第2話:『それなり』は便利だけど胡散臭い。

 オーリムシルワ星の長いか短いかわからない大気圏を抜けると異世界であった。


 緑豊かなその地は、田舎というにはどこか野性味が濃く、人の気配がない。森というには木が生い茂っているわけでも、勾配があるわけでもなく……。


「いや、ここどこ」


 草原というのが正しいのだろうか。腰の高さまでの植物が生い茂っている。


 ──ピリリリリッ

 少し古めかしい着信音がなる。僕のスマホだ。


『諸星集様の到着を確認いたしました。只今より、位置情報を元にオーリムシルワ星のマッピングを開始します。地図アプリから進行状況をご確認ください。』


『デジタル版のパスポートのダウンロードが可能となります。星の情報や、身分証なども更新されましたので、ご確認ください』


 おおっ身分証。早速見てみるか。


『 惑星名 :オーリムシルワ星

  氏名  :諸星 集 (モロボシ シュウ)

  生年月日:オルドシス暦七一〇年 四月 二三日 』

  

 生年月日の欄を見ると、暦は変わっているが、月日は元いた星と変わらない。1日の長さが似ているのだろうか。


 そして、オーリムシルワ星での暦はオルドシス暦というものを使っているらしい。


 新星人式にて別の星に旅立つ目的は、新たな居住地の開拓と、未知の技術の取得にある。

 ほとんどの場合、文明度の低い星が前者、高い星が後者になるだろう。


 宇宙開発が活発になり、星の間を自由に行き来できるようになってから、政府は誰を他の惑星に送り出そうかと考えた。そこで目をつけたのが新成人だ。

 最早旅行感覚で他の星へ行けるようになったこの世の中、膨大な量の星を調査するには相当な人数を送り出さなければならない。そこで生み出されたプロジェクト『新星人』。二〇歳前後の若者を年に一度、一挙に他の星へ放出する。


 期間はまちまちだが、平均二〜四年。利益があると分かれば、もっと長く滞在する者もいるし、利益がない、環境が悪いと分かれば手続きを踏んで申請をすることで一年経たずに帰還することもできる。


 つまり僕に求められているのは、この星が住みやすいかどうか、我らの新たな移住地になり得るかどうかを調査すること。そして、文化を学び、体験すること。


『一月に最低一度のレポート提出が義務付けられています。以下のサイトよりログインを行い提出してください』


 こういった課題が課されるが、破るとパスポートの一時停止や失効などもあるため積極的に行っていきたい。

 向こうに家族が残っている中でパスポートの失効なんてたまったもんじゃ無い。


 ちなみに、僕の目標は可能であればこの星を征服をすることだが、そう簡単には行かないのが世の常。


 ──何せ自分がどの状況にあるのかすら理解ができていないのだから。


「とりあえず動くか」


 まだ日は高い。僕にはサバイバルの技術も無ければ金も無い。あるのは非常食と換金できそうなアイテム、自宅から持ってきた小物だけだ。何日も野宿というわけにはいかない。


 ──文明度低いって言っても、流石にそこまでひどく無いよな? Dグループの一等だし。


「あっ地図アプリ」


 早速開いてみる。

 地図アプリには自分の現在地と、近くの国らしきものが載っている。この国はおそらく事前の文明度調査で発見されていたものであろう。近くにスペースプレーンは着陸してくれたようだ。


「ここを目指せばいいのか」


 とりあえず方針は決まった。名前まではわからないがこの国に向かって進んでみよう。


 手が切れてしまわぬように軍手をつけて、草をかき分けて進んでいく。地図アプリを見てみるが、なかなか距離が縮まらない。


「縮尺どうなってるんだ」


 途方もない作業にも見えるが立派な壁のようなものが見えてきたあたりから、気持ちが昂っていた。最初の街まで後少し、腰の高さまであった植物も膝丈くらいになってきている。

 いつ国境を越えたのか、元々この国の領土にいたのかはわからないが、地図アプリや壁を見る感じ、かなり大きな国だと言えるだろう。


 ──カポッ、カポッ


 何の音だ?──地図アプリを見ていた顔を上げると馬車のような大きな乗り物が前方に確認できる。

 なぜ『馬車のような』という表現になるのか、それはキャビンを引いている動物が馬のようなものであるからだ。


 距離があるためはっきりとは分からないが、キャビンの大きさと比べてあまりにも体が大きい。車輪の音は聞こえないのに足音はこちらに届いてくるほどだ。


 確認しにいきたいな──幸い、『馬車(仮)』の速度はそこまで速くないため追いつくことはできるだろう。

 ガッサガッサと歩き慣れていない道を、不恰好なスキップのように跳ねながら進む。


「やっぱり、馬じゃないよな」


 段々と全貌が明らかになっていくその動物は、僕の知っている馬の一回りも二回りも大きな体躯に光に当てられ金色に見えてしまうほど透き通った白の毛並みを持ち合わせており、神々しさすら感じる。


「おっ、なんだ?」


 ある程度近づいたところで、馬車が止まる。『馬のようなもの』に気を取られていたが、キャビンの大きさもなかなかのものだな、艶のある色の濃い茶色、派手な装飾などは一切ないがどこか煌びやかさを感じる物だ。


「そこのあなた」


 キャビンの窓からこちらに声をかけてくる女性。キャビンの中には他にも人がいるのか話し声が聞こえるが内容はよく分からない。


「はい、何でしょうか?」

「っ! やはりこの国者では無いですね。その格好に、その言葉。どこの国からいらしたのですか?」


 すごいくらい警戒されている。ちなみに、今の格好は青っぽいスーツに、機能性が売りのピカピカの革靴。運動靴は持ってきているがカバンの中だ。


「ん? 言葉?」


 言葉ってどういうことだ──現に恙無く会話をできているはずだ。言葉が通じていないということは無いはずだ。


「今、私は魔法を使って思考を読み、返答の意味を言葉に乗せて送っています。テレパシーってわかりますか?」

「なるほど、魔法ですか」


 なるほど、魔法ですか──お父さん、お母さん、玲、その他の皆。どうやら僕、ファンタジーの世界に来てしまったようです。


「ファンタジー? なにおかしなこと言ってるのですか、ここは現実ですよ。目を覚ましてください」


 ──この子、そういえば思考を読んでるとか言ってたな。怖いな。言葉も棘があって怖い。プライバシーは無しか。別の星から来たとか言っても信じてもらえないだろうな。


「別の星? 宇宙人!?」


 ──思考読んでくる人がゴロゴロ居る場所にいたく無いなぁとか思ってみたりしちゃって。


「さっきからうるさい人ですねぇ、心配しなくても思考を読める人は世界でも数人だけですよ。それより……」


 チョイチョイと小さく手招く女性に従って距離を詰める。


「別の星ってどういうことですか? 聞いたことのない言語ですし、服も靴も綺麗、旅人ってわけでも無さそう。怪しさ満点ですけど、宇宙人っていうなら納得します」

「なんで宇宙人で納得するんですか」


 ──頻繁に宇宙人が来るのか? この星は。よく征服されないな。


「いえ、宇宙人は一度も見たことないですよ。やっぱり、征服するんですか? 宇宙人って」


 あわよくばしようと思ってます──なんて言えないよな。この表情見てると。

 もう目を合わせることすら憚られるくらいに、形相がおっかないことになっている女性を見て、そんなことを考える。


「さっきから、あなたはお馬鹿なのですか? それとも私を馬鹿にしてるんですか? 思考見てるって言ってますよね?」

「いやだって、考えてるのだからしょうがないでしょうよ。こっちは脳があるんだから」

「だからその脳が空っぽなのかと聞いてるんです! それに、こっちはってなんですか! やっぱり馬鹿にしてるでしょ!」

「思考を読んでくる方が悪いとか思わないの?」

「あわよくば征服しようと思っている人を野放しにする方が悪いです!」


 キャビンの中がガヤガヤとしている。何言ってるのか分からないが、やっぱり何言ってるのか分からない。


「っ、無駄な思考まで読んでしまいました……。それより、本当に別の星から来たのですね?」

「はい」


 嘘はない。真剣なその表情にこちらも真面目に返す。


「そうですか。なら、あなたを連れていきます。どうせ、身寄りは無いのでしょう?」

「捕まるんですか? 逮捕ですか?」

「いえ、私たちの教会で迎え入れようかと思います。上手くいけばですけど」


 ──ほう、教会は迷える子羊に手を差し伸べてくれるというのか。ありがたい。


「そういうことです。ありがたく思うのでしたら、余計なことは話さないでくださいね。私たちにもあなたを迎え入れるの事情があるので、おとなしくしている人に危害は加えません」


 ──魔法があるということで薄々気づいてはいたけど、なかなか物騒だな。治安大丈夫か?


「あなたに言われたくありません。ほら乗って! 自己紹介は後で行います」


 御者が扉を開き、ステップを置いてくれる。優しそうな御者さんだ。


「ありがとうございます」


 こちらを見て怪訝そうに首を傾げる御者さんを尻目に中へ入った。

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