第11話 あたしの物語 1 (ミーティア)

 エスターが追放されてからひと月あまり。あたしの人生は順調そのものだった。


 姉が妹を刺したというショッキングな事件は、新聞を介してまたたく間に王国全土へ広まった。


 それに伴い『ミーティア・ロザノワール伯爵令嬢は、死の淵から生還するほど強力な癒しの力を持っている』という噂が広まり、それはメイナード王子の耳にも入ったらしい。


 近々メイナードを治すため、王宮にあがることが決まっている。


 

(そこであたしは、王子に見そめられ溺愛される……ふふっ、ようやく世界があたしに追いついてきたようね)


 鏡の前で今日の夜会に着ていくドレスを選んでいた時、ドアがノックされた。返事をすると、父が部屋に入ってきて淡々と告げた。


 

「エスターが亡くなったようだ」


 

 その言葉を聞いた瞬間、あたしはとっさに口元を両手で覆い、顔をそむけた。


 座り込み肩を震わせ、掠れた声で「あぁ……お姉様……」と嘆き悲しむ。


 

 ――――フリをする。


 

 父は気遣わしげな顔で言葉を探していたが、あたしが「今は一人にしてほしいの。お願い」と言うと部屋を出て行った。


 足音が遠ざかるのを聞き届けたあと、あたしは口から手を離した。これ以上、我慢ができなかった。


 

「くく……くっ、ふふふふっ、あははははっ!」


 

 笑いが止まらない。

 おかしくておかしくて、たまらない――!


 

「主人公のあたしより目立とうとするから、こんな目に遭うのよ」


 

 あたしは鼻歌を歌いながら、再びクローゼットをあさりドレスを選ぶ。色はあえて地味に。飾りも少ない喪服にしましょう。



主人公あたしのハッピーエンドを妨げる奴は、みーんな悪。悪者にはむごたらしい勧善懲悪ざまぁが必要なの。『前世ゆめ』でもそういう展開が大流行だったもの」

 

 

 物心ついた頃からくり返し見る夢があった。


 夢のなかのあたしは、両親に甘やかされて育った裕福な家の娘。


 小中高大とエスカレーター式の学校に入り、軽い面接だけで叔父の企業に入社。まわりが「受験が」「就活が」と焦るなか、あたしだけ常に人生イージーモード。


 正直、周りの友達が憐れで仕方なかった。

 

『もっと徳を積んで、来世では裕福な家に生まれるといいわね』と、いつも見下していたものだ。


 社長の親族ということで、入社後もちやほやされた。面倒事は他の人がやってくれたから、あたしの仕事は簡単な書類整理くらい。


 最初は「ラッキー」と思っていたけど、だんだんつまんなくなって……。


「雑用なんかじゃヤダ! 同期にマウントとれる凄い仕事がしたい」と叔父に駄々をこねれば、翌週には大きな案件を任せてもらえた。

 

 最初はやる気だったけど、内容聞いたら面倒くさそうで、余計なこと言うんじゃなかったって後悔……。

 

 前任の担当者は、引き継ぎを終えると定時で帰っていった。


 

(「手伝うよ」とか「頑張ってね」の一言もないの? あの先輩、性格わるすぎ)


 

 残業なんてやっていられない。あたしは仕事を放り出して送迎の車に乗り込んだ。

 

 ……が、最悪なことに、台風のせいで渋滞にはまってしまい、かれこれ一時間以上車内に閉じ込められている。


 マジ最悪なんだけど。舌打ちしながら、お気に入りの小説【黒薔薇姫】に視線を戻す。

 

(やっぱ最高。あたしもチート能力持ちの聖女になって、王子に溺愛されたーい! うちの会社、きったないオヤジばっかで最悪だからイケメンハーレムとか最高!……にしても、全然家に着かないわね。

 

「ねぇ、今何時?」


「もうすぐ21時になります」


「はぁ、まだ着かないの?」


 イライラして運転席の背もたれを蹴ると、お抱え運転手が「申し訳ございません」と謝った。


「ここ、家のすぐそばじゃない。もういい、歩いて帰る」


「お嬢様、危ないですよ!」という運転手の忠告を無視して車外へ出る。

 

 歩きスマホをしながら家に向かっていると、急に視界が真っ白になって……。


 

 そこでいつも目が覚める。

 

 

 たぶん夢の中のあたしは車にはねられて死んだ。


 いや、あれは夢じゃない。きっと前世だ。

 あたしは、大好きな小説世界の住人に転生したのだ。


 これは、若くして死んじゃったあたしに、神様がくれたご褒美!

 ここは、あたしのための世界!


 だって【黒薔薇姫】は、主人公ミーティアが幸せになるための物語なんだもの。


 

 ……なのに、エスターのせいで、あたしの人生はずっと最悪だった。

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