第4話: 天使は相手を選ばない
──さて、そうして最初の別荘探索を終えた袴田だが、続いて……とはいかなかった。
理由は、単純に体力の問題である。あと、遅れてやってきた筋肉痛。歳を取ると、筋肉痛は二日目以降に来るのだ
なのに、疲労感だけは初日から4日間ぐらいベタベタと身体中にへばり付いているのだから堪らない……っと、話を戻そう。
とにかく、色々な要因が重なった結果、タイミングが合わなくなったのだ。
気力はあるが体力が回復していないという状況に加え、勿塚の異動が正式に通達された結果、そう何度も休みが取れない状況になった。
いくら建前として置かれているとはいえ、唯一の担当者がそう何度も休みを取られるのは……というやつだ。
事実として、『I・A事件』と定められた謎の突然死は毎日のように起きている。それは、袴田が休んでいても関係ない。
基本的に袴田がやれることなんて、現場が近ければ顔を覗かせるぐらいで、その大半は倉庫にこれでもかと収まっている遺留品の整理ぐらい。
後は、突然死した者たちの調査……聞き込みによる情報収集だ。しかし、これだって建前上行っているというのが現状だ。
なにせ、凶器も争った後も薬物反応すら……いや、今は少し違う。
最近になって遺体から睡眠薬の成分が検出されるようになったが、これ自体は既に犯行とは無関係の可能性が高いと結論が出された。
というのも、犠牲者(?)の体内を始めとして、家の中より見つかった睡眠薬は全て、普通に市販されている薬だったからだ。
つまり、毒物として扱うには無理があるのだ。
加えて、その薬自体は十数年以上も前から売られている代物であり、これまでその薬が原因による中毒死などは報告されていない。
警察が問い合わせた限り、そもそも市販薬ゆえに効能が弱いらしい。不眠症で通院するレベルの人には、弱すぎて効かないというネットレビューさえある。
なので、警察としてもソレは事件とは無関係であり、季節の変わり目などに生じる精神的な変調によって、薬の使用者が増えているだけ……と、結論を出すのは妥当とされた。
……で、だ。
結局は何一つ変わっていない状況の最中、昔気質ゆえに『そう何度も休むわけにはいかない』という頑固な責任感を持ち合わせている袴田は、しばし様子を伺うことにした。
まあ、様子を伺うとは言っても、特別な何かをするわけでもない。
せいぜい、聞き込みや資料の整理がてら、『日帰り旅ツアー』なる本をこれ見よがしにテーブルなどに置いておくだけだ。
なんだそりゃあと言われそうな事だが、これがまあ、理由を作る下地になる。
どういう下地かって、それは有給を出す理由だ。
というのも、色々あって袴田は現在独り身。
色々と多趣味ではあるが、わざわざ有給を取ってまで入れ込むほどではないから、有給は余っている。
だから、周りからは『仕事一筋の男』として見られているし、今は他所へ移動した勿塚からも、似たような事を言われたぐらいには真面目な男として通っている。
そんな男のテーブルに、ツアー雑誌や旅行雑誌が置かれるようになったら、周囲はどう思うだろうか?
大半の人は、定年を迎えたら旅行でもするつもりなのかなと思うだろうし、たまたま様子を見に来た勿塚からもそう尋ねられた。
──いや、なに、『I・A事件』って、どうしても死に触れる頻度が多くなるだろ?
──まあ、そうなりますね。幸いにも、凄惨な現場ではありませんけど
──慣れてはいるが、さすがにほぼ毎日遺体を見るとなあ……色々と気が滅入るというか、鬱屈した気分になるんだよ
──それは……仕方ないですよ
──だから、色々と遠くへ行ってさ……外の空気って言うの? そういうので、気分を晴らしたくなるわけよ
──ああ、なるほど。珍しいモノが置いてあると思ったら、そういう……
──定年までもうすぐだし、まあ、溜まった有給を使いながら頑張るよ
そんな時に、そう言えば……後はもう、簡単だ。
有給申請を出しても、『あ~……リフレッシュしてください』と周りから言われるぐらいで、理由を遠回しに聞かれることはなくなった。
実際、『I・A事件』に触れていると、気が滅入る部分は多々ある。
袴田の前に勤めていた者も、定年を迎える直前には趣味の本やら何やらに興じる頻度が増えたという話だから、ある意味では受け入れてもらえる下地を補強した感じなのだろう。
そんなわけで、だ。
体力気力(あと、筋肉痛)と相談しつつ、袴田は頃合いを見計らって非番の日に合わせて有給を取り、『I・A』の指示に従って他の別荘へと向かうというルーチンを送るようになった。
……。
……。
…………そうやって、二つ、三つ、四つと『I・A製作者の別荘』を覗きに行ったわけだが。
正直……八つある別荘の探索を半分終えても、袴田は未だに『製作者』の目的というか、『I・A』の意図が見えていなかった。
もちろん、全く分からなかったわけではない。
年相応に頭が固くなってはいるが、袴田は自分なりに『I・A』の意図や、製作者がやろうとしていた事を、見せられた情報から整理し、想像していた。
……だからこそ、袴田は分からなくなっていた。
一つ目と同じく、他の別荘にも記録等が遺されていた。そこから、製作者がやろうとしていたこと……その一端は、掴むことが出来た。
それはいったいなにか……『延命』というのが、袴田が出したとりあえずの推測である。
というのも、だ。
魂移しだとか憑依だとか、それが何なのかという説明が無い(映像は無い)ので実際のところは不明だが、文字をそのまま読み取るなら……要は、霊魂だ。
もはや正気を疑ってしまうようなオカルトな話だ。
正直、二つ目、三つ目の別荘へと足を踏み入れた時、一つ目と同じく大量に置かれたアート作品を見て、完全に正気を失っていたのではとすら思った。
だが、仮にそうではないのだとしたら。
にわかには信じ難い話だが、そういう能力を持っている……漫画やアニメに出て来るよな、そういう不思議な力を持っている……そんな仮定が正しいのだとしたら。
おのずと、製作者の目的が見えてくる。記録や記載された単語を素直に読み取ると、そのような結論しか出てこなかった。
……そう、仮に、本当ならば。
製作者は、何らかの方法で自らの霊魂を別のモノ(あるいは、人?)に乗り移る能力を持っていた。
その為の実験を、これまでの屋敷にあった彫刻像などを使って行っていた。大量に残されていたアート作品たちは、言うなれば実験資材みたいなものなのだろう。
記録には、痛覚の検査も行っていたとある。
と、なれば、人間とは違って一度破損すれば治らない(当たり前だが)彫刻像は破棄する必要があるので、大量に必要となった……というわけだ。
──もちろん、袴田はそれが正しいとは思っていない。
なにせ、この仮説は穴が有り過ぎる。袴田自身、仮説を立てた直後に内心にて首を横に振ったぐらいには、穴だらけであった。
前提がオカルト過ぎるのもそうだが、仮にそれが正解だと仮定して。
その目的に対して寄り道どころか別方向でしかない『I・A』を制作し、公開した理由が分からない。
例えるなら、都心のマンションを買うという目的のために、生活費を切り詰めて近所の用水路を掃除するようなものだ。
目的と行動が、合致しない。なぜ、そんな事をしたのだろうか。
正直、己が製作者の立場だったなら、『I・A』なんて代物は公開しないし、作ろうとも考えない。
そんな事をするぐらいなら、実験とやらをやる方が常識的だからだ。
なので、袴田はひとまず仮定を出したが、自分自身それが正しいなんて全く思っておらず……ゆえに、意図が見えないと思ってしまったわけである。
……。
……。
…………とまあ、そんな感じで季節が流れて秋も深まっていき……定年まで、後一ヶ月となった、その日。
「あ~……疲れた……明日は休もう」
ようやく五つ目の別荘の探索(とは言っても、『I・A』の指示の通りに動いただけだが)を終えた袴田は、夜遅くに帰宅した。
そして、疲労で鈍痛が響く足を気力で動かし、テレビを点けて……ドカッと座椅子に腰を下ろした。
今日、向かった五つ目の別荘は、特別辺鄙なところにあるわけでもなく、移動距離もそこまでではないので日帰りで帰って来られた。
だが、袴田は疲れていた。
どうしてかって、それは……電車やバスなどで隣に乗り合わせた人たちが、明らかに精神的に異常をきたしている者たちだったからだ。
何かをしてきたわけではないが、ワイヤレスイヤホンも付けていないのに誰も居ない空間へ話しかけ続ける人がいたら、普通は警戒する。袴田も、例外ではない。
それが、2回も有った。
経験上、こういうタイプは下手に避ける(つまり、目立つ行為)と目を付けられてしまう危険性がある。
おかげで、何とも言い表し難い緊張感によって2回も神経を高ぶらせることになってしまい……最寄りのバス停に降りた時にはもう、クタクタに疲れ切っていた。
「……酒を飲む気にもなれん、風呂入って寝るか」
そう、誰に言うでもなく呟いた袴田は、よっこらせと重い身体を起こして浴室へと向かった。
……袴田の自宅は、いわゆるワンルームマンションというやつだ。
造りは珍しく、洋室ではなく畳が敷かれた和室。そして、風呂トイレは別だが、お湯を沸かすぐらいしか使い道がなさそうな手狭なキッチン一式。
若い頃ならもう少し広い部屋に住みたいと思っただろうが、袴田はこの家を気に入っていた。
子供はいないし、新しい女を連れ込む気力も無いし、歳が歳だ。広い家など持て余すだけだと思ってここへ引っ越してから、早15年近く。
そこに、これまでなかった大きめなリュックや足の負担を和らげるシューズ、軽くて持ち運びに便利な水筒などが置かれるようになったのは、数ヶ月前。
(……I・Aは、まだ沈黙したまま、か)
風呂が沸くまでの間、とりあえずゴミの片付けでもしておくか……そんな調子でリュックの整理を行っていた袴田は、取り出したポータブルPCをテーブルに置いた。
いちおう、電源を入れてみる……これまでと同じく、ホーム画面が表示されるだけで『I・A』の姿はない。
(俺も、毒されたか?)
以前の袴田ならば、壊れてしまったと判断するところだが……今は、そうではないと当たり前に考えていることに気付いた袴田は、苦笑と共に電源を落とした。
「ん? なんだ……呼び出しか?」
直後、スマホの着信音が鳴った。
画面を見やれば、仕事場から……昔ならいざ知らず、来月には定年を迎える己に対してなんだろうと首を傾げつつも、袴田は通話ボタンを押した。
「はい、袴田です。何か有りましたか?」
『──夜分遅くすみません、○○課の──です、覚えていますでしょうか?』
告げられた名前と、聞き覚えのある声色に、「覚えていますよ、お久しぶりです」袴田はそう答えた。
電話の相手は、かなり前に……何度か顔を合わせた事がある、別部署の男だ。
部下というわけではないが、課が違うことや歳が離れ過ぎていること、機会に恵まれずそれっきり顔を合わせていなかったので、ほとんど面識が無いに等しい相手だ。
とはいえ、面識の有無に関係なく同僚であるのは事実。
向こうにとっても、条件は同じである。なので、どうして、こんな時間に電話を掛けて来たのか、袴田は率直に尋ねた。
『──袴田さん、貴方のところに、勿塚から何かしら連絡を入れていたりはしませんでしたか?』
すると、そのような返事が来た。
「勿塚……ですか? それは以前、肋骨を骨折していた、あいつですか? 一時的に私の部下になっていた、あの?」
『──ええ、そうです。なにか、メールとか、そういうのはありましたか?』
「……いえ、来ていません。けっこう前に、ちょっと世間話をしたぐらいで、それからは顔も合わせていませんよ」
質問に対して質問で返すのは失礼な行為だが、内容が内容なので、気分を害するよりも疑問を覚えた袴田は、そのまま話を続けた。
「勿塚がどうかしたんですか? もしかして、また怪我をしたとか?」
『──いえ、そういうわけでは……ありません』
「……怪我ではない何かが起こったのですか?」
なんとも歯切りが悪い返答に、袴田は……ジワッと、嫌な予感が脳裏を過った。
常識的に考えて、夜遅くに現場から離れている定年間近(それも、有給中)の大先輩へ連絡する時点で、ナニカが起こった事を暗に知らせている。
それも、当人への用ではない。当人と関係している第三者に関する問い合わせの電話だ……袴田でなくとも、嫌な予感を覚えるのは当たり前な話であった。
『──その、他言無用でお願いします』
「ああ、それなら大丈夫。俺は独り身だし、テレビが点いているから盗み聞きもされないようにしますから」
そう言いながら、袴田は片手でテレビの音量を上げる。上げ過ぎると迷惑になるので、程々に……だが。
『──実は、私共も少々混乱しているのです。先ほどこちらにも連絡が入ったばかりなのですが』
そんな、袴田の年期を感じさせる余裕も。
『──勿塚が、自宅で死亡しているのが発見されました』
「え?」
『──袴田さん、『I・A』です。『I・A事件』……ついに、私たちの中にも犠牲者が現れた可能性が出て来たんですよ』
「……え?」
全く想像していなかった、知り合いの死という事実を前に消え去り……ごろん、とテレビセンサーが畳の上を転がった。
ぴんぴろぴん♪
ぴんぴろぱろぽろぽん♪
直後、浴室から軽快なミュージックと共に湯を張り終えたお知らせが聞こえて来たが。
「……勿塚が、死んだ?」
袴田の耳には、全く届いていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます