エピソード19 前世の罪

 好きな女の子が出来た。

 そう友人に相談した時、その友人は失礼にも鼻で笑いやがった。

「はあ? 花房はなぶささん? お前趣味悪くね? あの子オタクじゃん」

「お前もオタクだよな?」

 自分の事を棚に上げて何を言っているんだ、と睨み付けてやれば、友人は「ちっ、ちっ、ちっ」と舌を打ちながら、人差し指を左右に振ってみせた。

「オレの推しは存在してんの。でもあの子の推しは存在しない、空想の産物だろ。一緒にしないでくれる?」

「紙の中にいるか、画面の中にいるかの違いだろ。大差ねぇわ」

「アミたんはコメントを通じてお話してくれますー」

「読まれる可能性低いんだろ?」

「いいんだよ、読まれなくて。逆に読まれたら恥ずかしいからな」

「じゃあ、話せてないじゃねぇか」

 そんな不毛な言い合いを続ける事、数分後。友人が「そういえば」と思い出したように話を切り替えた。

「アミたんが言っていたんだけどさ、今、女オタの間で『メモリーオブラビリンス』っていう乙女ゲームが流行っているらしいぜ」

 ちなみにアミたんというのは、友人が今推しているネットアイドルである。

「アミたんもオタクじゃねぇか」

「アミたんはいいんだよ。彼女は人類じゃなくて、天使族だからな」

「……」

 ちょっと何言っているのか分からない。

「花房さんもオタクだろ? 友達と、ゲームやら漫画やらの話をよくしているみたいだし。だからさ、お前もそのゲームをやってみたらどうだ? もしかしたら話が合って、お近付きになれるかもしれねぇぜ」

「何でオレが、乙女ゲームなんかやらなくちゃならねぇんだよ。それにそれ、花房さんがやっている確証もないじゃねぇか」

「でもオレ達、花房さんとは遠いクラスメイトなだけで、接点なんて何もないじゃんか。ここは一か八かそのゲームに賭けて、無理矢理にでも話題を作るしかないよ。大丈夫だ、アミたんを信じろ」

 何でオレがお前の推しを信じなきゃならないんだ、とは思ったが、アレでも一応、彼は相談に乗ってくれたのだ。ここはその友人を信じて、そのゲームをやってみようと思う。



 乙女ゲーム『メモリーオブラビリンス』。プレイヤーは魔王を倒す事の出来る、唯一の力を秘めた巫女となって、仲間達と世界を救う旅に出る……という名目のもと、仲間の誰かと恋に落ち、そして結ばれる事を目的とした恋愛シミュレーションゲームである。

「メインヒーローの名前はサクヤ? 何だよ、オレと同じ名前じゃねぇか」

 メインヒーローと同じ名前というのは悪い気はしない……が、困るのはヒロインの名前だ。というのもこのゲーム、自身の分身となるヒロインに名前が付いていない。プレイヤー自身が、好きな名前を付けて遊ぶスタイルのゲームだ。

 ぶっちゃけ名前なんて何でもいいのだが、さすがにメインヒーローと同じ名前なのは頂けない。名前が同じでは、途中で何が何だか分からなくなってしまう。

 さて、この可愛い女の子に何て名前を付けてやろうか。

「サクラでいいだろ。髪ピンクだし、オレっぽいし」

 サクラ。そう名付けてゲームをスタートする。

 サクラが攻略出来るのは三人。メインヒーローであり剣士のサクヤ、ともに魔王討伐を目指す格闘家でゴリラ男のカグラと、同じく僧侶で優男のヒナタ。最終的に三人の中の誰かと結ばれる事を目指して、サクラの行動を選択して行く。

「やっぱ、まずはサクヤの攻略だろ。一番イケメンだし、オレっぽいし」

 乙女ゲームなんて簡単だ。だって男心なんて、男である自分が一番よく知っているのだから。自分が好感度の上がる行動を取って行けば、すぐに相手を落とす事が出来る。

 ……と、思っていたのに。

 辿り着いたのは、まさかの『ぼっちエンド』。サクヤは魔王と結ばれて、二人で静かに生きて行ける場所を探しに旅立っていくし、カグラとヒナタも結ばれて、小さな教会で結婚式を挙げている。肝心のサクラはどうしたかというと、「このまま平和な世界がずっと続きますように」と彼らを優しく見守っている。誰も傷付かない平和なエンディングである。

「って、オレが傷付くわ!」

 画面に『ぼっちエンド』と現れた瞬間、朔矢は怒りの悲鳴を上げる。何これ、何なの、何このゲーム! ヒロインはオレだぞ! 何で誰もオレとくっつかないんだよ!

「こんな超絶美少女を差し置いて他の男を選ぶなんて、コイツら全員何考えてやがる! 悪趣味過ぎんだろ!」

 相手、イケメンと侵略者とゴリラとガリガリのヒョロ男じゃねぇか! それなのに何故誰もこのオレを選ばない? 上等だ! 片っ端からオレに惚れさせてやる! ……と、意気込みと攻略wikiを片手に次のゲームを始める。

 そしてその執念が勝ったのか、はたまた攻略サイトのおかげなのか。とにかくサクラはサクヤとカグラ、そしてヒナタの攻略に成功するのである。



「で、今裏ルートやってんだけどさ、サクヤが攻略出来ねぇんだよな」

「何でお前が嵌ってんだよ?」

 学校の廊下で腕を組みながら相談すれば、友人に引かれた眼差しを向けられる。何で嵌っているかだって? そんなの意外と面白いからに決まってんだろ。

「サクヤとカグラとヒナタを攻略すると裏ルートが開くんだよ。で、その裏ルートではリオンエンドとサクヤ裏エンドが到達可能になるんだけど……そのサクヤ裏エンドがマジ難しくて困ってんだわ」

「何だよ、そのサクヤ裏エンドって?」

「ヒロインが魔王リオンに恋して闇落ちしそうになるんだけど、その直前でサクヤとの絆が深まり、結果的にはサクヤと結ばれて世界を救い、物語の真相にも辿り着くエンディング。サクヤ真エンドともいうんだけど……知らねぇか?」

「知らんわ」

「リオンエンドの方は何とか攻略出来たんだけど、裏サクヤがどうしても攻略出来なくて、いっつもリオン狂愛エンドか、サクヤ狂人エンドになるんだよ。サクヤの好感度を下げつつ、リオンの好感度を上げ、その後一気にサクヤの好感度を上げればいいらしいんだけど、その好感度を上げるタイミングと、どうやったら好感度が上がるのかが分からねぇんだよな」

「知らんわ。攻略サイト見ろ」

「あ? サイトにも詳しく載ってねぇから、困ってお前に相談してんじゃねぇか」

「知らんし、オレに相談されても困るわ」

「つーか、何でお前、ラビリンスやってねぇの? アミたんやってんだろ? 推しがやってるゲームなんだからお前もやれよ」

「何でアミたんがやってるゲームを、オレがやらなくちゃならないんだよ。それとこれとは話が別だろ」

「じゃあ、アミたんに攻略方法聞いてくれよ。アミたんもラビリンスやってんだろ?」

「聞けるわけねぇだろ。アミたんはオレらとは別次元に住んで……」

「ラビリンス?」

「え?」

 ふと、背後から聞こえて来た声にゆっくりと振り返る。

 そして振り返った先にいた人物に、彼は驚愕に目を見開きながら固まった。

「あ、会話中にごめんなさい。ラビリンスって聞こえて来たからつい……。えーと、それって『メモリーオブラビリンス』の事? 柊君もやってるの?」

「……っ」

 突然現れ、そして話し掛けて来た片想いの相手に、彼は情けなくも音の出ない唇をパクパクと開閉させる。

 すると隣にいた友人が、ポンと彼の肩を叩いた。

「アミたんに感謝の意を捧げろ」

「捧げます」

 人生どこで奇跡が起きるか分からないモノだなあ、と思いながら、彼はドヤ顔の友人に力強く頷いた。




 本当は魔王城に向けて、今日出発する予定だった。けれども一気に思い出した記憶と感情を整理したくって、出発は明日にしてもらえないかと、サクヤが仲間達に頼んだのだ。

 そんな彼に対して、仲間達は何かを聞きたそうにしていたが、それでも彼の表情から何かを察したくれたのだろう。彼女達は何も聞かずに、黙って彼の願いを受け入れてくれたのだ。ゲーム内ではあるが、良い仲間を持てて幸せだな、とサクヤは思う。

「その後、このゲームを通じて彼女と親しくなり、恋仲になる事が出来たんだ。社会人になっても交際は続いて、結婚しようかって話もしていたんだ」

「知っているよ。神様の力によって、我が子を通じてキミの事を見れたからね」

「神様? それって、オレ達をこんなところに閉じ込めた諸悪の根源か?」

「滅多な事を言うモンじゃないよ。どこで聞いているか分からないだろ? 機嫌を損ねたら、また罰を与えられてしまうよ」

「ははっ、それもそうだな」

 夜も更けた頃、サクヤは一人、光の巫女の墓前でぼんやりと物思いに更けていた。そしてそんな彼の下にふらりと現れたのが、まさかの創造主だったのだ。

 唐突に現れた彼女に、サクヤは「何だ、お前、こっちに来られるのかよ」と驚いたが、そんな彼に対して創造主は、「いつもはこっちに来てもらっているからね。だからたまにはこっちから出向いてやろうと思ってさ」とニコリと微笑む。

 そんな彼女にこれ以上何か言ったところで、どうせ「仕様だから大丈夫」と、いつもの言葉が返って来るのだろう。それならばこれ以上の問答は無用だろうと、サクヤはそれ以上の事は深く考えないようにし、こうして創造主と話をしているのである。

「このゲームには感謝しているんだ。このゲームがあったからこそ、オレは好きな子と恋仲になれたんだから。このゲームがなかったら、オレはただ彼女を見ているだけで、ロクな会話を交わす事もなく、何の進展もないまま終わっていたんだろうからな」

「でも、そう言ってくれる割にはクリア出来なかったよね、サクヤ裏エンド」

「仕方ねぇだろ、難しかったんだから。つーか、サクヤ狂人エンドとリオン狂愛エンド何種類あるんだよ! 彼女と二人掛かりでやっても、大体そのどっちかで終わってたわ!」

「簡単にクリア出来たらつまんないだろ?」

「せめてクリア出来る難易度に設定しろよ! おかげでサクヤ狂人エンドとリオン狂愛エンド、幾つ出せるかに目的がシフトチェンジしたわ!」

 ギロリと睨み付けてやれば、創造主は楽しそうにケタケタと笑う。

 全く悪びれた様子のない創造主には、これ以上何を言っても無駄だろう。だったらもう何も言うまい。溜め息を吐くだけに留めておいてやろう。

「でも、その幸せな時間は突然終わってしまった……いや、オレがオレ自身の手で終わらせてしまったんだ。人を、殺してしまう事によって……」

「……」

 ふっと、サクヤの表情が陰る。

 思い出すのはあの日の事。怒りの感情が抑えられず、人を殺してしまったあの日の事。

「ただ、聞き流せば良かったんだ。視界から外し、無かった事にすれば良かっただけなのに。それなのにオレは、そんな簡単な事すら出来なかったんだ」

 だからこそ、自分は多くの人を悲しませ、沢山の人の怒りを買った。被害者はもちろんの事、このゲームに関わった全ての人に迷惑を掛けた。

「……」

 ポツポツと語られる後悔の念。

 それを創造主は、黙って聞く事にした。




 メモリーオブラビリンスは書籍化、アニメ化を得て、遂には舞台化される事になった。朔矢が社会人になって数年後の事であった。

 もちろんそのゲームが大好きな朔矢は、絶対に観に行こうと恋人と約束をし、当日は彼女と手を繋ぎながら、超絶ご機嫌で劇場へと向かった。

 その劇場は複合商業施設にあったため、その周辺にはショッピングセンターや飲食施設、遊技場などの多くの施設が集まっており、その一体は沢山の人で賑わっていた。

 朝早く会場に着いた朔矢は、恋人とともにグッズ売り場に並ぶ。

 彼女の目当ては数量限定で販売されている、サクヤの愛剣『エクスカリバー』のレプリカ。もちろんサクヤとてサクヤの事は好きだし、グッズも欲しいとは思うが……。でもこの剣、いるか?

「しかも割と重てぇし。マジで人、殺せんじゃね?」

「重さも大きさも、かなり拘って作ったらしいよ。あ、でも大丈夫。こう見えても刃の部分は偽物だから。人は斬れないから安心して」

「斬れたら大問題だわ」

「あはっ、みんな銃刀法違反だね」

 講演は午後から。だからグッズを買った後は、他愛のない話をしながらショッピングとランチを楽しむ。

 その間、同じ剣を持っている人達と何度かすれ違ったのだが……。え、この剣、流行ってんの?

「いらないと思ってんのはオレだけか?」

「え、何?」

「いや、何でもない」

「ふうん。まあ、いいや。じゃあ朔矢、ちょっとこれ持ったままここで待ってて」

「え、何で?」

 ランチを終え、店から出たところで剣を持ったまま待たされる。

 何故、自分がこんな剣と一緒に一人で待たされなければならんのか、と眉を顰めれば、彼女は困ったようにプクリと頬を膨らませた。

「だって、トイレに持って行くのは邪魔だもん」

「は? トイレ? え、オレも行きたいんだけど」

「終わったら交代するから。だからちょっと持って待ってて」

 半ば強引に剣を押し付けると、彼女はさっさとトイレに行ってしまう。

 ここは複合商業施設。つまり、『メモリーオブラビリンス』を知らない人達も沢山集まる場所。そのため、チラチラとこちらを見ている人がいるような気もするのだが……気のせいだろうか。

(恥ずかしいな)

 彼女といる時は視線など気にならなかったのに、と思いながら、朔矢は視線を誰とも合わない方へと向ける。

(あ……)

 すると、人の代わりに朔矢と目が合うモノ達がいた。

 今、劇場ではこういうのをやっていますというお知らせ用の掲示板だろう。そこにはデカデカと、『舞台・メモリーオブラビリンス』のポスターが貼ってあったのである。

(よし、あそこにいよう)

 あそこでポスターを眺めていれば、この剣を持っていても「ああ、オタクの人ね」で終わるし、ここからそう離れていないため、彼女にも見付けてもらう事が出来る。同じようにポスターを眺めている先客の家族連れもいるが、彼らの後ろでちょっとポスターを眺めさせてもらうくらいなら、彼らも許してくれるだろう。

(にしても、意外とクオリティ高いよなあ……)

 ポスターに映っているのは、それぞれの役を演じる役者さん達だ。当然だが、それぞれがそれぞれのキャラクターの衣装を着てメイクもしている。サクヤにカグラ、ヒナタとリオン、そしてヒロイン。うん、どのキャラクターもそっくりだ。

(特にヒロインの子の芝居が楽しみなんだよなー)

 しかし、これから始まる公演にわくわくしながらポスターを眺めていた時だった。

 先にポスターを見ていた、家族連れの様子がおかしい事に気付いたのは。

(?)

 そこにいたのは、まだ幼い女の子とその母親、そして祖父母の四人。みんな不思議そうに「あれ?」「あれー?」と首を傾げている。どうかしたのだろうか。

「ママー、エンゼルハートはー?」

「おかしいねぇ。何でやってないんだろう?」

 その会話内容から、朔矢は全てを理解する。

 エンゼルハートというのは、女の子向けのアニメで、魔法の力を授かった少年少女達が、仲間との友情を育みながら悪と戦う物語だ。幼い女の子だけではなく、大人にも多くのファンがいると聞く。

 そのエンゼルハートだが、実は一週間くらい前まで、同じ劇場でショーをやっていたのだ。そしてそのエンゼルハートの公演期間が終わり、同じ会場でメモリーオブラビリンスの舞台が始まったのである。

 だからこの家族の目的はエンゼルハートだったのだろうが、生憎それは少し前に終わってしまっている。どうやら日にちを間違えてしまったようだ。

(楽しみにしていただろうに。可哀想になあ)

 日にちを間違えてしまった事に気付き、しょんぼりとする女の子に同情の目を向ける。もしも自分が彼女の立場だったらと思うと遣る瀬無いが、次回は日にちと時間を間違えないよう、今回の経験を活かしてもらうしかない。

「じゃあ、どうする? せっかく来たんだし、この……えーと、とりあえずこの舞台観てみる?」

 と、そこで祖父らしき男性がそう提案する。

 すると母親らしき女が、間髪入れずに嘲るように鼻を鳴らした。

「ハッ、絶対に嫌(笑)」

 ……あ?

「こんなの誰が観るの?(笑笑)」




 「腸が煮えくり返るって、ああいう事を言うんだろうな」

 当時の事を思い出せば、同じようにして腹の底から怒りが込み上げて来る。

 このゲーム、『メモリーオブラビリンス』は朔矢にとって大切なモノだった。好きな女の子と親しくなるきっかけを与えてくれた大切なゲーム。そのおかげで彼女との大切な時間を過ごし、結婚の一歩手前まで行く事が出来た。朔矢にとっては、恩人と言っても過言ではないくらい感謝している作品なのだ。

 それを、あの女はいとも容易く貶した。

 何も知らないクセに。

 ゲームのタイトルだって、今初めて聞いたクセに!

「自分の好きなモノをバカにされたら、誰だって怒るだろ。それも何も知らないヤツだったら尚更だ」

「キミの言う事は尤もだ。それについて何も知らないヤツが、自分の大切なモノをバカにしたら腹が立って当然だ。殺したくなる気持ちも分かる。でも、本当に殺してしまったらダメなんだよ」

「ああ、その通りだ。でもあの時のオレは、その怒りの感情を流す事が出来なかったんだ」




 笑。笑笑。

 女が大切なモノに向けるその言葉の凶器に、朔矢は手にしていた凶器を強く握り締める。

 何故、そんな平気な顔でそんな事が言える? お前は何も知らないだろう? それなのに何様のつもりなんだ?

 観ないにしたって、他に言いようは沢山あっただろう?

「この女なんてめっちゃブスぢゃん。演技だってどうせ素人並でしょ? こんなのにお金払う人の気が知れないわ(爆)」

 煩い、黙れ、それ以上汚い口を開くな。

 許せない……ぶっ殺してやる!

「こんなのやるくらいなら、エンジェルハートやれって話だよね。いいよ、観る価値ないし。さっさと帰ろう」

(殺す……殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺……)




「怒りの感情を流せなかったオレは、握りつぶさんばかりの勢いで剣を握り締め、女の頭をかち割るつもりで思いっきり剣を振り下ろしたんだ」

「……」

「殺す事しか頭になかったオレは、一撃で女の頭蓋骨を砕いた。人が殺されたんだ。すぐに沢山の人が集まって来て騒ぎになったし、女の家族が何か叫んでいたけど、オレに後悔はなかったよ。だってオレは殺そうと思って殺したんだから。後悔なんてあるわけがない……ハズだったのに」

 ふと、サクヤは悲痛の笑みを浮かべる。

 思い出すのは、彼女の泣き顔。

「その顔を見て、オレは徐々に頭が冷えて行くのを感じた。そして初めて後悔したよ。オレは、何て事をしてしまったんだろうってな」

 女性を殺害した凶器がサクヤの剣だった事から、犯人がゲームのファンである事はすぐにバレた。そのせいで乙女ゲーム『メモリーオブラビリンス』に対する世間の印象は悪くなり、人気も一気に地に落ちた。ファンが楽しみにしていた舞台も、アニメ第四期の放送も、ゲームの続編の話も全部中止。ファンからゲームを取り上げたも同然の事をしたし、関係者の仕事も全て奪った。結果、ゲームに関わる全ての人の怒りを買い、そして悲しませる事となった。

「悪いのはオレじゃなくってあの女なのに。それなのに全部オレのせいにされたんだ。酷い話だとは思わないか?」

「キミにとってはそうだろうね。けど、如何なる理由があろうとも、殺した方が全て悪い。それが大多数の人の常識だ。キミはその大多数派の意見に則って、女の言葉は聞かなかった事にし、その場から静かに立ち去るべきだった。そうすればキミは彼女と結婚し、幸せな家庭を築けていたハズなんだ。沢山の人を悲しませる事もなかった」

「ああ、そうだ。オレが軽率だったんだ。お前の言う通りだよ」

「感情を制御出来ず、平気で他者を傷付けるなんて人間のする事じゃない、畜生のする事だ。あの女と同じだよ」

「そうだな。結果、オレは入れられた刑務所で、刑務官の更生という名の体罰に合って死んだ。畜生にはお似合いの最期だったな」

「……そうだね」

「で、お前は?」

「うん?」

「お前が犯した罪とやらだよ」

「ああ、聞こえていたのか」

 フッと創造主は笑う。

 きっと彼はもう知っている。自分がこのゲームを作った人間である事を。

「ざまあみろ、と思ったんだ」

「え?」

「私はキミの事を非難しなかった。逆にキミが殺してくれた女に対して、ざまあみろと笑ったんだ」

「それは……?」

「報道では、被害者の両親が顔を隠して証言していたんだ。あの子は、エンジェルハートがやっていないなら諦めて帰ろう、と言っただけなのにって。それなのにファンの方が逆上して、孫の目の前で母親を殴り殺したんですって」

「はあっ? 何だよ、そんな事……ッ!」

 その証言に、サクヤは怒りのあまり勢いよく立ち上がる。

 そんな常識的な言い方ではなかった。常識的な言い方ではなくて、もっと蔑むような、貶すような言い方だったから、朔矢は怒りの感情が抑えられなくて、感情のままに彼女を殴り殺してしまったのだ。

 だいたいそんな常識的な言い方だったとしたら、逆に腹が立つ方がおかしいだろう?

「ああ、そうだね、そんな優しい言い方であったのなら、逆に怒りの感情を抱く方がおかしい。だから私は、どうせお前らがもっと酷い言葉で罵ったんだろうって思ったんだ。それなのに自分達に非はないみたいな事言いやがって、お前らの娘なんか殺されて当然だって、そうせせら笑ったんだ」

「……」

「けど、世間は当然被害者の言葉を信用した。そりゃそうだ。誰が加害者である悪人の言葉なんか信用するもんか。私みたいに、悪人の肩を持つ方がどうかしているんだ」

 ははっ、と笑い声を上げてから。創造主は悲しそうな笑みを浮かべながら話を続けた。

「だから私は、尚更死んでざまあみろと思い、殺してくれたキミに感謝した。けど、それは人間として抱えちゃいけない感情だったんだ。人間としてあるまじき感情を抱いてしまった事、それが私の罪だよ」

「……」

「メモリーオブラビリンスは、私が制作に携わった代表作だ。キャラクターデザインにも関わったし、シナリオも私が考えた。だからこそ、私はサクヤ達に対して、我が子のような愛情を抱いていたんだ。けれども、その愛着ある作品が世間的に非難され、ファンも離れて行き、舞台やアニメも全てが中止になった。私の作品は、世の中から消されてしまったんだ。だからある日、私はそのやりきれない想いを酒に溺れる事によって発散した。そしてその帰り道、私は車に轢かれて死んだんだ」

「そして気が付いたら、ここにいたのか?」

「そうだよ。私は愛着あるこのゲームの創造主として転生した。そして同じく罪を作ったキミ達が、前世でクリアする事の出来なかったサクヤ裏エンドをクリアするまで、ここに閉じ込められる事になったんだよ」

「は? じゃあ、何で難易度上げたんだよ? 一回目の記憶があり、カグラとヒナタを女にしなきゃ、もっと早く前世の事とこのゲームの事を思い出して、さっさとクリア出来たかもしれないじゃねぇか」

「うーん、前世では、先生、先生って呼ばれていたから、ちょっと天狗になっちゃっていたのかも。だからキミのおばさん呼びに、ついカッとなってやっちゃったんだよね。人間、怒りの感情をコントロール出来ないと損をするね」

「ああ……来世の教訓だな」

 はあ、と二人は同時に溜め息を吐く。

 そうしてから、創造主はその視線を改めてサクヤへと向け直した。

「で、どうだい? 十一回目はクリア出来そうかい?」

「自信ねぇ。前世の記憶や、このゲームの正体、攻略方法は分かったけど。でもどうやったらエリーがオレを選んでくれるのか、それが分かんねぇ」

「大丈夫だろ」

「あ?」

 けろっと答える創造主に、サクヤは訝しげに眉を顰める。

 そんな彼に対して、彼女はさも当然だと言わんばかりに言葉を続けた。

「前世でも落とせたんだ。今世でも落とせるだろ」

「は……?」

 前世でも落とせた? それって……?

「バイバイ、サクヤ。干支が一周する前にクリア出来るよう、応援しているよ」

 それだけを言い残すと、創造主の姿はまるで幻だったとでも言わんばかりに、跡形もなく消えて行った。

「ああ、そうか。だからエリーには記憶がないのか」

 創造主の姿が消えてから。サクヤはその意味を理解する。

 記憶の鍵を使った者のうち、エリーだけが鍵を使って見た記憶を覚えていなかった。何故、エリーだけが記憶を覚えていなかったのか。

 それは、その記憶がエリーにとって思い出したくもない辛い記憶だったからだ。

 鍵は開ける事も出来れば、閉める事も出来る。サクヤやカグラ、ヒナタは記憶の扉を開ける事を選んだが、エリーは記憶の扉を閉める事を選んだ。その記憶を覚えていたくもなかったからだ。

 だから彼女は厳重に鍵を掛けた。何度転生しようとも、前世の記憶が二度と甦らないように。

「サクヤ?」

 ふと、名前を呼ばれて振り返る。

 その先にいたのは、今頭に思い浮かべていた人物、エリーその人であった。

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