新星人 〜一等引いたらファンタジー世界に飛ばされた〜
四喜 慶
プロローグ:異星への旅立ち
第1話:ビンゴの景品。高望みはせずともそこそこが良い。
○歴二〇一八年
「集! 何やってるの! 玲ちゃん待ってるわよ!」
「今支度してる! ちょっとだけ待って!」
母の声が聞こえる。声は大きいが怒っているというわけではなく、少し嬉しそうな明るい声だ。
僕も明るい声で返す。昨日の僕とは生まれ変わったような新鮮な気分になる。
どうやら幼馴染の望月玲が玄関の前で待っているようだ。少し急ぐように、それでもしっかりと持ち物をバックに詰め込む。
今日は人生で一度きりの特別な日を迎える。
──そう今日は成人式なのである。
「忘れ物ないわね?」
「当たり前! 僕は学校でも忘れ物したことないんだから」
「そう? 酔い止めとか、着替えの下着とか忘れてない?」
「もう、子供じゃないんだから。大丈夫。行ってきます」
心配性な母親に自分がどれだけ大切に育ててもらっていたのか再確認する。
成人式の後は色々と忙しくなるから、次に母親の顔を見るのは少しだけ先になりそうだ。
そんなことを考えながら靴を履く。今日の日のために父親が買ってくれた傷一つない革靴だ。
「母さん」
「なに?」
ふと思い立ったように振り返って母親の顔を見る。
「今日まで育ててくれてありがとね。僕、新しい場所でも頑張るから!」
「っ、えぇ。頑張ってね。どんな場所でも応援してるから。お母さん、集が優しい子に育ってくれて本当に嬉しいわ。大好きよ」
「ありがとう! とりあえず、どんな場所だったかとかは写真送るよ! じゃあ、行ってきます!」
小っ恥ずかしくて、親に大好きとは言い返せなかったけど、これが最後の別れというわけではないから、機会があったら両親に手紙とかで伝えてよう。
玄関を出ると、綺麗な振袖を身に纏った玲がいた。
「ごめん、待たせちゃったね」
「遅いよー。全く、こっちは三時半起きで着付けしてるのに。なんかいうことないの?」
「……とても似合ってる。綺麗だ」
「ふふっ、そうでしょうよ」
──そろそろ行こうか。と話していると玄関の扉が開く。
「二人ともー! 写真撮るわよ!」
少し目を赤くした母親が父親のカメラを持ってきた。
「ほら、もっとくっついて!」
「いや、母さん。これ結構ピッタリ着いてる」
「……こういうことでしょ!」
玲が僕の腕を取り、組んでくる。振袖のふわふわした部分がくすぐったく感じたが、それも今日だけだと考えると不思議と心地よく思えてくる。
しかし、玲も今日は特別な日とだけあって、テンションがいつもより高い気がする。
「二人ともー! 笑って! はい、チーズ!」
ご機嫌な母に何枚か写真をとってもらう。
「後で、二人のスマホに送っておくわねー。二人とも楽しんでいってらっしゃい!」
「もちろん!」
「はい、集ママ! いってきまーす」
撮り終えたらそそくさと家に入っていく母を見送って、二人で歩き出す。
「玲。トランク持ってやるよ。歩きづらいだろ?」
「おっ? 集君カッコいいじゃん。これは向こう行ってもモテますな」
「いいって、そういうの」
この後自分たちに待っている世界は何なのか。期待と想像を膨らませながら二人で盛り上がった。
「成人式の受付はこちらです」
ここは都会という訳ではないが、それでも受付には多くの人が並んでいる。誘導員の指示に従って、玲と並ぶ。
「引換券を手元に準備してお並びください」
ポケットにしまっていた引換券。成人式だけではなく、新星人式にも使う大事なものだ。急いで取り出す。
「今回の新星人式どんな感じなんだろうね?」
「さぁ? でも委員会の人たちが一生懸命楽しませようとしてくれるわけだから、期待しちゃうよね」
そうこう言っているうちに、自分たちの番がやってくる。
「成人おめでとうございます! こちら記念品と新成人式にて使用するビンゴシートになりますので、新星人式までお持ちください」
「ありがとうございます」
他にもいろいろ入っていそうな少し重めの紙袋を受け取る。
「ビンゴカードだって!」
隣ではしゃぐ玲を横目に気になっていた紙袋の中を覗き込む。
袋の半分は紙の束で占められていると言っても過言では無いだろう。
「あっこれ、遊園地の一日無料券だって! 今度一緒に行こうねー!」
「本当だ。期限は一年か。そうだね新生活に慣れて落ち着いたら行こうか」
「うん。他にもいろいろあるしね」
いつの間にか一緒になって覗き込んでいた玲に言われ、さまざまな無料券が入っていることに気付く。
──よし、楽しみが一つできたな。
会場に入り、席に座る。三階席まである大きな会場に少しテンションが上がってしまう。それは僕だけではなく玲や他の人も少し落ち着かないそうで、どこかソワソワしている。
「おっ、来た! 大野くんと佐藤さんだ」
同じ中学出身である大野と佐藤が司会進行を務めるようだ。久しぶりに見る彼ら二人は同級生に思えないほど立派に見えた。
懐かしいビデオや、恩師からのありがたい言葉、ちょっとしたコンサートなどを聴き、時間は流れていく。
「以上をもちまして成人式を閉会させて頂きます。この後、十五分の休憩を挟みまして新星人式のレクリエーションの方に移らせて頂きます。トイレ休憩などはお近くの左右、または後方の扉よりお願いいたします」
「ねぇ集。配属星の希望調査ってあったでしょ? なんて答えた?」
「あー。星ごとの文明レベルの希望調査のやつね。僕は低度文明レベルで出したね。やっぱり男がからかな? サバイバルとか自分の体一つでとかってのに憧れるんだよな」
そういうと、玲は呆れたようにこちらに視線を向けてくる。
「男って成人しても子供なのねー」
「そういう玲はどうなんだよ」
「私? 私はもちろん高度文明レベルを選んだわよ。最先端の技術に触れて知見を広げたいっていうのは大切なことでしょ?」
「すごいな。尊敬しちゃうよ」
「でしょー」
ふんすッと鼻を鳴らす玲。僕は学業においてはそこそこの成績であったが、彼女は毎回上位の成績を修める優等生だ。そんな彼女の頭脳を活かせるような環境を選ぶあたり流石と言えるだろう。
「続きまして、新星人式を執り行います。皆様、受付にて配布されたビンゴカードをご用意の上、御着席ください」
休憩時間の終了を告げるアナウンスが会場に響く。
「おっ来た来た!」
「ビンゴカードの裏に書かれたAからEまでのアルファベットをご確認ください。これらは皆様が新たなかどでを迎える星の文明度を表しており、上からA、B、Cとなっております。事前の希望調査を元にこちらで決めさせていただいたものになっています。このアルファベットごとにビンゴを行なっていきますのでお願いします」
言われるがまま裏面を確認すると、そこにはDと記載されていた。
「やった、私Aだ! 集はどうだった?」
「僕はDだね。もう一つ下があるみたいだけど、まぁいいか」
「文明度が低すぎて生活に困っちゃうよりマシだものねー。あれっ? それがいいのだっけ?」
「なってしまったものは仕方ないさ。そう思うことにするよ」
確かに、生活に困るっていうのは勘弁だな。──それでもああ言ってしまった手前、引き下がることはできない。
玲は希望通り、高い文明度の星に行けるようだ。僕もそこそこ低いところに行けるので満足だ。
「それではAから順番にビンゴゲームを行なっていきますので、ビンゴになった人は手をあげて近くの係の者をお呼びください。その際に渡される引換券は、後ほど使いますので無くさないようにお持ちください」
アナウンスとともに舞台上にスクリーンが降りてくる。どうやらここに数字が表示されるようだ。
Aからということは、玲のグループから始まるようだ。僕のグループはもう暫く先だな。
「それでは、まいりまーす!」
テンポよく表示される数字に一喜一憂する周りの人を見て楽しむ。10×10というかなり大きなビンゴカードは時間がかかるかと思っていたが、チラホラと手を挙げる人が出てきていた。
「三三番!」
「……っ! はいッビンゴ!」
子供のように元気よく手を上げる玲に頬が緩む。
「そこそこ早かったんじゃないか?」
「そうね、一番じゃなかったけどそれなりで良かったわ。あとは集ね。それまで周りを盛り上げときましょ」
引換券を受け取った玲は、まだビンゴの興奮が冷めないのかニコニコと手を叩いて盛り上がっており、僕もそれに習うように手を叩いている。
◇
そんなこんなで僕のグループの番がやってきた。ビンゴカードの中央の四マスはフリーになっているため事前に穴を開けておく。
「八番」
おっ幸先がいいな。右上が空いた。
「八○番」
おっ左下が空いた。着々と穴が空いていく。
「二番……一○二番……四四番……五一番……三二番……一二三番」
「あっ、ビンゴ!」
「おっと、早速ビンゴが出ました! これは早い!」
「すごいね集。最速じゃん! よっ、一等賞」
おお、なんかすごく嬉しいぞ──まさか最速で一列完成するとは。右上から左下にかけての一直線のラインを見ながら興奮と驚きでバクバクしている心を落ち着ける。
「僕、今日凄くついてるかも」
◇
時の流れは早く、あっという間にビンゴゲームは終わってしまった。
新星人式の閉会も近い。残すところはお偉いさん達からの門出を祝うありがたいお言葉のみ。終わりが近づくとなると少し寂しく思えてきてしまう。家族もそうだし、玲とも向こうでの生活に慣れるまで会うことは難しくなるだろう。
隣に座っている玲も先ほどまではしゃいでいたのに、口数が少なくなってきている。
異なる星で生活するにあたってのマナーや、星の行き来の規制、禁止事項と注意事項は先日行われた講習会を受講しているため、ここでは簡単な説明をした後、用意のできた者からビンゴゲームで入手した引換券でパスポートを受け取り、出発する。
とうとうこの星とも暫くのお別れがやってくる。
「ねぇ、集」
「ん?」
周りの音で消えてしまいそうなほどの小さい声。
「違う星に行くことになるけど、連絡するから、ちゃんと返してよ?」
「なんだ、そんなことか。もちろん。返すさ」
やけにもじもじしているな。少し調子が狂ってしまいそうだ。
「愚痴とかいっぱい聞いてもらうかも」
「おう、ドンとこい」
「いっぱい相談乗ってもらうかも」
「おぉう、バッチこいだ」
満足したように軽く頷く玲。正直、ここまで寂しがるとは思ってもいなかった。ちょっと照れるが、なんだかんだ言って嬉しさがある。
「弱音を吐くなんて珍しいな」
「っ弱音じゃない!」
横からチョップが飛んでくる。痛い。
「もうすぐお別れだな」
「そうね。でも、会えないってわけでもないし……約束、忘れてないよね?」
「遊園地だろ? 忘れてないよ」
「そう。でも行くのは遊園地だけじゃないわよ? まだまだ無料券あるじゃない」
これは1日じゃ回れないぞ──予定を立てるときは泊まりの想定で考えないとな。
会場全体が暗くなり、舞台中央に光が集中する。誰かは知らないがきっと偉い人なのだろう。話し方がよくテレビで見る政治家のそれだ……きっと偉いのだろう。
「ねぇ」
「ん?」
横に振り向いた瞬間。玲の顔がぶつかりそうな程に近い距離にあることに気づく。というか、ぶつかってしまった。
どこにぶつかったかはさておいて、玲はしてやったりという顔をしている。
「これでも初めてなんだぞ」
「私もよ」
「こんな雰囲気のない場所でなんでまた……」
「いいの、これはマーキングだから」
「ん?」
「思い出すでしょ? これからも、ずっと」
──おぉう、こんな大胆な子に育ってたなんて僕、知らなかったぞ。
結局、偉いであろう人の話は全然頭に入ってこなかった。
◇
「それじゃぁ、また、ね?」
「おう、そっちも頑張ってな」
ここからは自分一人の道だ。玲は一回身に纏った振袖から動きやすい服装に着替えるようで、ここでお別れになる。そのために持ってきたトランクだ。
「グループDのパスポートとの引き換えはこちらになりまーす」
知り合いや、家族とのお別れはもうとっくに済ませた。忘れ物も、やり残したこともない。
「よし、行くぞ」
引換券を出し、パスポートを受け取る。その後、バスで星を出発するための駅まで向かい、スペースプレーンに搭乗し、星まで向かう。
バスに乗り合わせた人はみな緊張の色を滲ませていた。とてつもなく張り詰めた空気を漂わせながら会場を後にする。
「お名前と、生年月日をお願いします」
「諸星集。一九九七年四月二三日です」
「はい、確認できました。このパスポートはオーリムシルワ星との往復パスポートです。もし無くしてしまった際は自身の端末より遺失届を提出してもらえれば、すぐに新しいものを発行いたしますのでお早めに連絡ください。それと、お客様の到着が確認出来次第、デジタル版のパスポートをダウンロードができるようになります。成人式にて渡されたパンフレットよりご案内をしておりますので、ご活用ください」
「この星に戻ってくる際も、スマホから申請すればいいのですよね?」
「はい、申請されましたら指定される場所まできていただければ大丈夫でございます」
──便利な世の中になったな。まぁ、だからこそこんなことが必要になってしまったのかもしれないが。
案内に従ってスペースプレーンへ乗り込む。オーリムシルワ星に向かうのは僕一人だけのようだ。
三人用のスペースプレーンはとても快適。自動運転のため事故も少なく、安心して寝てられる。
「フライト時間は十時間三〇分を予定しています。快適な空の旅をお楽しみください」
席の前についたスピーカーから案内が聞こえてくる。
「各種アメニティはお座席横にございますのでご利用ください。シートベルトのランプが点灯している際はお席に座って、シートベルトをお閉めいただきます。それでは、いってらっしゃーい!」
──ここ遊園地かな?
どこかのテーマパークを彷彿とさせるような見送りを受けて僕はこの星を旅立ちます。
お父さん、お母さん、玲、僕……立派な魔王になってみせるよ。
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