高い。


 妹の愛弓は、やや落ち着きがある。いささか自信に欠けているように思われる。言葉数がすくなそうだ。


 どちらがよいとか悪いとかではない。両方のよさがある。光あっての影、影あっての光というものだ。


「純矢さんには、もう話は通してあるの?」

「家庭教師をお願いしたい、って話しただけ。詳しいところはまだかな」

「黒縁メガネ、真面目そう……ふふ、頭よさそう、絶対安心」

「なんだか失言を聞いてしまったような気がするんだけど」


 李里花はもう名前呼びだ。距離感を詰めるのが早いな。


 愛弓は……俺を褒めてるのか貶してるのか。頭がよさそう、という部分はいい。前半、つまりはパッとしないという意を、暗に込めている気がしてならない。


 そう考えるのは、俺が卑屈すぎるからだろうか。


「じゃあ、ふたりに説明をお願いしようかな」


 苺がこの場を取り仕切る。


「李里花、よろしく。私、説明苦手」

「いいよ!」


 姉は快諾し、説明を始めた。


「私たちさ、あんまり頭よくないの。だから、純矢さんに教えてほしくて」

「うん」

「もちろん無料タダで教えて、とはいわない。それ相応の対価は払うわ」

「現金、ということかい?」


 東雲姉妹は、「ちょっと違うな」という様子で唸った。


「違う。それはちょっと」

「それもそうか」


 友人の兄に個人的に指導を頼んで、授業料を払ってもらう。


 なんだか、こちらとしても申し訳ないな。バイト探しに明け暮れていた俺としては、ちょうどいい仕事だとは思った。が、苺の友達から金を取るのは、俺のポリシーに反した。


「じゃあ、いったいどうするっていうんだ?」

「え、それは……」


 愛弓は戸惑いを隠しきれなかったらしい。李里花に助け船を得ようとしたのか、しきりに視線をやっていた。


「愛弓、ちょっといいづらい?」

「私の口からは……」


 なんだろうか。いうのをためらうほど、やましいことなのか?


「現金じゃなければ、いったい?」

「えっちなこと」


苺が、ボソッといった。


「や、やめなさい! 東雲姉妹は未成年の高校生で苺の友達だろう。戯言は寝ていった方がいい」


 ふふふ、と姉妹合わせて笑った。俺はからかわれていたらしい。


「半分くらい嘘。正解は、東雲姉妹とのデートする権が与えられる、でした!」

「デート?」


 デート。


 言葉通りに解釈すると、それは恋愛絡みのことだろう。


「って、それはダメだろう。まだ初対面。授業を教える対価とて、越権行為もいいところだ。倫理的にも――とにかくいろいろアウトすぎるんじゃないか?」

「そうかっかしないで、お兄さん。もちろん条件付き」


 淡々とした愛弓の言葉によって、俺は冷静さを取り戻した。


「条件か」

「当たり前よ。私の友達を、兄貴に安売りはしないわ」

「東雲姉妹とのデートは高くついて然るべきだろう。俺じゃ不釣り合いというところだ」


 確かに、といった愛弓。小声だった。ひとり言のつもりだろうけど、残念ながら、俺に向けられた悪口には敏感なのだ。


「……だからこそ、釣り合うようにしていくの」

「どうやって?」

「デートを通じてだよ、兄貴」

「俺のイメチェン計画でもするつもりなのか」

「ビンゴだよ!」


 いわく、苺は俺に垢抜けて欲しいとのことだ。


 しかし、目的も強制力もなければ、俺はやらないと踏んでいた。よくわかっている。


 苦肉の策ではあるが、俺に東雲姉妹の家庭教師になってもらうことが、手っ取り早い。そう苺は考えたそうで。


「兄貴は勉強を、李里花と愛弓はモテ方を教える。等価交換、まさしくウィンウィンの関係ね」

「東雲姉妹は、それでいいのか?」

「じゃなきゃ、ここにいないよ。ね?」

「うん! 私は乗り気! 私の成績アップも、純矢さんの垢抜け大作戦もワクワクするよ」

「……私も。別に本当にお付き合いするわけじゃない。あと、苺ちゃんのお兄さんなら安心」


 意外や意外、プラスの反応が返ってきた。


「つまり、勉強を教えてもらう代わりに、時間を費やしてモテ方をデートという形で伝授してもらうってこと!」

「えっちなこと、なんてのは、だいぶ誤解を生む表現だったわけだ。どこが半分嘘、って話なんだ」

「インパクトが重要だからね。それに、デートってなんかそそる言葉じゃない?」

「俺の思春期は終わったんだ」

「ホントかな?」


苺はそういうが、終わっている……よな?


「話はよくわかった。あとは、細かいところを詰めていくんだったな」

「ふたりはなにが苦手なんだっけ?」


 苺がふたたび東雲姉妹に振った。


 うーん、と双子らしくほぼ同じ姿勢で、かつ似たような唸り声をあげて悩んでいるようだった。


「どう、愛弓。決まったかな」

「そりゃ、ね?」

「せーのでいくよ。多分同じだから」

「そうだね」


 せーの。


「「全部!!」」 

「勢いはいいね。内容は残念だけど!」


 全部か。


 一番困るパターンだ。


 俺は文系であるから、理系の教科はほとんど教えられない。数学ならⅢ以外はいけるだろうが、物理や化学、生物などはお手上げだ。


 教えられるとしても、せいぜいちょっとだけ触れた記憶のある、基礎レベルまでだろう。


「待て、そもそもふたりは文理のどっちだ?」

「うん! 私は理系だね! でも理系科目がてんでダメ! もちろん文系科目もね!」

「私は文系。古文しかできないし、古文もいつも赤点をギリギリ超えるくらい」

「なるほど」


 これはまずいな。


 妹の苺以上である。


 さて、どこから手をつけていこうか。

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