第5話 美貌の親友 アデル・シレーネ
「エスター、どうしたの? なんだか元気がないみたい」
アデルの言葉に、私は思わず口ごもってしまった。すぐさま笑ってごまかすけれど、親友の彼女には通用しない。
「私には何でも正直に話すって約束したでしょ?」とアデルは表情を曇らせた。
「そう……だけど。全然楽しい話じゃないから」
「楽しくない話を気軽に出来るのが、親友ってものでしょ? ほぉら、白状しなさぁ~い!」
おどけた口調に、私は堪らず笑ってしまった。それを見たアデルが安心したように満面の笑みを浮かべる。
元気そうに振る舞っているけれど、実はアデルは重い病を抱えている。
苦しい治療の日々を送っている彼女を、愚痴や悩み事に付き合わせたくなかった。大好きな親友には一分一秒でも幸せに暮らしてほしい。
そんな私の気持ちも、やはりお見通しなのだろう。アデルは私を抱きしめて言った。
「エスター、あなたはとても優しい人よ。私に『友達になりましょう』って言ってくれた。会いに来てくれるのも。外の話をたくさん語って聞かせてくれるのも、全部あなただけ。……ねぇ、私たちが最初に出会った日のこと、覚えてる?」
「もちろんよ。忘れる訳ないわ」
私がアデル・シレーネという美しい少女を知ったのは、数年前――良家の子女が通う女学院で、同じ教室になった時だった。
病弱なアデルは当時から学校を休みがちで、特定の集団に入れず孤立していた。
おまけに美人なものだから同級生に妬まれ、いじめの標的になっていたのだ。
貴族令嬢であればいじめは過激化しなかったのだが、アデルの父親は海外貿易で巨万の富を築いた資産家とはいえ、爵位のない平民。
豊かな財力より身分を重んじる階級社会では、アデルは
「私、体は弱いし、いじめられるし『人生、何にも良いことないなぁ』って絶望してたの。そんな時、あなたが現れた。王子様みたいに私を救い出して、一番の友達になってくれた」
「救い出すなんて、大げさよ。見て見ぬ振り出来なかっただけなの」
「エスターのそういう芯の強いところ、すごいと思うし大好きよ」
「私、強くなんか、ないよ……」
私はうつむいてドレスを握りしめた。
強くなんかない。現にさっきまで、ミーティアに復讐してやろうと思っていたんだから。
「話してごらん」というアデルの言葉に促されて、これまでのことを全て打ち明けた。
アデルはずっと黙って聞いてくれていた。そして話し終えたあと、もう一度私のことをきつく抱きしめた。
「辛かったね。よく我慢したね、エスター」
その一言を聞いた瞬間、どっと涙があふれた。
泣きじゃくる私の頭をアデルが撫でる。
「エスター。これだけは覚えておいて。みんながあなたを愛さなくても、私がいるわ。例え離ればなれになっても、二度と会えなくなっても、私はずっとずっと、あなたの親友で味方。それを絶対に、忘れないで」
「うん。忘れない。……絶対に、忘れない……」
誰にも必要とされず、実の親にすら見捨てられた孤独のなかで、アデルだけが心の
「ミーティアだったら、アデルの病を治せるかもしれない。私、頼んでみる」
私の提案に、アデルは首を横に振った。
「ありがとう。でも私のために、あの妹に頼み事なんてしないで」
「でも……」
「だーいじょうぶよ。実はお父様が、お隣の共和国から腕の良いお医者様を連れてきてくれるの。近々、向こうに行って手術するつもりよ」
アデルは「そうだわ! 良いこと思いついた!」と手を叩いた。
「ねぇ、一緒に共和国へ行きましょうよ!」
「ええっ!?」
「何よ、いやなの?」とアデルが頬を膨らませる。
私は「嫌じゃないけど、急な話だから驚いたの」と苦笑して、ぷっくり膨らんだ頬をつついた。アデルは真顔で「私は真剣よ」と言う。
「実家に居てもエスターが傷つくだけじゃない。一緒に来てくれたら私も心強いわ」
「私は嬉しいけれど、アデルのご両親に迷惑をかけてしまうんじゃない?」
「うちの両親がエスターのこと大好きなの、知ってるでしょ? 我が家は大歓迎だから、前向きに検討してみて」
一緒に共和国へ行く気満々のアデルに、私は「ありがとう、考えてみるね」と告げて頷いた。
アデルと話したことで、私の心はずいぶん軽くなっていた。
異能を失った現実は変わらない。悔しくて悲しい気持ちも、まだ当分、消えそうにない。
(それでも前を向いて強く生きなきゃ。実家に居場所がないのなら、別の場所で生きてみるのもいいかもしれない)
「アデル、ありがとう」
「いいのよ。エスターは幸せにならなきゃだめ。ワガママ妹だけが幸せになるなんて、私、許せないわ」
だから一緒に幸せになろうね!と笑うアデルの笑顔がまぶしい。
病を患ってもなお未来への希望を捨てない姿に、心から憧れた。
「私、いつかアデルみたいに強くて素敵な女の子になりたい」
唐突にそう言うと、アデルはちょっと驚いたように目を見開いて「えへへっ」と照れくさそうにはにかんだ。
◇◇◇
その後、アデルの両親から昼食に誘われた私は、ご厚意に甘えることにした。
アデルの母、シレーネ夫人が微笑みながら、「エスター、これも美味しいわよ。お肉よりお魚の方が好きよね?」と私の皿に料理を盛り付けていく。それを見ていたアデルの父・シレーネ様がため息をついた。
「おいおい、お前。勝手に料理を取り分けるんじゃない。そんなに沢山食べきれないだろう? まったく……うちの妻がすまないね」
「あら、私ったら、つい。二人ってなんだか雰囲気が似てるでしょう?」
スープを飲んでいたアデルが「目の色が似ているからよ」と嬉しそうに言った。シレーネ夫妻が「確かに」と頷く。
「それでつい、娘が増えた気分になるのよね。伯爵家のお嬢さんなのに、馴れ馴れしくして、ごめんなさい」
「いいえ、謝らないで下さい! 私、こういう家族団らんは久しぶりなので、すごく嬉しいです」
笑顔で言うと、私の状況をどことなく察しているシレーネ夫妻は切なげに目を細めた。すぐさま「それは良かった」と優しくほほ笑む。
二人は昔から、私のことを実の娘のように可愛がってくれていた。
利用価値の有無で扱いを変える実の両親とは大違いだ。
(幸せだな……。神様、私多くは望まない)
地位や名誉、異能の力。そんな特別な物は何も要らないし、欲しがらない。
私が望むのはただひとつ。愛し、愛されたいだけ。
自分が相手を想うのと同じくらい、想われたい。
必要とされる『居場所』が欲しい。
だが神は、そんなささやかな願いすら聞き届けてはくれなかった――。
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