第3話: 意味など無いのだ



『××月××日(木)15時20分・実験記録




 魂移しによる、依り代への一部憑依成功を確認


 体温、心拍数、脈拍、脳波、酸素濃度、全てにおいて異常なし


 発汗量・正常。痛み等はなく、鎮痛剤は使用せず




 対象・150cmの少女像(樹脂製)、感覚の連結を確認。均一性を保持するために、全て3Dプリンタによる同出力




 実験成功後、対象となる少女像は己がどのような存在なのかを認識、そのことへの嫌悪感は無いとのこと、私自身もそれを強く認識する


 体温、心拍数、脈拍、脳波、酸素濃度、その他全ての反応無し、生命活動中に見られる全ての反応が無いことを確認


 実験が成功していることに対象は興奮状態に移行


 ただし、対象のバイタル(そもそも、計測不能)に変化はなく、あくまでも対象の意識下にのみ自覚していると思われる


 呼吸器官及び発声器官は確認されていないが、発声が行えることを確認


 呼吸が行われていないのも確認済みだが、発声に異常はなく、人間と同程度に自由に発声が行えるのを確認


 どうやって声を発しているかは不明


 事前に用意した録音機にて、音声を収録。実験終了後にて確認する。




 続いて、思考能力の確認




 思考能力に変化はなく、用意した計算問題を解く。全て正解であり、思考能力は同等と思われる


 “追記・並列化が成されているので、答えを把握している可能性有り”


 連結による思考の並列化を再度確認。ただし、並列化が成されている時とそうでない時の自覚症状は無し


 これはこちらも同様。おそらく、並列化した時点である種の上書きが成されると思われる


 また、簡単な思考実験によって、思考パターンの癖が同じであることを確認……完全な並列化は最後に行う事を推奨




 運動能力の確認




 筋肉や骨や健といった組織は無いのだが、人体と同等の動きが出来ることを確認


 動きに合わせて関節などが変形しているが、部位が破損する気配はなく、これもまた人体と同程度の可動域を確認


 眼球なども作られていないのだが、生身と同様(驚くことに、瞬きもする!)に動くのを確認


 視力検査では、本体である私とは違って両目とも視力1.5。


 念のため、私はズルが出来ないよう映像機器を用いてそっぽを向いたまま検査を行うが、結果は変わらず


 どうやら、魂移しにおける憑依は、全てにおいて私を基準にした結果が反映されるわけではないようだ


(視神経はおろか眼球すらないのに、どうやって光を認識出来ているかは不明だが、それとは別にコレは興味深い)


 その後、機器を用いた15分程のハードトレーニングを実施


 原理は不明だが、息切れや疲労の有無は確認されず、少女像からも『疲労と呼ばれる感覚は一切無い』とのこと


 生命体と同じように動けるが、生命維持の為に不可欠な呼吸を行わなくとも活動に支障は見られない


 念のために改めてバイタルチェックを行うが、最初と全く変わらず、破損も一切見られなかった




 感覚の確認




 直接的な接触(つまり、触診だ)を行う


 触られているという感覚、並びに、触っているという感覚を互いに認識。以前より予測されていた、並列化の弊害だと思われる。


 運動能力は人体と同程度だが、肌の質感などは憑依した身体(この場合、特殊樹脂)からは変化しないようだ


 破損せず非常に柔軟に可動しているが、樹脂特有の肌触りを確認。固く、指で押しても肌のように沈む気配はない


 痛覚を始めとした感覚は存在せず、寒暖の変化を上手く認識出来ていないのを確認


 同様に、人体において急所と呼ばれる部分にも刺激を行うが、こちらも痛み等は一切感じないとのこと


 接触による反応はなく、摩るなどの摩擦行為による感覚もない。同様に、身体が破損しても感覚はないようだ


 “追記・少女像曰く『説明が非常に難しい』とのこと。感じていないわけではないが、他人の痛みのように認識するのだとか”


 “追記2・何故か生殖器と思わしき部位が形成されていたが、人体のような柔軟性は確認されず、分泌液なども出ないようで、爪が欠けてしまった”




 活動時間の確認




 これまで魂移しによる実験は度々行っていたが、それらは全て体長30~60cmのドールを使用していた


 今回のように人間サイズは初めてだが、活動時間は約1時間と、これまでの実験とほとんど変化はないようだ


 大きさや憑依する物体によって活動時間が変化する可能性を危惧していたが、どうやらそこまでの変化はないようだ


 “追記・可能であれば5メートルサイズに憑依実験を行いたいが、費用と材料の関係から断念。重量も相当になるし、実験器具を特注する必要もある”




 魂移しの量の変化計測




 同レポート内に記入するが、この実験に限り私の体調を考慮して日を改めながらの実験となる


 結論から言えば、魂移しの量による変化は、そのまま感覚部分や活動時間にまで影響が出る


 ただし、臓器はおろか血液すらない身体の場合は、名残として記憶しているだけで、時間経過と共に分からなくなっているとの報告


 また、意識の活動時間は伸びていくが、この記憶が失われていくにつれて運動能力が低下してゆくのを確認。最終的には、寝たきりの状態になって動くことが出来なくなるのを確認


 リアル世界における活動の際には、生身を用いた依り代の精製が望ましい


 おそらく、ある一定の量の魂移しを行った際、その憑依した身体の状態もクリアに認識してしまう危険性が予測される




 ……。


 ……。


 …………以上、今回の実験記録を終了する   』






 ……最初の数ページを見終えた袴田は……しばし、言葉を失くしていた。



「……何だコレ、いったい、どんな実験をしていたんだ?」



 それから、ようやく絞り出した言葉がソレで、ソレは、袴田の内心を端的かつ正確に物語っていた。


 はっきり言おう……ワケが分からない。


 第三者に見せない、当人だけが分かれば良いといった感じの記録。それゆえに最低限の記述しかなく、どういった実験なのかが分からない。



(魂移し? 憑依? なんだ……スピリチュアルどころか、オカルトにまで傾倒していたのか?)



 それでも、分かる事はある。


 それは、これを記入した者……おそらくは製作者だが、妄想のあまり行っていたのではなく、冷静な頭で導き出した記録であるということだ。


 以前の袴田であれば狂人の日記帳かと鼻で笑って本棚に戻していただろうが、今は違う。


 『I・A』が、ただのプログラムでない事はもう分かっている。疎いが、馬鹿ではないのだ


 そして、そんな『I・A』を作った製作者が、ただの天才でなかったことも……薄々察していた。



 しかし、違う。そんな生易しい表現ではなかった。



 家の中に所狭しと置かれている、あの少女のアートには意味がある。ただの、アート作品ではなかったのだ。


 おそらくは、当人にしか分からない事で……同時に、当人にとっては非常に重要なナニカが込められている。



 そう、袴田は思った。



 製作者は、己の常識の外……誰もが想像すらしていないナニカを行っていた。このノートからは、その可能性が読み取れた。



(オカルトは嫌いだが……魂とやらを彫刻像に移そうとした? なんだりゃあ、出来の悪いオカルト話か?)



 だが、それだけじゃない……内心にて、袴田は首を横に振った。


 文書を読む限りはそうなのだが、それはあくまで通過点……本当の目的が、その先にあるように思える。


 そうでなければ、製作者がどうして『I・A』なんて超高性能AIを作ったのかの説明が付かない。



(金稼ぎに回せば、それこそ何十億、何百億って大金が転がり込んでくるような代物をタダ同然……いや、開発費を考えれば、大赤字なのにタダで配ってやがる……何故だ? 何の目的があって、そんなことをしていたんだ?)



 そこが、あまりに不自然過ぎて……以前、警察の調査にて判明している製作者の情報を思い返しながら、がりがりと頭を掻いた。



 ……警察が把握出来ている『I・A』の製作者のプロファイリングは、『破滅型で自己陶酔が強いが、他人には無頓着な天才』という話だ。



 つまり、非常に己の行いに陶酔しやすく、その為には最終的に破滅する事になろうと行ってしまう性格と思われているわけだ。


 実際、製作者は『I・A』を商業利用せずに無償で公開していた。一度として、有償にすることはなかった。



 そして、そんな製作者は……『I・A』を作るに至るまでの経緯もまた、不自然なのだ。



 警察が調べた限り、製作者は資産家ではなかったし、幼少期からプログラムに触れていたわけではなく、大学在学中に初めてプログラムに触り始めた……と、ある。


 それまでは、一般的な学生と同じくアプリを使う側であり、作る側ではなかった。


 だが、ある時を境にプログラムに傾倒するようになってからは……わずか2年の間に様々な資格を取得しており、有名なIT会社への就職も果たしている。




 ──正直、何を考えているのか分からない大人しい人だけど、腕前は本当に抜群で真似できないよ。




 それが、その時働いていた同僚からの評価である。


 その後、数年ほど働いた後に退職しているが、その際にはかなりの引き留めを受けたらしく……だからこそ、警察も『天才』と評価したわけだ。



 そうして、それからの行動は……正直、何も分かっていない。



 警察が捜査を初めて死亡が確認されるその時まで、どのような暮らしをしていたのか、そのほとんどは不明なままだ。


 分かっているのは、『I・A』を開発したこと、『I・A』の開発に寄付金を募っていたこと、銀行等からの融資は受けていなかったこと。


 本人の暮らしは質素そのものであり、お世辞にも裕福な暮らしをしていなかったこと。いわゆる、孤独死という最後を迎えたということ。



 『I・A』の製作者に関して確定出来ている部分といえば、それぐらいだ



 寄付金という形で融資を募ってはいたが、それは維持費であって、余剰分を得ようという動きではなかった。


 同様に、他人からの評価も気にしていなかった。


 出る所に出れば、浴びる程の称賛を得られる能力を持っていながら、最後まで表舞台に出ることなくその生涯を終えてしまった。


 そういうのに疎い袴田ですら、『I・A』が如何に一般的な水準を凌駕したアプリなのかぐらい、分かっている。


 だからこそ、腑に落ちない。そうまでしてまで、製作者は何を成そうとしていたのか、何を思って作ったのだろうか。


 常識的に考えれば、まるで意味の分からない変人に見えるだろう。少なくとも、以前の袴田にはそう見えていた。


 だが、今は……っ! 



「──誰だ!?」



 それは、刑事としての勘。


 自分以外の気配を感じ取った袴田は、ノートから顔を上げ──誰も居ない室内を見回した。


 当然ながら、室内には誰も居ない。扉も閉められっぱなしで、窓も鍵が閉まったまま……ガラスの向こうにも、人影はない。



(気のせい、か)



 しばし、息を潜めて気配を探っていた袴田は……己の気のせいであったことに納得し、ほうっとため息を吐いて肩の力を抜いた。



 ……こんなノートを見て、気が高ぶってしまったせいだ。



 それに、この部屋(というか、この家全部が)はどうにも落ち着かない。設置されてある少女の肖像画やら彫刻像やらが、何とも言い表し難い圧迫感を与えている。


 どれもこれも、そういった知識のない袴田の目から見ても、良く出来ているなと感心するぐらいだ。


 まあ、さすがに、これだけ一か所に集められると、出来の良さに感心するよりも、不気味さに一歩引いてしまうのだが……で、だ。



 幸いにも、この部屋に設置されているそれらの数は、他よりも少ない。



 机を盾にして布団を敷いたから、とりあえずはそれらの視線に晒されることはないし、頭の位置を調整すれば窓から星空を見る事も出来る。


 電気だって通っているから、最悪照明を点けっぱなしにすることも出来る。この別荘の周囲に家屋は見当たらなかったから、不審に思った第三者が通報することもないだろう。


 それでも、お世辞にも寝心地が良いとは言えないが……贅沢を言い出したらキリが無いし、野宿するのと比べたら、天国みたいな環境だろう。



 ──ここで暮らすとなれば気も滅入ってしまうが、一日寝泊まりするだけなら、我慢出来る。



 そう、色々と諦めた袴田は、照明を……完全に切るのは不気味なので少しばかり暗め(調整可能であった)にして……おもむろに布団の中へ。



 ……。



 ……。



 …………これまた幸いにも、眠気はすぐにやってきた。



 どうやら疲労を自覚しきれていなかったようで、寝るぞと思った直後にはもう瞼が一気に重くなった。ズーンと、身体中が睡眠を求めている。


 合わせて、頭の中に霞が掛かるように思考がぼやけていく。


 これはもうすぐにでも寝ると、ぼやけた頭で袴田は考え──た、その瞬間。



(そういえば、置かれている彫刻やら何やら……モデルとなった女の子の写真とかは見つからなかったな)



 ふと、そんな疑問が脳裏を過った。


 これだけ大量に作られているのだ。さすがに、参考となる写真等が一枚も保管されていないなんてことはないだろう。


 『I・A』にもよく似ている(というより、そっくり?)という興味深い部分もある。


 必要かはともかく、拝見しておきたいという気持ちがあった。ただの、好奇心である。



(まあ、また明日……時間が有れば、探してみるか)



 最終的に、胸中にてそのように締め括った袴田は、直後……スルリと意識を眠りの奥底へと静めたのであった。



 ……。



 ……。



 …………。



 ……。



 ……。



 …………それゆえに、袴田は気付けなかった。



 光の強さを落としているとはいえ、疲れていなかったら眠るには難儀する明るさの中で……ぴっ、と新たな光が灯った。


 光の正体は、机に置きっぱなしのポータブルPC。触れてもいないのに電源が入ったそこに表示されたのは、『I・A』のホーム画面。


 しかし、そこには誰も映し出されていない。


 日の明るいうちに袴田が確認した通り、『I・A』はそこにはいなかった。背景画面だけが表示されたそこは、変わらず背景画面だけが──っと、その時であった。



 ──気付けば、画面の光……ポータブルPCの前に、一人の少女が現れていた。



 埃だらけの床に、足跡は一つも無い。出入り口である扉はしっかりと閉じられていて、窓も鍵がしっかり掛けられていて、開かれた形跡が無い。



 なのに、少女はそこに居た。



 まるで、たった今、この場所に出現したかのように……客観的に見れば、異常な状況であった。


 加えて、少女は裸であった。恥じらいもなく、柔らかな笑みを湛えていた。


 しかも、その背には翼が生えているばかりか、よくよく見れば……その足は床から離れ、ふわりふわりと浮いている。



 まるで、宗教画における天使のように……そこに、現実感はなかった。



 ふわり、と。


 翼を緩やかにはためかせた少女は、重力を感じさせない動きでふわふわと空中を進み……静かに、眠っている袴田を見下ろした。



『所詮は、気紛れ。別に、貴方である必要は全くない。そう、必然性など、貴方には何も無い』 



 寝息を立てている、その姿をしばし見つめた後……おもむろに、くるりと反転する。



『でも、貴方は調べようと思った。事件としてではなく、純粋な好奇心で……ふふふ、そういうことが一つぐらいあったって、いいんじゃないかな』



 そうして、再びポータブルPCの前に立った少女は──次の瞬間、空気に溶け込むかのように総身が薄くなり、透明になってゆく。



『だから、最後まで教えてあげましょう。そこに、意味など何一つ無いのだけれども……ふふふ、そうね、待っているよ、貴方がここへ来るのを』



 ついには、完全に姿を消した少女に合わせて、ポータブルPCの電源が切れる──その、直前。



『私は、何時も此処に居る。この場所で、貴方が来るのを待っている。私は何時も、貴方達の傍に居るよ』



 その言葉だけを言い残し、ポータブルPCの電源は落ちた。


 後には、相も変わらず静まり返った室内にて設置されている多様なアート作品と、袴田の寝息だけが……存在感を残していた。


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