【コミカライズ配信中】アデル~顔も名前も捨てた。すべては、私を破滅させた妹聖女を追い詰め、幸せをつかむため~

葵井瑞貴

1章:これは私が生まれ変わる物語――。

第1話 プロローグ~転落人生~

 何もかもリセットして、別人として生き直したい。


 そう、思ったことはないだろうか?


 これは、妹に殺人の濡れ衣を着せられ、『罪人』として追放された令嬢の、愛と再生の物語――。



◇◇◇

 

 こもれびが降り注ぐ昼下がり。

 私、エスター・ロザノワールは、自室で旅行の準備をしていた。

 

「お姉様! 入りますわよ!」

 

 ノックとほぼ同時に部屋へ入ってきたのは、一つ年下の妹・ミーティア。


「お姉様宛ての招待状を持ってきましたの!」


 やけに上機嫌な妹が、封筒とペーパーナイフをずいっと差し出してきた。


 嫌な予感がしたが、あまりの強引さに私はそれらを渋々受け取る。

 

「あ、ありがとう……」

 

「さぁさぁ、早く開けて! はやく、はやく!」


 私が右手でペーパーナイフを握った瞬間、いきなりミーティアが覆い被さってきた。

 

 なに!? と叫ぶ間もなく、彼女が私の右手をつかみ、ナイフの切っ先を自分の腹部に向けて――突き刺した。


 

 ぎゃあああっ、という尋常じゃない悲鳴が妹の口からほとばしる。



「たすけてーーッ!!! お姉様に、ころされるーーー!!!」



 血が滴る腹部をおさえ、絶叫するミーティア。

 呆然とする私。


 

 ……意味が、分からない。


 

 ミーティアが床に倒れ込んだ直後、自室の扉が勢いよく開いた。

 

 血相を変えてやってきたのは両親だった。

 

「叫び声が聞こえたが……ミーティア、大丈夫か! 一体、何があったんだ」


 両親が血を流し倒れるミーティアに駆け寄る。


「おい、医者を呼べ! 早く!」


 場は一瞬にして騒然となった。

 

 傷口を確かめ医者を手配する両親を、私は呆然と見守ることしか出来ない。


 

 本当に、意味が分からない。

 

 頭の中は真っ白。何も考えられない。


 

 ふいに父が顔を上げ、私を睨んだ。

 


「妹を殺そうとするとは……」


「ちがう……違うわ! 私は何もしてない!」


「何もしてないだと? じゃあ、その手に持っている物は何だ!」


「……え?」


 ゆっくり右手に視線を落とす。

 

 そこにあったのは、血に濡れて真っ赤に染まったペーパーナイフ。紛れもない、凶器。


「――っ!」


 引きつった悲鳴を上げて、私は右手を振り払った。カランという耳障りな音とともに、ナイフが床に転げ落ちる。


 あまりの恐ろしさに、体が勝手に震えた。

 

 

(もしかして、犯人だと疑われているの……?)

 

 

 私はとっさに「ちがうの!」と叫んだ。


 

「私じゃない!ミーティアが急に自分で――」


 私の言葉を遮って、父が使用人に命じた。


「エスターを地下室へ閉じ込めろ。絶対に出すな」


 泣きながら懇願するものの、もはやこの場に、私の無実を信じる者はいなかった。

 


 あまりに突然の出来事に、心が、体が、思考が追いつかない。


 

(なんで……? どうして、こんなことに……)



 屈強な男達が、私の両腕をつかんで拘束する。

 

 その時、ミーティアが「まって……」と、か細い声で言った。


 私は我に返り、はっと顔を上げる。


 

「ミーティア……、お願い、私の無実を証明して! お願いよ」



 涙を流してすがる私に、妹はふんわり笑って――。

 


「お姉様……妹をあやめようとするなんて、酷いひと」



 奈落の底に突き落とした。


 

「何を、言ってるの」

 

「わたくしがお姉様の力と婚約者を奪ってしまったから……憎かったのよね?」


 

 唖然とする私の目の前で、ミーティアは聖母のごとく清らかな笑みを浮かべた。


 

「お姉様、わたくしはあなたを許します」


 

 この場において『許す』という言葉は、私の有罪を印象づける決定打だった。

 

 

「たとえ殺されそうになっても、わたくし達は姉妹。だから、許してさしあげます」


 両親が『なんて心優しい子なんだ』『まるで聖女よ』と妹を褒め称える。周りの使用人らも深く頷き、絶賛する。

 

 一方、私へ向けられるのは、疑いと憎悪のこもった眼差しだけ……。



「早く連れていけ」


 父の命令を合図に、私は部屋から連れ出される。

 

 その時、ミーティアが私を見つめたまま目を細め……にぃんまりと笑った。

 

 

 それは紛れもない、悪意と優越感にまみれた嘲笑ちょうしょうだった。

 

 

 抜け殻みたいになった私の体を、使用人たちがぞんざいに引きずりながら進む。暗く冷たい地下室にたどり着くと、荒々しく室内に放り込まれた。


 ギィと軋んだ音を立て、扉が固く閉ざされた。あたりは真っ暗。


 助けて! と叫んで扉を叩くが、びくともしない。


 助けは来ない。味方はいない。親すら私を信じない。


 救いはない。


 



 

 

 それから何時間経ったのだろう。

 

 再びやってきた使用人に手足を縛られ、麻袋を頭に被せられ、私は馬車に放り込まれた。


 ガタゴトと馬車が揺れる。

 どこへ向かっているのか……。


 やがて馬車がとまり、物のように担がれて外に運び出された。



 ぐったりする私の頭から、ようやく麻袋が取り払われる。目を開けるとそこは、薄暗く殺風景な病室だった。



 

 こうしてエスター・ロザノワールの物語は、妹の悪意と絶望から始まった――。



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