第8話 生と死の狭間で『前世』を思い出す
前世の私は、平凡な女性だった。
新卒入社した会社で営業部署に配属され、自社製品やサービスを売り込む日々。
上から圧をかけられノルマに追われ、心身共にすり減っていく。気が付けば入社二年目にして同期の数は半分に減っていた。
それでも私は粘り強く仕事を続けた。そして地道な努力の末に、やっとつかんだ大口案件を……縁故採用で入社してきた後輩に奪われた。
「社長の親戚だかなんだか知らないけど、手柄を横取りするなんてありえない! だいたい、課長の言葉も腹立つのよね。なーにが、『君は先輩なんだから、後輩育成も仕事のうち。社会人なら、大人の対応しなさい』よ! この
怒りのまま定時退社して入った居酒屋で、私は勢いよくジョッキをテーブルに叩き付けた。
おつまみキャベツを憎き後輩と課長、社長に見立てて、ボリボリむさぼり食ってやる。
「大将、ビールおかわり!」
「おお、お客さん荒れてるねぇ。けど、台風直撃みたいだから、そろそろ帰った方がいいんじゃない?」
店主に促されて外を見ると、街路樹が風で大きく揺れていた。
ぐるりと店内を見わたすと、私以外お客さんは誰もいない。
「そうね。大将、お会計~」
支払いを済ませて外に出ると、強風が襲いかかってきた。
駅までたどり着くと、改札の電光掲示板には【遅延】の文字。どうやら線路上にある飛来物の撤去作業に時間がかかっているらしい。
ほんと、今日はついていない。
(仕方ない。本でも買ってカフェで時間潰そう)
駅構内の書店に入ると、新刊コーナーのポップ広告が目に入った。
『大人気の胸キュン・シンデレラストーリー!――【黒薔薇姫~虐げられてきた残念令嬢ですが、聖女になったらイケメン王子の溺愛がとまりません!~】』
アニメ化決定!という宣伝文句に背中を押され、私はその小説を購入し、カフェでさっそく読み始めた。
主人公は地味な伯爵令嬢ミーティア。
珍しい治癒の力を持つ姉と比較され、馬鹿にされ、両親にも愛されない悲劇のヒロイン。
異能マウントをとってくる姉・エスターに意地悪され、ひっそり涙をこぼす毎日だ。
姉の誕生日パーティでも居場所がなく、ミーティアはお気に入りの薔薇園でひとり静かに過ごしていた。
そこへやって来た姉にまた意地悪をされ、さすがに我慢の限界だと思ったその時――ミーティアは突如、人智を超えた異能の力に目覚める。
治癒の力を使えるようになったミーティア。
一方のエスターには天罰が下ったのか、力が消えていた。
「私の異能をよくも奪ったわね!」と怒り狂ったエスターは、ミーティアを殺害しようとするが失敗。精神を病み、監獄のような療養所へ追放され、亡くなった。
「あ、そろそろ電車来る時間かな」
カフェを出て電車に乗った私は、再び本のページをめくった。
エスターに襲われ重傷を負ったミーティアだが、自らの異能で回復し、一命を取り留めた。
その後、新聞各社が事件を報道したことで、ミーティアの治癒の力が王国中に知れ渡るように。
ミーティアは『癒し手』として王宮に召喚され、そこで第一王子のメイナードと出会う。
メイナードの病を治したことをきっかけに、二人は恋仲になり婚約。
ラストは、王位を狙う悪役第二王子シリウスをミーティアがチート能力で成敗。
晴れてメイナードと結婚しハッピーエンド。めでたし、めでたし……。
私はパタンと本を閉じた。
読後の余韻に浸りつつ、他の読者の感想を検索すべく、スマホを取り出す。
SNSアプリをタップして開くと、キーワード欄に『黒薔薇姫』と打ち込んだ。すぐさま大量の呟きがババッと表示される。
『ミーティアちゃん可愛い! メイナード殿下優しくて最高! シリウス殿下は悪役だけどクールイケメンでカッコイイ! エスターはざまぁされてスカッとした』
『シリウスって悪役だし出番も少ないけど、脇役好きには堪らないキャラなんだよね。スピンオフ出ないかな』
『【黒薔薇姫】読了。シリウス推しだから、メイナードエンドに若干モヤる。ミーティアとメイナードって両方恋愛脳だから、この二人で本当に大丈夫? 良い国作れるの? って不安』
画面をスクロールしながら、他の読者の感想に『分かる~』と頷いていると、到着を知らせる車内アナウンスが流れた。
私はスマホをポケットに入れて立ち上がった。
改札を抜けて、ひとけの無い夜道を風に逆らって歩く。一瞬ピカッと明るくなり、やや遅れてゴロゴロ雷鳴がとどろく。
「風つよ。あぁ~、今日は踏んだり蹴ったりだぁ」
一歩大きく踏み出した拍子に、ポケットからスマホがぽろりと転げ落ちた。私は慌ててしゃがみ込み、傷を確認したり、電源ボタンを押したりする。
画面に映る現在時刻は――【21:00】
「電源よし、画面割れてない、はぁ、よかったぁ」
安堵のため息をついた瞬間、正面から激しい金属音が聞こえてきて――。
強風で飛ばされた巨大看板が激突し、私は死んだ。
(あぁ、私の人生って、何だったのかな)
頑張った営業成果は後輩に横取りされ、タヌキ上司に叱られて。
腹立たしくて悔しいのに、何も言い返せず我慢ばかり。
まだ二十代も始まったばかりなのに。
こんなに早く死んじゃうなら、もっと自分を大切にすればよかった。
(悔しい……!)
後悔と未練が渦を巻く。こんなの死んでも死にきれない。
薄れゆく意識の中で、私は決意した。
想いを、意志を、忘れないように魂に強く深く刻み込む。
(もし、生まれ変わったら、今度は絶対に泣き寝入りなんかしない)
――踏みつけられたまま終わるなんて、二度とごめんだ。
「ぅ……」
自分のうめき声で、『私』は目を覚ました。
ゆっくり瞼をあげると、視界に映るのは見慣れたアパートの天井……じゃなくて。
「エスター! 私達の声が聞こえる?」
「目を覚ましたぞ! 先生を呼んでこい!!」
こちらを心配そうにのぞき込むシレーネ夫妻の姿だった。
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