第34話 あいつは強くてオレは弱い
電車がガタゴト揺れる。向かいに立ってる斗歩の伏し目には、あの時に似た悲しさがあった。少なくとも、オレにはそう見えた。「おばあちゃん」のことは、やっぱ昔のあの日々と、父親から理不尽な暴力受け続けてた日々と、繋がってんだろうか? 大好きだから会いたくて、でも会ったら昔を思い出して辛くなったりすんだろうか? それとも、昔のああいうこととは関係なく、ただ「おばあちゃん」のことを思って胸痛めてんだろうか。
斗歩を見る目に、じっと力がこもった。奴は左手の甲を物憂げに見つめたまんま、写真みてぇに動かない。たまにする瞬きだけが、奴の時間の止まってねぇことを示してた。オレは視線逸らして小さく息ついた。分かんねぇ。全然、斗歩の気持ちが想像つかねぇ。オレはこいつの辛い過去を知ってるってことで、他人よりもこいつのこと分かってるつもりでいたが、実際はちっとも分かっちゃいないんだ。昔と今を必死に照らし合わせても、なんにも見えてこない。
カッコ悪ぃ。
そう思った。いろんなこと知ってて、助けんなりたいとも思ってんのに、助けるどころか理解もできてない。きっと、田井の言ってた「エゴ」ってのが、そのまんまオレに当てはまってんだ。助けてやりたいなんて勝手な気持ちで斗歩に接して、斗歩本人が何望んでるか考えてこなかった。オレがオレの見たいように斗歩のこと見て、オレの気持ち満たすために助けたかった。斗歩のためじゃなかったから、何も分かんねぇんだ。
だったら、と自分の心を奮い立たす。ちゃんと、見よう。ちゃんと、考えよう。ちゃんと。
帰宅すっと、オレは自室に直行した。バタンって音立ててドア閉めれば、隣の部屋から噛み付くような声が飛んでくる。
「もっと静かに閉めれんだろ!」
「うるせぇ、休みなら大人しく寝とけよ」
「寝てたんだよ! あんたのせいで起きちまったの!」
「じゃあ、もっかい寝ろ」
声張ると、言葉の代わりに壁殴り付ける音が返ってきた。壁際の空気がジィンと揺れる。舌打ちしてベッドに腰かけた。
姉貴の仕事はシフト制だ。曜日固定じゃねぇから、いつが休みか分かんねぇ。だから、隣で寝てるって知らねぇで、こうして怒らせちまうことが、よくある。斗歩ンとこみてぇに、ある程度曜日が決まってりゃ注意すんのに。
そう思うと、妙な違和感が生まれた。口に手ぇ当て、その違和感の正体を探る。シフト制。休み。斗歩の話じゃ、「おばあちゃん」の見舞いに行くのが木曜で、バイトと重なっちまってるってことだった。それで、金曜は疲れて調子悪くなるって。確かに、斗歩は木曜日、だいたいバイトに出かけてくし、金曜は具合が良くなさそうらしい。でも――斗歩が学校で体調崩したあの金曜、前日の木曜はバイト休みだったはずだ。だから一緒にうどん食い行ったんじゃねぇか。それなのに、あいつはあの日、見舞いに行かなかった。
どう考えても、おかしい。バイトがあんなら行けないのも分かるが、なんでせっかく時間あって行きやすい日に行かなかったんだ? あいつ、まだオレに話してねぇことが、あんじゃねぇか?
話したく、ないのかもしれねぇ。それはあいつの自由だ。相手が言いたくねぇこと、知られたくねぇことを、「話せばすっきりする」とか都合いい理屈こねて無理やり聞き出したりしたら、それこそエゴだ。けど、だけど、オレの頭には北島の言葉がよみがえってきてた。
『あんたはさぁ、結構、澤上のこと、見くびってんだね』
『あんた、澤上本人に訊いたことないでしょ?』
図星突かれて、胸が抉られた。オレが斗歩の心ン中へ直接踏み込めないのは、それがあいつを傷つけちまわないか怖いからだ。けど、本当は分かってる。あいつは、そう簡単に傷ついちまうようなタマじゃねぇって。言いたくなきゃ、訊いたって言わねぇだけだろう。それでも訊くことすら、怖い。分かってんのに、怖い。オレの方が弱くて、そんでめちゃくちゃ、めちゃくちゃ、斗歩のこと大事にしたいからだ。だから、ほんの数パーセントの可能性でも、斗歩が辛くなっちまうんじゃねぇかってことが、怖い。オレはムカついたり気持ちたかぶったりしたら、感情に任せて他人を傷つけちまう人間だから。
深呼吸した。体を仰向けに倒して天井を見る。何もねぇそこへ視線を泳がせながら、勇気を胸の真ん中へかき集めた。もっかい訊いてみよう。訊かなきゃ分かんねぇんだ。ちゃんとあいつを理解しよう。そうすれば斗歩だって、一人で抱え込むこと少なくなるはずだ。無理にじゃねぇ。あいつが話せることだけを、訊こう。オレが訊きたいことじゃなく、斗歩が話したいことを、訊こう。
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