エピソード12 魔王との密会

 村にひっそりと建つ教会……というか崩れた教会。その意味を成さなくなった教会に、やっぱりエリーはいた。

 漆黒の長い髪をその背に流し、人成らざぬ者である証……二本の角を頭に生やした魔王も、いつも通り一緒である。

(やっぱり今回もここにいたか)

 よく飽きもせず一緒にいるよなあ、とサクヤは怒りを通り越した呆れの眼差しを向ける。

 しかしそれはサクヤにとってはいつもの光景でも、カグラとヒナタにとっては信じられない光景だったらしい。二人は半分混乱しながら、驚愕の眼差しをエリー達へと向けていた。

「何でエリーが魔王と一緒にいるんだ? え、襲われてる?」

「いえ、そうは見えませんが……。お話をされているだけではありませんか?」

「話? 話って何の? 魔王と話す事なんてあるか?」

「知りませんよ、そんな事。ここからじゃ話の内容までは聞こえないんですから」

 何で、何で、と混乱しながらエリー達を見つめているカグラはさておき。ヒナタはその困惑の眼差しをサクヤへと向けた。

「サクヤさんはご存知だったんですか?」

「ああ。昼もここで会っていたし、他にも二人が密会している現場は何度も見て来た」

「何度も? それならどうしてもっと早く教えてくれなかったんですか!」

「あ? 何度も教えようとしただろ。それなのに、お前らが「くだらない」とか言って、オレの話を聞こうともしなかったんじゃねぇか」

「はあ? 聞いた事ないですよ、そんな話! いつ私達がそんな事を言ったって言うんですか!」

「二回目から十回目の間に散々言われた」

「はああああ? 何なんですか、二回目から十回目って!」

「サクヤは二人が何の話をしているのか、知っているのか?」

「聞かなくてもなんとなく分かるだろ? こんな人気のないところで男と女がこっそりと会っているんだ。会話内容なんて……」

 しかし、サクヤがその内容を口にしようとした時だった。

「誰だ?」

「っ!」

 険のある男の低い声が、その場に静かに響き渡る。どうやらこっそりと様子を窺っていたのが、魔王であるリオンにバレてしまったようだ。

「サクヤっ? それに、カグラとヒナタまで……っ!」

「貴様ら、こっそりと様子を窺うのなら、もう少し静かに出来んのか?」

 バレてしまったのなら仕方がないと大人しく姿を現せば、エリーが驚いたように目を見開き、リオンが呆れたように眉を顰める。

 するとカグラが、ギロリと鋭くリオンを睨み付けた。

「お前っ、エリーに何をしていた!」

「何もしていない。エリーと話をしていただけだ」

「話? 何を話していたんだ?」

「何って……こんな人気のないところで男と女がこっそりと会っているんだ。口説いていたに決まっているだろう」

「口説……っ?」

 はっきりと言い切ったリオンに、カグラの顔が真っ赤に染まる。

 しかしそれについては、エリーがすかさず「違う」と否定した。

「止めてよ、リオン! 誤解を与えるような言い方しないで!」

「しかし嘘は言っていないだろう?」

「で、でもそんな言い方は……っ」

 くすりと微笑みながら髪を一房救い上げるリオンに、エリーの頬が桃色に染まる。

 何だよ、やっぱり口説かれていたんじゃねぇか、オレの思った通りじゃねぇかよ、と不機嫌そうに眉を顰めながら、サクヤは心の中で十回目のエリーに文句を連ねる。

 すると似たような事を思ったらしいヒナタが、疑いの眼差しをエリーへと向けた。

「では、一体何の話をされていたんですか?」

「そ、それは……っ、」

 こんなにも冷たい眼差しを、ヒナタがエリーに向けるのは初めてではないだろうか。その問いにエリーが言葉を詰まらせれば、ヒナタは更に冷たい言葉を彼女へと投げ掛けた。

「答えられないですか? でしたら今の状況から考えて、あなたが魔王側の人間だと思われても仕方がありませんよ」

「そんな、私は……っ」

「違うとおっしゃるんですか? では、何故魔王とそんなに親しそうなんです? 呼び方だって『リオン』と何故か名前で呼んでいるみたいですし? サクヤさんが教えてくれましたが、あなた、これまでに何度も魔王とこっそり会っているらしいじゃないですか。何故私達に内緒でそんな事をしているんです? それに記憶の鍵の件だってそうですよ。あなたは村長さんに指摘されるまで、私達にその鍵の事を教えてくれなかった。何か事情があるんじゃないかとサクヤさんはおっしゃっていましたが、その事情って何なんですか? あなたが魔王側の人間だという事ですか? 力が覚醒しないのも、世界を救う気がないから、わざと覚醒しないようにしているわけではないでしょうね?」

「……っ」

 冷たくそう言い捨てるヒナタに、エリーはギュッと拳を握り締めながら俯いてしまう。カグラはどうしたらいいのか分からず困惑の表情を浮かべているし、リオンに至っては、口角を吊り上げてニヤニヤと笑っていた。

(このまま様子を見るか……?)

 エリーが自分以外の仲間に裏切り者を扱いされるのは、これが初めてだろう。このままヒナタが追求を続ければ、エリーは諦めて自分が裏切り者であると白状するかもしれない。いや、やはりここは、自分もヒナタに加勢するべきか? そうすればおのずとカグラもこちら側に付くだろう。三人で追求すれば、エリーも白状せざるを得ない状況になる。

 だったら今ここでエリーに白状させるのが得策ではないだろうか。全員で団結して彼女を追い出す事に成功すれば、もしかしたら今回は世界を……、

『エリーと向き合ってやれ。それできっと、道は拓ける』

(っ!)

 しかしそこで、創造主の言葉を思い出す。

 そうだ、何を考えていたんだ。さっき記憶の鍵を使って、その事に気付いたばかりじゃないか。

 エリーは排除するべき相手ではない。だってこのゲームのエンディングでは、自分もエリーも笑っていなければならないのだから。

「エリー」

 なるべく優しく、彼女の名を呼ぶ。

 俯いたままのエリーの肩がビクリと震えたような気がしたが、サクヤは構わず言葉を続けた。

「ヒナタの言う通り、オレはお前が魔王とこっそり会っているのを何度か見ている。それなのにオレが何も言わなかったのは、オレがお前とちゃんと向き合おうとしなかったからだ」

「……」

「でも、やっぱりオレはお前と向き合いたいし、真実を知りたいとも思う」

「……」

「でもこのままお前が黙っていたら、オレはヒナタの言う通り、お前の事を疑わなきゃならなくなる。状況が状況だからな。そう判断せざるを得ない」

「……」

「でもオレも、もちろんカグラだってヒナタだって、出来ればそれは避けたい。だから本当の事を話して、オレ達の誤解を解いてくれねぇか? そいつと何を話していたのか、オレ達に教えてくれ」

「……」

 ヒナタは疑いの目を、カグラは祈るようにして、そしてサクヤは真剣な眼差しをエリーへと向ける。

 どれくらいそうしていただろうか。遂に俯いたままのエリーが、ポツリと口を開いた。

「ごめん、なさい……」

「え……?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」

「っ!」

 謝罪を連ねるエリーに、サクヤの心臓がゾワリと跳ね上がる。

 だってそうだろう? ごめんなさいの後に続く言葉なんて、「私、本当はリオンと恋仲なの!」以外にないじゃないか。

「私、本当は……」

「ふ、二人とも伏せろぉっ!」

 絶対この後、闇の塊が飛んで来る!

 瞬時にそう判断したサクヤは、カグラとヒナタに慌ててそう促すが、何も知らない二人は、当然訝しげな視線をサクヤへと向けた。

「え?」

「何で?」

「いいから、早……」

「どっちに付こうか迷っていたの!」

「……え?」

 しかしその後に続いたエリーの言葉に、サクヤはキョトンと目を丸くする。

 ようやく上げられたその瞳。涙に濡れた赤と青の双眼が、一人で慌てているサクヤを真っ直ぐに見つめていた。

「迷っていた……って?」

 飛んで来なかった闇の塊に安堵しながらも、サクヤはどういう事だと眉を顰める。

 するとエリーの隣にいたリオンが、仕方がないと言わんばかりに溜め息を吐いた。

「私がエリーを勧誘していたのだ。人間どもとは手を切り、私とともに世界を滅ぼさないか、と」

「はあ? 勧誘? 何でだよ!」

「決まっているだろう? 私がエリーを好いているからだ」

 そう言うや否や、リオンはエリーの肩を抱き寄せると、彼女の濡れた瞳にそっとキスを落とした。

「フッ。泣いているエリーも可愛いな」

「うわっ、キモッ。変態、エロ魔人」

「魔人ではない、魔王だ」

「うるせぇ。どっちでもいいわ」

「ふん。自分には到底出来ないからといって妬むな。醜いぞ」

「普通出来ねぇし。つーか、TPOを考えろよ」

「TPO? 新種の口説き文句か?」

「ちげぇし」

「ふん、まあいい」

 そう言ってエリーから手を放すと、リオンは改めてサクヤへと視線を向け直した。

「やはり恋敵はそうでなくては困る。このままでは私の一人勝ちになってしまうからな。それはそれで面白くないだろう?」

「お前、何言ってんだ?」

 リオンの言いたい事が上手く理解出来ず、眉を顰めるサクヤに、リオンは楽しそうに微笑む。

 そしてゆっくりとサクヤに歩み寄ると、彼の肩をポンと叩いてから、その耳元にそっと唇を寄せた。

「しかし残念だったよ。あのままお前が黙ってさえいれば、エリーは私のモノになっていたのだからな」

「っ!」

 ゾワリと全身の毛が逆立ったのは、耳元で喋られたせいか、はたまたゲームオーバーになるところだったと告げられたせいか。

「命拾いしたな」

「……」

 僅かに体を強張らせているサクヤに、リオンはフッと嫌な笑みを浮かべる。

するとリオンは、サクヤの肩に手を置いたまま、その視線をエリーへと向けた。

「また近い内に会いに来る。その時にゆっくりと話をしよう」

 そう告げてから。リオンはサクヤの肩から手を放すと、闇に溶け込むようにしてその場から立ち去って行った。

(あのままみんなでエリーを追求していたら、またエリーに殺されていたって事か? つーかこのゲーム、もしかしてエリーを責め立てると死ぬのかよ?)

 ふと、サクヤはその可能性に気付く。

 一回目は記憶がないから分からないが、それ以外はエリーに辛く当たったり、排除しようとしてはことごとく失敗し、ゲームオーバーになっていた。そして今回は、自分ではなくてヒナタがエリーを厳しく責め立てていたが、サクヤがそれを放っておけばエリーに殺されて死んでいたと、敵であるリオンに教えられたのだ。

 ならばこのゲームの絶対的クリア条件とは、『エリーを厳しく責め立てない事』と、『その上でエリーの裏切りを阻止し、彼女を仲間にしたままリオンを倒す』という事ではないのだろうか。

「エリーさん、もう少し詳しいお話を聞かせてもらえますか?」

 ふと聞こえて来た声に、サクヤはハッと我に返る。

 顔を上げれば、エリーに詰め寄っているヒナタとカグラの姿が目に入った。

「どっちに付こうか迷っているって何ですか? 場合によっては私達を裏切り、魔王側に付くという事ですか?」

「……ごめんね、ヒナタ、その通りよ。私はずっと、あなた達に付こうか、リオンに付こうか迷っていたの」

「んな……っ!」

 それはヒナタを怒らせるには十分な言葉だったのだろう。ヒナタはその感情を隠す事なく表に出すと、エリーの胸倉を乱暴に掴んだ。

「何ですか、それ! あなた、魔王が何をしたのか本当に分かっているんですか! この世界を滅ぼそうとしているんですよ! これまでだって、魔王の手によって沢山の人達が殺されました。この村の人達だって、あなたの故郷の人達だってそうじゃないですか。それなのに、何故あちら側に付こうだなんて考えているんですか? これ以上罪のない人達を殺す事に加担するおつもりなんですか!」

「止めろよ、ヒナタ! そんなに責める事ないだろ? エリーだって苦しんでいるんだ。これ以上泣かせるなよ!」

「はあ? 何ですか、その私が泣かせたみたいな言い方は! 心外です! 泣かせたのは私ではなくてサクヤさんではないですか!」

「ちげぇし!」

 突然矛先を向けられ、サクヤは自分が泣かせたわけではないと、全力でそれを否定する。

 そうしてから三人に歩み寄ると、サクヤはエリーの胸倉を掴むヒナタの手に、自分のそれをそっと重ねた。

「とりあえず放せよ、ヒナタ。まずはちゃんと話そうぜ」

「……」

 エリーから手を放すようにと促せば、ヒナタは大人しくそれに従う。

 そうしてから、サクヤは改めてエリーへと向き直った。

「ヒナタの言う通り、魔王は悪いヤツだ。だからオレ達には、お前が魔王側に付こうと迷っている意味が分からない。でも、お前にはそれ相当の理由があるんだろ? だったらオレ達に話してくれねぇか? お前が魔王側に付こうか迷っている、その理由を」

「……」

 エリーは魔王側の人間だ。十回目まではそうだった。

 しかし十一回目である今回は、まだどちら側にも付いていないと彼女は言う。

 もちろん、それが嘘か誠かは分からないし、エリーがこれから口にするだろう『理由』とやらも、本当かどうかは定かではない。

 しかしそれが万が一嘘であっても、その情報は十二回目に引き継ぐ事が出来る。十一回目である今回は、彼女を信じて動いてみても無駄にはならないのだ。

(そもそも今回は死ぬ気で来ているんだ。これでまたエリーがオレ達を騙そうとしているのなら仕方がない。その時はこの十一回目は捨てて、次の十二回目に活かせばいい)

 そうすれば十二回目はまた違った手が打てる。

 そう考えながらエリーの言葉を待てば、彼女は考える仕草を取った後、意を決したようにして口を開いた。

「ねぇ、サクヤ。私の故郷に来てくれないかな?」

「は、故郷? それってリバースライトの事か?」

 その申し出に、サクヤは驚いたように目を見開く。

 するとヒナタが、訝しげに眉を顰めながらその疑問を口にした。

「ですが、リバースライトはもう存在しないのではないですか?」

 そう、リバースライトはもう存在しない。巫女の末裔であるエリーを連れ去った後に、魔王が全てを破壊したのだから。村人は皆殺しに、建物は全て焼き払われた。行ったところでもう何も残ってなどいない。

(そうだ、リバースライトはもう存在しない。でもリバースライトが存在しているかどうかなんて、この際どうだっていい。そんな事よりも、エリーがリバースライトに行きたがっている。こっちの方が重要じゃないか?)

 サクヤがそう思うには理由がある。これまでの世界において、エリーが故郷に行きたいと言い出した事など一度もないからだ。いや、行きたいと言わなかっただけではない。そればかりかそこを避ける素振りすらあったのだ。

 エリーの故郷であるリバースライトは、この村を出て、魔王城に向かう途中にある村だった。だからカグラやヒナタはエリーに気を遣い、「最終決戦の前に、村のみんなのお墓参りに寄って行こう」と提案するのだが、エリーがいつもそれを拒むのだ。「行くと悲しくなるから逆に行きたくない」と悲しそうに微笑むエリーに、カグラとヒナタは「エリーがそう言うなら」といつも納得してしまう。

 だから生きてバルトを出発するルートでは、常にリバースライトには寄らず、真っ直ぐ魔王城を目指す事になる。

 それなのに今回はエリーの方からリバースライトに行きたいと言い出した。これは初めての展開だ。

 十一回目で訪れたその変化、それを活かさないわけにはいかない。

「いいのか?」

「え?」

 スッと、真剣な眼差しをエリーへと向ける。

 何が、と不思議そうにするエリーの瞳を見つめながら、サクヤは更に言葉を紡いだ。

「行ったら悲しくならねぇのか?」

「っ!」

 その一言に、エリーの瞳が驚いたように揺れ動く。

 サクヤがそんな言葉を掛けてくれるとは思ってもいなかったのだろう。驚いたようにサクヤを見つめていたエリーであったが、程なくして、彼女は嬉しそうな笑みをその瞳に浮かべた。

「あはっ、嬉しいな。サクヤがそんな事を言ってくれるなんて……」

 そしてそっと瞳を閉じると、エリーは静かにそれを開け、今度は真剣な眼差しでサクヤを見つめ返した。

「確かに悲しいよ。だから本当は行きたくなんかない。でも、そこで聞いて欲しい話があるの。私が迷っているその理由。だから、一緒にリバースライトに来て欲しい」

「……分かった」

 十一回目にして初めて行く村、リバースライト、その跡地。

 その新天地が吉と出るか凶と出るかなんて、それはまだ誰にも分からない。

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