第5話 突撃、そして誘拐

 通常運転。

 そういう類の反応がいかに残酷か、オレは思い知った。

 ポッキーゲームの翌日の斗歩は、こっちが自分の目ぇ疑うくらい、いつも通りだった。口数少ねぇながらに話しかけられりゃ誰とでも絡むし、たまに口元に笑みっぽいもの浮かべる。そんで、ずっと涼しい表情だ。オレと、顔合わせても。

「お、高橋」

「ああ? 話しかけんじゃねぇ」

「いや、何か落ちたぞ」

「ゴミだ。拾って捨てとけ」

「分かった」

 オレは背ぇ向けたまんまだったが、あいつが屈む気配がして、腹の底が熱くなった。

「てめぇ、何、素直に拾ってんだよ! プライドどこに捨ててきた!」

 振り返って声荒げれば、ちょうどしゃがんで紙くずへ手をかけたところだった斗歩と、目が合った。オレを見上げた目が丸くなる。

「オレ、どうすりゃいいんだ?」

「知るか!」

 オレは、また前へ向き直り、大股で教室から出てった。戻った時、ゴミはなかったから、斗歩が捨てたんだろう。

 ムカついた。

 何にか分かんねぇが、どうにも胸くそ悪ぃのが収まんなくて、その日の放課後になるまで、オレは一人で悶々とし続けてた。


「高橋」

 めんどくせぇホームルームが終わり、スクバ担いで廊下歩いてっと、後ろから声かけられた。一ミリも期待なんかしてねぇ、高い女の声だ。誰だか分かんねぇが、どうでもいい。オレは前向いて、足進めたまんま「ンだよ?」って返した。

「昨日さぁ、澤上とキスできなくて、残念だったねぇ」

「ああ!?」

 カッと頭が熱くなり、声凄めて振り返ってた。けど、自分の目線に誰もいなくて、不思議に思い視線下げると、ジャージ姿の眼鏡かけた女と目が合った。クラスにいた気がした。

「あんなお遊びに、残念もくそもあっかよ」

 オレが言っても、ジャージ女は「あたしは残念だったけどなぁ」とかヘラヘラ笑って言ってきやがる。ムカつくんだよ、そういう舐めた態度は。名前も分かんねぇモブ女がガタガタうるせぇ。

北島柚葉きたじまゆずは

 念押すような言いっぷりに、反射的に「あ?」って声尖らせてた。ジャージ女は深く息吸って、もっかい言う。

「だから、あたしの名前。北島柚葉っていうの。あんた、今、名前分かんないって思ってたでしょ?」

「当たり前だ。誰がいちいちモブ女の名前なんか覚えっかよ」

「あんた、マジで性格悪いね」

 いちいち注意するみてぇな言い方してきて、うざかった。オレは前に向き直った。

「誰もてめぇの名前なんか興味ねぇんだよ。じゃーな」

 ちょっと待ってよ、って声と一緒にパタパタいう足音がついてきた。

「でも、あんた澤上にはずいぶん興味あるみたいじゃん? 澤上の方も、満更じゃなさそうだし」

 心臓がぎゅっと縮まった。思わず、また足止めて振り返る。

「どういうことだ? 澤上が何か言ってたのか?」

 ジャージ女は腕組んで、フフンって擬音が付きそうな得意気な笑い方した。

「やっぱ、あんた見えてなかったんだ。アレの後、澤上、顔真っ赤んなってたんだよ。見るからにドッキドキな感じでさぁ。超たぎるわ。たぎりまくりだわ」

 タギル……? って疑問は頭過ったが、そんなこた、どうでもいい。オレはジャージ女に詰め寄った。

「真っ赤って、あいつ、オレに興味ねぇわけじゃ――」

「ずいぶん食いつくじゃん」

 薄笑い浮かべたまんま、ジャージ女がツッコミ入れてきた。顔面に熱が上ってきて耳までジンジンした。

「うっせぇんだよ! オレはただ……」

 言いかけて、けど、その続きの言葉が見つかんなかった。言いたいことはあった。確かにあった。オレが斗歩に対して感じてるモンは、ずっと前からはっきりしてた。心ん中では。でも、いざそれを外に出したり、言葉に置き換えたりしようとすると、途端に分からなくなった。ただ、ただ――何だってんだ?

 うつむいて、一つ、息を落とすと、オレはジャージ女に背ぇ向けた。

「もういい。くっだらねぇ」

 後ろをついてくる気配はなかった。それでも、声だけは背中越しに追いかけてくる。

「澤上、今日、図書委員のカウンター当番だから、図書室にいるよ!」


 引き戸を開けて中へ入り、トン、と音させて閉める。ザワザワした廊下の空気が遮断されっと、そこは本当に静かだった。

 図書室なんて滅多に来ねぇオレからすると、不思議な空間だった。室内には人の気配が濃いのに、音は極端に少ねぇ、つーか、控え目だ。紙をめくる音とか、ひそめた足音とか、たまに聞こえる軽い咳とか。空間の息遣いばっかり聞こえるみてぇな、変な感じだった。

 カウンターへ目ぇやると、斗歩が座って本の貸し出し作業してた。静かだから、離れてても声が聞こえる。

「返却日は四月二十四日です」

 斗歩はゆっくりした口調で言い、本を二人組の女子の内の片方へ渡した。上履きの色から察するに、三年生だ。

 三年女子どもはカウンターから離れると、オレの方――つーかドアへ向かって歩いてきた。口角上がんの抑えるみてぇに口すぼめ、妙に目配せしあって。そんで引き戸の外へ姿消すと、急に下品な笑い声上げた。

「ねぇ! やっぱ、超カッコよくない!? ヤバ! イケメン! イケボ!」

「そのくせ、陰キャだしね! 表情筋死にすぎでしょ! ウケる!」

 声のでかさで、背後のドアが揺れた。

 ムカついた。

 ムシャクシャした気持ち拳に込めて、オレは後ろ手にドアを殴りつけてやった。

 ダンッ! って音が、爆発したように一瞬だけ広がった。室内にも、扉の向こうへも。ドア越しの気配は、突然小さくなり、それからそそくさと消えた。室内の生徒は、一様にギョッと目ぇ見開いたアホっぽい面をこっちに向けてる。斗歩もだ。硬直した空間の中、殴った音の余韻だけが空気を震わせてた。

 オレは、口半開きで呆気に取られてる斗歩の方へ一直線に向かってった。

「来い」

「は?」

 斗歩の声には、マジで状況が飲み込めねぇって戸惑いが溢れてた。

「オレ仕事中――」

「いいから、来い」

 斗歩の腕引っ付かみ、貸し出しカウンターに並んでた野郎のポカンとした面尻目に、図書室から出てった。

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