第11話:金が欲しいなら働こう。(後編)

 現在は教会の自室。

 今回の戦利品と夢を持って帰ってきた部屋を見ると、昨日までのではなく自室感が増したように思える。


 自分で使うものが増えたことで生活感が出たと言えばいいのだろうか──同棲してる感も増した。


「何言ってるんですかあなたは」

「言ってないです」


 特にやましい気持ちはない。手を出すのは怖いし、出す勇気もない。


「馬鹿なこと考えてないで行きますよ。アイラ様のところに」

「そうだね」


 図書室で借りた本を持って早速向かうことにする。エルネスタ教授から聞いた事の真偽を確かめないといけないしな。


「アイラ様は自室にいるとの事でしたので大聖堂ではなく、そちらに向かいますよ」

「自室にお邪魔していいの?」

「本当は男子禁制なんですけど、用件が用件ですし、一応は勇者ですし……」


 一応、勇者やってるもんね。


 昨日行った大聖堂より小さい扉。しかし装飾は煌びやかで、重厚感の感じる扉の前に立つ。

 

「アイラ様。先程の件でやってまいりました。」

「空いているので、入っていいですよ」


 このまま踏み込んでしまうのか。男子未踏の花園に。

 大聖堂でのアイラ様は神々しかったけど、自室のアイラ様はどうなんだろうか。想像しただけでムネが弾ムネ。


「テンションが高いのはわかりましたから、入りますよ」


 ライラの細い手が扉を引く。重そうな扉が開かれ、小さな照明だけの薄暗い廊下に部屋の中の光が差し込み、いざ──

 

 ──なにここ?


「私の自室ですよ?」


 ──聖堂じゃん


「私の自室ですよ」


 男子禁制の扉の向こうに広がっていたのは、大聖堂を気持ち小さくしたような


 人が住んでいるとは思えない無機物感。

 冷たい床に厳つい柱。昨日の景色と変わらないものがそこにあった。


 この部屋には当然、ベッドのような休む場所もなく、シャワーやトイレなど、この部屋以外の部屋に繋がる扉も見当たらない。


「ないですから。他の部屋」

「ないのですか。他の部屋」


 アイラ様はこんな所で生活できてるのか?


「本来、私は下界では食事や睡眠を必要とはしませんから」


 飲まず食わずの不眠不休で働けるのか──なんかロボットみたいだな。


「女神です」

「ロボット?」


 アイラ様はやっぱり科学についてある程度は知っているみたいだ。ライラは不思議そうにこちらを見ているけど説明は後だ。

 本題に入ろう。


「それで、どうでしたか? 初めての学園は」

「まぁ、ボチボチって感じですかね。まだ初日ですし」

「それはそれは。エルネスタにも会えたようで良かったです」

「──知っていたんですか」

「わかるだけですよ」


 含みのある言い方だけど、まぁいいか。それにしてもそのことを知っているのであれば話が早い。

 まずは軽い要件から伝えよう。


「今日、学園の図書室にて見つけたこの本。僕の星の言葉で書かれていたのですが、過去に僕の星から来ていたのですか?」

「いいえ。それはないでしょう」

「なぜ、それを言い切れるのですか」


 なぜか確信を持っているような様子のアイラ様。


「あなたの世界は現在の暦で二〇一八年ですよね?」

「はい。そうです」

「今まで来た勇者たちはどなたも二〇二〇年は超えています」


 ──未来人ってこと?


「いいえ、単純に未来から来たわけではなく、世界が違うのですよ。昨日伺った感じではあなたのいた世界の方が少なくても一〇〇年ほど文明が進んでいるようですし、まぁ、他にも理由はありますけど──それにこの本はこの星の遺跡から発見されたものの謄写本とうしゃほんですから」

「そうなのですか……遺跡からこの言語が……」


 とりあえず、アイラ様の知るところではいないということか。


「そうですね。その謄写本の本物は王室の書庫に眠っています。それは過去の勇者が取ってきたものをこっそり拝借したものですね」

「こっそりって、いいのですかそんなことして」

「まぁ、書庫は王室の中でも限られた者だけが入れる場所ですし、教会ここに置いてあるよりは学園の方が安全ですよ。教会にある方が問題は多いですから。不特定多数の人が行き交う学園の方が言い訳もできますしね」

「国と結んだ契約というやつですか?」

「はい、そうです」

 

 ここからが本題の本命だ。昨日は契約についての話が全然聞けていなかった。

 ここではっきりとさせておきたい。


「その契約には、勇者は国に属すものという文言があると聞きました。であれば、僕は規約違反なのでは?」

「──確かに、あなたの存在が知られると厄介なことになりますね。ですが、大丈夫ですよ。契約違反ではないので」

「契約違反ではない?」


 ん? どういうことだ?

 隣のライラもいまいち話がわかっていないようだ。


「契約の対象は教会が召喚した異界の勇者。あなたはそれに当てはまりますか?」

「──確かに、当てはまりません」


 エルネスタ教授は僕が異星から来たことを知らないからまだしも、ライラは知っていたのだろうか──顔を逸らすな。 


「ですが、教会側がオーバーテクノロジーの塊のようなあなたの力を使っているとバレてしまうと面倒ですから、勇者であること、異星から来たことは秘密にします──そういえば、エルネスタに何か言われましたか?」

「はい、実はエルネスタ教授から弟子にするといわれまして」

「なるほど、彼女らしいですね。まぁ、それがいいでしょう。彼女は魔法の分野で国に貢献した賢人ですし──学園の目的も聞きましたか?」

「はい」


 いつか現れる教会の勇者をサポートできる人材の育成というやつか。できてないような気がしたけど。


「そうなのです。教会独自で行っている遺跡調査も順調というほどでもなく、どうしても手探りになってしまっているのです。元々長い目で見ている計画でしたのでそれでもいいと思いましたけど、突然あなたが来たものですから粗が目立って見えたでしょう」

「なんかすみません」

「いえいえ、あなたがすぐに来てくれたおかげで、教会が勇者を抱えていることを怪しまれずに済みますし、学園の方も方針が決まりましたから良かったですよ」


 ──方針?


「あなたの保護です。何かあったときに辻褄を合わせてくれる組織があるのは心強いことですよ」

「なるほど」

「あなたは、調査の協力、アーティファクトの確保、解析という私との取引を忘れなければ良いですよ。あとは教会がどうにかしますので。何も気負わず学生として過ごしてくださいね。また何か不安があれば聞きにきてください。お話ししましょう」


 アイラ様がそう言って微笑むとアイラ様の後ろから温かな光が差してくる。

 ──少し眩しい。


「あっ、ありがとうございます──そういえば、召喚された勇者ってどんなやつなんですか?」

「彼らの説得や教育は国の仕事であって、私は召喚しただけですのでなんともいえないですが、皆さんですよ」


 彼ら、従順。気になるフレーズは出てきたが、なんだか接触はしないほうがいいような気がしてきた。


「そうですね、接触は避けたほうがいいかと。国の重鎮たちも彼らに目を光らせていますし、遺跡調査で見かけることがあるかもしれませんが、極力距離を取るようにお願いしますね。できればでいいですけど」


 まぁ、同郷ではないことが分かったことで興味は薄れたし、面倒は嫌なので彼らとは極力関わらないでおこう。


「私としては、ライラとシュウの仲が良さそうで良かったです。今日は買い物をしてきたのですよね?」

「はい。生活必需品を買い揃えました」


 ここまで僕たちの話を真剣に聴いていたライラに話を振るアイラ様。

 とりあえず、僕の問題は教会がどうにかしてくれるようなので良かった。


「シュウも楽しめましたか?」

「はい。すごく楽しかったですよ」

「何か買えなかったものがあったのではないですか?」


 何この誘導尋問みたいなの──ちょっと怖いのだけど。


「まぁ、欲しいものはありましたね」

「それは?」

「トランクスです」

「規制品の下着ですか」

「はい」


 なんで女神様にこんな話してるんだろう。


「私の方で用意することはできますが、せっかくですから働いてもらいましょうか」

「働く?」

「遺跡調査です。何か情報を持って帰ってきたり、アーティファクトを持って帰ってきたらその分の報酬を出します。お金でもなんでもいいですよ」


 働いた分だけ報酬につながるということか──すごくやる気が出てきた。


「魔王につながるものがあれば報酬は弾ませますよ」

「おぉ!!」


 どんなものかわからないけど、嬉しいな。アイラ様は太っ腹だ。


「詳しいことはライラに聞いてくださいね」

「ありがとうございます」


 今すぐにでも行きたいな遺跡調査。


「それはダメです。五日後に出発してもらいます。学園もありますし、何よりライラを休ませなければいけません」

「すみません。わかりました」


 ライラを見ると凄く頷いている。


「謝らなくていいですよ。楽しみにしているのはわかりますから」

「ありがとうございます」

「もう少しゆっくりとお話ししたかったですが、ここはゆっくりできる場所ではないのでそろそろお開きにしましょうか。近いうちに調査についての連絡をしますね」

「はい、わかりました」


 ライラに何か言い忘れはないかと目線で確認するが特にないようで、小さく頷いている。


「ライラはここに残ってくださいね。予定について少し話させてもらいます」

「えっ、はい。わかりました」


 キョトンとするライラ。自分に話があるとは思わなかったのだろう。

 実際に僕も少し気になるけど……。


「ふふっ、気になりますか? でも、女の子だけのお話ですので我慢してくださいね。シュウもお話ししたければ一人で訪ねてきても構いませんよ」

「あっ、はいわかりました──では、失礼します」


 一人で尋ねるのは緊張しちゃうから免疫をつけてからだな。

 ライラにジト目を向けられながら、そそくさと退散する。


 自室までの道のりはもう完璧だ。迷わずに向かう。

 道中、自分とアイラ様とライラの様子を思い出すと、何故か不思議といいように流されていたような気がする。手のひらで踊らされているような──アイラ様の発言の中で気になるものがいくつかあったが、僕を守ろうとしてくれているのはわかる。


 今はそれだけで十分。

 あとはトランクスがあれば完璧だ。


 部屋に戻ったら玲に連絡しよっ。


  

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