第14話 出会い

「――っ」


 一瞬息が止まるほど驚いた。誰もが『エスターは悪』と決めつける世の中で、まさかそんなことを言われるとは。


「エスターは優しい女性だった。足繁く孤児院に通い、多くの人の支えになろうと奮闘する姿からも、それは明らかだ。『異能持ちになった妹への嫉妬で狂った』などという理由で罪を犯すとは、考えられない」


「ええ……そう、ですわね」



 エスターが追放されたとき、シリウスは王都を離れ、辺境で長期任務についていたらしい。


 睨み合いが続いていた西方との紛争を解決し、王都に帰還したのが数日前。そこでようやくエスターの訃報を知り、驚いたという。


 

「何もかも、手遅れだった」


 

 シリウスは端正な顔を歪め、拳をきつく握りしめる。

 

 

「一番肝心なときに、守ってやれなかった」


 

 その言葉に、血を吐くような苦しげな声に、泣き出しそうなほど沈痛な面もちに、私は混乱してしまう。


 どうして、なんで。疑問ばかりが頭の中をぐるぐる巡る。

 


「事件について知っていることはないか。彼女の死の真相を知りたいんだ」

 

「私、は――」


 

 シリウスに問い詰められ、私は口ごもる。


 ――このまま、全てを話してしまおうか?

 

 一瞬そんな考えが浮かんだけれど、私はとっさに否定した。

 


 シリウスは表面上、私の死を悼み真剣に考えてくれているように見える。けれど、本心は分からない。

 

 ダニエルのように、婚約者がいながら平気で妹と親密になる男。


 両親のように、利用価値がなくなれば子供すら捨てる親。


 人間はいとも簡単に心変わりし、他人を裏切れる。

 


(簡単に、シリウス殿下を信じることは出来ない)


 

 小説内のシリウスは、兄王子メイナードを押しのけて王座を狙うような男。迂闊に話してはいけない。



「申し訳ございません。私も、エスターの死については何も知らないのです」


 

 私の返答に、シリウスは表情を曇らせ「そうか」とだけ言った。

 

「時間を取らせて、すまなかった。今日は会えて幸運だった」


 

 シリウスは、用事は済んだとばかりに背を向けた。少し離れたところに控えている護衛騎士を伴って去って行く。


 入れ替わるようにソニアがやって来て、私達も馬車に乗り込んだ。緊張の糸が切れた私は、堪えきれず「はぁ」と深くため息をつく。



「お迎えが遅くなり、申し訳ございません。シリウス殿下から『シレーネ令嬢と話がしたい』と言われ、近くで待機しておりました。お顔の色が優れないようですが、あの方に何か言われましたか」


「ええ、少し。気になることがあるの。シリウス殿下について情報収集をお願いしてもいいかしら? 幼少期から現在までの生い立ち、交友関係、王宮内や騎士団での立ち位置。なるべく多くの事柄について知りたいわ」


「かしこまりました」


「ありがとう。お願いね」



 そう言って私は背もたれに身を預け、目を閉じた。


 何度振り払おうとしても、脳裏に彼の顔がちらついてしまう。



(シリウス・イヴァン・アストレア……)



 私が彼について知っていることといえば、冷静沈着で自他共に厳しい性格だということ。


 異能力はないが文武に秀でており、数年前から騎士団の大隊を束ねる立場にある、という最低限の知識。


 あとは、このまま小説どおりに事が進めば、数ヶ月後に第一王子とミーティアを殺害しようとして失敗し、王都の広場でギロチン刑に処される未来だけだ。


 

 それなのに。


 

 ――『彼女の死の真相を知りたいんだ』



 なぜあなたは、私の死について知ろうとするの?


 私達、ほとんど接点もなかったのに――。



 自問自答を繰り返しているうちに、シレーネ家の屋敷に到着した。


 私は堂々巡りの思案を中断して、馬車を降りる。


 

 シリウスに気を取られている場合じゃない。シナリオどおり婚約発表が行われるか、今夜の舞踏会で確かめる必要があるのだから。


 私は気持ちを切り替えて、夜会の準備を始めた。

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