第63話 死が二人を分かつまで

 ミーティアの暴走から半年後――。



「アデル、『元に』戻らなくてよかったのか」


 王宮の庭園を並んで歩きながら、シリウスがそう問いかけてきた。

 

 元に戻るとは、すなわち『エスターに戻らなくて良いのか』ということだろう。

 

 殺人未遂事件について、ミーティアが自演だったことを自供したため、晴れてエスターは汚名返上。無実が証明された。


 エスターは『妹に全てを奪われ、亡くなった悲劇の令嬢』として巷で話題になり、新聞で特集が組まれたり、舞台演劇の題材になったりしているらしい。


 罪人ではなくなったため、経緯を公表しエスターに戻ることも出来る。けれど、私は首を横に振った。


「私、戻らないわ。エスター自身に罪はないとは言え、『魔女』ミーティアの姉であり、取り潰しになったロザノワール伯爵家の令嬢。あなたの妻……王妃になるには、外聞が悪すぎる。きっと国民の反発もすさまじいでしょう」


 それに、と私は言葉を続ける。


「エスターの人生に未練はないの。アデルわたしには、愛情深い両親がいて、頼れる侍女兼友達のソニアがいて――そして、シリウス。あなたという素敵な恋人がいる。もう十分、幸せ」


 私の言葉に、シリウスは優しく微笑み「分かった」と頷いた。そしてちらりと背後に視線を送り、控えているライアンとソニアへ目配せする。


 二人は心得たとばかりに一礼し、その場から離れる。

 

 人払いを済ませると、シリウスは私の手を引き奥へと進んだ。


 

 春真っ盛りの庭は、瑞々しい若葉が茂り、色とりどりの花が咲き誇っている。つる草が巻き付いた緑のガーデニングアーチをくぐり抜けた先――。


 水色のネモフィラが辺り一面に咲き乱れ、花の絨毯の上をひらひらと蝶が舞う。


 美しい光景に、私は息を呑んだ。


「綺麗……」


 花畑に足を踏み入れると、まるで青空か海の中にいるみたい。幻想的で、なんてロマンチックなんだろう。


「王宮にこんな所があったなんて……」


「最初にプロポーズしたときから、この日のために準備していたんだ。ネモフィラは俺たちの思い出の花だろう。新たな門出にふさわしいと思った。気に入ってくれたか?」

 

「ええ、とても。すごく綺麗。ありがとう、シリウス」


 にっこりほほ笑むと、シリウスもつられたように微笑を浮かべる。そして、少し緊張した面もちで、その場に片膝をついた。


 水色の花の海で、青い瞳が私を見つめる。


「出会ってからずっと、君だけを想ってきた。そしてこれからも、どんなことがあろうと君を愛し、守り抜くと誓う。――どうか俺と、結婚して下さい」


 一途に注がれる愛。告げられる真摯な言葉。まっすぐ私を見つめ、情熱的に求めてくる愛おしい人。


 ――これ以上の幸せは、きっとこの世に存在しない。

 

 瞳からはらりと、喜びの涙がこぼれる。私は心からの笑みを浮かべ、シリウスの愛を受け取った。


「はい! よろこんで、お受けします!」


 シリウスが大きく目を見開き、「アデル――!」と感極まった様子で私を抱きしめる。

 

 私の肩に顔を埋め「うれしい……ありがとう」と呟く彼の声は、心から安堵したように少し震えていた。こっそり彼の胸に手を当てると、心臓がドクドク爆走している。


 ポーカーフェイスだから、あまり緊張していないように見えたけど。実はかなりドキドキしていたのかも……。


「私に断られるかと思った……?」と聞くと。


 シリウスはちょっと顔を上げ「人生で一番緊張した。実は昨日、ほとんど眠れなかったんだ」と、苦笑した。確かに、目の下にうっすらと隈が出来ている。


「私が断るわけないじゃない。……ただ、陛下と円卓の許しが得られるか。私はそれが心配よ」


「それなら問題ない。父上の許しを得ているし、円卓会議でも承認をもらっている」


「そうなの!? よく許してもらえたわね……。円卓貴族あたりは『平民なんかと結婚するくらいなら、うちの娘はどうです?』とか言うものだと思っていたわ」


「確かに、縁談を持ちかけてくる貴族らは多かった。が、『アデル以外に、俺の心と体は反応しない。よって世継ぎも作れない。王家の正当な血筋は断絶するであろう』と脅しをかけたら、皆引き下がった」


「脅しって……。シリウス、あなた大人になって、随分とずる賢くなったわね」


「こんな俺は嫌いか?」

 

 照れて視線を外しながら「嫌いなわけ、ないじゃない」と呟けば、激しく唇を奪われた。


 キスの合間に、シリウスが言う。


「心配するな。何が起きても、俺が対処する」


 その言葉を遮るように、自分からキスをする。一瞬唇が離れたタイミングで、私は言った。


「違うわ、シリウス。夫婦はね、二人で頑張るの。この先何が起きても、私はあなたと一緒に戦う。だからずっと、そばに居てね」


 シリウスがふんわり表情をゆるめ、爽やかに笑った。

 

「ああ。死が俺たちを分かつまで、共に生きよう。アデル――」

 


 


 草花が咲き乱れ、希望の光に満ちた、春爛漫はるらんまんの日――。


 アストレア王国に若き王と王妃が誕生した。


 王は即位と同時に『この国を身分や異能によらず、すべての人々に開かれた社会に変える』と宣言。


 その公約通り、彼の治世では多くの変革を成し遂げた。


 まず市民議会の発足ほっそく。周辺国で、血で血を洗う市民革命が起こる中、アストレア王国では血を流すことなく、民主化への動きを促していった。


 また、平民であっても公正な裁きが受けられるよう、法制度の見直しを積極的に行った。


 これにより、庶民が、貴族や異能者に搾取されることが少なくなり、人々の生活や労働環境は大きく改善されたという。

 

 さらに長年、小競り合いが続いていた西方との関係を改善し、和平協定を締結。


 西方パルミラからは技術者を、共和国からは医療従事者を積極的に招いた。


 これにより、異能頼みだったアストレア王国の産業・医療水準は飛躍的に向上。職業選択の幅も広がり、異能がなくても、その人自身の努力で道を切り開ける時代へと変わっていった――。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る