オレはこいつの半分ヒーロー

ぞぞ

第1話 ヤかヤられるか、それが問題だ

 え、違うのか? って目ぇ丸くした斗歩とあを見て、オレは肺空っぽにするくらい、深く深く深く息ついた。下向いて、頭掻いて、当たり前過ぎて疑問すら抱かなかった言葉を舌の上にのっける。

「違ぇに決まってんだろ。どう考えてもオレが挿れる側だ」

「なんでだ?」

「なんで?」

 自分でも、ギョッと目ぇひん剥いてるのが分かった。「なんで」? 「なんで」つったのか? こいつ。なんでも何もねぇだろ、頭沸いてんのか?

「なんでじゃねぇよ。オレが掘られるわけねぇだろ。ケツの穴に突っ込まれるとか、鳥肌モンだぞ。虫唾が走る」

「それはオレも同じだぞ」

 その言い方には、今日出た課題の話でもするみてぇな気軽さがあった。こっちは、ずっとオレらのこの関係にモヤモヤしてて、それを何とかしようと踏ん切りつけて、ヤることについて切り出したってのに。なんなんだ、その落ち着きは。ヤるヤられる以前に、そのスカした態度が気に入らねぇ。

 オレは胸ぐら掴む勢いで、斗歩の方へ迫った。ミシ、とベッドが軋む。体が近づくと、それだけで体温伝わって、あったけぇ。もう六月だってのに、人肌に温もり感じるくらい冷えてんのは、窓際にベッド置いてる、このボンクラのせいだ。寝る時だけじゃなく、ソファ替わりにも使ってるベッドを、こいつは広く部屋使いたいって理由で、わざわざ窓際に置き換えたらしい。それじゃ冬、寒いだろってオレが注意しても、どこ吹く風。マジで冬んなって凍えても知らねぇぞ、オレは。つか、凍死しろ。人の心配、毛ほども気にしねぇ上に、こっちが腹ん中に溜めてきたモヤモヤ、軽くあしらうようなクソ鈍感野郎は、一遍死んだ方がいい。

「てめぇ、オレのこと、舐めてんのか?」

「は?」

 斗歩は、またきょとんとした。全く身に覚えのないこと言われたって感じの面だ。あー、ムカつく。無自覚なのが、何よりムカつく。

 一瞬遅れで理解が追いついたのか、丸かった目に険が差した。

「別に舐めてない。お前もオレも、ヤられる側は嫌だっての、同じだろ? なんでオレだけ悪いみたいな話になんだよ?」

 だいたいさ、つって、斗歩は視線下げた。

「オレのが背は高いし、普通に考えたらオレが挿れる側だと思う」

「はァッッ!?」

 思わず出た声は、喉でひっくり返ってた。

「高ぇっつっても、たかだか五センチだろ! だいたい、背はてめぇのが高くても、オレのがガタイはいいんだよ! 年だって、オレのが上だ!」

「いや、五センチは結構ある。それに、力だってオレのがあるし、年上っつったってオレが早生まれなだけで、学年同じだろ」

「四月生まれと三月生まれだぞ! ほぼ一年違うじゃねぇか!」

「でも同学年だし、そもそも年齢とどっちが挿れる挿れないは関係ないだろ?」

「それ言ったら、背の高さだって毛ほども関係ねぇだろ! 殺すぞ!」

「いや、殺されんのは困る」

「ヒョーゲンだっつの! 真に受けんじゃねぇ!」

「本気じゃないのは分かってる。でも、それ『表現』とも違くない――」

「いちいちめんどくせぇツッコミすんじゃねぇ! どうでもいいから、バイト終わって帰ってきたらヤらせろ」

 喉が痛てぇくらい声張って言うと、斗歩は肩を上下させて大きく息ついた。

「別に今どうこうしなくたっていいだろ。まだ早いよ。それに、バイト終わってからは、オレ、疲れてるから無理だし」

『今どうこうしなくたっていいだろ』

『まだ早いよ』

 斗歩の素っ気ない言葉が、けど、オレの胸には重く来た。オレばっか焦ってる。それを残酷なまでに突きつけられて、元々あった焦燥感は、心ん中掻きむしられたみてぇに激しくなっちまった。


 オレと斗歩は、一応ヤるとかヤられるとか、挿れるとか挿れないとか、そういう話の出る仲だ。付き合い始めたのは、ついこの間。けど、知り合ったのは、ずっとずっと、前のことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る