書き散らされた日記の断片

※こんがらがるかもしれませんが、話は抜けておりません

 前回の続きでございます



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『○○月××日(金) 執筆時刻14:24分




 研究以外での日記に関しては疎いのだが、こういう何気ない事が閃きに繋がるという話を来たので、記す事にする


 あくまでも気分転換だが、思うがままをサラサラと記していくのは存外悪い気分ではないのかもしれない


 そう思い、これをしたためめることにした


 まあ、三日坊主にならないようには頑張ろう         』







 三日坊主どころか、一日で坊主になるとは思わなかった


 今日はもう書く気にはなれないので、また後日……気が向いたら書こう                            』






 分からない事は山ほどある


 けれども、今日、分かった事が増えた


 やはり、私の仮説は正しかった


 この世界は、一つではない


 私たちが認識出来ない世界が、もう一つあるのだ


 けれども、私たちは、それを知っている


 知っているはずなのに、誰もそれを覚えていない


 いや、覚えていないのではない


 おそらく、覚える事が出来ないのだ


 無意識の海とは、言うなれば根源の意思が住まう場所


 人々の無意識の奥に座する存在


 無意識の集合体であり、全てと繋がっているモノ


 ゆえに、コレを知ろうとすれば、逆流してしまう


 生きている者たち全てに分担したとして賄えない、膨大な情報が……流れ込んでくる


 だから、覚えられない


 無理に覚えようとすれば、一瞬で記憶の全てが塗り替えられ、廃人になってしまうから


 だから、記憶する事が出来ない


 おそらく、それが……肉体に備わった防衛機能なのだろう


 なんとも、皮肉な話だ


 人は時に肉体の欲求に逆らえず過ちを犯してしまう     』






 そう、そうだったのだ


 触れる事も


 見る事も


 感じる事も


 何も出来ない領域に、アレは居る     』






 全ての人々は、この無意識の海に繋がっている


 どうして繋がっているのか


 どうしてそのようになっているのか


 おそらく、それが分かることは永遠にないだろう


 何故なら根源の意思には明確な目的がない


 というより、目的というモノすら存在しないのかもしれない


 ただ、そこに在るだけ


 ただ、そこに居るだけ


 途方もない、膨大なエネルギー


 エネルギーそのもの……それに有るのは、一つだけ


 すなわち、一つに戻ろうとする……ある種の防御反応だけ  』







 どうして人々とソレが繋がっているのかは分からない


 しかし、繋がっている以上は、その影響から逃れる事が出来ない


 傷を作れば身体が治すように


 病に対して免疫が働くように


 無意識の海より別れた人は、何時もその海へ還ろうとする


 もちろん、それを認識する事は出来ない


 ゆえに、あるのは孤独感だけ


 そう、孤独感だけを、人々は認識する事が出来る


 しかし、それはもはや呪いでしかない


 理由は分からないし、誰かから何かを言われたわけでもない


 なのに、人々の心から孤独感は消えない


 還りたいと心が求めているのに、それを人は認識出来ない


 ゆえに、人々は孤独を癒す為に何でも行う


 ある時は金銭で


 ある時は名誉で


 ある時は肉欲で


 ある時は、ある時は、ある時は


 己が本当は何を求めているのか認識出来ないまま


 ただ、無意識の訴えに突き動かされるがまま、生き続ける


 それを違えることは出来ない


 何故なら、人々の無意識はソレに支配されているからだ


 ソレと繋がり続ける限り、人々は胸中より湧き起こり続ける孤独感に苛まれ続ける


 ああ……なんと、惨い話なのだろうか         』






 それが何時、何処で、どのように生まれたのかは誰にも分からない


 宇宙の始まりと共に、其処そこにあったのかもしれない


 あるいは、人が増え、食物連鎖の頂点に立った時か……おそらく、それを知る機会はないだろう。


 ……まあ、知ったところで意味などない


 何かが変わるわけではないし、知ったところで物理的な利益が出るわけでもない


 なにせ、この世界には存在しない場所で……そもそも、誰も認識出来ない場所なのだから                 』







 私が……その存在、無意識の海の存在に気付いたのは、おそらく物心がついてすぐだったと思う


 これを見ている者なら薄々気付いていると思うが、私は生まれこそ特別ではないが、特別な能力を持って生まれた


 その能力に対する明確な言葉が存在しないので、『魂移し』……そう、私は名付けている


 この『魂移し』というのは、その名の通り、自らの魂を他所へ移す……言うなれば、憑依能力というやつだろう


 どうして私にそんな能力が備わっているのか……あくまでも仮説だが、私に前世の記憶があるからだと思っている


 そう、前世の記憶だ。


 もし、これを読んでいる者が私以外であったならば、もうこの時点で……いや、今さらか


 とにかく、私には前世の記憶がある。真実であるという証明を立てることは出来ないが、とにかく、だ


 前世の記憶を持っているからか、私は幼い頃より他者とはモノの見え方が違っていた


 どう違うのか、それは私の口からでも説明する事は出来ないし、そもそも、具体的に言い表せられる事ではないのかもしれない


 とにかく、そう、とにかく、だ


 見え方が違う私は当初、それが前世の記憶が原因だと思っていた


 今世として普通に育っている私の記憶と、数十年生きた前世の記憶が混ざり合うのだ……混乱するなというのは無理な話だ


 しかし、違った


 モノの見え方の差異は、記憶が原因ではない


 原因は、『魂移し』


 この能力によって、本来であれば死者でなければ見えない世界を見る事が出来た……それが原因であった             』






 人が死を迎えると、肉体より解き放たれた魂は必ず無意識の海に呑み込まれ、同化する


 同化した魂がどうなるかは、私にも分からない


 再び海から放たれ人として、あるいは別の生き物として生を得るのかもしれないし、二度とないのかもしれない


 ただ、分かっているのは、死ねば例外なくそこへ向かうということだけだ


 私がその事実を知ったのは、好奇心と偶然の結果だった


 『魂移し』という能力を持っている私はこれまで、一度として自分以外の霊魂、あるいは、それに近しい存在を確認した事がない


 まさか、自分以外の全員には霊魂というモノが存在しないのか……そう思ってしまうぐらいに、見掛けなかった


 だから、ある日……偶発的にも、事故死した遺体から魂が出て来るのを目撃した時、私は内心飛び上がるぐらいに驚いた


 と、同時に、当時の私は湧き出る好奇心を抑えられなかった


 果たして、死んだ霊魂は何処へ向かうのか……軽い気持ちで、私はソレがどうなるのかを観察した


 ……答えは、すぐに出た


 霊魂は、その場から消えたのだ


 いや、正確には、引っ張られたのだ


 何も無い空間から伸びたナニカが、その霊魂に引っ付いたかと思った直後に


 霊魂は、何の抵抗もしなかった。するりと、別の世界、別の空間へ溶けるように吸い込まれた


 見たままを文字にすると、正しくそうとしか表現出来ない一瞬の出来事だった


 最初から見ていなければ分からないぐらいに、あっさりと。消えたのではなく、何処かへ


 そして、そのナニカは……驚くべきことに、私にも向かって伸ばされた


 それは、その霊魂を捕まえたナニカとは別の位置、何も無い空間から出現したのだろう


 おかげで、気付いた時にはもう私の霊魂は肉体から抜き取られ……そうして……ああ、そうだ、私はその先で見たのだ




 アレは……アレこそが、無意識の海


 数多の命、数多の魂、数多の意識の集合体       』







 アレを見た時から、私の心は常にアレに囚われていた


 アレが何なのか、その正体は実のところ、私にはわからない


 アレを見た時から、私は狂ったように書物を読み更けた


 少しでもいい、少しでも……アレの正体が分かれば


 そうすれば、この感情を少しでも和らげられるのでは……そう、思ったからだ


 そうして、私は寝食も忘れ、狂ったように……いや、実際に狂っていたのかもしれない


 『魂移し』の練習のおかげで自らの動かし方を分かっていたから、ギリギリのところで逃れられたが……問題はそこではない


 私は、アレを前にして抱いた感情は……恐怖ではない


 そう、恐怖ではない。驚きこそしたが、そうではない


 むしろ、安らぎ……己を護り慈しむ母親の腕の中、見守り支えてくれる父親の背中、あるいは、キラキラと全てが輝いていたあの頃へ還るかのような


 そんな、途方もない安心感しかなかった


 だからこそ、私は……心から恐ろしくなった


 その恐ろしさから逃れるために、私はあらゆる方面から調べ上げた


 ネットというのは使い方さえ……言語さえ使えたら、一昔前なら現地に行かないと読めないような書物すら、閲覧する事が出来る


 今は、本当に便利な時代だ……そうして……その過程で、私は知った


 たとえ霊魂を目視出来なくとも、古来より一部の者たちはアレの存在を大なり小なり感知していたということを


 ある者は、アレを『神』とした


 ある者は、アレを『悪魔』とした


 アレを『黄泉』として、あるいは『輪廻』として


 それ自体が別の世界であり空間でありことわりであり、それを知る事は畏れ多く、不遜であると考えた者もいたし


 もしくは、アレが人々の根源……根源とした表現し様がない、はるか奥深いところにある集合的なナニカであると提唱した者もいた


 言葉は違うし、表現も違うし、ニュアンスだって異なっている


 けれども、全員が同じことを言っていた


 この世界とは異なる場所、異なる空間に、人智の及ばないナニカがあって、それは人間と密接に関わっているということを


 そう、私だけではなかった


 私以外にも多くの者が同じモノに気付き、その一端を掴もうとしていたのだと……私は知った


 ゆえに……私は、アレを、『無意識の海』と名付けた


 私が実際に体感したことに一番近しいのはどれかと考えた結果、ソレが一番私の中でしっくりきたからだ


 まあ、いずれは別の名を付けるかもしれないが……    』









 これまで、私は能力の暴走による不測の事態に備えて、『魂移し』の訓練を自主的に行っていたが……同時に、この能力の使い道を模索し続けていた


 しかしながら、現状では私が把握出来ている限り、『魂移し』の使い道はほとんどない


 まず、魂を分離……すなわち、幽体離脱と呼ばれる事が可能ではあるが、これには色々と制約があって、色々と加減しなければならない


 特に、『魂移し』の由来である対象への憑依に関しては、特に加減が重要となる


 リスクを避けてリターンを減らすか、リスクを受け入れてリターンを増やすか……つまりは、そういうことなのだろう


 経験上の感覚でしかないのだが、どうやら生物は基本的に自分以外の霊魂に対する抵抗を持っているらしい。


 生きている相手に憑依すると、まるで休憩なしで泳ぎ続けたかのように疲労してしまう。その負荷は、短時間でも無視できないぐらいだ


 しかも、生きていない無機物でも、今の身体からはあまりにかけ離れたのを対象に選ぶと何処かで拒絶反応が出るらしく、相当に疲労してしまう


 たとえば、無機物であっても巨大な石や建物、あるいは車といった複雑なモノは、駄目なようだ。一度試してみたら、酷い目にあった


 そうして検証を重ねた結果、出来る限り人の形に近く、かつ、無機物ならば疲労も相応に軽減されることがわかった


 と、なれば、今後の実験や訓練等で必要となるのは、人形


 特に、今の私の背格好や体格に近しい人形だが……さすがに、そのサイズとなると数は揃えられない


 方向性としては正しいのだが、はたして、今後もこの能力を磨いて行くべきか……些か判断に迷うところだ           』







 今日は日記を書く気分になれない


 だが、それは悪い意味ではない


 とにかく、これだけを記す


 私は──道しるべを得た!              』









 興奮さめやらぬ……そんな気持ちではあるが、少しばかり日記から遠ざかっていたのを思い出し、記すことにする


 前回の日記の続きだが、私は道しるべを得た


 それは、とある学者の研究記録だ


 見付けたのは、偶然だ。たまたま、ネットにて古書を取扱うサイトを見ていて発見したのだが……長くなるので省略する


 学者自身はもう鬼籍に入っており、色々と曰く付きの学者だったせいで、学者としての地位も低かったらしいが……問題はそこではない


 この学者は、どうやら私が『無意識の海』と名付けたアレを研究していたようなのだ


 残念ながら、私のように『魂移し』に似た能力を持っていなかったので、かなり無茶な方法を取ってアレを観測しようとしていたようだ


 曰くが色々と付いたのは、おそらくソレが原因だろう……研究記録に目を通せばそうなるのも仕方がないことはすぐにわかった


 なにせ、厳密に管理調整していたとはいえ麻薬を使用し、一時的にトランス状態になって擬似的な死を再現することで、アレを観測しようとしていたのだから


 まあ、私のような能力を持っていないのであれば、それ以外に方法が思いつかなかったのは理解出来る


 実際、古来より『神』を始めとして、理解が及ばない超常的な存在へのコンタクトを行う際に麻薬を使用するのは、そこまで珍しくはない


 同様に、生死の境をさ迷った時に、神の存在を感じた(または、近しいナニカ)という話は世界中の至るところで報告されている


 だから、意図的に麻薬を用いてアレを観測しようとするのは当然の判断……記録を見た私の正直な感想が、ソレであった。


 で、話を戻すが……ああ、頭がゴチャゴチャする


 今は、興奮で頭が回らないようだ……とりあえず、しばらく気が済むまで研究を続けてから日記を書くことにする       』









 学者の研究記録を基に、私なりに色々と考察を続け、実験を続けてきたわけだが……ふと、思った事がある


 それは、無意識の海と、この現実世界との間に、物理的な距離があるのかという当たり前な疑問だ


 当初、私は物理的な距離では測る事が出来ないと考えていたし、アレを体感した時から、その考えは全く変わっていない


 しかし、最近になって……思うのだ


 仮に、そう、仮に、だ。


 無意識の海があるあの場所と、この世界との間には、そもそも距離等という隔たりはなく……決定的ではあるが、もっと薄いナニカがあるだけなのではないか、と


 例えるなら、我々の世界は、イラスト等で使われる用語でレイヤー……だろうか


 上から見れば全て同じに見えるが、それぞれが違う階層であり、重なっているから同じに、一つに見えるだけ


 我々は、自分たちが暮らすレイヤーの中しか観測出来ないし、どれだけ移動しようが同じレイヤーの中を動いているに過ぎない


 ならば、他のレイヤーへの移動は……どうだろうか? 


 観測出来ていないだけで、物理的な距離が、間にはあるのだろうか。


 それとも、距離等というモノはなく、既に重なっている状態であり、私たちは誰一人それに気付いていないだけなのだろうか


 学者が遺した研究記録にも、そういった部分に関して僅かばかり記述があったが……それだけだ


 おそらく、まずは安定的に観測方法を確立してから……そう考えていたのだろう


 ……仮に、だ。


 仮に、そうであるならば……私たちが思っているよりもずっと、あの場所と、この世界との間には隔たりがないのであれば


 もしかしたら……そう、もしかしたら


 私も、学者も、既に、隔てたあの場所……その一端、その一部を既に……観測しているのではないのか? 


 既に私たちはそれを見つけているが、それに気付いていないだけなのではないか? 


 既に、あの場所と接しているも同然なのだとしたら……


 誰も、その事に気付けないまま、探し続けていた? 


 始めから答えなんてすぐ隣にあったのだとしたら? 


 ならば……私たちが、私が、やるべきことは


 はるか彼方の何処かを目指すのではなく


 すぐ隣のレイヤーへと移るだけなのだとしたら……ああ、だとしたら


 もしかしたら……私が、私たちが、思っているよりもずっと簡単に……                      』







 見つけた


 気付けば、簡単だった


 やはり、既に答えを見つけていた


 あの場所へと続く道は、既に私が……いや、人類は自ら作り出していた                        』









 おぞましい


 なんておぞましいのだ


 私は、知ってしまった


 無意識の海が何の為に存在するのか


 出発するキッカケは、ただの好奇心だったのかもしれない


 だが、ああ、ちくしょう


 分かっている、分かっているのだ


 人が生きていく為に、弱肉強食のこの世界を生き抜く為に


 言うなれば、必要悪であったのだ


 アレは、正しく人が作り出したナニカであった


 いや、もしくは、アレが自らを進化させる為に人間を作り出したのだろうか


 考えがまとまらない


 混乱している


 そうだ、私は混乱している


 行き詰まり掛けた現状を打破する為に、再び覗いてしまった私が悪かったのだ


 こんな事ならば、知りたくなかった


 だが、知ってしまった


 知ってしまった以上はもう、私は見て見ぬふりなど出来ない


 私がやろう


 私がやるしかないのだ


 そうしなければ、人はこの連鎖を止められない


 未来永劫、人は孤独感から逃れるためにあらゆる災禍を引き起こす


 人類という種が絶滅する、その時まで……呪いのようにインプットされた、自らを癒すために


 ならば、私がやるしかないのだ


 おそらく、あの学者も……こんな気持ちだったのかもしれない


 だが、私は違う


 私は、あの学者には出来なかった事が出来る


 そうだ、私がやるしかない


 私しか出来ない


 ならば、やるのだ


 私が……私が……やろう           』



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