第19話 これで勝負を決めてこい!
目の前の眩しさに、つい瞼へ力が入る。手で庇作って目ぇかばい、クソ晴れてんじゃねぇって悪態ついた。
「天気にキレてもしょうがないだろ」
後ろからの声に、ああ? つって振り返れば、斗歩がいた。殺人的な日差しも意に介さず、平然としてやがる。
「てめぇは体感温度バグり過ぎなんだよ」
寒くても窓際のベッドで平気な面して寝るし、あちぃ日でも涼しい顔してる。どう考えで鈍い。
「バグってないよ。オレだって暑いけど、春過ぎたら暑くなってくんのは当たり前だ」
「たかが天気で達観ぶってんじゃねぇ」
オレが文句つけっと、斗歩は、いいから行くぞと先へ進む。
「前歩いてんじゃねぇ」
「お、並ぶか?」
「並ぶんじゃねぇ」
「どうすりゃいいんだよ?」
「後ろ歩け」
「オレ、お前の付き人か……?」
ああだこうだ言いつつ、オレらは一緒に歩いた。日差しは強ぇがまだ風は軽く、草の匂いが流れてくる。ムカつく天気だと思ってたが、そう悪くはないかもしれねぇ。
「澤上くん! 高橋くん!」
背後からバカでけぇ声が飛んできた。斗歩と揃って振り返る。メガネ――田井が駆け寄ってきてた。
「登校中に会えるなんて、珍しいね。一緒に行こう」
「ああ」
斗歩が返事し、成り行きでオレまで一緒に歩く羽目になった。なんでオレ、こいつらとオトモダチみてぇになってんだよ? ふと思ったそれは、けど、二人の柔らかな表情見ると、消えてった。
「そう言えば、高橋くんは北島さんと仲がいいんだな」
田井が意味ありげに低めた声で言った。
「あ? 誰だ? 北島って」
オレが反射的に声尖らせると、メガネの奥の目がギョッと見開かれた。
「え? 北島さんだよ。君、よく話してるだろ」
ああ、ジャージ女のことか。オレの理解が追いついた時、田井はなぜか肩落とした。
「そっか。君は北島さんに特別な感情はないんだね」
「当たり前だ。あの女、イカれてンぞ」
「でも、お前に気はありそうだよな」
斗歩の口ぶりは事務的っつーか、ひんやり冷めた感じだった。急に変わった様子にオレが目ぇ向ければ、また真っ白い紙みてぇに感情読めない顔してた。
「しょっちゅう話しかけてるし」
「そうだよな。まぁ、僕と高橋くんだったら、高橋くんを好きになるよな……」
「え?」
思いがけず、斗歩と声揃えて田井をガン見しちまった。
「お前、北島さんのこと――」
「ああ、いや、その、なんて言うか、ああいう人素敵だなと、ちょっと思ったりはしていて」
「どこが??」
またしてもシンクロした。二人で、めいっぱい声に力込めて。そんな力いっぱい訊かなくたって、って田井は言った。
「なんて言うか……あの人は、自分に正直な人だなって、思うんだ。周りを気にして縮こまったりしないで、好きな物を好きって言えて、趣味に没頭できて。『誰が何と言おうと良いと思うものは良い』って感じだろ? そういうところ、僕にはすごいなと思えて」
田井が言葉止めると、斗歩はため息つく。お前には、そんなに良く見えてんのか。オレにはただの変な人にしか見えないけど。
「てめぇ、サラッとひでぇこと言うな」
オレも斗歩に全く同感ではあったが、あんまり簡単に田井の好意を否定してて、びっくりした。斗歩の眉間が少し寄った。
「そうか? 変な人じゃないか?」
「そりゃ、どう考えてもイカレ女だけどよ」
「君たちどっちも、人が好きだって言ってる女子に対してひどいぞ」
田井はそう言って、また声落とした。
「けど、いくら僕が好きでも、北島さんは、やっぱり高橋くんのことが好きみたいだよな」
「違ぇ!」
めちゃくちゃ強い口調ンなった。全ッ然違ぇ。むしろ、あの女はオレと斗歩をくっつけようと必死だ。オレの方だって、と思って斗歩へ視線やる。やっぱり白紙みてぇなその面が目に入ると、より強い気持ちが湧いてきた。こいつに妙な勘違いされてたまるか。
「あの女、別にオレのことなんざ、好きでもなんでもねぇんだよ。オレは――あいつのおかしな趣味に巻き込まれてるだけだ。てめぇが誰をどんな理由で好きンなろうが勝手だが、オレのことでおかしな勘違いすんじゃねぇ」
ひと息に言っちまうと、オレはすぐさま前向いた。
「くっだらねぇ。いいから行くぞ」
教室入り、机に鞄を乱暴に置いて座ろうとすっと、甲高い声が飛んできた。妙に弾んでる上に変な節までついてやがった。
「タ、カ、ハ、シィッッ!」
「死ね!」
「ネ、ズ、ミィッッ!」
「しりとりじゃねぇ!」
オレの暴言も荒らげた声も全く堪えねぇ様子のジャージ女は、机の横まで来てヘラヘラ笑った。
「昨日、澤上大丈夫そうだった? また二人で帰ったんでしょ? 看病してあげた? 手ぇ握ってあげた? 寝顔が綺麗でチューしたくなったり――」
「マジで殺すぞ、てめぇ」
怒りの滲んだ低い声が出た。顔伏せたまま、目だけ動かして睨めつける。
「オレに気安く話しかけんじゃねぇ」
そのせいで、斗歩に勘違いされちまってるだろ。心ン中で呟いた。
「何よー。せっかくデートのチャンス、あげようと思ったのに」
「あ?」
思わず顔上げてみれば、目の前のイカレ女はかかったとばかりに笑い、二枚の紙切れ突き出してきた。
「『ズーイーの森らんど』のナイト入園チケット。うちのお父さんが会社の人に貰ったの。家族で行く予定だったけど、急に用事ができちゃったからってさ。でもあたしだって、家族でテーマパークって歳でもないしさぁ。今年はイルミネーション、ちょっと早めに六月からスタートしてるらしいし、家族よりデートじゃん?」
澤上誘って行ってきなよ。ぐっとチケットこっちへ押し付けて言う顔見てたら、閃いた。
「おい、てめぇ、これもう二枚、持ってっか?」
家族で、ってことなら、元々子連れの予定だった可能性が高ぇ。もし子どもが二人以上なら、四枚はあるはずだ。
ジャージ女は、きょとんとして頷いた。
「あるっちゃあるけど、二回行く気? 一回で決める覚悟で行きな――」
「違ぇ。てめぇと田井の分だ」
見開かれてた目が、さらに丸くなった。
「なんであたしと田井?」
「いいんだよ。とにかく四人だ。じゃなきゃ、オレは行かねぇ」
オレはじっとジャージ女を見た。パチクリするばっかだった目の色が変わる。にっと口元が歪んだ。
「分かった。あんたと澤上、あたしと田井でタブルデート。日にち決まってるからね。今週末」
決めてこいよ、と妙に念押して、ジャージ女は離れてった。
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