第6話:夕食、入浴、報告、就寝、編入に向けて

 体を揺すられる。ケーナとマータが起こしに来たのだろうか。

 だいたい三時間くらいは寝れただろうか。予想よりも寝やすいベッドに暖かい毛布。この星に来た時には想像のできなかった高待遇。


 初日は野宿も想定していた身としては周りの温かさに感謝しかない。


「起きてください。準備してから食堂に行きますよ。アイラ様を待たせる訳にはいきませんから」

「そうか。みんなで食べるんだね」

「そうですよ。だから早く起きる! 毛布から手を離してください!」


 ぐいぃっと引っ張られる毛布は僕の手を離れる。身を包んでいた温もりを失って気づく毛布の大切さ。


「ちょっと寒いな」

「寝ぼけるのはいい加減にしてください」


 べしべしと叩かれ、ようやく頭が冴えてきた。


「こんなに寝起きが悪いとは思いませんでした……。つくづく手間のかかる人ですねー」

「すみません」

「ちなみに、これ初日ですよ?」

「はい、すみません」


 ベッドメイキングをして、顔を洗っている間にぐうの音も出ない言葉をかけられる。謝ることしかできないのが情けない。


「もしかしてですけど、結構なお坊ちゃんだったりします?」

「いや、一般家庭だと思うよ。そもそも、僕の星はそこまで階級があるような星じゃないしね」

「そうなのですか……それは、どういうように国が成り立ってるのか不思議ですね」

「──よし、準備終わったよ」


 お互いの星の話は、ゆっくり離していければいいだろう──まだ初日なのだから。


    ◇


「さぁ、みんなが待っていますから。入って」

「おおう」


 かなり立派な扉の前に立たされている僕は、扉の前で固まっていた。

 扉越しでもわかる人の多さと食堂の広さ。この教会は本当にどこから資金が出ているのだろうか。信者の数が知りたくなってしまう。


 しかし、いざ扉を開けるとかなりシンプルな造りになっており、並べられた長机にシスターや、使用人もとい見習いが座っている。


「後ろの席に見習いが座るので私たちは前の方にいきましょう」

「あぁ、分かった」


 作法のわからない僕はライラに引っ張るように誘導され、言われるがまま着席する。


 他とは向かい合うように置かれた席にはアイラ様が座って微笑んでいる。


「食前と食後には戴く糧への感謝の言葉を述べるのですが、あなたは信者でもなければ、シスターでもなく、ましてや言葉もわからないということなので、合掌だけお願いします」

「了解です」


 アイラ様の号令により、一斉に何かを唱え始める。これが感謝の言葉か。宗教の用語も入ってそうだが、なかなか難しいな。取り敢えず僕は合掌しておく。


「いただきます」


 邪魔しないように小さく、こちらも感謝の言葉を唱える。


 夕食はシチューのようなものだ。調味料は少なめで、濃い味に慣れた舌からするとかなりの薄味だが、とろみのあるシチューからは甘味を感じることができる。ふむ。美味。


 ライラを見ると硬いパンをシチューに入れたりしている。パンは量があるため、シチューに入れた方が食べやすいだろう。

 夕食の割にはそこまで食べないのだなとギャラクシーギャップか文明の差なのかわからないが違いを感じつつ食事を進めていく。


「おっ?」


 横から伸びてきた手が、僕のシチューにパンを投入する。


「いいの? これ貰っちゃっても」

「いいですよこれくらい。私と会った時間を考えると、お昼も食べてない感じだったので、温情です」

「ありがとう。嬉しいよ」


 天使だ。色々あって昼飯を食べる時間はなかったのは確かだ。

 見知らぬ星に来て不安だったけれど、もう優しくされすぎて泣きそうだ。


 ──しかし、年下のライラに気を遣われすぎて申し訳ない気持ちもある。


「私は夕飯をそこまで食べないのですよ。あとは寝るだけですし」

「お腹空いてたから助かるよ」


 そういえば、ここは男子禁制とかではないのだろうか。周りは女子が多くて少し落ち着かない。食堂に来てから好奇の視線が背中に刺さっているのを感じる。静かな食事中だから尚更気になってしまう。


「しばらくは耐えなければいけませんね。ここは男子禁制というわけではなくて、他所から神父様や司教様、ブラザーなど男性の方も来られることはありますが、この教会は女性がほとんどですので物珍しいことには変わりありませんね」

「他所の教会とかもあるのか」

「はい。アイラ様を信仰しているのには変わりありませんが、所謂こちらは本部。他は支部といった感じですね。月に一度使者が来て、報告連絡をする形です」


 なるほどな。立派な教会だとは思っていたが、他方にも展開する宗教組織の本部と思えば納得だ。


「この国、オルドルムで一番の信者を抱える宗教ですからね、アイラ教は」


 ちょっと誇らしそうにするライラ。

 それにしても、この国はオルドルムというのか。かっこいい名前だな。


「シュウ。ライラ。少しよろしいですか?」


 突然、目の前に現れるアイラ様。気配でも消せるのだろうか。


「シュウの編入日が決まりました」

「仕事が早いですね」

「えぇ、取引ですから」


 ふふっと笑ってみせるアイラ様はとても絵になる。これは信者がたくさん付くわけだ。


「シュウには、明日から通ってもらいます」

「明日!?」


 急だな──仕事が早すぎる。ライラもびっくりしている。

 それはそうだよな。遠征から帰ってきたばかりでこれはきついような気がするけれど。


「まぁ、そうですね。ですが、早めにいって損はないですよ。きっと」


 その「きっと」にはどんな意味があるのだろうか。ライラを見て言っているその言葉は、僕が何か役に立てるという意味なのだろうか。気になってしまう。


「役に立てますよ。ライラのことも助けてあげてくださいね」

「はい。わかりました」


 できることならなんでもやってやろう。新環境なのだから積極性を大切にしていきたい。


「ふふっ、頼もしいですね。ねぇ、ライラ」

「えっ? あぁ、はい。そうですね」


 どこか照れたように目線を下にしているライラとは長い付き合いになりそうだし、助けられてばかりでは男が廃れてしまう。


「あぁ、アイラ様に渡したいものがあるのでした」

「なんでしょうか?」


 先ほど仕分けておいたアクセサリーをポケットから取り出す。


「まぁ、これは……のものですね。とても綺麗です。参考品としてお預かりしても良いということでしょうか?」

「はい。ぜひ受け取ってもらいたいです」

「他の勇者はこちらが一方的に召喚しているということもあり、衣類ぐらいしか手に入れられなかったので助かります」


 嬉しそうに目を輝かせるアイラ様。ライラの時もそうだけど、やはり女性は綺麗なものが好きなのだろうか。


    ◇


 食後の感謝の言葉を述べたあと、好奇の視線から逃げるように部屋へ戻る。


 この教会には体を清めるための浴場はあるらしいが、こちらは男子禁制。大人しく部屋のシャワーを使うことになった。

 石鹸は使っていいとライラから許可をいただいたので、使わせていただく。


 どういう仕組みなのか、暖かいお湯が出る。うん、ファンタジー。

 泡立ちはまぁ、悪くはないがパサついてしまうな。こういうものなのだろうか。汗の匂いや汚れを落とすという目的は達成できそうなので、これで満足しておこう。


 シャワー室から出て、タオルで水気を飛ばす。そういえばこの部屋はタオルの量がとても多いな。他の部屋もそうなのだろうか。


「他の部屋もそうですから、早く服着てください」

「どわぁっ!」


 ライラも気配を消せるのだろうか。全然気づかなかった。

 大事なところを急いで隠し、シャワー室に逃げる。


「随分と早かったね。もう少し時間かかると思ってたんだけど」

「お風呂場で質問攻めにあったので逃げてきたのですよ。全く、ゆっくり浸かりたかったのですが、仕方なしです」


 わお。大変だなぁ。

 急いでパンツとズボンを履く。


「シャツはまだ着ないでいいかな? 汗かきそうだから」

「まぁ、上くらいならいいですよ」


 許可を取ったのでシャワー室の外に出る。

 椅子に座っているライラは何かを髪に塗り込んでいるのだろうか?

 長い綺麗な髪を手櫛で整える際に、小瓶から何かを手に取り出している。


「これですか? 普通のヘアオイルですよ。ほら、石鹸では髪がパサつくでしょう」

「ほほう……そんなものが」


 もちろん僕の星にもあるし、時々玲が使っていたのを知っている。しかし、男の僕はそこまで髪に気を使ったことがなかった。


「ここに来る前も出てきた玲というのはシュウの家族ですか?」

「うーん。家族というわけでは無いな。幼い頃から一緒に過ごしてきたというのは間違いないけど……」

「幼馴染ということですね」

「ライラはそういう人いないの?」

「私はここのシスターがそれにあたるわね」


 ここにいる子は何か事情があるのだろうか。少し気になるが、センシティブな話題になりかねないからライラが話す時が来るまで待っておこう。


「小さい頃から頑張ってたんだね」

「……そうよ?」


 玲のことを思い出そうとすると、あの時の記憶まで読まれそうで必死に誤魔化す。


「ちょっとこっちに座ってください。ヘアオイルを少し取りすぎたので分けてあげます」

「え、いいの?」


 大人しくライラの前に座ると、髪を撫で付けてくる。少し気持ちがいい。このヘアオイルいい匂いがするな。ライラの匂いの元はこれだったのか。


「あなたはこの星のことを知らなすぎますから、明日の空いている時にでも必要なものを買い揃えるついでに色々見て回りましょう。アイラ様から先ほどお金をいただきましたので」

「助かるよ。こんなに良くしてもらえるとは思わなくて、なんだか不思議な気分だね」

「シュウには私たちを裏切れないようになってもらわなければいけませんからねー」


 そうだ。初日だし一応報告フォームに入力しておこう。

 髪を撫で付けられながら、スマホを取り出し入力し始める。


『オーリムシルワ星、オルドルムという国に滞在。勇者として教会に迎え入れられた。明日からは学生として、カトリナ学園へ通う。

 この星は魔法が存在しており、神の存在も確認できた。

 この神は勇者召喚なるものを行い、異世界から人を呼ぶことができるという。魔法を上手く使えるかは個人差があるようだ。食生活はほとんど変わらず、シャワーや浴場、ベッドがある。この場所はいうほど低文明ではない。』


「これはなんですか?」

「この星のことを報告するためのものだよ。このキーボードで文字を打ち込めるんだ」

「キーボード?」

「この文字盤のことだね」


 スマホに興味津々の様子。手を止めずに覗き込んでくるライラの髪や息がかかってくすぐったい。


「すごい技術ですね。こんなものがあるなんて信じられないです。他にどんなことができるのですか?」

「そうだな。遠くの人と会話したりとか、連絡手段として使うことが多いかな」

「遠くの人……そんなことが」

「あとは写真を撮るとか?」

「写真ですか」


 この星にも写真というものはあるのだろう。だがいまいちピンときていないように見える。


「この画面見てみて」

「っ! 鏡ですか」

「これがカメラだよ。撮りたい景色が見えるんだ」


 確かに鏡として使用する人もいるけどね──インカメを起動すると、そこに映る自分の姿に驚くライラ。


「一枚撮ってみようか?」

「えっ、今ですか?」


 おっかなびっくりといった様子で不安そうなライラ。流石に怖かったか?


「いえ、怖いというか、準備ができていませんし」

「そんな堅苦しく考えなくていいよ。記念だと思って」

「そうなのですか。じゃあ、わかりました」

「よし、ここに映るように顔だして」


 インカメに二人で映るようにしてシャッターボタンを押すと、カシャッという音と共にスマホの画像が固定される。


 ふむ。悪くない。僕が上裸なのを除いてすごくいい写真だ。


「こんな感じになったね」

「わぁ、不思議ですね。こんな薄いのに」


 ライラはカツカツと指先でつついてみせる。

 すると、ちょうどメッセージが飛んでくる。玲からだ。


「ほら、こんなふうにメッセージを送れるんだ。玲からだね」

「なんて書いてあるかはわかりませんが、こんな感じなのですね」


 おっと、そうか。思考は読めても文字がわかるわけでは無いのか。自然と会話していると忘れてしまうな。


「ちなみになのですが、なんて書いてるのか聞いてもよろしいですか?」

「あぁ、こっちはカフェで働くことになったよ。家もスマホですぐに借りられたから、とても便利。全体的に機械化が進んでるけど、法律がしっかりしているから人が仕事を奪われることによる失業率はかなり低い。当たりの星だった! とのことですねー」

「なんか、想像ができないですね」

「これからだよ。色々教えるから、期待してて」


 かなりいい環境を引き当てたようだ。玲は人柄がいいから接客業に向いてそうだ。玲の状況は気になっていたから報告がきて安心する。

 カフェでの制服姿だろうか。写真が添付されている。


「そっちはどう? 生きていけそう? ってどんだけ過酷な環境を想像してるんだろう」

「かなり心配されてますね。シュウも安心させたほうがいいと思いますよ」

「そうだな」


 ここまでの経緯を簡単に説明する。魔法があると知ったらとても驚くだろうな。


「写真も送ってみては? 向こうと同じように」

「え、いいの?」

「まぁ、安心させてあげたほうがいいでしょう」


 ──ライラさん。そっぽ向いて言われると言葉の裏を探りたくなるんですけど。


「まぁ、送るか」


 既読は付くのだけど返信が来ないな。やっぱり魔法のある世界って驚くよな。


「えぇっと、なかなかいい星に行けたようですね。可愛い女の子と楽しんでいるようで何よりです。約束は忘れてないよね? 会った時、覚悟しとけよ──最後、物騒なんですけど」

「安心させられてよかったですね」

「そういうものなのか? なんか違う気がする」


 また明日ね、おやすみなさい──そういってスマホの電源を落とす。明日は早そうだし、スマホの充電も勿体無い。バッテリーに挿してから寝よう。

 歯を磨いて、床に就く。


「シュウ。おやすみなさい。電気消しますよ」

「うん。おやすみ、いい夢をー」


 明日からは学園が待っている。ライラがいるから不安は無い。楽しみにしていこう。

 そう心に決めてから意識を手放した。

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