第3話 盗みの異能力者 ミーティア

 異常な空気を察した両親は、夜会を早々に終わらせ、すぐさま家族会議を開いた。


 そこで発覚したのは、私の異能がやはり跡形もなく消えていたこと。さらにミーティアが治癒の異能持ちとして覚醒したことだった。


 翌日、私達姉妹は再び両親に呼び出された。

 

 父の書斎には、各所から取り寄せた文献が散らばっていた。


 恐らく徹夜で異能について調べていたのだろう。目の下にはクマが出来ている。……が、疲れなどものともせず、父はニコニコと笑い、やけに上機嫌だった。

 

 父が言うには、ミーティアの力は『盗みの異能』――他人の異能や性質を奪い、自分のものにできるらしい。


 

「文献によると、盗みの力は治癒の力よりもさらに希少らしい。なんでも、盗みの異能力者は、盗んだ力を元の所有者よりも強力に使いこなせるらしい」


 父が言ったとおり、ミーティアは私以上に治癒の力を使いこなしていた。

 

 軽傷を治す程度だった私に比べて、ミーティアは重傷を再生させ、おまけに病まで治せるようだった。


 ミーティアはいわば、私の完全上位互換。

 奇蹟ともいえる治癒を行うたび、両親は歓喜し、妹への期待を一層強めた。


「すごいぞミーティア! お前にこんな才能があったなんてなぁ!」


「ええ! すごいわ。あなたならカルミア侯爵家じゃなくて、もっと上の結婚相手を狙えるわ。この国の王侯貴族は、みんな異能者を欲しがっているんだもの。それこそ、王族とか……」


 両親は想像以上に強欲だった。妹に利用価値があると分かった途端、出世の皮算用を始めた。異能を失った私になんて目もくれない。妹に力を奪われ傷ついた私の心に寄り添うとか、「エスターに力を返しなさい」とミーティアを叱りつけたりもしない。

 

 

 私は、やっぱり、と思った。


 

 もともと、両親に愛されていないことは、何となく察していた。

 彼らにとって重要なのは、娘に利用価値があるか、ないか。ただそれだけ。


 

「それで、私の異能はいつ返してくれるの?」


 冷たく問うと、ミーティアは「返し方なんて分かりませんわ、ごめんなさいね」と謝る。罪悪感なんて、これっぽちも感じていない顔だった。


 

「その盗みの力がどれほど凄いのか知らないけれど、奪って返さないのは、人として最低の行いよ」

 

「いやだ、そんな怖い顔でこちらを見ないで、お姉様……」


 努めて冷静に話す私をあざ笑うかのように、ミーティアはあからさまに怯えた表情を浮かべた。『きゃあ、怖いわ』と呟いて両親の背に隠れる。


 

 いい加減にしなさい、と父が厳しく叱った。

 

 ――ミーティアではなく、私を。

 


「エスター、お前の気持ちは分かる。だが、ミーティアに悪気はなかったのだし、返す方法も分からないんだ。許してやりなさい」


「お父様、なぜミーティアをかばうの? 間違えないでください、被害者は私よ。自分のものを取り返す権利があるわ」


「もうこの話は終わりだ。姉なんだから、大人になりなさい」


「ですが!」


「黙るんだ、エスター。諦めろ」


 両親との話し合いは平行線だった。

 もちろんミーティアは返す素振りもみせない。


 その間、秘密裏に我が家とカルミア侯爵家で協議が進められ、私とダニエルの婚約は破談となった。かわりに、ミーティアとダニエルの縁談が持ち上がっているらしい。



 異能も盗られ、婚約者も奪われた。

 

 

(もう、うんざりだわ)


 

 鏡のなかに、疲れのにじむ自分の顔が映る。

 

 揺らめく炎のような赤い髪と、エメラルドの瞳。

 こんなに悲しいのに、鏡の中の私は、貴族令嬢にふさわしい凜とした澄まし顔をしていた。

 

 辛い時でも、苦しい時でも、いつだって私は伯爵令嬢として努力してきた。

 今だって、みっともない姿をさらさないよう気を張っている。

 

 ミーティアは『お姉様ばっかりずるい』と言うけれど、私だって何もかも神様から与えられた訳じゃない。


 教養、勉学、淑女の礼儀作法、言葉遣い、仕草、周囲からの評価、これらは全部、私自身の努力で得たもの。


 私からすれば、駄々をこねるだけで、異能と両親の愛、婚約者を一気に手に入れたミーティアの方がずるいと思う。


 

(……なんて、恨みがましいことを考えても仕方ないわね。気分転換に、散歩でもしましょう)

 

 部屋を出て庭を歩いていると、テラスから笑い声が聞こえてきて、私は眉をひそめた。


 

「ミーティアはまるで花のように愛らしいね」


「ダニエルったら、お世辞がお上手ですわね」


「お世辞じゃない、俺は本気さ」


「嬉しい! あのね、わたくしね、ずっと前からあなたのことが好きだったの。ふふっ、恥ずかしいわ」


「ああ、君はなんて可愛らしいんだ!」


 肩を抱き寄せられ、ミーティアがダニエルの胸に頬ずりする。

 

 目の前の光景に、耳に残る二人の甘ったるい声に、強烈な吐き気が込み上げた。


 

(……部屋に戻りましょう)

 

 

 立ち去ろうとした瞬間、運悪くミーティアと目が合ってしまった。

 

 彼女はにこっと笑い、「あら、お姉様いたの?」と小首をかしげ、犬を呼ぶような仕草で「こちらへ、いらっしゃい」と手招きする。


 私の異能を奪ってからというもの、ミーティアはまるで別人のように変わった。


 恨みがましい陰気な雰囲気は消え、かわりに胡散臭いほど穏やかな笑みを浮かべている。

 

 一人称は「あたし」から「わたくし」に変わり、口調も柔らかくなった。


 

 まるで、この国を建国したとされる、おとぎ話の聖女様を演じているかのような振る舞いだ。不気味きわまりない。

 

 

 手招きするミーティアに向かって、私はそっけなく「結構よ」と言ってきびすを返した。

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