第10話:金が欲しいなら働こう。(前編)

「法学とか、医学とか……わからないって」

「仕方ないですね。会話もままならないですし。まだ二日目、頑張りましょう」


 少し落ち込んだ心に慰めの言葉が染みる。

 今日は座学だけということもあり、役立てそうなのは数学だけだった。言語の壁がどうにも厚すぎる。


「時間がある時に言葉は教えますから、安心してください。何故か見ないうちに少し話せるようになってましたけど……」

「さすがに少しはわかってきたよ」


 本と授業のおかげで、使われやすい単語はわかってきている──意味と結びついていないものが多いのだけれど。


 教会から支給されたお弁当を二人で食べながら今日一日の学校生活を振り返る。

 どんな作り方をしてるか分からないが、このお弁当は残り物から出来ていると聞いたはずなのに、全く新しい料理に生まれ変わっているのはなんでだろうか。


 ──今度シェフに話を聞きに行こうかな。


「このあとは特に何も無いので、買い出しに行きましょうか」

「なんかドキドキするな」

「緊張してます?」

「いや、わからなければライラを頼ればいいし──どんなものがあるか楽しみなんだよね」

「うーん、あなたの世界から見れば平凡の凡の下みたいなものばかりでしょうけど」

「物珍しさにも期待したいところだね」


 まぁ、今日は生活必需品を買うことがメインなんだろうけど。

 今日登校するために使った道を引き返し、繁華街へ向かう。


 ふと、スマホを確認してみると、きちんとマッピングされていた。


 ──また行けるように名前付けとこう。

 マップには名前を登録できる機能があるため、安直ではあるが「繁華街」と登録する。


「便利ですね、それ」

「でしょ? これで道に迷わなくてするって訳よ」


 しげしげとこちらの手元を見つめるライラにピンチアウトして現在地を見せる。

 上から見た映像が簡略化して示されているそれを見たライラの目線はスマホと空を行ったり来たりしている。


「大体は人工衛星って呼ばれる、はるか上空を飛んでいる機械によって撮影されているものだね」

「上空を飛ぶ機械ですか?」

「まぁ、技術が進んで肉眼では見えない距離を飛んでるから僕達からは確認できないけど」


 僕の星が周りの星よりも宇宙開発がかなり発展しているからできる芸当だな。


「それが僕のことをついて回って、このスマホと位置情報の伝達し合ってるんだ」

「不思議な技術ですね」

「不思議だよな。僕も詳しくは分からないから何となくその気持ちわかるわ」


 詳しい説明を期待してるかもしれないが専門的なことはからっきしだ。

 そんな目で見ないで欲しい。専門的なことはからっきしだ。


「二回言わなくていいですよ」

「……」


 思考を見るのに魔力を使うと言っていたから、無駄に思考を読ませるのは負担になったりするのだろうか?


「一言二言増えたところで負担はそんなに変わりませんが、可哀想そうですよ。本来しなくていいツッコミをしなきゃいけないので」

「そんなにか」

「むしろこっちの方が疲れますね」

「そんなにか!」


 まぁ、ここに来てからテンションが高いからふざけちゃうことあるけど……そんな遠い目をしないでもいいじゃないか。

 過去に何かあったのだろうか。


「──何もないですよ」

「そっか」


 今無理に聞かないで、言いたくなった時に寄り添ってあげよう──だからなんで睨むんだ。女心はよくわからない。


「女心語らないでくれますか? なんか怖いです」

「厳しいね」


 そんなこんなで繁華街の中を散策して最初についたのは衣類を取り扱っている店だ。

 民族衣装のようなものから、礼服のようなものまで幅広く取り扱っているその店の印象はなんといってもである。古着屋とかの日ではないレベルの密度で服がかけられている。


 一応、ジャンルごとに分けられているようで見やすいが、如何せん勝手がわからず、ただただ目の回るほどの量に圧倒されている。

 そんな僕はライラの影に隠れるように店内を進んでいく。


「何してるんですか」

「なんか周りに見られてる気がして」

「あぁ。それはですね、学園のを着ている人はお金を持っていると思われているからですね」


 確かに学園に通うことは資金がないとできないわけだし、一つのファクターになっても仕方ないと思うが……。


「でもなんで僕だけこんなに見られてるのさ」

「私はシスターとして顔が売れていますから」


 腕を引かれ店の奥へ連れてこられた僕は現在ライラと店員の会話を聞いている。

 ライラが「ありますか?」という疑問文を使っていることから僕のために何かを探していることはわかるが。何が出てくるのやら。


 そんなワクワクした気持ちで待つこと数分。店員さんによって選りすぐりの服が何着か持ってこられた。


「シュウ、一度この服の中から見て下さい」

「どれどれ?」


 なんとなく僕の星の一般的な服装に近い形の服が出てきた。襟ありと襟なしの二種類のシャツに細めのズボン。この世界のシャツは襟がちょっと大きいいのが特徴だな。


「襟付きのものは外出用、襟なしのものは部屋着として使用します。デザインとしてはシンプルですが、このシャツはインナーなので気にならないと思います。この後一緒にアウターを見て回りましょうか」

「ほほう。シャツ一枚で出かけるのっておかしかったりする?」

「おかしいといいますか、インナーなので……」

「そうなのか」


 確かに、今までシャツ一枚でいる人は見ていないような気がするけど。


「こういう柄のついたものは一枚で着ていてもおかしくないですよ」


 そういって差し出されたものは麻でできた、いわゆるリネンシャツ。かなり涼しそうなこの服は、この星の気候はよく知らないけれど一枚持っておきたい所だ。


「シュウが着ても違和感のないように、できる限りシュウの持ち物に近い形の服を選んでみたのですがどうでしょう?」

「肌触りもかなりいいし、結構好きかも。ちなみに他の形はどんなものがあるの?」

「まぁ、こんなのですかね」


 ワーキングシャツのようなものから、刺繍の入った少し煌びやかなもの、逆にチュニックのような布一枚で構成されたワンピース型のものなどが目の前に並べられる。


「ワーキングシャツいいなぁ、遺跡探索とかに着ていけそう」

「確かにそうですね。他はいいですか?」

「まぁ、少しハードルが高いかな。他のは」

「そうですか」


 続いてみるのはジャケットのインナーとしても着ることの出来るジレ。

 こちらも黒と茶色の無難そうなものから、装飾のついたものまであったが、やっぱり無難そうなものを選んでしまう。


 勘違いのないように言っておくと、服選びに冒険をしていないわけではなく、装飾が前面に出ている服をかっこいいと思えなかったから選んだだけである。


「少しくらい派手なものも持っておいた方がいいとは思いますけどね」

「この世界の派手って少し怖いのだけど、ちなみにどんなの?」

「これとかどうです?」


 そう言って取り出したのはボタンの量を装飾の量が凄まじいことになっているジャケット。一言いうとすごく重そう。


「背中のヒラヒラでかなり軽そうに見えますね」

「見えるだけね」


 基本的にシンプルなもの以外はサンスが合わないことに今ここで気づく。教会の中も、学園も基本制服だから気がつかなかった。


 まぁ、でもそこまで言うなら、派手なもの一セットほど持っておいてもいいだろう。


「そうですよ。あくまで勇者なんですから。口外はされないと思いますけど」

「目立ったら危険ということは今日でわかったからね」


 この星のセンスはわからないためこのまま一式見繕ってもらおう。


「ここは下着を売ってるのか──お?」


 これは、トランクス? ここで僕に馴染みのあるものが出てきたな。


「お客様。こちらをお求めですか?」

「まぁ、少し」


 いきなり話しかけられると少しびっくりしてしまう。簡単な言葉しか返せないのだから尚更だ。

 にしても、店員の目が少し輝いてるな。僕が戸惑っている間にマシンガンのように言葉を浴びせてくる店員にとりあえず眩しいくらいの笑顔で応戦する。


「すみません、時間かかってしまいました」


 いいところにライラ登場。翻訳してもらおう。

 

「大丈夫だよ。でも、言葉がわからないから翻訳してほしいかな」

「あっ、わかりました。えぇっと、この男性用の下着はツナギなどの下半分だけを使用した新しいモデルになっており、落ちないけれど、密着性は少なく、通気性もよく、軽い履き心地が特徴です。とのことです」

「これほしい」

「え?」

「これほしい」

「あっはい。わかりました」


 僕の手の中に収まったこのトランクス。ここを逃すと、なかなか手に入らないような気がする。


「あの……すみません。シュウ」

「ん?」


 店員と話してくれていたライラがすごく申し訳なさそうにこちらをみている。

 何があったのだろうか。僕は今機嫌がいいから、なんでも言ってもらいたい。


「機嫌がいいところ大変申し訳ないのですが、この下着、少し保留でいいですか?」

「へ?」

「その……ちょっと、金額が」


 確か結構軍資金あったような気がするけど……。


「例の派手な服が思ったより掛かりまして、この後も石鹸とか買いたいものあるので……その後でも」

「──あぁ」

「その、取置きはしてもらいますから。ね? 落ち込まないで?」


 まぁ、僕は施しを受けている側だから、わがままを言うことはないのだが。

 現在進行形で梱包されている煌びやかな服とトランクスの間を行き来する視界が滲んでくる。


「そ、そんなにですか? ほら、値段の安い他の下着もありますし──」

「なんでツナギがトランクスより安いんだ」


 なんか下着の文化おかしくないか? そう感じるのは僕だけ?


「どうやらこれは規制品のようですね」

「ん? どういうこと」

「国が製造方法に規制をかけているんですよ。ほら、発展を望んでいないと聞かされたでしょう?」

「だから高くしてるってこと?」

「おそらく」


 それじゃあ、仕方ないのか──解せないけど。


「トランクスは取り置きしてもらって、他のやつから揃えようか」

「あっはい、わかりました。じゃあ、買った服も後で取りに行けるようにしましょうか」

「荷物持って歩きまわるのも疲れるからね」



 結論から言うと、僕には夢ができました。

 小さな夢です。


 それはそうと、僕の星には「他の生活必需品を揃えたら、トランクスを買う金が尽きたこと」を報告します。

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