第4話:僕が勇者っすね。いやホントに。
僕の思考を読んで顔を歪めるライラ。
「あっ、ほんとに? 僕、勇者じゃない?」
「さぁ? でも、むこうは勇者召喚という名目で行われているから、勇者だと確信できるけど、あなたは……」
なるほど、信用の問題ね。確かにこの場で僕も勇者ですというのはかなりの不審者だよな。
「それもあるけど……それだけでなくて」
「うん?」
「あなたを連れていく時に、うまくいけば迎え入れると言ったと思うのだけど──アイラ様も心が読めるのよ」
あー、確かにそれはまずいね。
「そう、あっちにいるのは召喚したてホヤホヤの勇者。こっちはあわよくば征服したいと考える不審者。あなた一人だけだったら勇者と認められたかもしれないけど、比較対象がいるとなると難しいかもしれないわ」
「ちなみに、認められないとどうなるんだ?」
「教会に住むことはもちろん許されません。まぁ、働き口を探して自立してもらうというのが一般的でしょうか」
うん。普通。思ってた通りだ。
しかし、せっかくこんなところに来たんだから色々体験したいと思ってしまう。勇者とか魔王とか、魔王とか。
「今からダメもとでアイラ様の下に連れて行きますけど、絶対そんなこと考えないでくださいね?」
「顔が怖いよ」
「いいですね?」
「はい」
なんか僕のことでこんな必死になってくれているとわかると嬉しいな。
「──これは私のためでもあるのです」
「ほう?」
「私は一八歳と言ったでしょう。教会を代表して遠征できるのは成人してからという決まりがありまして。だから今回は初めての遠征で、魔王覚醒の兆しについて調査していたのですよ」
そうか、こちらの星は一八歳で成人なのか。こちらより二年早いな。
「えっ、そちらの星は二〇歳で成人なのですか」
「そう。ギャラクシーギャップだね」
「ちょっと何言ってるかわかりませんけど、話戻しますね。それで、その帰りに不審し──違う星に住んでいるあなたを見つけたんです。これは魔王覚醒の兆しと言って過言ではないでしょう?」
確かにそうだ。しかし、いくつか引っかかるところがある。
「何ですか?」
「ライラは勇者召喚があるって知らなかったの?」
「私が遠征でここを出るまでにはそんな話はありませんでしたし、文献の情報では最後に魔王が目覚めるのも一〇〇年以上前のことですし、勇者が現れるとしか書いてませんでしたし」
言葉を発する度に小さくなってゆくライラを見てると可哀想になってくる。
「最後に、異世界人の定義って何かあるの? 僕は異星人だけど」
「もうわかりませんよぉ」
涙目になっているライラにこれ以上聞くのは無理だろう。ここは男の僕が気張る時だ。
「まぁ、僕に任せておいてよ。うまくやるから」
「うぅ、変なこと言わない、考えないのできますか?」
「できるよ」
「どこから来るんですかその自信」
こちらには秘策があるんでね。
「何ですかその秘策って」
「秘策は秘密の策だよ? そう簡単にはいえないな」
「会話は私が行います。できるだけ無心でいてください。この際もうどうにでもなれです──でも、怒られたくはないなぁ」
「信用なさすぎじゃ無い?」
それでも、僕のせいでライラが怒られるのは嫌だなぁ。
できる限りで頑張ろう。
◇
教会の中も忙しなく働く人で溢れている。
「礼拝堂以外はこんなものでしょう。アイラ様は大聖堂にいるとのことですので向かいますよ」
緊張してきた。ミスったらどうしよう。
「緊張がうつるからそんなこと考えないで下さい」
「理不尽だぁ」
一際装飾の多く重厚感のある扉の前。
ライラは深呼吸をしてから声を出す。
「アイラ様。只今遠征より帰還しました。ライラです」
「──どうぞ、お入りなさい」
玉を転がすような声が響くと重厚感のある扉が滑らかに開く。
広い大聖堂の先にいるのは、思わず息を呑む程の──いや、息が詰まる程の神々しさを放つ女性。この星に来てから一番の衝撃が襲いかかる。
「ライラ。そちらの殿方も連れてくるのでは無いのですか?」
「え?」
頭が真っ白になっていたせいで、ライラが進んでいたことに気がつかなかった。気づかなかったのはライラも同じようで、かなり緊張していることがわかる。
ライラに恥をかかせまいと、僕は堂々とした姿勢でライラの下へ急ぐ。
ごめんよ。だから睨まないで。
「調査結果を聞く前に、その殿方について聞きましょうか」
「はい、この方は私が遺跡調査から帰還する際の帰路にて発見いたしました異世界人でございます」
周囲の人からざわざわと驚くような声が漏れる。
「それは確かなのですか?」
「はい、心象魔法により確認ができました」
「──そうですか。それでは、この殿方はどのような目的で来られたのかわかりますか?」
少し考えるような間ができる。しかし、アイラ様には思考が筒抜けのはず。どうするのだろうか。
「彼は魔王が邪魔である──そう考えております」
嘘じゃない。よく言葉が出てきたな。
「そう。つまりは魔王を鎮めるため。そういうことですか?」
「そうでござい──」
「それとも、魔王に自分がとって代わろうとか?」
「っ!」
まずいな。何がまずいって僕が焦っていることだ。それは二人に伝わってしまうだろう。
──こうなったら秘策解放。無心にできる秘密の言葉を唱えるしかない。
「そこの殿方に聞きます。今、私の周りにはたくさんの護衛と聖職者、魔法使いがいます。いつでもあなたを取り押さえ、始末することができること、理解していますか?」
──羊が一匹。羊が二匹。羊が三匹。羊が四匹。羊が五匹。羊が七匹。羊が八匹……
「──!?」
「なるほど。私の兵など家畜も同然ということでしょうか」
再び周囲の人からざわざわと驚くような声が漏れる。
──羊が九匹。羊が十匹。羊が一一匹。羊が一二匹。羊が一三匹。羊が一四匹。羊が一五匹……
「いえっ! 彼にそのようなつもりは無いと思われますっ!」
「というと?」
「くっ、詳しくはわかりませんが。産業動物はいわば守らねばならぬもの。故に、彼が伝えたいのは、自分が勇者となり民を守ろうと言った意思表明のようなものだと思われます!」
言い切ってやったという表情を浮かべるライラ。後から聞くと、とんでもない言い訳である。
羊が──イテッ!
突如として脇腹を襲う鋭い痛みに横を見ると、殺意のこもった目をしたライラと視線がかち合う。
目線を前に戻すと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアイラ様がいる。
先ほどまでの神々しさは薄れており、どこか怯えているようにも思える。
「今度は言葉で答えてください。民を守る勇者になるという先程のライラの言葉は本当ですか?」
──民を守る?
思わずライラの方を見るが、いまだに殺意のこもった目を向けられていたので、すぐに前を向きなおす。
「はい。力なき民を守るため勇者になりたいと思います」
「力なきですか……私の護衛が」
後半よく聞こえなかったが、何か考える素振りを見せるアイラ様。
ひょっとしてうまくいったか?
再び脇腹に鋭い痛みが走るが、彼女は
「まぁ、今の言葉に嘘がないことはわかりました。では話を変えましょう。それでライラ、調査はどうでした?」
コホンという小さく咳払いをしたアイラ様はライラに尋ねる。
「はい。遺跡にてアーティファクトと思われるものを発見いたしました」
そう言ってハンカチに包んであったものを取り出すライラ。
それは小さな──
「ネジ?」
明らかにこの世界には似合わない代物でだったがために思わず声が漏れてしまう。
驚いたようにこちらを見る二人。
しかし、アイラ様の方はすぐに顔が険しくなる。
「知っているのですか?」
「まぁ、はい。かなり身近にありましたから」
「──あなたは召喚で呼ばれたわけではありませんから、自力でこの世界に来たのですよね?」
「はい。そうですね」
「あなたからは奇跡を感じませんから、魔法を使ってという訳ではないでしょう。どのように来たのですか?」
「スペースプレーンという飛行機……乗り物です」
険しい表情のまま行われる質問攻めに淡々と返していく。
「そう、ですか。なるほど……」
「アイラ様、どうかされましたか?」
ついに口を閉じてしまうアイラ様を心配したライラが声をかける。
「いえ、何でもないですよ。大丈夫です」
それにしてもなぜ遺跡からネジが取れるのだろうか……やっぱりどこかの宇宙人が征服しようとしてるのだろうか。
「いえ、それはありません。他の世界から自力で来たのはあなたが初めてのですから。それに、この遺跡は一〇〇〇年以上前の遺跡ですので、過去に存在したオーパーツと考える方が自然でしょう。そうですね?ライラ」
「はい、その通りです」
そうなのか、でもそれだと1度僕達と同じような文明が一度滅びているということになるな。
「その通りですよ」
「へ?」
「一度、この星は生まれ変わっているのです。ここにいるライラや他の人達は、いわば新星人といった所でしょうか」
驚いた。文明を滅ぼしうる何かがこの星にあるのだろうか。考えても分からないが、他人事とは思えず気になってしまう。
「魔王は文明が滅びる前からこの世界にいる存在です。それが目覚めようとしている現在、これらのアーティファクトが魔王攻略の鍵となります。そのために私たちはこれらの知識を持つ異世界の勇者の力を借りるのです」
なるほど、わかってきたぞ。これなら僕はかなり力になれるかもしれない。
「魔王の持つ文明は1度滅びましたが、それでも、力をつければ他の文明を滅ぼしうる強大な力を持っていることは変わりありません」
確かに低文明度であるこの文明は滅ぼされる可能性はゼロではないな。
「あなたが勇者として協力してくれるのであれば、確かに心強いでしょう。しかし、これだけは聞いておかなければなりません。あなたは私の指示に従えますか?」
「僕の行動はとある規則にしたがって行われます。異星保護法と呼ばれる他の星の環境、文明を守るというものです。そのため、僕に文明を破壊するということはできません」
ポケットからスマホを取り出し、法律を映した画面をアイラ様に見せる。
「──なるほど、かなり綿密に組まれた法律ですね。これをあなたは遵守するということでいいですか?」
「はい、その通りです」
「それにしてもこれは凄いですね。こんなものがあるとは、歴代の勇者の中でも扱いやすくてとても助かります」
ニヤリと口角を上げるアイラ様。何をされるのだろうか──ちょっぴり不安になってしまうが、少しは信用してもらえただろうか。
「えぇ、とても。ですがこのルールでこちらを滅亡させることは出来なくとも、魔王側に立つこと、魔王にとって代わることは制限されていません。世界征服行為ができる状態にありますね?」
「まぁ、それはそうですね」
嘘をつくことはできない。
「だから取引をしましょう。」
「取引、ですか」
「そう、あなたはこの世界の文明や、文化を学んで報告する義務があるようですね? それであれば、あなたをカトリナ学園へ編入させましょう。ライラをお世話係として付けますので、何かあれば頼ってください」
こちらとしては願ってもない状況だ。ライラが付いているというのも言語の分からない身としては、この上なく心強い。
「ですから、あなたには勇者として、ライラと共に遺跡や魔王領の調査、アーティファクトの確保、解析を行ってもらいます」
「はい、わかりました。任せてください」
「──そして、ライラ」
「はい! なんでしょうか」
ライラよ、話を振られるとは思わなくて油断していたな?
「あなたにも任を命じます」
「はい!」
「彼、諸星集が我々を裏切れないよう、しっかり手網を握っておくこと。彼を籠絡して構いません。できますね?」
「はい、お任せ下さい!」
この人達、僕を籠絡する話を僕の目の前でしてる……
この感じだと、僕が魔王になるのは無理そうだな。
よく考えたら僕の名前がわかるということは、個人情報ページを開いてるな?
「それでは、調査依頼や何かあれば連絡しますね。二人からも何かあれば私のところに来てください。私、女神ですから導きを与えるくらいはしましょう」
「わかりました。ありがとうございます」
「編入手続きの方はこちらでやっておきますから、報告を待つように。いいですね?」
「何から何までありがとうございます。アイラ様!」
──そして、そろそろスマホを返してください。アイラ様。
少し名残惜しそうにスマホを返してくれたアイラ様。無事、僕は勇者と認めてもらえたようだ。
「そうそう、お部屋なのですが、新しく確保できるまでライラの部屋を使ってください。二段ベッドですので寝る場所には困らないでしょう。決して、襲わぬように。私のシスターですから」
「へ?」
ライラの素頓狂な声が大聖堂に響いた。
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