エピソード3 そしてまた

 バルトでの復興作業も終えたサクヤは、仲間達と魔王城に向けて出発したが、結局はいつもと何も変わらなかった。

 カグラやヒナタはサクヤの話など聞いてくれないし、エリーはエリーでリオンとの逢瀬を幾度となく重ねていた。

 サクヤの話を聞こうともしない二人のせいでエリーの悪事は暴けないし、エリーは自分の正体がサクヤにバレているため、彼とは目を合わせようともしてくれない。

 そして遂に最期の時が訪れる。

 いつも通り魔王城に辿り着いたサクヤ達は、これまたいつも通りその城内に突入しようとしていたのである。

「結局、エリーの力は覚醒しなかったな」

「でも、これ以上人々を魔王の恐怖に晒すわけにはいきません。エリーさんの力はなくとも、私達の力で何とかするしかありません」

「そうだな。それに魔王を倒す事は出来なくても、僕達が力を合わせれば、ヤツに大ダメージを与える事は出来るかもしれない。そしたらひっ捕らえて、優秀な神官様に封印してもらおう」

「ですね。今はカグラさんのその楽観的な発想に乗るしかないです」

「みんな、ごめんね。私の力が至らないばっかりに……」

「いえ、エリーさんのせいではありませんよ。結局のところ、その力の覚醒方法なんて分からないんですから」

「そうだよ。それにみんなで力を合わせれば、きっと何とかなるって! なっ!」

「うん……ありがとう、カグラ、ヒナタ」

「……」

 そんな彼女達の会話を、サクヤは白い目で眺める。

 何が「ごめんね」だ。そんな事、微塵も思っていないクセに。これから自分達を殺し、世界を滅ぼし、そして魔王と愛し合って生きていくつもりのクセに。

「ねぇ、城に入るなら正面からじゃなくて、裏口から入らない? そっちの方が敵に見付かる事なく、簡単に魔王のいる間にまで行けると思うんだけど」

「確かに、そっちの方が良さそうですね」

「よし、それで行こう」

 裏口から侵入しようとエリーが提案し、それにカグラとヒナタが同意するのはいつもの事。そしてエリーが先導する事によって、自分達がモンスターに見付かる事なく、最上階にある魔王の間に辿り着く事が出来るのもいつもの事だ。

(そこでエリーに殺されるのもいつもの事だけどな)

 裏口から侵入し、モンスターに見付かる事なく魔王の間に辿り着く。それは当然だ。だってこれはエリーの罠なのだから。人払い(モンスター払い?)した通路を通らせ、魔王の間に誘き出す。そして誘き出したところで隙を突いて自分達を殺すのだ。

 覚醒した、その闇の力を使って……。

(闇の力がいつ覚醒したのかは分からないけどな)

 最初から覚醒していたのか、途中で覚醒したのかは分からないけれど。

 とにかく分かっている事は、このままだとまた死ぬという事だけだ。そして死んだらまたあの白い空間に戻され、十回目の『サクヤ』としていつもの時間に巻き戻される。

 それ、今回は何とか回避出来ないだろうか。

「なあ、今回は正面から強行突破しないか?」

「え? 今回は?」

「あ、いや、それは何でもない! こっちの話だ!」

 しまった、うっかり口が滑ってしまった。次からは気を付けよう。

「魔王を倒したら、生き残っている手下達も殲滅しなきゃならねぇだろ? だったら正面から堂々と突入し、城内にいるモンスターどもを倒しながら向かった方が早くねぇか?」

 エリーの提案通りに裏口から潜入すれば、確実にこちらが殺られてしまう。ならば少しでも生存出来る可能性のある、別のルートを通るべきだ。

 しかしサクヤがそう提案するものの、彼らを殺すつもりであるエリーが、そう簡単にサクヤの案に乗るわけがない。

 当然、エリーは険しく眉を顰めながら、サクヤの案に首を横に振った。

「魔王によって、統率が取れているかいないかは重要よ。手下のモンスター達を倒すなら、魔王討伐の混乱に乗じてやった方が効率が良い。それに魔王さえいなくなれば、手下であるモンスター達は負けを認めて降参するかもしれないしね」

「……」

「それに、他のモンスターを相手にしている途中で、私達の突入に気付いた魔王が現れたらどうするの? 他のモンスターを相手にしながら魔王とも戦わなくちゃいけないのよ? 魔王一人だけでも厄介なのに。それなのに他のモンスターとも戦いながら、魔王に勝てるとでも思っているの?」

「……」

 何が勝てるとでも思っているの、だ。勝たせる気なんかないクセに。

「確かにサクヤさんの案も一理ありますが……。でも私はエリーさんの作戦の方が、勝率が高いと思います」

「確かに他のモンスターの相手をしながら、魔王と戦うのは厳しいよ。僕も魔王を倒す事だけに集中した方が、勝率は高いと思う」

「そうか……」

 エリーの作戦で行こうと頷くいつも通りのヒナタとカグラに、サクヤは小さな溜め息を吐く。

 確かに正面突破よりも、裏口からこっそり侵入し、他のモンスターとは戦わずに魔王の下に辿り着いた方が、それを倒せる可能性は高い。それは分かる。

 しかし、それはあくまでも裏切り者がいない場合の話だ。仲間内に裏切り者がいる、しかもその発案者が裏切り者である場合、それはまた話が違って来る。

 いくら勝率の高い作戦でも、それが裏切り者の作戦であるのなら、その案に乗れば逆に全滅だ。勝率が高くなるどころか、死亡率が二百パーセント。そしていつも通りエリーに殺され、九回目終了である。

(ふざけんな。そう何度も同じ手を食らって堪るかよ)

 そう自分を奮い立たせると、サクヤはその鋭い眼光を改めてエリーへと向け直した。

「だったらオレは、一人で正面から行く。お前らは勝手に裏から行けば良い」

「はあっ?」

 最終決戦を前に、一体何を言い出すのだろうか。突然自分勝手な事を言い出したサクヤに、他の三人から素っ頓狂な声が上がる。

 それでもいち早く我に返ると、エリーはサクヤを睨み付けながら異論を唱えた。

「ねえ、魔王の強さ、本当に分かってる? バラバラに行動して勝てる程、相手は甘くないのよ?」

「へぇ? オレはお前の作戦に乗る方が、ヤツには勝てねぇと思うけどな」

「どういう意味よ?」

「お前は魔王の味方だろって言ってんだよ」

「またそれ? いい加減に……」

「そっちの裏口から入って魔王のいる間に向かい、オレ達を覚醒した闇の力で殺そうって企んでんだろ」

「な……っ、そ、そんなわけ……っ!」

「サクヤさん! あなたまだそんな事言っているんですか!」

 面白いくらいに狼狽えたのは、それが図星だったからだろう。しかしそれをエリーが否定する前に、ヒナタが怒りの声を上げた。

「あなた、エリーさんの何がそんなに気に入らないんですか? エリーさんの光の力が覚醒していない事ですか? でもそれは彼女のせいじゃないって、どうして分からないんですか? それをフォローしてあげようって、何でそう思わないんですか!」

 激怒したヒナタに勢いよく胸倉を掴まれれば、一瞬息が詰まる。

 確かにヒナタの言う通り、エリーが仲間であったのなら、サクヤの行動は最低なモノだろう。しかし、彼女は仲間なんかじゃない。裏切り者だ。そんな彼女の事など信じられるわけがない。

 信じたら最期、痛い目を見るのは自分達の方だ。

「オレは間違った事は言ってねぇ。お前らこそ、何でそれが分かんねぇんだよ?」

「何ですって!」

「もういいよ、ヒナタ」

 全く悪びれる風もないサクヤに、ヒナタが更に怒りをぶつけようとするが、それをエリーが制する。

 そしてヒナタの手に自分のそれを重ねながら、エリーは悲しそうに瞳を揺るがせた。

「サクヤの気持ちはよく分かったわ。私が信じられないのなら、もういい。もう、何も言わない」

「エリーさん……」

「私は、私を信じてくれる人と一緒に行く。だからあなたは自分の信じる道を進んだらいい。それでいいでしょ、サクヤ?」

「ああ、それでいい」

「うん、そうするね。行こう、ヒナタ」

「……」

 エリーにそう促される事によって、ヒナタは乱暴にサクヤの胸倉から手を放す。

 そしてサクヤから離れた手を強く握り締めながら、ヒナタはフィッと視線を逸らした。

「魔王のいる間で無事に合流出来る事を願っています」

「ああ。オレも切にそう願うよ」

 震えるヒナタの声に、サクヤはぶっきらぼうにそう返す。

 けれどもサクヤは知っている。無事に合流出来る事など叶わない。次に会う時はきっと、どちらか片方が死んでいる。

「なあ、ちょっと待てよ! こんなのおかしいって!」

 しかしそこで、これまで黙って様子を見守っていたカグラが声を上げる。

 そして別行動を取ろうとする三人を必死に引き止めた。

「こんなところで喧嘩別れしてどうするんだよ! こんなんじゃ魔王に勝てるわけないって、本当はみんな分かってんだろ!」

「そうね。でも、サクヤが信じてくれないのなら仕方がないわ」

「協力出来ないモノを、無理に協力させるわけにもいかないでしょう」

「そうかもしれないけど! でもサクヤだけが悪いみたいに言って、サクヤを仲間外れにするようなやり方も良くないだろ!」

「じゃあ、どうするって言うんですか! どっちかが折れるまで、ここで揉めるとでも言うんですか!」

「なあ、サクヤ」

 苛立ったように声を荒げるヒナタの事は、一先ず置いておく事にして。

 カグラは顔を背けたままのサクヤの手をギュッと握った。

「お前は納得出来ないかもしれないけど……、でもここは、僕達と一緒に来てくれないか?」

「カグラ、悪いがオレは……」

「何でお前が、そこまでエリーを信用出来ないのかは知らないけどさ。でも、僕はここでお前と喧嘩別れなんかしたくないんだ。最後までお前の隣で戦っていたいよ」

「カグラ……」

「頼む、最後までともに来てくれないだろうか」

「……」

 そっと視線を向ければ、必死に懇願するカグラと目が合う。

 そんな彼女の紫紺の瞳を見つめながら、サクヤは悔しそうに唇を噛み締めた。

(そんなんだから、お前は真っ先に殺されちまうんだよ!)

 仲間に対して甘いから。仲間を疑う事を知らないから。だから仲間に対して警戒心のない彼女は、三人の中で最初に殺されてしまう。

 優しいという彼女の長所は、隙を産みやすいという短所にもなり得るのだから。

(でもここでキッパリと断れないオレも、きっと人の事は言えないんだろうな)

 心の中で溜め息を吐いてから。サクヤは仕方なく首を縦に振った。

「勝手な事を言って悪かった。オレも裏口から行く」

「本当か? ありがとう、サクヤ!」

 その返事に嬉しそうに微笑むカグラに、サクヤはもう一度心の中で溜め息を吐いた。

(でも、エリーの行動パターンは分かってんだ。みすみす殺されて堪るかよ!)

 策には嵌ってやる。けど、いつものように殺されてなどやるものか。

 その決意を胸に、サクヤはいつも通り、裏口から魔王城へと侵入する事にした。




 魔王城の裏口から入り、階段を上って魔王のいる間へと向かう。

 いつもの通り、そこにモンスターの姿は一匹たりとていない。当然だ。だってこれはエリーの罠なのだから。その邪魔にならぬよう、人払い(モンスター払い?)をしたのだから。

「モンスターの姿がありませんね」

「ああ、これなら魔王のところまで一直線だな!」

「いや、逆に怪しめよ。で、何でエリーはこんな裏道知ってんだよ?」

「私はここから逃げて来たのよ? 裏道くらい知っていて当然でしょ」

「さすがエリーさん」

「頼りになるな」

(お前らもエリーの事信用し過ぎだろ)

 エリーの事を信じて疑わない二人に、サクヤは頭を抱える。

 二人が少しでもエリーの事を疑ってくれていたら、少しは勝機があったかもしれないのに。

「着いたわ。この奥が魔王のいる間よ」

 階段を一番上まで上った先。そこにある扉の前で、エリーは足を止める。

 ああ、ここだ。いつもこの扉の先にいる魔王の御前で、自分達は命を落とす。

 今の今まで仲間だと思っていた裏切り者、エリーのその手によって……。

「扉を開けたすぐそこに、魔王がいるハズよ」

「みたいですね。禍々しい気配がします」

「よし、気を引き締めて行こう」

 いよいよ迎える直接対決に、それぞれが気合いを入れ直す。

 そうしてから、エリーは三人の仲間達を振り返った。

「サクヤ、カグラ。突入は二人に任せていい?」

「ああ、もちろんだ。僕とサクヤで突入し、魔王を引き付ける。だからエリーとヒナタは後方支援を頼む。行こう、サク……」

「いや、ちょっと待て」

 張り切って突入しようとするカグラを引き止めてから、サクヤはその鋭い眼差しを改めてエリーへと向け直した。

「お前の作戦に乗ってここまで来たんだ。エリー、お前が最後まで責任を持って突入しろよ」

「え……?」

 どうせ自分達の背後を取って、そこから一気に闇魔法で殺すつもりなのだろう。その証拠に、エリーはサクヤの指示に驚いたように目を見開いている。

 しかしエリーを仲間だと思っているカグラとヒナタには、サクヤの案は到底納得出来るモノではない。

 当然のように、二人は反対の声を上げた。

「サクヤ、それはちょっとどうかと思うんだけど……」

「そうですよ。エリーさんは魔術師です。確かにその魔術は強力ですが、それでも前衛には向きません。ここは剣士であるサクヤさんと、格闘家であるカグラさんで突入し、その後方から魔術師であるエリーさんと、僧侶である私がお二人を支援する。それが良策ではありませんか?」

「どうだろうな。そうすると見せかけて、エリーがその強力な魔法で、オレ達を後ろから殺すかもしれないぜ?」

「サクヤさん、あなたマジいい加減に……」

「おい、エリー。お前がお前自身で証明しろよ。本当に裏切り者じゃないってんだったら、先陣切って突入し、魔王に向かって魔法をぶっ放すくらい出来んだろ」

「……」

 仲間の反対を押し切ってまで自分を突入させようとするサクヤに、エリーは表情を歪めて押し黙る。

 そりゃそうだ。だってサクヤの言葉は真実なのだから。扉の向こうに気を取られ、突入しようとする二人を目掛けて、闇の力を放つつもりなのだから。

「分かった、ならこうしよう」

 そのままエリーの自白を待つつもりだったサクヤであったが、そんな膠着状態の二人に、カグラが割って入る。

 そして困ったような笑みを浮かべながら、とんでもない事を口にした。

「ここは僕が先陣を切って突入する。だからエリーとヒナタは後方支援を、サクヤは殿を務めてくれ」

「はぁっ?」

 このまま待てば、エリーが白状するかもしれないのに!

 それなのにそう言うや否や突入しようとするカグラを、サクヤは慌てて引き止めた。

「バカ! お前、何回死ぬつもりだよ!」

「え? 僕はまだ死んだ事はないけど……?」

「じゃなくて! このまま行くと死ぬんだよ、お前は!」

「心配しなくても、扉の向こうの様子を窺いながら突入するよ。一気に突入したりはしないから安心しろって」

「そうじゃなくって!」

「エリーの事? それならそれはサクヤの勘違いだって、僕が身を持って証明してやるから安心しろよ。それに万が一サクヤの言う通りだったとしても、死ぬのは僕だけだ。だからお前がそんなに不安がる事はない」

「不安にならないわけねぇだろ! お前、死ぬんだぞ!」

「死なないよ。僕はエリーを信じている。だから大丈夫だ」

「おい、カグラ!」

「サクヤさん、お静かに。魔王に気付かれます」

「いや、だからもう気付かれてんだって!」

 柔らかい笑みを最後に、カグラは扉へと向き直る。

 それでもまだカグラを引き止めようとするサクヤをヒナタが押さえ付けた時、遂にエリーの纏う雰囲気が変わった。

(ヤベェ!)

 エリーの表情が無となり、赤と青のオッドアイが、真っ赤な双眼へと変わる。

 扉の向こうの様子を窺っているカグラや、サクヤを押さえ付けているヒナタは気付いていないようだが、これもまたいつものパターンだ。

「させるかよ!」

「きゃっ!」

 自分を押さえ付けていたヒナタを乱暴に突き飛ばし、いつもの闇魔法を放とうとしているエリーを羽交い絞めにして取り押さえる。

 とにかくエリーに魔法を使わせてはいけない。彼女に魔法さえ使わせなければ、こちらにだって勝機はあるのだから。

 しかし、

「そのくらいで、私を止められるとでも思っているの?」

「っ!」

 エリーの無機質な呟きが聞こえたかと思えば、彼女の体から闇の力が溢れ出す。

 しまった、これは取り押さえたくらいじゃ止められない、と察した直後、エリーの体から溢れ出た闇の力が、四方八方に飛び散った。

「ぐあっ!」

「きゃあああっ!」

 突然の事に驚いた二人の悲鳴が聞こえる中、放たれた闇の力に吹き飛ばされ、その身を強く壁に叩き付けられる。

 エリーを羽交い絞めにしていたために、その力をまともに受けてしまったのだろう。これは肋骨と……それから内臓も潰れているな。

(くそっ! 分かっていたのに!)

 いつもの後悔を胸に、状況を確認する。

 エリーの力のよって自分達だけではなく、城の内部も破壊されてしまったのだろう。カグラが様子を窺っていた扉は破壊され、そこには代わりに大穴が開き、中の様子が見えるようになっていた。

(ああ、だから言ったのに!)

 エリーの力に吹き飛ばされる事によってその扉を突き破り、魔王の足元に叩き付けられてしまったのだろう。仰向けに転がるカグラの胸から魔王が剣を引き抜けば、彼女は口からゴボリと血を吐いて、完全に動かなくなってしまった。

(くそ……っ!)

 既に事切れてはいるが、それでも仲間の下に向かおうと、サクヤはよろよろと立ち上がる。

 しかし潰れた内臓を抱えたままでは、歩く事すら困難だったのだろう。彼は仲間の下に辿り着く事なく途中で膝を折ると、そのままうつ伏せに倒れてしまった。

「ふん、滑稽だな」

「だまれ……っ!」

 最早戦える状態ではないサクヤを眺めながら、魔王は嘲るように鼻を鳴らす。

 自分が手を下す必要はないとでも言いたいのだろう。カグラを貫いた剣をサクヤに向ける事なく鞘に戻すその動作が、またサクヤの癪に障った。

「だから言っただろう? どうせ貴様らは死に、この世界は我が手中に堕ちる、と。残された人生、せいぜい楽しめたか?」

「テメェ……っ!」

 そのスカした顔面を殴り付けてやりたいが、潰れた内臓を抱えた状態ではそれもままならない。

 今のサクヤには、憎らしげに男を睨み付ける事くらいしか出来る事がなかった。

「ねぇ、何で私が裏切り者だって分かったの?」

 不意に聞こえて来た声に、サクヤは視線を魔王から移動させる。

 視線を向けた先、そこでは大量の返り血を浴びたエリーが、冷酷な赤目でサクヤを見下ろしていた。

「テメェ、ヒナタをどうしやがった……ッ」

「階段から落ちて、苦しそうだったから。だから止めを刺してあげたのよ」

「ヒナタを殺しやがったのか!」

「何を驚いているの? あなたが言っていた事をやっただけじゃないの」

 そう言い捨てると、エリーは息絶えているカグラには目もくれず、恋人であるリオンへと歩み寄り、そしてその胸にそっとその身を寄せた。

「ただいま、リオン。やっと終わったよ」

「ああ、お帰り、エリー。これでやっと、こうしてキミを手に入れる事が出来る」

 甘えるように顔を埋めるエリーの肩を、リオンは優しく抱き止める。

 そんな彼を見上げて幸せそうに微笑んでから、エリーはその身を離し、改めてサクヤを冷たく見据えた。

「テメェ、やっぱり裏切ってやがったな!」

「やっぱりって何よ。私がリオンと恋仲だって事まで知っていたクセに」

 冷たく光る血色の双眼に、間もなく死を迎えるだろうサクヤの姿が映る。

 体を動かす事すらままならなくなっているサクヤを眺めながら、エリーは最後に彼へと問い掛けた。

「ねぇ、どこで私が裏切り者だと気付いたの? そんなに怪しい行動、取ってなかったと思うけど?」

「はッ、テメェに教えてやる義理はねぇよ」

「そう、それなら別にいいわ。私もあなたに大した興味はないもの」

 そう言い捨てると、エリーはゆっくりとした動作で、サクヤに向かって片手を翻す。

 そこに集まって行く高い魔力。

 ああ、九回目もダメだったか。

「さようなら……サクヤ」

 その言葉を最期に。

 サクヤの意識はそこで途絶えた。

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