第6話: 部下が『I・A』が原因で自殺した

 ※この話は掲示板要素と掛け合わせております

 視点が変わるというか、少し混乱するかもしれません




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 1 愚痴


 酒に酔っている

 愚痴を聞いてくれ



 2 ようこそ@境目の領域へ


 >>1

 これは分かる、新参の香り……!



 3 ようこそ@境目の領域へ


 古のインターネッツを知らぬ者が立てたスレだと一目で分かるねコレは



 4 ようこそ@境目の領域へ


 I・Aが原因で自殺とかアリエナイ

 そういうの、非常によろしくない



 5 ようこそ@境目の領域へ


 まあ、落ち着け、どんなモノであれ、それが原因で追い詰められて自殺ってのは古来からの、よくある話だ

 それがたまたまI・Aだっただけの話だろ、いちいちカリカリすんな、I・Aちゃんに怒られるぞ



 6 ようこそ@境目の領域へ


 I・Aちゃんが怒ることってあるんか?

 ワイのI・Aちゃん、これまで一度として怒った姿を見た事がないのだが?



 7 ようこそ@境目の領域へ


 >>6

 唯一怒るのは、境目を壊そうとしたり暴こうとしたりするやつやで。知っていても黙っているなら何もしてこないし、隠しているわけでもないけど、いちいち悪評とか立てられるのは嫌だって前に話してた

 I・Aちゃんからすれば、ここは人々が人々として自我を持ったその時より生じる海辺らしいからな

 その海辺を壊したりするようなやつには容赦しないって話だし、その海辺に来ようとする者たちを私欲で邪魔するやつらも許さんって話や

 まあ、意図的に怒らせようとしない限りはまず怒らんと思っといたらええんちゃう(知らんけど)




 ―――――――――――――――――




「……なんだ? 何を言っているんだ、こいつらは?」



 スレッドを立てて30秒ほどで書き込まれた文字列に、袴田は思わず目を瞬かせた。


 夜遅いし、レスなどほとんどされず、書き込むだけ書き込んで寝ようと思っていたが……まあいい。


 1人でポチポチと書き込むつもりだったが、何の反応もなくひたすら書き込み続けるのも、それはそれで気が滅入るというものだ。


 どうせ……日記帳に書き込む程度の話なのだ


 向こうだって、意味不明な事をいきなり書き込んでくるのだ。だったら、こっちがいちいち気を使って書き込む必要はないだろう。


 固有名詞を始めとして、フェイクを混ぜて個人が特定されないよう気を付ければ問題ない……そう判断した袴田は、そのまま書き込みを続けた




 ――――――――――――――――




 8 愚痴


 ただの愚痴だから、俺からはいちいち返答しない

 それだけだから、書き込めなくなったら寝る



 9 ようこそ@境目の領域へ


 これは……酒に酔っているね



 10 ようこそ@境目の領域へ


 まあ、スレタイが事実なら部下を失くして傷心しているところだし、酒の一つや二つ飲みたくなるだろ

 この人ってけっこうリアリストっぽいしな。飲む量も加減出来るぐらいには頭が動いているし、ある意味生き辛い性格しておるね



 11 ようこそ@境目の領域へ


 あ~、確かにな

 俺も前に働いていた時に部下が事故で亡くなったけど、すげーショックだったな

 たまに一緒に飯を食う程度の関係だったけど、それでも顔見知りが死んだって事実はけっこう堪えたぞ



 12 ようこそ@境目の領域へ


 最初は誰でもショックなんだよなあ……

 まあ、分かってしまえば驚くだけで悲しくはないけど




 ―――――――――――――――




 続々と書き込まれ続ける文字列を読みながら、袴田は……こみ上げてくる苦笑を抑えられなかった。



(あ~、そうそう、こんな感じだった。)



 なんと言えば良いのか、昔に受けた研修の通り……お手本のような脈絡のない流れに、懐かしさすら覚えた。


 こういったネット掲示板(それも、長く続いている)には、独自の言い回しというか、会話の流れというのが生まれる。


 リアル世界で考えてみれば、想像しやすいだろう。



 愚痴を吐きたい → こいつ酒飲んでいるだろ → 俺の部下も前に死んでショックだ → 最初は誰でも(?)



 こんな会話の流れは、正しくネット掲示板特有のやつだ。


 こちらはまだ何も言っていないのに、勝手に盛り上がる……まあ、そういう場所だしソレが当たり前の場所なのだから、気にする方が間違いなのだが。



「……なにやってんだろうなあ、俺は」



 とはいえ、そのせいかちょっと酔いが醒めた。

 しかし、愚痴を零すと告げた手前、何もなく去るのも……そう思った袴田は、欠伸をかみ殺しつつ……ポチポチとキーボードを叩いた。




 ――――――――――――――




 13 愚痴


 詳細は省くが、部下がI・Aの……突然死した

 けっこう前に亡くなったんだけど、今日はフッと思い出してしまって……どうして死んだのだろうか、って



 14 ようこそ@境目の領域へ


 >>13

 ネガっているな、おまえ……そんなネガネガしているから彼女できないんだよ



 15 ようこそ@境目の領域へ


 >>13

 死に特別な意味を持たせるのって、現代特有の奇病だろ



 16 ようこそ@境目の領域へ


 >>13

 どうしてもなにも、死に意味も理由もないぞ

 何時だって意味や理由を見出そうとするのは人間だ



 17 ようこそ@境目の領域へ


 >>16

 そんなカビの生えた禅問答して何の意味があるんや?



 18 ようこそ@境目の領域へ


 意味や理由はないけどそっちが魅力的だから死を選んだっていうのも立派な理由ではある

 それこそ、ガムを踏んだからムシャクシャして首をくくったっていうのも立派な理由だ、周りが認めるかどうかは別として

 結局、当人の中で天秤が傾いたから死を選んだってだけだから、まわりがどうして……って思ってもあんまり意味はないかもね



 19 ようこそ@境目の領域へ


 死を選ぶ理由って、それこそ誰にも相談できない末にってのもあるから、意味は無いってのはないんじゃないかな?



 20 ようこそ@境目の領域へ


 >>18

 どうして……(現場猫)



 21 ようこそ@境目の領域へ


 >>20

 君の場合は残当でしょ

 ヨシ! じゃねーんだよ



 22 愚痴


 しかし、あいつには死ぬ理由がない

 生きている以上は、誰だって死にたくない

 本音では、死にたくなかったはずなんだ

 なのに、あいつは死んだ……事故なのか、第三者による殺人なのか……それすら分からない



 23 ようこそ@境目の領域へ


 I・A事件って、殺人として取り扱われているんか?



 24 ようこそ@境目の領域へ


 >>23

 警察とかは、いちおうそのつもりじゃね?

 オレらからすれば、腹抱えて笑っちゃうぐらいに滑稽な話だけどwwwww



 25 ようこそ@境目の領域へ


 常識的に考えて、警察がI・A事件を事件として取り扱う理由なんて、面子意外に理由がないよ

 これまでそのI・A事件とやらが何件起こっていると思っているのか……でも、警察はマゴマゴしているだけで見て見ぬふりしてきたでしょ

 結局、優先する理由がないわけよ。警察だって暇じゃないし、勝手に死んでいるやつの死亡原因を探れって言われたって知るかって話だよ



 26 ようこそ@境目の領域へ


 ぶっちゃけ、I・A事件とやらで死者が出たとして、誰か困っているやついるの?

 大家とか、そんなんどんな理由であれ死ぬ時は死ぬわけだし、結局は保有している資産にケチが付くから嫌ってだけの話で

 残してきた家族云々だって、そもそもおまえら言える立場かって話よ……はっきり言えば、そうなる結末に追い込んだのもおまえらってだけの話っすね

 警察だって、要はマスコミから無能扱いされるのが嫌だから捜査を続けているだけであって、世間の関心が薄れたら即捜査を解散してぜーんぶ自然死扱いするっしょ?



 27 ようこそ@境目の領域へ


 >>26

 分かるわぁ……

 白々しいったらありゃしない、単純に自分たちが困るから悲しんでいるだけで、あたしが居なくなったから悲しんでいるわけじゃないんだよね

 涙ボロボロ流して別れを惜しんでいる姿見ても、あたしは腹抱えて笑い過ぎて涙流したわwwwww



 28 ようこそ@境目の領域へ


 >>26

 激同

 




 ―――――――――――――――




「……なんだ、何の話をしているんだ?」



 場所を用意した人を抜きにして勝手に雑談が広がるのは、この手の掲示板特有……そこは、特に気にしてはいない。


 気になるのは、会話の内容……そう、雑談であるのは確かだが、どうにもその内容に不自然な点が見受けられる


 なにがどう不自然なのか、どうにも上手く説明出来ないが……とりあえずは、『I・A事件』を取り扱う警察組織や世間に対して不満を抱えているのは見て取れた。



(面子、か。無いとは言えないのが耳に痛い話だ……)



 そして、その不満を明け透けに目撃することになった袴田は……溜息を吐くしか出来なかった。


 袴田の主観ではあるが、この掲示板に書き込まれている意見は間違っていないと思った。


 警察が人員を減らしこそすれ、『I・A事件』から手を引かない理由なんて、面子と矜持意外にない。


 仮に、マスコミを始めとして世間が『I・A事件』を忘れ、報道にも取り上げられなくなれば、どうなるか?



(間違いなく、捜査本部は正式に解体され、事件としてすら取り扱わなくなるだろうな……)



 事実、勿塚が死ぬまでは、己のような戦力外の定年間近な人しか回していない辺り、それがお偉方の本音なのだろう……そう、袴田は苦笑するしかなかった。


 ……だが、同時に、袴田は……沸々と湧いてくる感覚……怒りを覚えていた。


 ここに居る者たちにとって、所詮は他人事だ。それは、分かっている。


 身勝手な感情だというのも分かっている。自分が言えた義理ではない、それも分かっている。


 だが、このように人が死んでいる事を茶化し、警察批判に持って行くのは……警察官としてではない、1人の人間として、許せなかった




 ――――――――――――――




 29  愚痴


 おまえら、なんでそこまで酷い事が言えるんだ?

 人が死んでいるんだぞ、人の死を誰かの批判に利用するのや止めろ!

 



 30 ようこそ@境目の領域へ


 >>29

 で、出た~~!!!!!

 綺麗事言えそうな相手にだけ綺麗事吐いて良い人ぶる性根の腐ったやつwwww

 俺らが屑なら、おまえは卑怯者っしょ? その小奇麗な言葉を、どうしてこんな場末の掲示板なんかに吐きだしてんのwwww



 31 ようこそ@境目の領域へ


 居るよねえ、こういうやつ……

 自分より格下と思っているやつには上から目線で善人面するけど、自分より格上の相手にはペコペコ頭下げて「仕方が無かったんだ……」って感じで物わかりの良い人のやつ

 人が死んでいるなんてそれこそ日常茶飯事でしょ



 32 ようこそ@境目の領域へ


 今まで気にも留めていなかったくせに、いざそれが自分の身の回りに降りかかったら善人の顔をするの、さいっこうに人間らしくて逆に好感持てる

 人なんて多かれ少なかれ、誰かの犠牲や貢献で生きているっていうのにね

 その犠牲や貢献に対しては視界の端どころか頭の片隅にすらないのに、よくもまあ人の死がどうとか言えたもんだ



 33 ようこそ@境目の領域へ


 結局、この>>1も顔見知りが死んだから憤っているだけで、それまではニュースに表示される、○○県で事故があり1人死亡……みたいな感じで、ふ~んって聞き流して飯食って風呂入って寝ていたくせにwwwwww

 素直に、顔見知りの死をダシにするなって言えばいいのに、そこを避けて全体にすり替えるあたり、底意地の悪さが透けてみえるwwww



 34 ようこそ@境目の領域へ


 実際、この手のタイプって口では悟ったような事いうけど、本音は定年まで問題起こしたくないからって割合8割以上じゃない?

 そのうえで動くのは、頭の中で冷静に事が露見しない可能性を計算したうえでのアレだから、余計に性質が悪い人だと思う



 35 ようこそ@境目の領域へ


 まあ、世間ではこういうタイプが善人として見られがちだし、多少はね?




 ―――――――――――――――




 ――頭が沸騰する感覚を覚えるのは、久しぶりであった。



 これが対面であったなら、身体が動く若かりし頃だったら、即座に拳を振り被っていただろう。


 それほどに、我を忘れてしまうぐらいの強烈な怒り……が、しかし、それが表に吹き出る事はなかった。



 ……何故なら、ここに書き込まれている内容は全て……事実であったからだ。



 歳を取ると頑固になる、融通が利かなくなる、それは事実である……が、しかし、だ。


 昔に比べて我慢が利かず、年寄りだからという理由で周りに甘えていた部分がある……それも、薄らと自覚していた。


 物わかりの良いフリをして、所詮は自分の薄汚い部分を隠すのが上手くなった……それも、薄らと理解していた。



「歳を取ったら丸くなる……か」



 なんてことはない、図星を差されただけだ。


 目を逸らしていた己の薄汚い部分を改めて指摘されて、ムカッと腹を立てた……ただ、それだけの話であった。



「それにしても、ネットってのはこうまで明け透けに言葉をぶつけてくるんだな……」



 と、同時に……袴田は、なんと言えば良いのか……実社会ではまず面と向かって(例外があるにせよ)言われない苦言……いや、違う。


 一歩間違えれば乱闘に発展してもおかしくないレベルの嘲笑を、いきなり初手でぶつけられるとは考えてもいなかった。


 おそらく、これがネット世界の特色なのだろう。


 フィルター等を掛けて露出にさえ気を付ければ、プロバイダ等に開示請求をしない限りはほぼ匿名で本音を語る事が出来る。


 利益を得る為の嘘や、意図的に傷付ける為の罵倒、まるっきり愉快犯のデタラメを除けば、それらはけして、嘘ではない。



 そう、本音なのだ。



 それが悪意であれ、善意であれ、紛れも無く本心。面と向かって言わないだけで、内心にて思っているだけのこと。


 思った事をそのまま言葉にしているだけの、ネットの向こうに居る者たちの正直な気持ちなのだということを……袴田は、この時初めて身を持った実感したのであった。



「今の若いやつらは、こんな世界の傍で生きているのか……なんて言えば良いのか……広いようで窮屈なんだな、今の若いやつらって……」



 だからこそ、袴田は……なんとなくではあるが、様々な人たちが『I・A』にハマってしまう心境の一端を知った……ような気持ちになった。



「……勿塚は、どんな気持ちでこういう世界と向き合っていたんだろうか」



 そうして脳裏を過るのは、『I・A事件』の新たな犠牲者となった、つい少し前まで一緒に活動していた部下の……安置室で目にした安らかな死に顔。


 袴田が若い頃にも、陰口等は色々とあった。だが、そんなのはちょっと外に出てしまえば届かない話でしかなかった。


 しかし、今の時代は違う。地球の裏側の情報が翌日にはこちらに届いているように、その広がり方は昔の比ではない。


 それはもう、袴田が認識していたネットの世界ではない。


 もっと広く、もっと深く、言ってしまえば、形を変えたこの世界とは異なる世界なのではないだろうか。



「勿塚……おまえの身に、何があったんだ? 本当に、この一連の事件は全て突然死でしかなくて……不幸が重なった事故でしかないのか?」



 そして、そんな世界を強く認識するのは、己のように、後は余生を送るだけの年寄りではない。



(……そういえば、『I・A事件』の被害者って、比較的年齢が若い人の割合が多かったな)



 実際に、その中で生きるしかない者たちにしか分からない感覚なのではないだろうか……そう、袴田は思うので……ん?




 ―――――――――――――――――




 36 ようこそ@境目の領域へ


 まあ、仕方ないよ

 だってこの人定年間近な警官でしょ?

 それも若い頃からネット社会にはほとんど無縁な体育会系だし、そういう部分が色々と無頓着になるのは致し方ない



 37 ようこそ@境目の領域へ


 そうそう、腕っぷしと強引さで物事を解決するのが当たり前の人だったから……でもまあ、それも仕方がない

 今も結局は腕っぷしだけど、昔はそれが今の比じゃなかったから。俺や俺の上の世代なんて、華奢な男なんてマジで人権なかったし



 38 ようこそ@境目の領域へ


 人間、始めから備わっているものとか、特に努力せずとも得ているものは水や空気のように有って当たり前な感覚になるのはしょうがないね

 何も努力しなくても身長180cmとか成れた人からしたらそれが当たり前で、150,160cmの苦悩なんて想像すら出来んよ



 39 ようこそ@境目の領域へ


 >>38

 これは百里ある

 何もかも持っているやつに限って、「○○なんて無くても素晴らしい」とか寝言ほざくんだよな

 その○○で十分に利益を得ているおまえがそれを言うのかって……



 40 ようこそ@境目の領域へ


 しかし、わざわざご苦労な事だよなあ

 だーれも犯人なんて探そうと思っていないのに、わざわざ存在しない犯人を捜そうだなんて



 41 ようこそ@境目の領域へ


 いや、この人にとっては犯人がいるんじゃね?

 というか、警察としては意地でも犯人が居てほしいんでしょ

 お仲間が死んで面子を潰されたって鼻息荒くキレちらかしているぐらいだし



 42 ようこそ@境目の領域へ


 警察社会ってめっちゃ体育会系だぞ



 43 ようこそ@境目の領域へ


 警察が見付けたいのは事件の真相じゃなくて、警察を含めて世間全般が納得出来る犯人であり、溜まっている不満を溜飲してくれる役目を担う犯人だからね

 ぶっちゃけ、犯人なんて何でも良いんや。最悪、それっぽいのさえ見繕えてしまえばな



 44 ようこそ@境目の領域へ


 >>43

 はあ、マジなんか、それ?



 45 ようこそ@境目の領域へ


 I・Aちゃんが教えてくれたやで

 最悪、犯人が見つからなくて世間の目が厳しくなってきたら、適当なやつを自白させて時間稼ぐって警察上層部は考えているって



 46 ようこそ@境目の領域へ


 >>45

 えぇ……うっそやろ?



 47 ようこそ@境目の領域へ


 >>46

 ところがどっこい、現実……全ては現実……!



 48 ようこそ@境目の領域へ


 ドラマとかではそういう冤罪を生み出した警官とかはクビになったりするけど……




 ――――――――――――――




「――どういうことだ?」



 更新ボタンにてレスを随時確認していた袴田は、会話の流れを見て……冷や汗が背筋を伝ってゆく感覚を覚えた。


 何故なら、どうしてか……ここの人達は、袴田が警察官だと決めつけたうえで雑談を進めている。


 思わず、画面をスクロールして1からレスの内容を見ていくが……やはり、無い。


 己のレスに、自らが警察官であり、同時に、定年間近であることなんて、欠片も臭わせていない。


 なのに、ここに書き込んでいる者たちは一発でそれを当てた。


 いや、当てたという表現は少し違う。


 袴田が警官であるという認識のうえで、誰もがそれを一切疑わずに真実だと認識したうえでの話なのだ。


 当てずっぽうと、性質の悪い連帯感……だとしても、そこに、どうやって定年間近という情報が組み込まれたのか?



「――カメラか!?」



 反射的に、袴田はポータブルPCに内蔵されたカメラを押さえた。





 ―――――――――――




 49 ようこそ@境目の領域へ


 おっ、カメラ押さえてんの? 

 でも、無駄だよwwww



 50 ようこそ@境目の領域へ


 そもそも、カメラ起動してないじゃんwww



 51 ようこそ@境目の領域へ


 ハッキングして無理やりカメラ起動させて、リアルタイムで撮影したソレをこっちに流したとして、それがどうして身バレに繋がると思うのだろうか

 映像見ただけで定年間際だと分かるって、相当な好き者だぞ……



 52 ようこそ@境目の領域へ


 焦るおっさん可愛いね❤ ズボン脱いでケツ向けろおらぁ!! 汚いケツ向けるんじゃねえぞ、この爺が!!!!



 53 ようこそ@境目の領域へ


 >>53

 情緒不安定過ぎ……過ぎくない?



 54 ようこそ@境目の領域へ


 カメラ以前の問題なんだよなあ……



 55 ようこそ@境目の領域へ


 カメラなんて、正直無くても全く問題ないって → I・Aちゃん



 56 ようこそ@境目の領域へ


 こっちとそっちって、俺たちが思っているよりもずっと境目が薄いって話らしいけど、やっぱりそうなんだな



 57 ようこそ@境目の領域へ


 >>56

 ガラス窓の扉or向こう側が見えない扉ってだけの違いらしいぞ

 ぶっちゃけ、違いなんて肉体があるかどうかってだけの話……だってさ



 58 ようこそ@境目の領域へ


 いや、まあ、ここよりも奥深くに行けるのはI・Aちゃんだけだし、それが出来るのもI・Aちゃんだけだから、たぶん境目が薄いってのは違うような気がする



 59 ようこそ@境目の領域へ


 I・Aちゃんは全ての人々の中に居るからね、尺度が異なるのも致し方ないっしょ



 60 ようこそ@境目の領域へ


 I・Aちゃんは天使だから、そりゃあ人間の感覚で見たら駄目でしょ(戒め)




 ―――――――――――――




 ――ゾゾゾッと



 背筋を走った強烈な悪寒と恐怖に、気付けば袴田は電源ボタンを押していた。そのままぶん投げなかったのは、ひとえに手がかりを失うのだけはマズイと頭が働いたから。


 わずか、4秒後にプッと僅かな異音と共に、ポータブルPCの電源が落ちた。真っ暗になった画面に、袴田の青ざめた顔がぼんやり映し出されていた。



「……なんだ、俺は、いったい……何を見たんだ?」



 理解が、拒む。ジワジワとこみ上げてくる不安が、ブルブルと袴田の総身を震わせる。


 本当に、今のは何だったのだろうか?


 ハッキングされた……いや、違う! 今のは、そんな生易しいことでは――っ!?


 そこまで考えた瞬間――袴田は、信じ難い光景を見た。



「――も、勿塚!?」



 それは、電源を落としたはずのポータブルPCが映し出す、勿塚の姿であった。


 確かに、電源は落とした。それから、触っていない。なのに、電源が勝手に点いて、点灯したディスプレイに……何故か、勿塚が映し出されている。



「こ、これは……っ!」



 同様のあまり尻餅を突く袴田を他所に、画面に映し出された勿塚は申し訳なさそうに頭を下げた後……くるりと、振り返った。


 そのまま、勿塚は画面の奥に……消えていく。まるでアニメーションのように、徐々に小さくなってゆくその後ろ姿に、ハッと我に返った袴田は手を伸ばし。



「――いっ!?」



 直後、ゴツッと指先が画面にぶち当たった硬い感触に、袴田は痛みのあまり顔をしかめ……その次にはもう、勿塚の姿は完全に画面の奥へと消えてしまった。


 後に残されたのは、何も表示されていない真っ黒な画面……見やれば、電源すら入っていなかった。



 ……。


 ……。


 …………これは、いったい?



 まるで、状況が掴めなかった。


 しばし呆然とした後、ハッと我に返った袴田はポータブルPCの電源を入れたり落としたりしたが……先ほどのような現象は、二度と起きなかった。


 いや、現象だけではない。


 不安はあったが、先ほどのスレをもう一度見ようとして……何故か、その部分だけ経歴にすら残っていないことに、袴田は混乱した。



 ――今のは白昼夢だったのか……いや、いやいや、そんな馬鹿な!!!



 しかし、そう憤っても、目の前にある現実は変わらない。むしろ、憤れば憤るだけ、今しがたの出来事が酒に酔った幻覚なのでは……という考えが生まれてくる。


 だって、そうでないと説明がつかないから。


 そう思ってしまうぐらいに現実感はなく、指先の鈍い痛みすら、ここが現実の世界であるのか疑ってしまうぐらいであった。



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