第9話:「意識高いは褒め言葉」は持ってる意識次第

 図書室から出た後は、その棟の中を軽く見回った後最初の授業の行われる教室へと向かう。

 先ほどはそこまで見かけなかった生徒の姿が多くなっている。ライラに声をかける人もおり、その度に爽やかな笑顔で対応するライラの姿は本当に「教会のシスター」というイメージそのままだ。


 学園が教会の恩恵を受けているだけあってライラもシスターとしての立場で生活を送っているようだ。少し息苦しくはないのだろうか。


「これも修行ですよ。教会で務めている間に気を抜くことはできませんから」

「そういうものなのか? ここでは一学生として接するとかそういうメリハリがあってもいいような気がするけど」

「勘違いのないように言っておきますけど、シスターの中にはそういう人もいます。ですが、私はシスターであることに誇りを持っていますからそう自分に課しているのですよ」

「立派な心がけだね」


 先ほどからライラを見る他生徒はどこか尊敬に似た眼差しを向けている人が多い気がする。

 ライラも少し嬉しかったりするのだろうか。


「先ほどからあなたのことが気になる人が多いみたいですよ。人気者ですねー」

「物珍しさじゃないか? だいたいのニュアンスはわかるようになってきたけど、花を見るというより不純物を見るような感じがするんだけど」


 少しおっかなびっくりしているようにも思える。


「そんなことないですよ。確かに、誰だろうという不信感はあるように感じますが私がついているのですぐ無くなります」

「その心は?」

「聞いてきた人には私の従者ということにしていますから」

「従者? 勇者? ん?」


 聞き間違いかな──どっちかというと僕が世話されている側なんだけど。


「勇者と言って周りに騒がれてはあなたも大変でしょう? それにシュウはアイラ様のお抱えの勇者です。変に噂が広がって国に知られると少し厄介かもしれませんからね」


 勇者になってモテモテになる未来はついえたということか。


「そんなこと考えてたんですか……」

「出来心です」


 思考に自由がない。僕も煩悩を捨てて聖人にならねばならないということか。


「今更ですよ」

「君に言われるとすごい複雑」


 確かにそうなのだろうけど。


「ここが一限の教室です。最初は数学ですのでシュウにはかんたんかもしれませんね」

「わからないことあれば聞いてね」

「頼りにしてますよー」


 教室の中には数人の生徒が着席し授業を待っている状態であった。そんな中に二人で入っていくと向けられるのは何度目かの好奇の視線。

 横のライラは笑顔を振りまいている。僕はとりあえず従者らしく半歩下がったところですまし顔をしておく。


 ライラの登場で光が刺すように明るくなる教室。思考を見られているからこんなことを思うのは小っ恥ずかしいけど、彼女はシスターにとても向いているように思える。


 にやけてるのはわかってますよライラさん。


「向こうの席が空いているので座りましょうか」

「あぁ、うん。わかった」


 教卓に置かれた紙を数枚取って窓辺の席に移動する。イメージしていた講堂のように広くはない部屋だが、席は扇状に後方の列が高くなるように作られている。


 先ほど取った紙は板書用のノートのようだ。少しゴワゴワとした手触り。図書室でめくっていたサラサラとした紙とは大違いだ。

 製紙技術はかなり高いように感じたのだけれどもなんでだろうか。


「なんででしょうね。考えたこともなかったです」

「ちょこちょこ引っ掛かるところがあるんだよな」


 授業が始まるまで考え事に耽る。時々他の生徒と会話しているライラがナチュラルに思考に割り込んでくるがもう慣れてしまった。


「入ってきましたね、彼女は数学や生物学などを担当するエルネスタ教授です」

「なかなかお堅そうな人だね」

「そうですね。しかし賢人とも言われるほどの頭脳と人徳を持っているお方です」

「なんか、いちいちかっこいいな」


 講義が始まる。教本を見ながら板書していく教授に必死についていこうとする生徒たち。やっている内容は簡単だが、整理できずに次へ次へと進んでくこの授業ではなかなか身につかないだろう。


 エルネスタ教授の使う教本は図書室では見ていない。

 校舎を見て回った感じかなり学習環境が良いと思う。しかし、肝心の授業がこれでは意味が薄れてしまう。


「なぁ、ライラ。他の授業もこんな感じなのか?」

「いいえ、この教授だからというべきでしょう。他のところはそんなことはありませんよ」


 この教授の板書は正直言ってわかりやすい。言語のわからない僕でも内容はわかるし、字も綺麗だ。それにしても消すのが早い。板書の速度も早い。


 もはや意図的に苦手意識をつけさせて学習から遠ざけているようにしか見えない。


 ──後でライラに見せれるように必要なところだけピックアップしてまとめておこう。


 にしてもこの賢人と言われる教授がやりたくてこんな授業をやっているのだろうか。何か学園側の考えがあるのか──考えすぎか?


「天才が故にってこともあるかもしれません。まぁ、エルネスタ教授のことを深く知っているわけではないのでなんとも言えませんが」

「まぁ、そうだよな」


 よく知らない人を執拗に疑うのは失礼にも程がある。もしかしたらこのスタンスの方が良いという人がいるかもしれない。


 怒涛の授業スピードで樹上が進み、授業が終わる。周りを見るとかなりの生徒が疲弊している様子が窺える。

 隣のライラは僕の取ったノートを見ながら、自分のノートになのやら書き込んでいる。


 エルネスタ教授は板書した文字を消すと荷物をまとめ──こちらに向かってっ来た。すごいこっちを見ている。


 僕の前に立ったエルネスタ教授は僕に話しかけてくるが、ニュアンスしかわからない上に、自分では答えられないので困ってしまう。


「すみません、ちょっとわからなくて……」

「!?」


 僕がこの星の言語を話したからか驚いた表情を浮かべているライラ。しかし、すぐに僕のフォローに入ってくれる。

 エルネスタ教授は僕のノートを見ながら何かを確認するようにライラと話している。


「シュウ。あなたは言葉はわからないけど、数学は理解できるのよね」

「これくらいは式見ればわかるよ。習ったのが少し前だから思い出すのに時間がかかるものもあるけど」


 なんかエルネスタ教授の顔が険しくなったな。変なことは言っていないと思うが確かに言語がわからないのにどうやって学んだのだと疑問に持たれても仕方ないかな。


「そういえば、数学書を図書室で借りましたよね。少し見せてもらってもいいですか?」

「はいこれ」


 そういって手渡した本。エルネスタ教授の顔色がより一層険しくなる。


「あなた、ライラさんと一緒にいるってことは協会側の勇者かしら?」

「え?」

「?」


 ──この教授、こっちの言葉が喋れるのか!?

 現に、エルネスタ教授に対して魔法を使っていなかったライラが取り残されている。本をパラパラとめくる教授は手を止めて授業でも使っていた教本を手渡してくる。


「これって」


 読めてしまう本二冊目の登場。この人も別の星から来たのか?

 なぜ言語の異なる教本を使っているのだろうか。気になるな。


「どうしてこの本を使ってるかって? それはこの学園の指定の教本だからというのが理由よ」

「もしかして心読めたりします?」

「心? そんなもの読めないわよ」

「そうですよね」


 なぜ、この本が指定の教本になっているのか、この世界に来て二日目ということもあるがわからないことが多すぎる。


「なぜ、これが教本に?」

「この学園は最先端の知識を与える場だからかしら?」

「意識たかいんすね」

「そうかしら? 現にほとんどの生徒がついていけていないわよ」


 それはあなたの授業の仕方のせいでしょう。


「あなた、失礼なこと考えてなかった?」

「言ってないですよ」

「……否定してちょうだいよ」


 本当に呆れてるんですよ。これでも。


「この学園はね、ある目的のために作られているのよ」

「それは?」

「勇者の仲間の育成よ」

「ほう?」

「この学校は、国の意向よりも教会の意向を汲み取るようにできているのよ。だから秘密裏に勇者の補助ができる人材を育てているのよ」

「授業についていけていないのでは意味ないのでは?」


 じゃあなぜこんな教育の仕方になるのか、なおさら意味わからない。


「数学においては特殊でね。この星では本来発展していないはずの分野の一つなの。でも、これについてこれなければ遺跡の調査などで足を引っ張りかねない」


 まぁ、遺跡から出るものはおそらくこの星からしたら『オーパーツ』と呼ばれるもので、何もかもさっぱりな人間を連れて行くわけにはいかないよな。


「さらに言えば、国自体はこの星の発展を望んではいない。このような高度な教育をしているとわかれば教会側が何か企んでいるのではないかと疑われるかもしれない。そうなれば君のような教会側の勇者は……最悪、条約違反で罪に問われかねないわ」

「──なんで僕が罪に問われるんだよ」

「教会を裁けないからよ。条約もそうなってるはずよ」


 これは、条約のことを聞かなかった僕のせいなのか? アイラ様に後で聞いてみるか。ただ国の動きが怪しいとしか聞かされてなかったからなぁ。


「だからこそ、国に動きを悟られぬように、この教育は最小限の優秀な人材を育てることを目標にしているわ。いい人材が育てば、国から賢人の称号を得た私の弟子ということにして匿うはずだったのよ」

「でも、育ってないですよね?」

「最近なのよ、この教育が始まったのが。まだ私も手探りで授業をしているの」


 だからライラもエルネスタ先生のことをよく知らないと言っていたのか。

 わかってきたぞ。この学園の正体が。生徒に教会のシスターの数が多いのも、限られた人しか入学しない学園という体制での運営もこのためなのか。


「そこで僕が突然きたってことですね」

「えぇ、勇者召喚が昨日行われたということは聞いたけれど、その勇者はもう王城に送られたのでしょう? だから不思議だったのよ」

「まぁ、僕はイレギュラーですから」


 確かに聞いた感じでは召喚は立て続けにできないらしいから不思議に思っても仕方ない。


「まぁ、そんなイレギュラーだからこそこの学園にすぐさま編入っていう形で入れたのね。アイラ様は」

「確かにそうかもしれませんね」


 その早い判断はそのためだったのか。そこは感謝しておこう。


「だからこそ、あなたを私の弟子にするわ。そしたらあなたを少しは守れるから」

「はぁ、」

「と言っても何かするわけではないわ。もう十分教養は身についているだろうし」

「はぁ、」

「じゃあそういうことで。彼女が我慢してるから、詳しい話は次の機会があったらね。次の授業遅れないように」


 後ろを見ると、ライラがむすっとした顔でこちらを見ている。すでに教室には僕たちしかおらず、みんな次の授業の教室に行ったようだ。


「そうそう。学校内では勇者ということは忘れて一生徒として楽しむのよー」

「あっはい、ありがとうございます」


 そういうと颯爽と教室を後にするエルネスタ教授。とうとう二人だけになってしまった。


「あの……ライラさん?」

「なんでしょうか」

「時間、大丈夫ですか?」

「あと、二分です」


 わお、次の教室がどこにあるかわからないが、ピンチということはわかる。


「それがわかれば、結構です。従者が主人を待たせないでくださいね」

「そうか、僕、従者だったわ」


 エルネスタ教授と話していて、気になる点は山ほど出てきたが、それは帰ってからアイラ様に直接確認しよう。


「それがいいですね。私も気になりますし。急ぎますよ」


 ライラに引かれ、小走りで次の教室へと急いだ。

 ──道中、好奇の視線を向けられながら。

 

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