第3話:『自分のことを話してる』というのは何となくわかる。

 キャビンの中はなんというか──まぁ、昔のキャンピングカーという感じ。

 赤い絨毯のようなものが床だけではなく椅子にも敷かれており、教会は赤い色が好きなのか。という感想が思い浮かんだ。

 もっと驚くかと思ったが、想像通りの内装に少しの安心感とほんの少しの期待外れ感が襲う。 


「こっちよ」


 取り敢えず、今は女性の指示に従うことにする。

 そのまま彼女の横に腰を下ろすと、再び馬車のようなものは動き出した。


 向かい側には使用人のような人たちが座っており、僕のことを見る目は警戒の色を浮かべている。居た堪れなくなって横の彼女に助けを求めるも、彼女は困ったような顔をしてこっちを見返してきた。


 ──いや、見られても困るのだが。


「そうね。まず自己紹介をしましょうか。私はライラ。そして目の前にいるのが使用人のケーナ、そしてマータ」


 ペコリと頭を下げるケーナとマータ。亜麻色の髪を後ろで纏めている彼女たちの顔つきはどことなく似ている。


「二人は姉妹だもの。それより、あなたの名前は?」


 そうか、やっぱり姉妹だっったか。もう心の声で会話するのが慣れてきた。


「諸星集です。集が名前」

「ふむ。シュウと呼んだ方がこの世界では目立たなそうね」


 ライラの言葉にケーナとマータは首を傾げる。『この世界では』というフレーズに違和感を覚えたのだろう。

 このような会話をするということは、彼女たちには僕のことを説明するのだろうか。


「えぇ、彼女たちは信頼できるから、今ここで説明しておきます。教会に戻ってからではどんな人が聞いてるかわからないもの」


 ──確かに大っぴらにするのは少し怖いから助かるな。


 そういうと、彼女たち三人は僕のわからない言語で話はじめてしまった。時々こちらを見てくる姉妹はびっくりした表情を浮かべたかと思えば、眉間に皺を寄せ難しい顔をしたり、冷たい表情をしたり、悲しそうな表情をしたり、笑ったり──。


 ライラよ、僕たちこんな感情揺さぶる話をしてたっけ?

 有る事無い事話されているのだろうが、会話内容がよくわからない上に、この星の原住民である彼女に全て一任しておくしかない。されるがままの状態だ。


 姉妹には適当に微笑んでおこう。笑顔が一番。




 ──グオオォォォォオオオ!!!


「うおっ! びっくりしたぁ」


 今のは何の音だ?──雄叫びのようなものだとは思うが、太く、とても響くその声に聞き覚えは全くない。


 しかし、御者もライラも姉妹も取り乱す様子はなく、会話を続けて──いや、姉妹もこちらにびっくりしたような表情を向けている。


「突然どうしたのよ。あなたの声に二人が驚いてるわよ」


 あぁ、僕の声に驚いてたんですね。


「あの雄叫びみたいな音ってなに?」

「えーっと、ドラゴンの事かしら。あなたがいた草原から反対側の方向に巣があるからよくここまで来るのよ」

「ドラゴン!?」


 この世界で僕は生きていけるのだろうか。確かにドラゴンという響きはワクワクするし、男子の憧れだけど、実際にいるとなると話が変わってくる。


「襲われないの?」

「ドラゴンは繁殖期以外は比較的大人しい部類よ。でも、繁殖期はエネルギーを使うから、よく食べてよく寝るわ」


 なんか子供みたいだな。ドラゴン。


「基本的に肉食なのだけれど、草食のものもいれば、そもそも全然食べないものもいるし、繁殖期だって十数年に一度と言われているわ」

「なら安心か」

「それに、今この馬車を引いているこの馬の方が強いから万一にも襲われないわよ」

「は?」


 朗報、この乗り物は馬車と判明。

 悲報、ドラゴン、馬以下。


「あなた、この馬見てもビビらないから、ドラゴンも大丈夫かと思ったのだけど──」

「いやぁ、馬は結構向こうの星では見たことあったけど、ドラゴンは見たことなかったから」

「あなたの星、なんか怖いわね」


 あんたらには言われたくないわ。

 すると、ライラは何か思い出したかのように、再び姉妹に向かって話し始める。


 ──なんか姉妹から向けられる目が今度は輝いているのだが、何を言ったんだ?




 暫く走り、馬車は門のすぐそばまで来ていた。見上げる程高い壁に、大きな堀と大きな橋。かなり守りの堅そうな国だな。


「モンスターの襲来がないわけではないからっていうのが理由かしら。過剰な土地開発も行わないし、そうそう来ないけどね」

「戦争がたくさんあるとかいうわけではないんだね?」

「そうね。むしろ共通の敵がいるから周りの国とは協力関係にあるわ」

「共通の敵?」


 なんか物騒なワードが飛び出してきたな。


「魔王よ」

「おぉ、魔王」


 この世界にはすでに魔王がいるのか。魔王はやっぱり世界征服目的なのだろうか。


「さぁ、魔王の目的はわからないわ。過去の記録によると征服を企むこともあったみたいよ」

「魔王はそんな昔からいるの?」

「うーん、かなり昔の文献からも存在が確認できるけれど、歴史上、魔王というのは同一人物なのか、別人なのかすらはっきりしていないのよ。あまり魔王領から出て来ていないというのが大きな理由かしら」


 かなり昔というと数百年とかだろうか? 僕の生まれがオルドシス暦七一〇年。今年二一歳だから、現在は七三一年か。

 多くてもそのくらいだろう。


「いいえ、千年以上も前の文献からも発見されているわ」

「もし、同一人物だったらすごい長寿だね」

「えぇ、だから巷では神の使い、もしくは神そのものなのではないかとまで言われているわ」

「神もいるのか、この星」

「いるわよ。たくさん」


 いるのか。たくさん。


「だから、魔王のことを信仰する集団だって、数えてないけどそれなりにいるはずよ」

「魔王を信仰……」

「いわゆる邪教ってやつね」


 そんなものまであるんだな。


「話を戻すけど、最近になってその魔王が長い眠りから覚めそうという啓示があってね。その魔王を鎮めるために異界の力に頼るということを私たちは繰り返してきたわ。それが最善手だって、歴史が証明しているのよ」

「異界の力?」

「異世界からの──まぁ、勇者ってことね。勇者は魔王の覚醒が近づいた時にこの世界に現れるわ」


 また男子の憧れみたいな存在が出てきたな。異世界からの勇者。もしかして──。


「そう。私はあなたのことじゃないかと思っているの。……ちょっと思想が魔王寄りだけど」

「なるほど!?」


 そういうとこちらにグイッと体を寄せてくるライラ。


「あなたが征服を企むなら、魔王だって邪魔でしょう?」


 耳がくすぐったい。


「恥ずかしいから少し離れてください」


 確かに今の会話を姉妹に聞かせるわけにはいかないが、それにしても顔が近くに来るとびっくりしてしまう。

 それくらいライラの顔は綺麗ということなのだが。


「敬語じゃなくていいわよ。あなたの方が年上だし」

「え?」

「歳、二〇歳なのでしょ? なら私の二つ年上ね」


 ワオ、ファンタジー。大人びた顔立ちだから、てっきり僕よりも年上だと思ってた。


「どこにファンタジー感じてるのよ。さて、そろそろ目的にに着くわよ」


 街中をカポカポと闊歩する馬車。

 ──勝手に思考を読んでおいて、そんな目で見ないでください。ライラ様。


 大通りを進むと、見事な教会が見えてくる。


「かなりデカイな」

「えぇ、この街の中で一番お金がかかっているのはここだと思うわ」


 街もかなり活気があり、話し声がたくさん聴こえる。何言ってるかはわからないけど。

 ──また勉強しなきゃいけないな。


 Dクラスという割にはあまり文明度は低くないな。一等だからというのもあるのだろうけど。

 まさかファンタジー世界とは想像もしてなかった。


 実をいうとここに来てからかなりテンションが上がっている。目を輝かせて周りを見る僕に生暖かい視線が刺さっているのはわかっているが、今の僕はキョロキョロしてしまう逆お上りさん状態だ。


「着きましたよ。降りてください」

「はっ、もう着いたのか」




 キャビンを出ると真っ白な教会が出迎えてくれる。


「さぁさぁ、邪魔しないように裏口から行きますよ。アイラ様にも挨拶しなければなりませんし」

「アイラ様? ライラと名前似てるね」

「アイラ様はこの教会の女神様になります。私はアイラ様から名前をもらったので似ているのですよ」


 ──馬車を降りてから口調がですます調になったな。


「勇者候補のあなたに対してこれ以上警戒していたら不自然でしょう? それに、私はこの教会のシスターですからデフォルトはこれですよ」

「なるほど?」


 裏口に回るとライラと同じような服を着た人が慌しそうに動いている。何かあったのだろうか。

 ライラの顔を見ると、彼女も不思議そうにしている。


「ちょっと行って来ますね。待っててください」

「うん、行ってらっしゃい」


 近くの人を捕まえて何やら話し込むライラ。次第にその顔は曇ってきているように見えるな。

 大変なことが起きたみたいだなぁ──他人事のように考えていると、チラチラとこちらを見ていることに気づく。


 はは〜ん。何となくわかったぞ。僕の話だな?


 それならばとライラに近寄ろうとすると、話を切り上げてズカズカとこちらに戻ってきたライラに、先ほど話していた人と距離を取るように腕を引かれる。


「どうした? そんな顔して」

「……作戦会議が必要です」

「ん?」


 深刻な表情のまま深呼吸をするライラ。


「勇者が、召喚されたらしいの。ついさっき、教会で」

「はえ?」


 ──もしかして、僕、勇者じゃない?

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