第3話 さっそく決まる授業予定!

 俺が家庭教師をする、東雲姉妹。


 彼女たちの苦手教科は、全部だ。その上、姉妹で文理が違う。文系の俺にとっては、やや面倒なことになった。


 理系の勉強をあまり教えられないとなると、サービスに差異が生まれてしまう。


「なら、まずは英語だけやってみよう」

「英語だけ?」


 李里花の方が反応した。東雲妹こと愛弓は黙っていたが、姉と同様のことを考えているはずだ。


「俺は残念ながら文系。理科科目は、ほとんど教えられない。そして、俺の担当は姉妹の両方だ。どっちもやらなきゃならないのが英語だからな」


 当然の帰結であった。こういう科目が受験に課されていることを、いまはありがたく思った。受験生のときは、「英語よ、消滅してくれ!」と心の中で何度も叫んでいたというのに。


「一科目だけなの、お兄さん」

「愛弓、まずはお試しだ。俺の指導法が、ふたりに合うかもわからないからな」

「お、兄貴が下の名前で女子を呼んでるぅ」

「茶化すな。東雲って呼んだら、どっちがどっちかわからなくなるだろう。かといって、愛弓さん、っていうのも妙だ」


 別に変じゃないけどなぁ、と苺はいった。俺の中では下の名前呼び捨てで違和感はないし、東雲姉妹に断られてもいない。


「いまさらだが、ふたりのことは下の名前で呼んでも……」

「もちろんオッケーだよ、純矢さん!」

「私も。うれしいから、呼び捨て」

「ならよかった」


 無事許可もえられたことだ。このまま貫いていこう、李里花呼びと、愛弓呼びを。


「もちろん、ふだんはこんな初対面から呼び捨てなんてしないさ。東雲姉妹だけの特別さ」


 いうと、なぜか東雲姉妹は赤面した。


「と、特別なのか! 照れるな……」

「お兄さんの、特別……はふ……」


 特別なんて、軽々しくいうものではなかった。いまさら気づいても、もう遅いというもの。


「いや、他意はない! まったく! 微塵たりとも!」

「え」

「それはそれで、嫌……」


 空気を悪くした俺は、助け船を求めて苺を見やる。


「……サイテー」


 苺に軽蔑されてしまった。赤坂家では珍しいことだ。ゆえに、ショックは大きい。


 俺のコミュニケーション能力はまだ成長の余地が残されているらしい。


「まぁ、こういうデリカシーがないところを、東雲姉妹が叩き直してくれるから! 覚悟しといてね、兄貴!」

「お、おう!」


 苺が機転を効かせてくれたおかげで、なんとか持ち直した。不甲斐ない兄貴である。


「じゃあ、教えるのは英語で決定?」

「さしあたりのところはな」


 英語か。受験終了からまだ数ヶ月しか経っていないとはいえ、意外と忘れている事項もあるだろう。弱点補強をしておかなければ。


「次は頻度だよね」

「最初は週二回にしておくか?」

「というと?」

「平日と休日に一回ずつだ」


 俺の新生活が始まって、まだ日が浅い。この生活に慣れるまで、しばしの準備期間が必要だろう。


 初っ端から家庭教師の仕事を飛ばしすぎたらいけない。疲れすぎてしまうかもしれない。


 つまるところ、俺の勝手な事情によるものであった。


「足りないよ兄貴」

「苺よ、なにが足りない? 俺から苺への指導も、だいたいそのくらいの頻度だったはずだ」

「東雲姉妹はね、私がいうのもなんだけど――とんでもなくおバカさんだから」


 本人の前でいうのかよ! と思ったが。


 当の本人たちは、別に傷ついている様子もない。


「否定できないのがきついなぁ」

「いいの、英語や社会ができなくても、私には古典があるから……」

「赤点ギリギリの古典が?」

「うるさい李里花!」


 両手をグーに握りしめ、ポンポンと李里花の背中を叩いて反抗する愛弓の姿があった。


「足りないか、そうか」

「毎日はいると思うな」

「なるほど。だが、実力を調べないと、適正な学習量などわからない。テストをしてから、授業頻度を考え直そう」

「折衷案だね!」


 おバカさん、というのはあくまで参考にしかならない。苺と俺の解釈が一致するとは限らない。自分の目で確かめないことには、話は始まらないというものだ。


「決めた。いまから抜き打ちテストだ。問題を印刷するから、すこし待ってくれ」


 いまや、英語の問題集など、ネットに無料で転がっている時代だ。


 スマホのロックを解除。検索サイトを開く。お気に入りのサイトのなかから、実力を見るのにふさわしいものをセレクト。


 そして、ふたり分のテストを印刷。


「苺もやっておくか?」

「私?」

「いまの実力をはかりたい」

「えー」

「じゃあもう苺に教えることは……」

「うぅ……私もやるよ! 不本意だけどね!」


 半ば無理矢理ではあったが、追加で苺の分も印刷した。


 そういうわけで、新高校二年生女子三人によるテストタイムが幕を開けた!


「はじめ!」


 食卓に三人を座らせ、カンニングしないように俺は監督する。


 時間は三十分。ふつうのテストに比べれば短い方だ。


「……やめ、時間だ」


 いうと、三人は「終わったぁ!」と異口同音にいうのだった。


 回収、採点、返却。


「というわけで、これでおおよその実力をチェックできたわけだが」


 三人分のテストに目を通す。


 点数は、右上に赤ペンで記載した。だから、俺はすでに知っているのだ。


 しかし、こうして三枚並べてみると。


「なるほど、これは毎日教える必要があるかもしれないな……」


 東雲姉妹は、笑えないレベルで悲惨な点数を取っていた。


 妹の苺の方は、前よりはマシだが、それでも滅茶苦茶いい点数、というわけでもなかった。


「さて、どうしていこうかな」

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