第12話:下準備は念入りに。

 部屋に戻って一人くつろぐ。

 ご飯まで時間はまだある。スマホを取り出し、今日の連絡を確認する。


 玲と家族のグループチャットに何件かの連絡が入っていた。

 家族のグループには母親の散歩コースの風景や家の様子が写真で上げられていた。そこには「いいじゃん」という無難な返しをしておく。


 ホームシックになるにはまだ早い。申請すればいつでも帰れるわけだしね。

 問題は昨晩物騒な会話のまま終わった玲の方だ。


 カフェの制服姿の他にも、部屋の内装、星の景色など色々な画像が送られてきている──なんかいいな。機能性を詰め込みました。みたいな空間。


 こちらも送るかと考えはしたが、外で大っぴらにスマホを出すわけにもいかず、この部屋はライラのものが多いので写真撮るのはマナー違反だ。


 やっぱり自撮りかと考えてみるが、それは昨日送っているので却下。


 ビデオ通話してみるか──チャットにて時間ある時にビデオ通話を開こうという旨を伝える。


『ちょうど今空いてるわよ』

「おっ、電話する」


 通話かけるとワンコールでた。はやい。


『もしもーし、どうしたの?』

「いや、送れる写真撮ってなかったから、こっちの感じを見せるのにビデオでいいかなって」

『なんだ、そんなことかー』


 どこかほっとしたように小さくため息を吐く玲。


「今こんな部屋に住んでるんだ。見える?」

「見えるよ。教会の部屋なんだよね?」


 ルームツアーのように自分と部屋を写すようにスマホを持ってぐるっと一周する。


『ちょいストップ!』


 玲もほうほうと、頷きながら見ていたが、ここで静止の声がかかる。

 現在の場所は浴室。今日買ってきた石鹸と体を洗うようのスポンジのようなものを紹介していた。


「どしたのさ」

『ここが二人部屋なのはわかってたけど、もしかして昨日の女の子と暮らしてるの?』

「そうだね、僕も男女で暮らすのはどうかと思ったけど、彼女はこことは違う大浴場を使ってるし、寮生活みたいな感じだね」

『男の人はいないの? 教会って』

「この教会にはいないみたいだね。他の教会にはいるらしいけど』

『不純なのはダメだよ?』

「女神様から手を出すのは禁止されてるから、大丈夫」

『そう?』


 女神を間近で見たことがない玲には想像するのが難しいかもしれないが、アイラ様は逆らうことができないようなオーラを放っている。

 一言一言がとても重く感じるのだ。


「僕さ、来週から遺跡調査に行くことになったんだよ」

『遺跡? 何それ、学園でってこと?』

「いや、ここにいるための条件として調査を依頼されてるんだよね」


 昨日話せなかった遺跡や、オーパーツなどの詳しい話をすると、玲は少し不安そうに眉をひそめる。


『大丈夫なのそれ? 危険な匂いしかしないんだけど』


 もちろん、遺跡での報酬につられてやる気を出してることは伏せている。


「大丈夫。何かあったらライラがいるし、彼女はこの間まで遺跡いたらしいからね」

『ふーん。まぁ、何か困ったらまだ電話しなさいね、というか困らなくても電話しなさい』

「なんか語尾強めだね今日は」

『そういう気分なの!』


 そういう気分なのか──ならしょうがない。深くは突っ込まないでおこう。


「まぁ、遺跡は行ってからのお楽しみだね。話を変えるけど、そっちはどうよ。楽しくやれてる?」


 これ以上は玲に心配をかけられないのでこの話は一旦保留にしておく。

 ここから先は玲の番だ。


『そうね。言語も同じだし、バイト先の先輩たちも優しいし、凄く歓迎されてるよ──だけど……』

「何かあったの?」

『なんかセンスが合わなくて』

「センス?」

『なんだろう、言葉にするのは難しいんだけど、まあ取り敢えずこれ聞いてみて。』


 何を聞かされるんだろう。センスって言うぐらいだから実害のあるようなものではないのだと思うけど、身構えてしまうな。


『こっちの星の世界音楽チャートで一位の曲でね、KUBっていう男性二七人のアイドルグループの「愛シテnew road」っていう曲なんたけど……』

「ほうほう」

『流すね』


 ──ちょちょ切れるまで 愛シテ尿道♪


『どう?』

「どうって言われても──よく世界とったね。この曲」


 上と下のハモリが背中をゾワゾワさせるような、くすぐったい感覚が体を襲う。


『この切ない感じがくすぐったいんだって』

「……ふ、ふーん。そうなのか」

『なんであんたが悔しそうなのよ』

「なんでもない。大変だな、なんか」


 心読まれなくてよかったと心の底から思う。


『ほんとよ。バイト先で勧められて、感想聞かせてねって言われても困っちゃうし、カフェでこれ流れてるし』

「飲食店でそれは一種のテロだな」


 確かに感性がずれているな。これは苦労しそうだ。


「慣れるしかなさそうだな」

『ちょっと怖いんだけど……会った時変なストラップとか付けてたら言ってね』

「まぁ、玲が元気に過ごせてるならいいよ」

『嬉しいような、ちょっと複雑』


 結構可愛い問題でよかった。でも会話に困るのは大変そうだな。

 そこからは他愛のない話が続いた。お互いの環境、魔法のことや学園のこと、今日の買い物のことを伝える──もちろんトランクスのことは伝えない。


『集も楽しそうでよかったよ』

「新鮮だからね。なんでも楽しいよ」


 しばらく話していたら部屋の扉の開く音が聞こえる。


「部屋主が帰ってきたみたい」

『ライラちゃんね』

「そうそう」


 後ろを振り向くとライラがお風呂上がりなのかタオルを肩にかけながら不思議そうにこちらを見ている。


「お風呂入ってたんだね」

「はい、まだ時間があったので。そちらは?」

「昨日メッセージ送った相手の玲だよ。ほら」


 スマホの中の玲と対面させると、少しおどろいたように目を見開くライラ。

 おっかなびっくりといった様子で手を振る玲に手を振りかえす。


「これは?」

「ビデオ通話っていう、映像を写しながら会話出来る機能だね」

「凄いですね! えっと……こんにちは」

『何語?』

「スマホ越しだと魔法は通じないか。ライラがこんにちはだってさ」

『集はわかるの?』

「不思議な感覚だけど、わかるね」


 ライラが不思議そうに首を傾げている。

 玲の言葉が分からないのだろう。


『ふーん。!』

「っ! こんにちは!」


 玲がこちらの星の言葉で挨拶を返してくれたことが嬉しかったのだろうか、ライラのテンションが上がっている。

 玲もちょっと嬉しそう。


『集はまず語学を勉強しないといけないのかぁー』

「なんだかんだ、少しずつだけど理解できるようになってるよ」


 本当に少しずつだけど。学園での講義がすごいためになっている。


「わからないことはライラに聞けばいしね」

「何かあればいつでも助けますよ」


 本当に心強い。ライラには感謝しても仕切れないな。


『確かに言葉はわからないけどニュアンスは伝わるね──イチャイチャしてるとか』

「してないです。テキトー言わないでください」

「?」


 ライラが説明を欲しそうにこちらを見ている。


『説明してあげたら?』

「お前、面白がりやがって」


 さっきの言葉をそっくりそのままライラに話す。

 目をパチパチを瞬かせるライラ。固まっている。


「困ってるじゃねーか」

『うーん。なんかごめんね?』

「他人事みたいに」


 肩をポンポンと叩かれる。


「シュウは体洗ってきてください。夕食まで時間があるので」

「えっ、今?」

「少し彼女と話したいことがあって──」

「いいけど、わかるの? 内容」

「ニュアンスはわかりますから。身振り手振り付きで」

「おっ、おう。そうか、じゃあ行ってくるわ。玲、僕シャワー浴びてくるわ」

『えっ、今?』

「時間あったら、ライラの相手しといてくれ。じゃ!」


 そのまま二人きりにして浴室へ逃げるように駆け込む。

 今日買った石鹸もろもろ、使うのが楽しみだったので気分がいい。

 玲とライラはどんな会話をしてるんだろう。体を丁寧に洗うついでに少し時間をかけてやるか。


 さまざまなことを想像している時間は気が楽でいいな。


 髪と顔と体。隅々まで洗う。昨日使ったライラの石鹸よりも泡立ちがよく、技術の進歩が窺える。

 この星は文明の成長が著しく早いのだろう。しかしそれを良しとしない国。

 不思議な関係だ。魔王が高度な文明を使うから、忌み嫌っているというよりか、何か理由がありそうだしね。


 そろそろかと思い、浴室を出る。もちろん着替えは持って入っていないのでタオル一枚、腰に巻くスタイルだ。


「上がったよ。そっちはどんな会話してたの?」

『言葉を教え合っていたのよ。簡単な言葉だけだけど』

「へぇ、すごいね。何教わったの」

『それはお楽しみってことで。私も風呂入ってくるからまたね!』

「おう、ありがとね」


 おっ、ありがとうも教わったのか。なんか二人とも嬉しそうだし、いいなこういういうの。


 通話は終わり二人きりになる。

 どこかもじもじとしているライラが何かを言いたげにこちらを見ている。


「どうしたの」

「シュウは私と、い、イチャイチャしたいのですか?」

「ちょっと落ち着こうか」


 擬音語教えてたのかあいつ。

 何教えてやがるんだ。


「私が気になったから教えてもらったんです。ちょっと気になって」

「ちなみになんて教わったの?」

「男女のカップルがこう、スキンシップをとる感じといいますか、愛情表現? ですか?」


 おぉ、完璧です。ライラ様。


「でも、落ち着いてください、ライラ様。私たちはカップルじゃないのでいつも通りでいいのですよ」

「な、なるほど。いつも通り、いつも通り」


 口をモニュモニュさせているライラ様。言ってて恥ずかしかったのだろう。


「ところで、アイラ様の話はどうでしたか?」

「えっと、遺跡調査の詳しいお話をされました。シュウの初めての遺跡調査ということで、準備は念入りにしておくそうですよ」

「なるほど、僕が準備するものはある?」

「いつもの装備にお着替えくらいですかね。泊まりがけなので」

「了解」


 スマホと充電器も忘れないでおこう。

 準備は念入りにしとかないとな。

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