エピソード17 前世の記憶2

「うわあああああああッ!」

 悲鳴とともに、サクヤは目を覚ます。

 そしてもう一度、彼は大きな悲鳴を上げた。

「ぎぃやあああああああッ!」

 それもそのハズ。目覚めた直後、自分の顔を覗き込んでいる顔が目の前にあったからである。

「人の顔を見て悲鳴を上げるとは、随分と失礼だね」

「寝起きに人の顔があったら、誰でもビビるわ! つーか、何、人の顔マジマジと見てるんだテメェ!」

「いや、やっぱりサクヤの顔はキレイだなーっと思って。……朔矢と違って」

「うるせぇ、黙れ!」

 いつもの白い空間。そこで目を覚ましたサクヤは、至近距離で自分の顔を覗き込んでいた創造主を押し退けると、勢いよく体を起こした。

「ここにいるって事は、オレは死んだか、また気を失ったか?」

「何? 殺された覚えでもあるの?」

「いや、殺された覚えはねぇ。でも……」

 そっと、自分の両掌を見つめる。

 その掌に残るのは、痛いくらいに剣を握り締めた感触と、頭を叩き割った感触。

「逆に殺した覚えはある」

「そ。で、何か思い出した?」

「いや……」

 ぎゅっと、両手を握り締める。

 思い出せたのは、あの女性に対する朔矢の強い殺意。しかし何故彼がそこまでの殺意を彼女に抱いてしまったのかは、分からなかった。

(一体、どうしたら思い出せるんだ?)

 創造主はきっと全てを知っている。しかし彼女は『仕様』とやらで何も教えてはくれないのだろう。ならば自力で思い出すしかないのだろうが、一体どうしたら思い出せるのだろうか。

「ちゃんと思い出してごらんよ」

「え?」

 その声に、サクヤはふと顔を上げる。

 いつもは「仕様だ」としか言わないのに。見上げた先では、珍しくも、創造主がじっとこちらを見つめていた。

「朔矢に憑依する前、キミは何かを聞いたハズだ。何を聞いた?」

「何って……」

 ちゃんとしたアドバイスをくれるなんて珍しいな、と思いながら、サクヤはそれを思い出す。

 巫女に指摘され、スコップから愛剣に持ち替えた時、確かにサクヤの頭に届いた声がある。

 あれは誰の声で、そして何と言っていただろうか。

「女の子の声だな。とても楽しそうで、どこか懐かしい声だった」

「他には?」

「男の声も聞こえた。たぶんオレと同じくらいの男子で、親しみのある声だった」

「あとは?」

「幼い女の子の声も聞こえたな。何かを強請るような声だった」

「それから?」

「それから……」

 笑。

「っ!」

 それを思い出し、再び沸々と怒りの感情が沸き上がる。

 女の出した鼻の鳴る音、嘲笑の声、蔑んだ視線。

 何故かは分からない。分からないがその女の存在自体が、サクヤの前世である朔矢の癇に障った。

「それじゃあその女の、蔑んだ視線の先にあったモノは何だい?」

「え……」

 創造主にそう尋ねられ、サクヤは怒りではち切れそうな頭を抑えながら、今見て来た前世の記憶を思い出す。

 女の後頭部を砕いた後に飛び散った黒い血液。それを浴びたのは自分と、そして女の向こう側にあった……、

「ポスターだ。掲示板があって、そこに大きなポスターが貼られていた」

 そうだ、女はそれを見ていた。だから無防備に背を向けていて、朔矢は背後から簡単に彼女の後頭部を砕く事が出来たのだ。

「なら、そのポスターに映っていたのは誰だった?」

「誰って……」

 創造主に導かれるまま、必死にその内容を思い出す。

 黒い血の飛び散ったポスター。そこに映っていたのは……、

「オレ……?」

 正確には、『サクヤ・オッヅコール』の格好をした誰か。他にも『エリー・ディファイン』の格好をした誰かと、『魔王・リオン』の格好をした誰かの姿もあった。

 そして……、

「他に男が二人いた。顔は思い出せないけど……でも、体格の良いゴリラ系の男と、細身の優男だった気がする」

「では、『キミ達』が映っていたそのポスターは何だ?」

「何って……」

 あと少しでそれも思い出しそうなのに。もうここまで出掛かっているのに。

 でもそれが思い出せない。ピースが一つ足りなくて完成しないパズルのように。最後で重要な何かが欠けていて、どうしても思い出す事が出来ない。

「それが、一回目の記憶だよ」

「え?」

 ふと、顔を上げる。

 寂しそうに微笑んだ創造主の顔がグニャリと歪んだ。

「このゲームの正体に気付いた時、キミはきっと全てを思い出す」

「創造主?」

「全てを思い出した上で、今度こそクリアしてくれ。前世でも出来なかった、この物語の本当のゲームクリアを!」

「本当のゲームクリア? それって……」

 それって何だよ?

 しかしそれを言い切る前に、サクヤの姿はその場から消えてしまう。

 自分だけが残された白い空間。先程までサクヤがいた場所を見つめながら、創造主は寂しそうに笑う。

「私もキミと同じなんだよ。世間一般の人が当たり前に出来る事が出来ない。キミは世間一般の人が出来る『我慢』が出来ず、ここに入れられてしまった。そして私は、世間一般の人が抱える事のない『感情』を抱いてしまったがために、ここに入れられてしまったんだ」

 その抱えてしまった『感情』こそが、私の罪なんだよ。

 その罪の告白は、誰の耳にも届く事はなくて。

 彼女の罪は、許される事なく虚空へと消えて行った。



 柊朔矢だった頃、とても好きだったゲームがあった。

 何故そのゲームを手に取ったのかは思い出せないけれど、とにかく彼はそれが好きで、何度も何度もプレイした。

 何度もプレイしたんだから、当然何度だってクリアした……ハズだ。ああ、クリアしたよな? うん、クリアした。創造主が変な事言うから、一瞬不安になっちまったじゃねぇか。

『巫女様に会うの、難しいらしいよ』

 まただ。また、あの子の声がする。

 懐かしくて、そしてとても愛しい声だ。

『ね、結婚式にはさ、ウェルカムボードにサクヤのぬいぐるみ飾りたい! だって朔矢と同じ名前だもん。カグラやヒナタ、リオンも捨てがたいんだけど……うん、やっぱりサクヤがいいな』

 ああ、そうだ。このゲームのキャラクター達、それはオレにとって特別な存在だったんだ。

 オレをあそこまで導いてくれた特別な存在。

 だからオレは、何も知ろうともせず、簡単に彼らを貶すヤツが許せなくて、ついカッとなって、それで……。

(それできっと、殺してしまったんだろうな)

 そっと手を伸ばす。

 するとまた、あの愛しい声が聞こえて来た。

『私はエリーだよ。あなたは?』

 その問いに自分は……朔矢は何と答えたんだっけ?

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