第6話 すれ違い、閉ざされる未来

 屋敷をあとにした私は、シレーネ商会系列の宝石店でダニエルから贈られたネックレスを売り飛ばし、昔から慰問に通っている教会孤児院へ向かった。


 売却代金を全て寄進すると、顔なじみのシスター・クラーラが「この大金は、どうしたんです」と驚きに目を見張った。


「運営費の足しにして。そうしてくれたら、私の心も軽くなるから」


「ですが……こんな大金……。エスター、何かあったんですか?」


 心配そうな顔をするシスターに、私はにっこり笑った。

 

「私は大丈夫よ。それじゃあ、夕食までみんなとお勉強してるわね!」


 そう言って、私は教会に併設された孤児院へ入る。扉を開けた瞬間、子ども達が「エスターだ~!」と言って駆け寄ってきた。

 

 

 ここにいるのは、異能がないため親に捨てられてしまった子がほとんどだ。


 アストレア国は『異能大国』と呼ばれるだけあって、異能持ちが優遇される。

 反面、力を持たない一般人を虐げる風潮が強く、異能のない子供を捨てる親が後を絶たない。

 

 どの教会も孤児で溢れているのが現状だ。

 

 もともと異能を持たない者、加齢や病気で力を失った者は、みなこの国で苦労している。

 

 

 力を失った私もこの先、きっと苦労することになるだろう。

 それでも、負けないわ!と自らを奮い立たせる。


 娘を道具として扱う両親と、欲しがり屋な妹。強欲な家族に搾取される日々より、自立して働いて、子ども達に読み書きを教える人生のほうが、きっと幸せだ。

 

「エスタ~、お歌うたって!」「エスター、ご本読んで!」と子ども達が次々に集まってくる。楽しい時間はあっという間で、気が付けば夕方になっていた。さすがにもう帰らなきゃ。


 私は孤児院をあとにして、隣の大聖堂へ向かった。



 お祈りを済ませ、出入り口の扉をあけた直後、反対側から入ってきた男性とぶつかりそうになった。とっさに避けようとして、バランスを崩す。


「――ぁっ」

 

 ゆらりと傾いた私の体を、長身の男性が抱き寄せ、支えてくれた。

 ふわりと、清潔な良い香りが鼻をかすめる。


 とっさに見上げると、男性は顔を隠すように外套の襟をひっぱり、口元を隠した。

 目深にかぶった帽子も相まって、表情がまったくうかがえない。


「すまない、怪我はないか」


 落ち着いた、低くて穏やかな声音だった。

 顔は見えないけれど、どうやら怒ってはいないらしい。よかった。

 

「はい、支えて下さって、ありがとうございます」


「怪我がなくて良かった。では、失礼」


 長身の男性はさっと身をひき、聖堂へ入っていった。

 

(あんなに顔を隠すってことは、後ろ暗い職業の人か、貴族のお忍びかしら)


 そんなことを考えながら、私は帰路についた。


 

◇◇◇


 考えぬいた結果、私はアデルとともに共和国へ行くことにした。


 ミーティアを許したわけじゃない。

 恨みに思う気持ちもある。


 だけど、復讐なんて愚かな真似はしない。

 

 醜い感情のまま時間を費やしたって、虚しくなるだけだ。


 それなら私は、賢い選択をする。


 共和国で職を探し、自立した生活をして、余暇は大切な親友とたくさん遊んで、思い出を作って……私自身の幸せをつかみとってみせる。

 

 

 後日、一緒に行きたいと伝えると、アデルはベッドの上でぴょんぴょん跳びはねて喜び、シレーネ夫妻は歓迎してくれた。出発までの間、私は両親と妹に内緒で、着々と準備を進めた。


 相談したところで、世間体が悪いといって、反対されるに決まっている。私の門出を喜んでくれない家族に話す必要はない。


 

 荷作も終わり、出立が目前に迫っていた、あの日――。

 私はあっという間に『犯罪者』に仕立て上げられ追放された。


 

 私が幸せになる道は、完全に閉ざされた。

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