エピソード2 九回目の世界

 深い緑色の瞳に、柔らかな茶色の髪。高身長である彼のイケメンフェイスは、今や血でべっとりと濡れている。

 光の届かぬ薄暗い世界。そして目の前で転がっているのは、モンスターと呼ばれる人成らざぬ者達の死体、死体、死体。

 どうやら今回も、『サクヤ・オッヅコール』として、無事に巻き戻る事が出来たようだ。

(そうだ、物語の始まりはいつもここ。魔王軍に占拠された村、バルトを解放したところから再開される)

 いつの間にか握られていた愛剣、エクスカリバーを振るう事でモンスターの血を払うと、サクヤはその剣を鞘に片した。

「それにしても、段々強くなっているよな。やっぱり魔王城が近いせいか?」

 もっと気を引き締めて行かなくちゃいけないな、と反省する声が聞こえ、サクヤは後ろを振り返る。

 拳に付いた血を適当に服に擦り付けてから、うーんと大きく伸びをしている少女の名はカグラ。小柄でありながらも、豊満な胸を持つ彼女は、背中にまで伸びた黒いポニーテールを揺らしながら、その紫紺の瞳をサクヤへと向けた。

「それはそうと、さっすがサクヤだよな。バルトのモンスター達、僕は結構いっぱいいっぱいだったのに、サクヤは余裕で倒しちゃうんだもんな。おかげで助かったよ。ありがとうな」

「あ、いや……」

「サクヤがいれば、エリーの力がなくても魔王なんて簡単に倒せちゃうかもしれないな」

「それは楽観視し過ぎですよ、カグラさん」

 次いで呆れた声が聞こえ、サクヤは視線を彼女へと移す。

 そこにいたのは、ところどころ血で染まった白いローブを身に纏ったスレンダーな美少女。サクヤよりも少しだけ背の低い彼女は、これまた血で染まった金色のロングヘアーを掻き上げながら、その呆れを含んだ金の眼差しをカグラへと向けた。

「魔王を倒すには、エリーさんの光の力が必要なんです。その力がなければ、例えサクヤさんが千人集まろうとも勝てはしません。各国の騎士団が束になっても敵わなかったのが、その証拠です」

「それはそうなんだろうけどさあ……」

「本当に分かっているんですか? 大体あなたはいつも考えが足りないというか、詰めが甘いというか……」

 ガミガミと始まった少女の小言を眺めながら、サクヤはぼんやりと状況を整理する。

 サクヤには一回目の記憶がない。けれども分からないのは細かい記憶だけで、ここに来るまでに何があったのかとか、子供の頃はこうだったとか、その人生の大まかな流れは覚えている。

 宇宙からやって来た魔王が侵略を始めた時、各国は騎士団や軍隊を派遣し、すぐさま魔王を討伐しようとした。

 しかしそのどれもが魔王の放つ闇の力に破れ、全滅してしまったのだ。

 そしてその闇の力で人々を恐怖に陥れた魔王は、更に光の届かぬ最北の大地に城を構え、世界を徐々に侵略して行ったのである。

「ごめん、ヒナタ。私の力が覚醒していないばかりにみんなに迷惑を掛けて……」

「っ!」

 しゅん、と落ち込んだ声が聞こえ、ヒナタと呼ばれた白ローブの少女は、ハッとして顔を上げる。

 そこにいたのは、カグラとヒナタの丁度中間くらいの背丈と体つきをした、桃色の髪の少女。

 その桃色の髪をハーフアップに結い上げた彼女は、赤と青のオッドアイをこれでもかというくらい申し訳なさそうに歪めていた。

「私の光の力が覚醒していれば、ここにいたモンスター達だって一瞬で消せたのに。それなのにその力が覚醒していないばっかりに、みんなを危険な目に遭わせてしまっている。本当にごめん」

「え、あ、違います、違います! 私はエリーさんを責めているわけではなくて……っ!」

「あーあ、ヒナタがまた余計な事言ったー」

「ちょっと、何ですか、またって!」

 心外なカグラの一言に、ヒナタが異論を唱えようとするが、そんな言い訳など聞くわけがなくて。

 カグラはヒナタの言い訳を無視すると、その視線をエリーへと移した。

「気にする事ないよ、エリー。この辺りにいるモンスターだったら、まだ僕達の力で討伐出来るんだし。僕達の力が及ばないのなんて、魔王だけだろ? だったら魔王に会うまでに覚醒すれば良いんだ。大丈夫、焦らず落ち着いてやれば、きっとその内覚醒するよ。なあ、サクヤ。お前もそう思うだろ?」

 落ち込むエリーの肩をポンと叩くと、カグラは視線をサクヤへと向け、彼に同意を求める。

 しかしカグラには悪いが、サクヤにはその意見に同意する気は、露程にもない。

 だからサクヤは視線を誰とも合わせぬまま、ポツリと冷たく言い放った。

「そうだな……本当に覚醒する気があるんなら、な」

「えっ?」

「魔王を倒そうとも思っていないヤツが、光の力に目覚めるわけがねぇだろ」

「サ、サクヤさん……?」

「囚われているバルトの人達を解放して来る」

「あ、おい、サクヤっ?」

 まさかそんな冷たい台詞が返って来るとは思っていなかったのだろう。カグラとヒナタは驚愕に目を見開き、エリーは悲しげに瞳を揺るがせる。

 カグラが咎めるようにサクヤの名を呼ぶが、彼には止まる気もなければ、謝る気もサラサラにない。何故なら彼は、全てを知っているのだから。

 エリーには光の力など存在しない。そればかりか彼女の中に眠るのは闇の力だ。そして最終的にはその闇の力を覚醒させ、魔王とともに世界を滅ぼす気なのだと、彼は知っているのだから。

(今回こそ、絶対に本性を暴き出して魔王ともどもぶっ殺してやる)

 その決意を胸に、サクヤは囚われているバルトの人々を解放するべく、一人地下牢へと向かって行った。




 翌日。魔王軍によって破壊された村の復興を、サクヤ達は少しだけ手伝っていた。

 というのも、魔王軍に占拠された町はここだけではないからだ。ここ以外にも占拠された町の人々を助けに行かなくてはならないし、それに何より、自分達には魔王城に乗り込み、魔王を倒すという使命がある。

 だから自分達が復興を手伝えるのは今日だけ。明日の朝にはこの村を発つつもりだ。

「なあ、サクヤ。お前、最近エリーに冷たくないか?」

 瓦礫を片付けていたその時、ふと背後から声を掛けられる。

 振り返れば、咎めるような眼差しを向けたカグラの姿があった。

「冷たいって、何がだよ?」

「だから、エリーに対してだよ。特に昨日なんて言い過ぎだ。光の力が覚醒しない事をエリーが悩んでいるって、お前だって知っているハズだろ? それなのに覚醒する気がないだの、魔王を倒す気がないだのって、あんまりじゃないか?」

「……」

 言い過ぎなんて事はない。だって事実なのだから。本当の事を言って何が悪いんだ?

「カグラ。エリーは魔王側の人間だぞ」

「は?」

「だから、エリーはもともと魔王側の人間なんだって。最初っからオレ達を騙し、陥れるつもりでオレ達に近付いたんだ」

「え、何言って……?」

「エリーが覚醒させようとしているのは、光の力じゃなくて闇の力だ。その力を使って、魔王とともにこの世界を滅ぼすつもりなんだよ」

「サクヤ……」

 サクヤが口にするのは、全て真実。これまで何度も巻き戻った世界で知った、彼女の正体。

 しかしそれを何度説明したところで、カグラは信じようとはしない。どうせ今回だって、彼がその事実を口にすればする程、彼女の表情は歪み、そして遂には頭を抱えてしまうのだろう。

 そしてサクヤの想像通り、カグラは困惑したように頭を抱えてしまった。

「魔王城が近付いてピリピリするのは分かるが、八つ当たりはよせ。らしくないぞ」

「別に八つ当たりで言っているわけじゃねぇよ。それに、今の内に手を打っておかねぇと、お前もエリーに殺されるぞ」

「……。ここの瓦礫の片付けは僕がする。向こうでヒナタが炊き出しの手伝いをしていたから、お前はそこで少し休んで来いよ」

「……。分かった。そうさせてもらうよ」

 やっぱり今回も信じてもらえなかったか。

 いつもと変わらないカグラの反応に溜め息を吐くと、サクヤはその場を彼女に任せ、炊き出しをしているヒナタのところへと向かう事にした。




 野菜がたっぷり入っている温かい豚汁。その最後の一杯を乱暴にサクヤに押し付けると、ヒナタはその不機嫌そうな目でギロリとサクヤを睨み付けた。

「で、何であんな事言ったんですか?」

「あ? 何がだよ?」

「何がって、昨日の事ですよ! 覚醒する気がないだの、魔王を倒す気がないだのと! エリーさんが、光の力が覚醒しなくて悩んでいる事、あなただって知っているハズでしょう? それなのにどうしてあんなに酷い事が言えるんですか!」

「……」

 カグラと似たような事を口にするヒナタに、サクヤは眉を顰める。自分は仲間やこの世界のためを思って言っているのに。それなのに何故自分が怒られなくちゃいけないのだろうか。

「ヒナタ。エリーは魔王側の人間だぞ」

「は? 頭でも打ったんですか?」

 治癒魔法で治して差し上げましょうか、と続けるヒナタに、サクヤは眉を顰めたまま、カグラに伝えた事と同じ台詞を口にした。

「エリーはもともと魔王側の人間なんだよ。最初っからオレ達を騙し、裏切るつもりでオレ達に近付いたんだ」

「起きながら寝言を言えるとは、随分と器用な方ですね」

「寝言じゃねぇし」

 カグラ同様、全く話を信じないばかりか、厭味までぶつけて来るヒナタに、サクヤはムッと眉を顰める。

 するとヒナタは呆れたように溜め息を吐いてから、これまた呆れたように口を開いた。

「エリーさんは光の巫女の末裔です。百年前、魔王を倒したという巫女の力を受け継いでいます。だからこそ、その力に脅威を覚えた魔王は、エリーさんの故郷を襲ってまで彼女を連れ去りました。そしてそんな彼女を助けたのは、他でもないあなたではありませんか」

「……」

 魔王が現れて世界を滅ぼそうとしたのは、実は今回が初めての事ではない。百年前にも似たような事があり、その時はエリーの先祖である光の巫女が、その力を以て魔王を倒し、事なきを得たのだ。

 そして今回、再び現れた魔王に対抗するべく、国は百年前の巫女の末裔を捜した。それが、今サクヤ達とともに行動をしているエリー・ディファインである。

 しかし国がエリーを保護する前に、彼女が百年前の巫女の末裔である事を知った魔王は、エリーの故郷に襲い掛かった。そして自分の脅威となり得るエリーを連れ攫った後、光の巫女との関係の深いその村を破壊し、そこに住んでいた村人達をも皆殺しにしてしまったのだ。

 しかし囚われても大人しくしているような性格ではないエリーは、魔王の隙を見て、閉じ込められていた魔王城から脱出した。そしてその途中、王都に向かっていたサクヤと偶然にも出会い、そこから行動をともにするようになったのである。

「だから、その出会い自体がエリーの罠だったって言ってんだよ」

「モンスターに襲われていたところを、進んで助けたそうじゃないですか。それなのに何を言っているんですか」

「それについては女の子が襲われているのに、素通りするヤツの方がどうかしていると思うけどな」

「まあ、それはそうですけど」

「それにあの時はオレだって、アイツが魔王の仲間だなんて知らなかったんだから仕方ねぇだろ。それと……」

 と、そこで一度言葉を切ってから。サクヤは更に話を続けた。

「エリーの中に眠っているのは光の力じゃない。闇の力だ。だからアイツは、もともとあっち側の人間なんだよ」

「今度は何を言い出すんですか?」

 頭が痛くなって来た、とヒナタは深い溜め息とともに頭を抱える。

 そうしてから、彼女は苛立ちながら「そんな事はない」と首を横に振った。

「エリーさんが光の巫女の末裔である事に間違いはありません。その証拠に、国はエリーさんに魔王討伐の依頼をしましたし、再び魔王に囚われぬよう彼女の身を守るべく、私達が同行する事になったんですから」

「……」

「魔王だってその力に脅威を覚えたからこそ、エリーさんを誘拐し、その上で彼女に関わった可能性のある、村の人達をも皆殺しにしたのでしょう? もしもあなたの言う通り、エリーさんに備わっているのが光の力ではなく闇の力であるのなら、国は彼女にそんな依頼などしませんし、魔王だって彼女を利用するべく連れ去りはしても、村の人達を皆殺しになどはしなかったハズです」

「アイツは魔王側の人間なんだぞ。嘘を吐いて、オレ達や国を欺く事くらい簡単だろ」

「それならば何故、わざわざ私達と行動をともにしているんですか? エリーさんが本当に魔王側の人間であれば、二人でさっさと世界を滅ぼせば良いじゃないですか。私達を騙してともに魔王討伐に向かうなど、まどろっこしい真似をする理由がありません」

「オレ達が騙されている姿を見て、楽しんでいるかもしれねぇだろうが。何せ、侵略者とその仲間だ。性格が歪んでいてもおかしくねぇよ」

「魔王の目的は、この世界を侵略する事です。いくら性格が歪んでいても、そんな茶番をしている暇があるのなら、さっさと世界を侵略すると思いますけどね」

「じゃあ、何でエリーは光の力が覚醒しないんだよ? それはアイツに光の力がないからなんじゃねぇのかよ」

「力の覚醒方法については、まだはっきりとは分かっていないんです。エリーさんのせいではありません」

「そんな事ねぇ。それはアイツに光の力がないからだ。もしくはアイツに、光の力を覚醒させる気がないからだな」

「ひっどい言い方をしますね。その力が覚醒するまで温かく見守ってあげるのが、仲間なんじゃないですか?」

「オレはアイツを仲間だなんて思ってねぇよ」

「最っ悪ですね」

「そう言うんなら、ちょっと付き合えよ。その証拠を見せてやるからさ」

「はっ、付き合い切れませんよ」

 バカバカしい、とその誘いを断ると、ヒナタはくるりと踵を返した。

「私は他にも仕事があるので失礼します。サクヤさんも、それを食べたらさっさと仕事に戻って下さい。どうせカグラさんに全部押し付けて来たんでしょう? さっさと戻って手伝ってあげて下さいね」

「別に押し付けてなんかいねぇよ」

 その声が聞こえているのかいないのか。言いたい事だけを言い終えると、ヒナタはさっさとその場から立ち去って行った。

(やっぱり誰も信じてくれねぇか)

 カグラもヒナタも、誰もサクヤの言う事など信じてくれない。それはいつもの事であるし、そんな二人が自分よりも先に殺されてしまうのも、またいつもの事だ。

 そしてこの先で起こる事も、きっといつもの事なのだろう。

(今度こそ、化けの皮剥がしてやる)

 ヒナタから受け取った豚汁を喉に流し込む。

 胃の中に落ちて行くそれは、既に冷たくなっていた。




 村にひっそりと建つ教会……というか、崩れた教会。その意味を成さなくなった教会に、いつも通りエリーはいた。

 漆黒の長い髪をその背に流し、人成らざぬ者である証……二本の角を頭に生やした魔王が一緒にいるのも、いつもの事である。

(やっぱり、いつも通り一緒にいやがったな)

 そこに身を隠しながら、サクヤはこっそりと中の様子を窺う。

 魔王がエリーの腕を乱暴に掴み、そこから無理矢理連れて行こうとしているのなら、サクヤとて助けに入っただろう。しかし、そこにはそんな危険な雰囲気など微塵もない。

 そればかりか、そこにあるのは別の意味での危険な雰囲気。こちらに背を向けているエリーの表情は見えないが、彼女を見つめる魔王の目は、これでもかというくらいに優しい目をしていた。

(人の目を盗んで逢引きとは良いご身分だな、この野郎)

 ちっ、とサクヤは小さく舌を打つ。

 正直、二人がそういう関係かどうかは定かではない。しかし、おそらくはそういう関係なのだろう。

 何故ならカグラやヒナタを殺し、自分にも止めを刺す直前、エリーは自ら進んで魔王の側に歩み寄り、その身を愛おしそうに魔王の胸に寄せるのだから。

(どうせオレらが死んだ後、二人でイイコトでもしてんだろ。くっそ、人の事騙して殺しておきながら、自分達ばっか楽しみやがって。ああ、マジで腹が立つ!)

 そしてその様子を脳裏に描けば、また違った怒りがサクヤを支配する。

 しかし、それも前回で終わりだ。今度こそエリーの悪事を暴いて、死後のお楽しみを阻止してやる。

「何してんだよ?」

「っ!」

 隠れて見守っているつもりもないサクヤは、怒りを露わにし、二人へと声を掛ける。

 どうせここからじゃ二人の声までは聞こえないのだし、声の聞こえるところまで移動しようとして失敗し、結局は見付かって魔王に逃げられた事もあった。それに声など聞こえずとも繰り返された世界の中で、彼らの話の内容など大方の想像は付く。

 ならばここで隠れているだけ時間の無駄だ。さっさと二人の前に姿を現し、今度こそ真実を吐かせてやる。

 そう思い、問い詰めてやる気満々で二人を睨み付けてやれば、エリーは驚愕の眼差しを、魔王は冷めた眼差しをサクヤへと向けた。

「堂々と声を掛けて来るとは良い度胸だ。隠れて様子を見ようとか、そういう思考は貴様にはないのか?」

「コソコソ様子を窺うよりも、直接話を聞いた方が手っ取り早いだろ。で、二人で密かに会って、コソコソと何の話をしてたんだよ?」

「それを私が、丁寧に貴様に教えてやるとでも思っているのか?」

「だったら吐く気になるまで、ぶった斬ってやるまでだ!」

 そう言うや否やサクヤは剣を抜き、避ける気もない魔王に勢いよく斬り掛かる。

 直後、肉を断つ音が響き、鮮血が辺りに飛び散った。

「リオンッ!」

 このくらいで魔王が死ぬハズがないのに。それを分かっている上で彼の名を叫ぶのは、彼女が彼と繋がっている証拠だろう。

 その事実に小さく舌打ちすれば、思った通り倒れる事のない魔王ことリオンが、呆れた眼差しをサクヤへと向けた。

「私を殺せるのは、覚醒したエリーの力だけ。他の魔法や人間の武器では私は殺せない。貴様とて、そのくらいは知っているハズだろう? それなのに、何故無駄な事をする?」

「うるせぇよ」

 あれだけ派手に血飛沫が上がったというのに。

 それなのに今し方サクヤが斬り付けたリオンの傷は、簡単な会話をしている内にキレイに塞がってしまった。

「なるぼど、嫉妬だな。見苦しい」

「ざけんな。そんなわけねぇだろ」

「貴様のせいで興が冷めた。今回はこれで失礼させてもらう」

「はあ? おい、待て。こっちはまだ話が終わってねぇんだよ!」

「ふん、分からんのか? 私はこれで立ち去ってやろうと言っているのだ。立ち去らんでこの村の者ども、貴様を殺してやってもいいんだぞ?」

「あ? やれるモンならやってみろよ」

「ほう? わざわざここで死を選ぶか。ならば貴様の希望通り今ここで……」

「止めて、リオン! これ以上村の人達に酷い事しないで!」

「……ふん。いいだろう」

(いいのかよ)

 今の今まで殺す気満々だったのに。

 エリーの一言にあっさり身を引く事にすると、リオンはバサリと黒いマントを翻した。

「今殺らずとも、どうせ貴様らは死に、この世界は我が手中に堕ちる。それが早いか遅いかだけの話。残された人生、せいぜい楽しむが良い」

 それだけを言い残すと、リオンは溶け込むようにしてその場から姿を消した。

「で、アイツと何の話をしていたんだよ?」

 リオンが立ち去ったその後で。どうせ返って来る言葉は分かりつつも、サクヤはその内容をエリーへと問う。

 するとエリーは、サクヤを見つめながら想像通りの言葉を口にした。

「世界を救うのは諦めろって、そう言われていた」

「ふうん。何で?」

「私の力が覚醒しないからよ。その力がないのに自分を倒す事は不可能だって。だからもう自分を倒すのは諦めて、大人しく降伏しろって、そう言われていたの」

「へえ。そう」

 想像通りの返答に、サクヤは鼻で笑ってやる。わざわざ降伏するように助言しに来るなんて、随分と親切な魔王様だな。

「何、その反応? ちゃんと聞いているの?」

「聞いているよ。で、仮に降伏したとして、オレ達やこの世界の人達はその後どうなんの?」

「そ、それは……」

 その問いに、エリーは困ったように視線を泳がせる。

 降伏したところで皆殺しと言われているのか、降伏させたところでどうなるのか分からないのか、やっぱりその話自体が嘘なのか。

「つーか、その話自体が嘘なんだろ」

「えっ?」

 疑いの眼差しを向けるサクヤに、エリーはビクリと肩を震わせる。

 やっぱり嘘なんじゃないかと確信しながら、サクヤは冷たく彼女を睨み付けた。

「アイツと逢引きしてたんだろ」

「……は?」

「だからお前は、もともとあっち側の人間で、スパイとしてオレ達の方に潜り込んでんじゃねぇのかよって、言ってんだよ」

「はぁっ?」

 サクヤのその指摘に、エリーは素っ頓狂な声を上げる。本当に予想外の指摘だったのか、真実を言い当てられたからなのか……。経験上、おそらくは後者だろうが。

「わ、私が裏切り者だって言いたいの?」

「ああ。実際そうなんだろ?」

「そんなわけないでよ! 何よ、私が裏切り者だって証拠でもあるの?」

「ハッ、証拠か。あれだよな。事件の犯人に限って、証拠がどうとか言って来るよな」

「……」

 ハッと鼻で笑ってやれば、エリーは心外だと言わんばかりにサクヤを睨み付ける。

 それでもそんな彼女に怯む事なく、サクヤは更にはっきりと言い切ってやった。

「お前、何で魔王の事名前で呼ぶんだよ? オレもカグラもヒナタも、みんな魔王呼びじゃねぇか」

「そんなの、どっちだっていいじゃない。というか、まさかそんな事で私が彼と繋がっていると疑ってんの?」

「名前で呼ぶのは信頼の証だろ。十分な証拠じゃねぇか」

「くだらない。そんな事を証拠にされるなんて、堪ったモノじゃないわ。それに、この世界が滅んだとしても、私にメリットなんて一つもないじゃない。それなのにサクヤ達を裏切って、リオン側に付く意味が分からないわ」

「あの魔王がお前の恋人だったら、お前にはメリットしかないじゃねぇか」

「こっ、恋人っ? ちょっとサクヤ! それ本気で言ってんの?」

「逢引きの現場を見せられたんだ。そう思われても仕方がないんじゃねぇのか?」

「逢引きじゃないわよ! 何でそんな風に思うのよ! 酷くない?」

「だったら逆に聞くけど、何でお前の光の力は、未だに覚醒する兆しが見えねぇんだよ?」

「そ、それは……」

 痛いところを突かれ、エリーは再度困ったように視線を泳がせる。

 しかしそれでもすぐにその視線をサクヤへと戻すと、エリーは鋭く彼を睨み付けた。

「だったら、どうしたら覚醒するのか、教えてもらえる? そうすれば世界は救えるし、サクヤだって納得するんでしょ?」

「覚醒なんかしないんだろ?」

「え?」

「お前の中にあるのは光の力なんかじゃない。闇の力だからな」

「はっ?」

 その指摘に、エリーは驚愕に目を見開く。

 エリーがその身に秘めているのは、魔王を倒す光の力じゃない。魔王の手となり足となる闇の力だ。

 そしてその力を使って、彼女はサクヤ達や世界を滅ぼし、最後に幸せそうに笑うのだ。

 最愛の男であるリオンに、その身を寄せて……。

「オレは全部知ってんだよ。いい加減仲間面するのは止めて、大人しく正体を明かしたらどうなんだよ?」

「……」

「オレは絶対に騙されねぇからな」

 はっきりとそう断言して、サクヤはさっさとその場を後にする。

 悔しそうに拳を握り締め、俯いてしまったエリーがこの後どう行動するのかは、例え九ターン目だろうが何ターン目だろうが、頭に血の上っているサクヤには分からない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る