第1章:学園編

第5話:束の間の休息でしっかり休める奴が一番強い。

「よし、じゃあ部屋に案内してもらおうか」

「私も疲れました。はやく休みたいです」


 アイラ様との面会を終えて、見事勇者の座を勝ち取った我々はかなりの疲労が溜まっていた。


「私が疲れたのは誰のせいだと思ってるのですか」

「まぁまぁ、よく眠れる魔法の言葉教えてあげるからさ」

「何ですかそれ?」


 ライラにも秘策を授ける日が来たようだ。


「羊を数えるんだ。あっ、もちろん頭の中でね。そうすると無心になって、周りの音が聞こえなく──」

「ふんっ」


 秘策を授けている最中に脛を蹴ってくるのはどうかと思うよライラさん。


「──その秘策、これからは寝るときだけにしてくださいね? 秘策は易々と使うものじゃ無いのですよ」

「ん? わかった」


 なかなか分かってるじゃないか。それもそうだ。これからは寝るときだけにしよう。


「そういえば、ここに召喚された勇者って今どこにいるんだ? もしかすると僕と同郷だったりするかもしれないな」

「さぁ、おそらくは国王のところに謁見しているのでは無いかと。馬車が何台かありませんでしたし」


 それ、僕は行かなくてもいいのだろうか。


「さあどうでしょう? アイラ様にも考えがあるみたいですし、そこはどうにも」


 そういうものなのか。いつか会ってみたいな。その勇者。


「それにしても、少し引っ掛かるところがあるのです」

「それは?」

「国王や、他の重鎮との謁見がないのもそうなのですが、勇者は古来より、条約によって王家に仕えるはずなのです。そのせいで、教会のなかに勇者の文献は少ししか残っておらず、魔王の文献もそのほとんどが、教会独自に調べ上げてきたものです」

「それは……。確かに不思議だな。勇者を召喚した教会に王国は情報を共有していないのか。お互い、何か企んでそうだな」

「はい。教会は所属する国家と民を裏切らないために勇者を王国へと送るのですが──」


 国家への裏切り行為は民への信仰心にも影響してしまうのは言わずもがな、この世界は勇者召喚をしないと文明の危機に発展してしまう可能性があるため、教会側としては勇者召喚は行わなければいけない。

 しかし、その王国に何やら怪しい動きがあるということか? それも一〇〇年単位で。


「アイラ様も、勇者の召喚でかなりの奇跡を使ったでしょうから、王国に大きく出れません。だから手足のようなものが欲しかったのかもしれません。女神の勇者として」

「なるほどな」

「本心は聞いてみないことにはわかりませんけどね」


 それにしても、アイラ様も言っていた「奇跡」とはどういうものなんだ?

 魔法と何か違うのか?


「奇跡というのは、人の使うことのできる魔法の上位互換のことで、優れた魔法使いの中でも一部の者にしか使用することのできない特定の大規模な魔法のことを指します。勇者召喚がその例ですね」


 なるほどな。アイラ様は優れた魔法使いというわけか。


「はい。そのため、信者にも魔法使いが多いという特徴がありますね……っと、そろそろ着きますよ」


 現在二人で向かっているのはライラの暮らしている寮だ。先のアイラ様の言葉にしばらく固まっていたライラだが、どうにか持ち直してここにいる。


「持ち直してないですよ。開き直っただけです。これも任のため、仕方なくです」


 そういう気質ツンデレ疑惑のある人に言われてもなぁ。

 しかし、ここが教会の寮か。ここの外装にもかなりのお金がかかっているように見える。教会同様、白く眩しい建物は信者のお金で建っているのだろうか。収入が気になってくるな。


「ここです。私も遠征で部屋を空けてたので少し掃除を手伝ってもらいますよ」

「もちろん。何でも手伝うよ」


 階段を上がった先、三階の角部屋。そこがライラの部屋になっているようだ。この世界にしてはかなり立派な作りになっているように思える。


「この世界にしてはって、後で聞きますからね。あなたの世界について」


 まぁ、答えられるものは答えていくつもりだ。どうせ嘘はつけないのだから。その代わり、ライラにもこの世界のことを教えてもらおうか。


「そうですね。まず、あなたにはこの世界の言語を話せるようになってもらわないと。魔法使いながら話すのはものすごく疲れるので」

「本当にすみません」


 なんか、すごく申し訳ないな。さも当然のように使っていたからてっきりそこまで苦労していないのかと思っていた。


「私だって、思考を読むのは失礼というか、心痛いと思ってるのですよ」

「そうか……まぁ、物覚えはいいから任せといてよ」


 一人で住んでいるにしてはかなり広い間取り。というか、掃除が必要ないくらいかなり綺麗だぞ。


「成人するまでは二人で使っていたからですね。成人してからその子が一人部屋に移ったので、私がここに残ったのです。それにしても掃除してくれてたのですね。シーツも新しくなってますし」

「そうだね。なんかいい匂いもする」

「……」


 すごい冷たい視線を向けられてる。褒めたつもりなんだけどな。


「そういえば、遠征してたライラは荷物とかないの?」


 背負っていた荷物を下ろしながらふと、先ほどから手ぶらで行動しているライラに尋ねる。


「ケーナとマータに託してるわ。それより、あなたの荷物の方が気になるのよね」


 ほうほうと相槌を打ちながら種類ごとに仕分ける作業に移る。

 まずは衣類。運動靴とパンツ、靴下、そして服を上下で二セット。運動着と部屋着。着慣れている物ではなく、シワにならないように購入した新品そのままの状態で持ってきた。

 そして貴重品。光で充電、蓄電できるバッテリーと、換金するために持ってきたアクセサリーなどの金目のもの。

 最後に軽めの食料。


「この指輪やネックレスはあなたの趣味ですか?」

「いや、違うけど」


 物珍しそうにアクセサリー類を見つめるライラ。この部屋や、ライラの服装を見ても感じるが、装飾品の類がほとんどない。確かに、教会のシスターが煌びやかな物を着用していると、信者からの目が怖そうではある。


「これらは全て換金目的のものだよ。この世界の通貨とかは知らないからこういうものしかなくてね」

「なるほど、理にかなってますね。これらは全てそちらの世界でもお高いものなのでしょうか?」

「いや、一部を除いて安物も混じってる。異星の商人がこちらの適正価格で買い取ってくれるかもわからないから、確かめる用だね」

「かなり慎重ですね」


 まぁ、できるだけ騙すようなことはしたくないのだが、身一つできているため慎重にならざるを得ない。


「一ついる? そこまで重要なものじゃなくなったし、一応、このアクセサリーはアイラ様に参考品として提供するつもりだったけど」

「いいのですか?」

「まぁ、安物引いても怒らないならいいよ」


 そういうと、一つずつ手に取り吟味し始める。

 そこに、今まで年上の様にも思えていた彼女の姿はなく、恐る恐る指にはめてみたり胸元に当ててみたりするその姿は、年相応の女の子に見える。


 今は、吟味に集中しているようなので彼女はこちらの思考は読んでいないだろう。何を話しても反応してくれなさそうな雰囲気を出している。


 ──ちょっと可愛い。


「今の内に作業進めとくから、決まったら声かけてねー」

「……」


 案の定無反応である。

 早く休憩したいので全力で仕分けを進めていく。食べ物は保存が効くため、後でどこかに置いてもらおう。

 バッテリーは窓辺の光のあたりそうなところに置いておく。

 衣類は……勝手にタンスやクローゼットを開けるわけにはいかないため、放置。


「シュウ。これに決めました」

「ほう?」


 名前呼びにグレードアップしていることも驚きだが、手に持っている指輪は数少ないの指輪だ。


「本当は服の下からも付けられるネックレスにしようと思ってたのですが、サイズ的にピッタリの指輪があったのでこれにします」

「いいセンスだねぇ」

「もちろん、これでも女性ですからアクセサリーの良し悪しくらいわかりますよ」


 全国の女性のハードルを上げるようなセリフだな。この世界だとそういうものなのか?


「この服とか、食料なんだけど、どこかにしまう場所ないかな?」

「それでしたら、真ん中二段のタンスを自由に使ってください。一番上と一番下は私の物が入ってるので開けないように。その今着ている服はシワにならないようにクローゼットにかけてください」

「今着替えちゃってもいい?」

「──後ろのシャワー室を使ってください」


 シャワー室なんて物があるのか。そういえばトイレってどこにあるのだろうか。


「トイレはシャワー室の横です。引き戸になっているところがトイレです」

「なかなか水回りが充実しているんだね。意外だったよ」

「そんなにですか。まぁ、この辺りの建物は他よりも進んでますからね──あなたの世界ほどじゃないですけど」


 三点式ユニットバスのようにシャワー室とトイレが一緒じゃないのも意外だった。


 シャワー室に入ると、何の変哲も無い石鹸の匂いが鼻に入ってくる。それはライラや部屋から匂ってくるものではない。この世界は香水とかで匂いを消すのが主流なのだろうか。


 ズボンの裾や、革靴に植物の擦れた跡がついてしまっているが、洗濯や靴磨きでどうにかなると思いたい。

 これも後で聞いてみるか。


 今日はもう休憩したいので部屋着に着替えてシャワー室を後にする。


「スーツはこちらに預かります。洗濯して欲しいものあれば、このカゴの中に入れてもらえれば、後日洗濯して返されますからお願いしますね」

「おおう。至れり尽くせりだな。助かるよ」

「いえいえ、これも使用人の仕事ですから」

「そういえばだけど、使用人とシスターって何か違うの?」_


 ケーナとマータの姉妹は使用人と紹介されたが、どうなのだろうか。あの姉妹と接するライラの態度は上下関係を感じさせない物だった。使用人というのは他所に見せる建前のような気がしてしまった。


「まぁ、そうね。彼女たちはシスターの見習いだから、成人したシスターのお世話を使用人としてすることが仕事なのよ」

「なるほどね。じゃあライラも去年までやってたの?」

「そうね、ここに住んでたもう一人と使用人をやっていたわよ」


 そうかぁ。それはそれでみてみたいけどな。使用人ライラ。


「ベッドってどっち使えばいい? 上下」

「私は下で寝ていますので、上使ってどうぞ」

「了解」


 今日やることは終えた。あとはご飯食べて寝るだけ。

 ──ん? ご飯?


「夕食は時間が来たらケーナとマータが呼びにくるわ。それまでは自由時間よ」

「じゃあ、それまでは寝てていいのか」

「こんな中途半端な時間に寝るの? まぁいいけど……私も少し休むわ」

「おっけー、じゃあおやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 少しの間だけ、脳を休ませよう。今日は色々と驚かせた。ライラにもたくさん負担をかけてしまっただろう。ちょっと脳内を整理しよう。

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