第61話 主人公

 ことの顛末を知った陛下は、静かな声で沙汰を下した――。


「シリウスの暗殺を計画し、民をさらって命を脅かしたミーティア・ロザノワールは終身刑。それに賛同したメイナード・イヴァン・アストレアは辺境へ追放の上、生涯幽閉とする」


 無慈悲な断罪に、メイナードが顔面蒼白で立ち上がる。


「お、お待ち下さい、父上。僕はこの女にだまされていたんです! 僕は被害者なんです! お許しください……ッ」

 

 王の足元に縋り付いて懇願するメイナードを、ミーティアがギロリと睨んだ。


「『僕は被害者』ですって? ハッ、最低の男ね」

 

 完全に常軌を逸した声音で吐き捨てる。


「『さすがは僕の聖女。素晴しい』って言って、ノリノリで弟殺そうとしてた馬鹿王子が、ふざけんなよ」


「な、なにをいってるんだ! お前なんか、聖女じゃない、悪魔だ! いいや強欲な化物だッ!」


 

 メイナードの罵倒を聞いた瞬間、ミーティアの顔つきが変わった。

 

 先程まであらわにしていた苛立ち、憎しみ、怒りが、一気に顔から抜け落ちる。

 

 能面のような青白い無表情。瞳孔の開ききった目。紫色に変色した唇。

 

 手足からは力が抜けて、柳の下の亡霊みたいに、ゆらり、ゆらりと体が揺れている。


「化物……? ちがう」


 ぽつりと、呟いた。

 

「あたしは、黒薔薇のヒロインなの」


 その一言で、ミーティアが私と同じ転生者なのかもしれないと気付いた。

 

「あたしは……王子様と結婚して幸せになるんだ。だからこんなの、おかしい。シナリオと違う!」


 虚空を見つめながら、カクッと首をかしげる。


「ああ、まずエスターがおかしかった。あたしを虐めるはずなのに、無駄に良い子で。あいつのせいで、あたしは痛い思いをして自作自演する羽目になった!」


 きゃははははは!と、狂ったようにミーティアが笑う。


 あまりの恐ろしさに、貴族らが逃げ場を求めて出口へ後ずさる。


 近衛兵が陛下を守るように、さっと前へ出る。シリウスが背後にいる部下へ「あの女を捕らえろ」と命じた。


 騎士が一斉に剣や盾を構え、ミーティア確保に向けて動き出した。



「来るなッ!」

 ミーティアが叫んだ。


 彼女の足元から突如として、黒いいばらが生い茂る。

 もの凄い勢いで増殖するツタが、走るように床を這い回る。


 誰かが「ぎゃあっ」と叫んだ。


「い、異能が使えない! 盗まれた! 俺の力がっ!」

「きゃああっ、やめて! 盗らないで!」

 

 茨に触れると異能を盗まれるらしい。あちこちで、雄叫びや悲鳴が上がる。


「シリウスッ!」


 流れに逆らい、私は人波をかき分けて進む。玉座に近付くと、陛下を守り剣を振るうシリウスの姿が見えた。


「陛下、玉座の後ろの通路からお逃げ下さい。近衛兵、陛下をお守りしろ! 早く!」


 斬ったそばから茨が再生する。

 

(私から盗んだ癒しの異能で再生させているんだ――)


「アハははっ! なぁんだ、最初からこうすれば良かったんだぁ。王妃なんてまどろっこしいことしないで、あたしが王になればいいんだわ!あはははは!」

 

 ミーティアが高笑いしながら、右手を上げる。指をパチンと鳴らすと、今度は炎柱が騎士達に襲いかかった。


 茨に守られ、あらゆる力を繰り出す彼女はまさに『魔女』。


 最前線で騎士を率いるシリウスは、ひどい怪我を負っていた。頬や腕、足には裂傷を負い、至るところから血が滴っている。


 ミーティアを倒そうと必死に剣を振るうが、再生する茨に阻まれる。


「アデル!」


 こちらに気付いたシリウスが、私の元に駆け寄ってくる。

 

 傷だらけの姿に、涙がにじむ。私の大切な人をこんな風に痛めつけるなんて――。


 私はシリウスにとある策を提案して「お願い」と頼み込む。けれど険しい顔で「駄目だ」と否定されてしまった。


 それでも必死に懇願すると、シリウスはしばし考え込んだあと渋々頷いた。


「ライアン、騎士を率いてここの守りを固めろ。ソニア、アデルを頼んだ」


 任されたライアンとソニアが力強く頷く。シリウスは剣を手に走り出した。


 私はミーティアへ向かって大声を張り上げた。

 

「あなた、なんて醜いの。まるで化物ね!」

 

 あえて挑発的に言えば、ミーティアは恐ろしい形相でギロリとこちらを向いた。


「……今、何て言った?」


「醜いって言ったのよ。もはや聖女のカケラもないわね」


「は? うるさい……うるさい……うるさい! あたしは黒薔薇姫! この世界の主人公ヒロインなんだよッ!」


 すべての茨が、炎が、異能が、私に襲いかかる。


 私への攻撃をライアンと騎士達、ソニアが必死に防ぎ、応援する。


 みんなに守られながら、私はもう一度、声を張り上げた。

 


「あなたは、もう終わりよ。ご愁傷様――!」


 

 憐れみを込めて、私は叫んだ。


「許さない! 死ねッ、アデル・シレーネ!」と強い殺意に満ちた声が響き渡る。その瞬間。


 

 ズブリと――、剣の切っ先が背中から胸へ、ミーティアの体を貫通した。


「……ぁ」と呻き声を上げ、彼女が振り返る。視線の先には、両手で柄を握りしめ、深々と刃を突き立てるシリウスの姿が。


 ミーティアは「ああ……そういうこと……」と呟いた。


「アデルはおとり。寄ってたかって、みんなであたしを……殺そうとしたわけだ」


 心臓を貫かれてもなお、ミーティアは余裕の表情を浮かべている。


「無駄なんだよ。だって、あたしはっ――」



 主人公なんだから――!

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