第9話 託された想い

(私……助かったんだ……)

 

 ぼんやり天井を見つめていると、シレーネ夫人が私を抱きしめた。


「……し、れーねさま?」


「良かった……貴方が目覚めてくれて……本当に良かった。……ありがとう」


「おれいを、いうのは、私のほう、です。ありがとうござい、ます」


 長い監禁生活と薬の副作用で、思うように喋れない。

 かすれた声を振りしぼって感謝を伝えると、シレーネ夫妻は感極まった様子で何度も頷いた。


 私は療養所から救出されたあと、三日間眠り続けていたらしい。


 運び込まれた場所は、シレーネ様が持つ隠れ屋敷の一つ。

 

 巨大商会の元締めであるシレーネ家は、さまざまな人脈と拠点を持っていると、以前アデルから聞いたことがある。

 

 この屋敷にいるのは、シレーネ様が信頼を置く使用人のみのため、私が生きているという情報が漏れる心配はないらしい。


 

 医師によると、私は栄養失調で衰弱していたものの、命に別状はないとのことだった。


 診察を終えたあと、シレーネ様が現状を説明してくれた。

 

「君は薬で仮死状態になったあと、私の部下によってここに運び込まれた。救出の途中、棺の中身をダミーにすり替え、郊外の墓地に埋葬済みだ。そのため君は表向き亡くなったことになっている」


「私の無罪を信じて、救い出して下さり、本当にありがとう、ございます」


「そんな、お礼なんて水くさいこと言わないで」

 

「妻の言うとおりだ。礼には及ばないよ。それに、このとんでもない計画を編み出したのは他でもない、アデルなんだ。我々は、愛娘の最後のワガママを叶えているだけさ」


「死を偽装するとは、我が娘ながら突飛な事を考えるものだ」とシレーネ様は肩をすくめた。


「君は世間では故人だ。この屋敷を出て、自由に生きることは叶わない。君の無実を証明してあげられなくて……こんな形でしか救えなくて。すまない」


 悲痛な面持ちで告げるシレーネ様に、私は慌てて「どうか謝らないで下さい。謝るべきなのは、私の方です」と声を上げた。


 両手を握りしめ、唇を噛みしめる。


 私は無力だ。シレーネ夫妻から頂いたご恩に報いるすべがない。それどころか、これから一生シレーネ家に迷惑をかけるかもと考えたら、申し訳なさでいっぱいになった。

 

 

「命を救われて、守られて……なのに、何もお返しできない。私は、厄介者の、疫病神です……」


「自分を責めてはいけない。アデルも、君のそんな悲しい顔は望まないさ」


 

 先程から感じる、この嫌な予感は何だろう。私は思い切って、ずっと気になっていたことを口にした。


 

「あの、アデルはどこですか? 王都の本邸にいるんでしょうか」


 問いかけた瞬間、二人の顔が悲しみに歪む。夫人は両手で顔を覆い、肩を震わせてうつむいた。



 妻の肩を抱き寄せたシレーネ様が、涙のにじんだ声で言った。


 

 

「アデルは……亡くなったよ」


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