あなただけに届く声で、知らぬ間に愛を歌っていた。

歌姫が奏でる平和の歌は国の象徴。姫が十歳になると塔の上から毎朝歌を歌う。それが伝統という鳥籠だった。

歌姫ストレチアはある秘密を抱えている。彼女の傍にはいつも影のように少年が控えている。飛べない翼を頭に生やしたアキレアと、同じく堅牢な鳥籠から飛び立てないストレチア。立場も種族も違う二人が奏でる愛の歌を国民が口ずさんだ時、きっと国の在り方は変わる。

塔に閉じ込められたお姫様。悲観的にも見えるけれど、ストレチアは人一倍気が強い。ただ、現状を打破する術を知らず、与えられた運命に身を委ねて音にならない歌を歌う。彼女には科せられた責務があるし、それを放り出して逃げるほど薄情でもなかった。そんなストレチアを飛び立たせたいと思っているのはアキレアだけではない。曲者の兄や頭でっかちな両親など、登場人物の心象描写は鮮やかで瑞々しい。作中には描かれなくとも、キャラクターたちはその物語の中で経験と時を重ねて息づいている。匂いや温度さえも感じられるような表現力は見事としか言いようがありません。

だらだらと情報が続くだけの地の文は退屈かもしれない。でもこの作品に無駄な部分はありません。カーテンの擦れる音、チョーカーの色、お菓子の匂い。全部、キャラクターたちが息をすることに繋がっている。

4万字弱で世界観にどっぷり浸ることができる希少な作品だと思います。文字だけでで歌や色を感じられる体験を、ぜひ味わってみてください。

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