第7話:適材適所ってなかなか難しい。(前編)
さて、今日は学園登校初日だ。毛布を剥がそうとしてくるライラに持てる力を余すことなく使って抵抗するところから一日が始まる。
「いい加減起きてください!」
「寒いぃ」
「甘えない!」
朝はとても冷え込む。ガクガクと震える僕に無慈悲な手を伸ばす彼女は朝の冷え込みよりも冷たい目をしていた。
食堂で朝食を食べ終える。シスター達は昨日ほど忙しそうにはしていないものの、食事が終わるとみんな時間に追われるように散っていった。
「シスターは私と同じように学園へ通う人も少なく無いですからね。もちろん、通わない人もいますけど」
「へぇ、学園って何歳から何年間通うとかあるの?」
「通い出すのは一五歳からですね。期間は厳密に決まってはいないけれど──大体三、四年ですかね」
「なるほど……決まってはいないのか」
それでも一五歳からというのは決まってるのか。それより前に学校教育はないのだろうか。
「学園に通う前に、初等教育として大体七歳から一四歳までは男性は戦士になるため、女性は医療を学ぶために学校へ行いきます。まぁ、個人的に教師を雇える人や、家族間で教えられる家庭だと行かないことが多いのですけど」
男女でカリキュラムが違う──僕の星ではあまりお目にかかれない教育方針だな。
「私が通っている学園は高等教育で、研究や、数学、美術、法学、高等医療などを学びます」
「名前だけ聞くと、なんだか大変そうだな」
「大変ですよー。女性は初等教育を終える頃には婚約か結婚をする人も多いから、高等教育は受けずに家庭に入る人もいるし、戦士を志望する男性は初等教育を終えたら働く人も多いですね。だからかなり限られた人が高等教育を受けることになります」
「──もしかして、ライラって優秀?」
普通の女の子はもう婚約している人が多いのか。
聞いている話だと金銭的にも内容的にもかなり高度な教育機関のようだけれど、どうなのだろうか。
「そういう訳ではないですが。私が通っている学園は教会の寄付金が運営に多く使われているので、その分私たちシスターは安く通えるのよ。ありがたいことです」
「だから、シスターは学園に行く人が多いのか」
「そうね。医療知識は役に立ちますし、それにシスターで家庭に入る人は少ないですから」
登校する準備をするために部屋に戻る。
制服があるようなのでそれに着替えるようにアイラ様から渡された制服に袖を通す。この星の衣類をまだ持っていないため制服があるのはとても助かる。
「なかなか似合ってますね」
「そう? 結構腰回りきついんだね。ちょっとかっこいいかも」
丈は少し長く、黒を基調とした結構スタイリッシュな制服であり、体をかなり細く見せるような作りになっている。エポレットというものだろうか、肩の装飾と、金のボタンがアクセントになっており、軍服のようでとてもかっこいい。
学ランは元々軍服だと聞いたことはあるが、この服装を見ると納得する。襟の作りや、大きなボタン。学ランと類似するところは多くあれど、こちらの制服はより軍服のようで、より華やかに、より気品を感じる作りになっている。
「後ろのベルトで調節するのですよ。ほら、ここを引っ張って」
ライラは僕の背中の制服の内側に手を入れて、何かを引き出してきた。手を回して確認すると、確かに細い紐のようなものがあるのを感じる。着るときは気づかなかったほどに目立たないベルトだ。ここで腰回りを絞ることができるという。
よく見てみると、袖やズボンの裾にまで細い紐が通っており、絞れるようだ。
「そういえば、ライラのその服装も制服なのか」
「そうですよ。可愛いでしょう?」
「確かに、丸みがあって可愛いな」
男のスタイリッシュで細い制服とは異なり、ボディーラインを隠すようなシルエット、丈の短いポンチョ──ケープコートというものだろうか。全体的に茶色を基調とした落ち着いた色合いで、とても可愛らしい。
「気に入ってるんです。この制服」
「よく似合ってるよ」
◇
時間も迫ってきているので、教会を後する。大通りを真っ直ぐ進み、繁華街を抜けて真っ直ぐ歩く。
ここにきた時も感じていたことだが、この街は人で賑わっている。何を言っているかはわからないが、ここまでかなりの人に話しかけられた。
ライラが対応してくれたからどうにかなったが、早く言語を学ばないとかなり不便だと痛感している真っ最中だ──学園に着いたら書物を見てみよう。
「そうですね。簡単な本を見繕いましょうか」
「助かるよ」
目の前に見えてくる白い建物。先ほどまで居た教会に近い雰囲気を持つこの場所が学園なのだろうか。
周りには他の建物は見えないためそうとしか考えられないが、あまりにも敷地が広い。今まで体験してきた学校生活では考えられないほどである。
「この学園には、戦士になるための訓練所や魔法研究のための研究棟や試験場もありますからね。他の学園よりも大きな造りになってますよ」
この星の中でも大きい学園なのか。
まだ、始業まで時間があるためだろうか、学園の敷地に入るも生徒はそこまで見かけない。
「まずは学園長室に書類を出しに行きましょうか」
「わかった。挨拶もしたいからね」
「……名前を言う時に教えますね」
「助かる」
今の状態はライラにおんぶに抱っこだ。僕の活躍できる場を探しているが、なかなか見つけられない。
──遺跡や魔王領などの調査ではすごく頑張りたい所存です。
「いいですよ。適材適所です」
「あまり優しくされると、本当にダメ人間になってしまう」
「それは困りますね。早く言語くらい覚えてください」
はい。頑張ります。
そうこうしているうちにどうやら学園長のいる部屋に着いたようだ。かなり敷地の中で手前の方にある部屋。来客が来た際に、訓練所や研究棟に近寄らせないためだろうか。
ライラはノックをして扉の向こうに一声かける。中からはくぐもった声が返ってくる。かなりお年を召している方なのだろうか。
「入りますよ、着いて来てください」
「おっけ」
重い扉を開け、体を滑らせるように中に入る。
──いや、重すぎだろ。
部屋の中はとにかく煙たい。タバコ──葉巻だろうか、かなり肺に来る匂いと視界の悪さに息が苦しくなる。
こんな健康に悪そうな場所に一八歳のライラを入れたくないと考えるが、この星の常識はこれなのだと思って我慢する。
呼吸も止めていたいと思うこの煙の中で会話をするライラと学園長。
気圧されそうになる程の低い声。その声に空気がビリビリと震える。
「ほら、挨拶をしてください」
「これからこの学園でお世話になる諸星集です。集が名前です。よろしくお願いします」
必要最低限の挨拶なってしまうが、翻訳するので関係ないだろう。
「学園長のワルドー・ハイネマンです。異世界の勇者ということは聞いています。何か困りごとでもあれば、ここの戸を叩きなさい。充実した学園生活を送れることを祈っています。とのことです」
「ありがとうございます」
なかなかいい人だな。煙たいのはどうかと思うけど。
最後にお辞儀をして学園長室を後にする。ワルドーさんの言葉を聞いた後だと、学園にきたという実感が湧いてくる。あと空気が美味しく感じる。
「それでは教室に向かいますよ。でも、時間があるので少し遠回りしましょうか」
「案内よろしく!」
ライラの隣に並んで再び歩き始める。探索しているようでワクワクするが、これから授業を受けると考えると少し緊張する。
「学園長の葉巻の数すごかったね」
「まぁ、確かにそうですね。いい歳なので健康面が少し気になりますが」
「息が苦しくなるくらい煙たかったから、換気でもすればよかったのに」
「──そんなに煙たかったですか?」
ワォ、ここの星ではあれも普通なのか? タバコって体が強いからどうとかいうことはないと思うが。本当に健康面は大丈夫なのだろうか。
「ここがロイド教授から法学や政治学を学ぶ教室です。今はお休みみたいですが」
「先生ごとに教室があるの?」
「はい、そうですよ。ですから次に受ける授業をあらかじめ決めておいてその場所に行くんです」
「はぇー、確かにちょっと大学みたいだな」
「だいがく?」
「こっちの星の高等教育だよ」
ほほう──未知の言葉に少し首をかげるライラだが、納得したのか小さく頷いている。
「そしてこの先が図書室です。基本的に医学書や法に関する書物、神学に関する書物が多いですね。生物や数学、騎士道に関するものもありますよ」
「少し寄れたりする?」
「いいですよ。せっかくなので入ってみましょうか」
授業の前にこの星の学問のレベルを確かめておこうか。
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