第26話 誰だ?

「ねぇ! 二人揃って遅刻って、どういうこと!? あんた、澤上と二人で何したの? ヤッた? 今度こそヤッた?」

「死ね!!」

 机に突っ伏してた頭持ち上げて怒鳴っても、ジャージ女はヘラついた面崩さねぇ。相っっ変わらずだな、こいつ。

 前日、斗歩とくっついてたからか、やたらあったかくて、ぐっすり寝ちまった。深い深い眠りの底から意識が引き上げられた時には、既に時計は八時五十分ンとこを示してた。ギョッとなり、隣で呑気に寝息立ててる斗歩の頭引っぱたいて起こすと、ソッコーで身支度して出てきた。


 でもさ、とジャージ女はこっちの怒りそっちのけで話す。

「あんた、意外と真面目だよねー。二人でサボれば良かったのに」

「あ? そしたらてめぇ、あることねぇこと騒ぎ立てんだろ?」

「えー!!」

 心外だと言わんばかりの高い声が返ってきた。

「あたしは二人の味方だよ! そりゃ、気になるからあんたらには色々聞くけど、他人に言いふらしたりはしないよー」

「てめぇ、田井に話しただろ」

 ジャージ女はきょとんとし、それからくしゃりと表情を崩した。

「あんた、そういうとこ察し良いよねぇ。でも、田井はいい奴じゃん? そういうこと触れ回ったりしないじゃん?」

 それよりさ、と声が低まる。

「あんた、澤上のこと、殴ったの? 口の端、切れてるし、ほっぺんとこも腫れてない?」

 言われると、また怒りがカッと突き上げてきた。そのムカつきを握り潰すように、ぐっと拳を固くする。爪が皮膚に食い込んだ。


 斗歩と二人で学校までの道のり走ってた時だ。後ろから、凄みのかかった声で呼びつけられた。「高橋ィッ!」って。斗歩と揃って足止めて振り返れば、中三の頃から、たまに現れて喧嘩ふっかけてくる奴らがいた。二人。他校の野郎だ。ンで、気がつくと反対側にも二人が出てきて、前も後ろも道塞がれた。

「てめぇ、ちょっと面貸せよ」

「あ??」

 オレが喧嘩腰に声荒らげても、隣の斗歩の態度は淡々としたモンだった。

「オレら急いでるんで、今度にしてもらえませんか?」

 予想外の反応だったんだろう、四人は一度ポカンとアホみてぇな面したが、すぐねっとりした笑みが口元歪めた。

「お前なんかに用はねぇよ。とっとと消えろ」

「なんでそっちが消えないんですか?」

 また四人が声詰まらせた。でも、そん時はアホ面じゃなかった。眉間に青筋立てて、斗歩を睨みつけてた。

「てめぇ、ずいぶん舐めたガキだな」

「あんたらも高二のガキだろ? 先輩」

 斗歩が応じると、四人は苦いモンでも噛んだみてぇな、嫌な顔した。斗歩が一人の胸元指差す。

「郷城高の制服のシャツって、学年ごとに校章の色違うんだろ? 一個しか違わねぇのにガキなんつってマウント取ろうとすんの、やめてもらっていいですか?」

 オレは、すっかり忘れてたこと思い出してた。そうだ、小五ン時からそうだった。こいつは、異様に煽りスキルが高ぇ。

 そろそろやべぇと思った時、指差された金髪野郎が斗歩に向かって拳振り上げた。大ぶりのパンチを斗歩は軽く躱したが、後ろから近づいた別の野郎に羽交い締めにされた。

 思わず凄めた声で怒鳴った。

「てめぇ! 雑魚いことしてんじゃねぇぞ!」

 殴りかかろうとしたオレを、また別の奴が押さえつけた。腕振りほどこうともがく。その間に、金髪野郎の拳が斗歩の頬を抉ってた。顔が引きちぎれるくらい横向いたの見て、声が出た。

「てめぇ!」

 邪魔なクソ共の手ぇ振り払って駆け寄ったオレより早く、金髪が二発目を打ち込んだ。が、それはデカい手のひらで受け止められた。

「ッてぇんだよ……」

 ボソリと言った斗歩。金髪は、もう一発拳を振るうも、またもう一方の手で止められた。拳の骨がグッと浮き上がり、金髪の手ぇ握り込む両手に力がこもったのが分かった。

「オレら、学校行きたいだけなんですよ。通してもらえませんか?」

 敬語ではあっても、声の方は脅すみてぇに低まってた。金髪がウゥッと呻き声漏らし、引きつった顔伏せる。そんなに痛てぇのか? どういう握力だよ。

「わ、分かった……」

 金髪が声絞り出すと、斗歩はあっさり手ぇ放した。そんで、オレに向かって口調軽くする。

「よし、行くぞ」

 斗歩の顔見っと、腹の底で燻ってた怒りが一気に突き上げてきた。口の端から糸みてぇに細く血が垂れてる様が、昔の、あん時の斗歩の姿と重なってた。

 オレは拳作り、へたり込んで両手抱える金髪野郎へ殴りかかろうとした。けど、

「高橋!」

 声と同時に、体が後ろへ引っ張られ、気がついたら地面に尻ついてた。睨み上げれば、困ったように眉を下げた斗歩と目が合った。

「やめろ。手ぇ出したら、こっちも悪くなっちまうぞ」

 最初、興奮した頭は言葉の意味を掴み損ねてた。しばらくして、一つ一つの単語が脳に染み込むように理解が追いついてくる。全部分かった途端、怒りで眉間に力が入った。

「てめぇが殴られたんだろ! なに平気な面してやがる!」

 斗歩はオレを見る目ぇ丸くした。けどその驚きは、瞬きの間に緩んだ瞼の裏へ消えた。

「お前、オレのために怒ってくれたのか」

 斗歩はそう言って、オレに手ぇ差し出した。

「オレは平気だよ。こういうの、もう大丈夫なんだ。でも、ありがとな」

『こういうの、もう大丈夫』

 その言葉の響きが、真っ赤だった気持ちを急に鎮めた。オレは斗歩の手ぇ取って立ち上がると、四人の雑魚へ視線向けた。ありったけの嫌悪込めて。

「てめぇら許した訳じゃねぇからな」

 背中向けて歩き出すと、怒声が追いかけてきた。それはこっちのセリフだ! 許さねぇぞ! てめぇはクズだ! ぜってぇ、ぶっ殺してやるからな!


 グッと拳を固くしたまま、オレは深呼吸して波打った心を平たくした。

「殴ったのは、オレじゃねぇ。それに、あいつも、大丈夫だっつってた」

 ジャージ女が疑うみてぇに目ぇ細めた。

「何? あんたら、誰かと喧嘩したの?」

「ああ、したよ」

 頭上から声がして、見ると斗歩が立ってた。

「でも、相手みんな弱かったし、別に平気だ」

「へー、意外。澤上って、喧嘩強いんだ」

 チート級に強ぇっての。オレが心ン中で返したのとほぼ同時に、斗歩が「別に」つった。

「それより、保健室、行ってくる。このくらい、家帰ってから自分で適当にやりゃいいんだけど、田井がうるさいからさ。お前も行くか?」

「あ? オレぁ怪我してねぇだろ」

「いや、掴まれてたから、痣とかできてんじゃねぇかなと思って」

「オレがあの程度で怪我するか」

「そうか」

 斗歩はいつも通りの低い調子で応じた。そん時、閃いた。

「やっぱ、オレも行く」

 ちょっと目ぇ見張って振り返った斗歩の腕掴み、オレは保健室へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る