エピソード13 消された村

 リバースライトがあった場所。そこにはもう村なんてなかった。

 死体はもちろんの事、壊れた建物なんかも全てが片付けられ、亡くなった人達の魂を慰めるために建てられた、小さな慰霊碑だけがポツリと建っている。それ以外にあるのは、延びて来た雑草くらいだろう。他には何もない。

「何か、思っていたのと違うな。僕はもっと、瓦礫が村を埋め尽くしているモノだと思っていたよ」

「魔王軍が立ち去った後、国の部隊が来て瓦礫などを片付け、亡くなった人達を手厚く供養したそうです。この慰霊碑も、国が建てたそうですよ」

「ふうん。国にしては仕事が早いな」

「光の巫女を祀る村、そしてその末裔が暮らしていた村でしたし、魔王軍が最初に進軍した村でしたからね。尊い犠牲として、素早く対応したらしいです」

 そんな会話をしながら、カグラとヒナタは慰霊碑に手を合わせる。

 しかしそんな二人に倣って、サクヤもまた手を合わせようとした時だった。

「そんな慰霊碑、亡くなった人達は誰も感謝しちゃいないわよ」

「え?」

「エリー?」

 ふと聞こえて来た怒りの声に、サクヤ達は揃って顔を上げる。

 見れば、ギリリと強く拳を握り締めながら、慰霊碑を睨み付けているエリーの姿があった。

「どういう事?」

「どうもこうもないわよ。だって……」

 そこで一度言葉を切ってから。エリーは更に言葉を続けた。

「だって自分を殺した張本人に慰霊碑を建てられたって、そんなの恨みこそすれ、感謝なんてするわけないじゃないっ!」

「は……っ?」

 はっきりと断言されたその事実に、サクヤ達は驚愕に目を見開く。

 殺した張本人が慰霊碑を建てただって? それじゃあ……、

「この慰霊碑は、魔王が建てたって事か!」

「そっちじゃないわよッ!」

 そっちじゃないとは、どっちなんだろう。

 そう首を傾げるサクヤに、エリーは更に言葉を続けた。

「この村を破壊したのはリオンじゃない。この村を破壊したのは、国王軍よ!」

「は……はあっ?」

「国王軍が……っ?」

「そんな、まさか……っ?」

 エリーが口にしたその事実に、サクヤ達は揃って驚愕の声を上げる。

 魔王軍ではなくて国王軍が、エリーの故郷であるリバースライトを破壊した? まさか、そんなわけがないだろう!

「光の巫女の末裔である私に、脅威を覚えたリオンが私を捕らえに来た、それは事実よ。突然村に現われたリオンが、私の家に押し入って来て、無理矢理私を魔王城に連れて行ったの。でもその時の村はまだ無事だった。リオンの目的は私を連れ去る事だったから。私を守ろうとしてくれた家族や友人に危害を加えてはいたけれど、殺してはいなかったし、無関係の人達には手出ししていなかった」

「ですが、魔王が村を滅ぼしたのはその後……、エリーさんを連れ去った後だと聞いていますが……?」

「それは無理よ」

 光の巫女を祀る村、そしてそこに残る子孫や、巫女と関わり深い村自体に脅威を覚えた魔王が、エリーを連れ去った後にその村を破壊した。

 しかしそれが真実ではないかと問うヒナタに首を横に振ると、エリーはサクヤ達から視線を逸らし、困ったように眉を顰めた。

「連れて行かれた魔王城でリオンに突然言われたの。一目惚れしたから付き合ってくれって」

「は?」

「何でッ?」

 まさかの急展開に、ヒナタとカグラから疑問の声が上がる。そりゃそうだ。だってついさっきまで、国王軍がリバースライトを破壊したという話をしていたハズなのに。それが何故か、魔王との恋バナになってしまったのだから。疑問に思わない方がおかしい。

「最初は普通の部屋に閉じ込められたんだけど。数日経ってから通されたのは、大きくて豪華な部屋だった。天蓋付きのベッドがあったり、壁紙がピンクだったりと、女の子が好きそうな部屋に通されたの」

(それって……)

 と、サクヤは思い出す。

 確か一つ前の十回目。魔王城に潜入したはいいものの、道に迷って辿り着いた、桃色を基調とした広い部屋。

 そうか、あの部屋は攫われたエリーが、閉じ込められていた部屋だったのか。

「そこに閉じ込められている間、リオンは私を好きだと何度も言ってくれていた。私の気を引くために、色んなプレゼントもくれた」

「そのプレゼントって……もしかして大量のぬいぐるみとか、花とか、か?」

「ええ、私の趣味が分からないから、とりあえず女の子が好きそうな物を持って来たって言っていたけど……。でもよく分かったわね、サクヤ。何で分かったの?」

「え……いや、何となく?」

 まさか十回目の世界で見て来ました、なんて言えるわけもなく、サクヤは視線を彷徨わせながら適当な答えを返す。

 幸いにも、エリーとてそれ以上追求する気はなかったのだろう。彼女は「そう」とだけ返すと、更に話を続けた。

「そんなある日だった。リオンから、信じられない話を聞かされたのは」

「信じられない話?」

「まさか、それって……っ!」

 その内容に気付いたヒナタが、ハッとして声を上げる。

 おそらくヒナタの予想通りなのだろう。それを肯定するべく、エリーはコクリと首を縦に振った。

「魔王を倒す事の出来る光の巫女の末裔を、みすみす魔王に奪われてしまった。魔王が現れたのだ、魔王が光の巫女に脅威を覚え、攫いに来るのは目に見えて分かっていたハズだろう。それなのに何の対策も立てず、巫女を奪われ、世界を危機に晒すとは何事か。村人全員の血を持って粛清する他、貴様らに責任を取る方法はない」

「……」

「世界救済の要となる私を奪われた国王は、その怒りの矛先を村に向けた。誰かのせいにしないと、やっていられなかったんでしょうね。だから適当な理由を付けて、国王軍にリバースライトを焼き払わせ、村の人間を皆殺しにした……そう、リオンから聞かされたのよ」

「リオンから聞かされた……って、ちょっと待って下さい。それだと、その情報源は魔王って事になりますよね? まさかそれ、信じたんですか?」

 相手はエリーに惚れている魔王だ。彼女の力や彼女自身を手に入れるべく、嘘を吐いている可能性の方が高い。

 だからその話だって、エリーを騙そうとして嘘を吐いているんじゃないか、とヒナタは指摘するが、そんな彼女に首を横に振ると、エリーは悲しそうに視線を下へと落とした。

「私もそう思ったわ。だから何とかして魔王城から逃げ出して、真実を知るべくリバースライトに戻ったの。そして我が目を疑った。だって私の知る村なんてもうどこにもなくて、あったのはこの、見た事もない慰霊碑だけだったんだから」

「でも、それでも魔王がやったという可能性がないわけじゃ……」

「無理よ、リオンには。リオンにリバースライトを破壊する事なんか出来ない。言ったでしょ? あの人、私が好きだと言ってくれていたって。私が連れて行かれてから、彼は暇さえあえれば私の傍にいた。どこからかプレゼントを手に入れては、しょっちゅう私の部屋を訪れていた。この人、本当に世界を滅ぼす気があるのかって疑うくらい、気が付けば私の隣にいた。だから無理なのよ、リオンはずっと私と一緒にいたんだから。リバースライトを滅ぼしに行く時間なんて、彼にはなかったのよ」

 ほとんどの時間、リオンは自分の傍にいた。だからリオンにリバースライトを滅ぼす事は不可能。だとしたら、一体誰がリバースライトを滅ぼしたのか。

 それはもう、リオンの言葉を信じる他なかった。

「でも信じられなくって、信じたくなくって、私は他の町へ行き、リバースライトの話を聞いて回ったの。そして驚いたわ。だってみんなが口を揃えて言うんだもの。リバースライトは魔王によって滅ぼされたって。脅威となる巫女を連れ去った後、百年前の巫女を祀る村自体に脅威を覚えた魔王が、村自体を焼き払い、住人を皆殺しにしたって、そう言うのよ!」

 ギュッと、エリーは両方の拳を握り締める。

 その拳は怒りと悲しみに、フルフルと小さく震えていた。

「そんなの嘘よ。だって私が連れて行かれる時、村はまだあったし、みんなだってまだ生きていたもの!」

 それなのにリオンに連れて行かれ、魔王城にいる間に全てなくなってしまった。家族も、友達も、思い出も、戻って来た時には全部なくなっていた。

 奪ったのは世界征服を目論む魔王じゃない。魔王を討伐し、世界に平和が戻る事を願う同じ人間。

「それじゃあ、魔王がリバースライトを滅ぼしたっていう話は……」

「国王軍がその罪を魔王に擦り付けるべく、国民に吹聴した嘘……?」

「……」

 信じられないと言わんばかりにそう確認するカグラとヒナタに、エリーはその通りだと無言で頷いた。

「その後、私を連れ戻そうと追い掛けて来たリオンと再会した。彼は、人間は非道なモノであり、救う価値なんかないと私に訴えて来た。そしてその上で、一緒に来ないかと誘われたの。その時の私はまだ心の整理が付いていなかったし、人として世界滅亡に加担するわけにはいかないと、リオンの誘いを断った。そしたらリオンは、今度は私を無理矢理連れて行くような事はしなくって、また来るとだけ言い残して立ち去って行ったの」

 そこまで説明をすると、エリーは顔を上げ、その双眼をサクヤへと向けた。

「後はみんなも知っている通りよ。帰る場所を失った私は、巫女の末裔を保護する予定だった国王軍に合流するべく、王都へと向かった。そしてその道中、モンスターに襲われていたところをサクヤに助けられたの」

「オレが王国騎士団を志望していた事もあったから、オレは、エリーが光の力を覚醒させるまで彼女を守る事と、エリーとともに魔王の討伐をする事を任されたんだったな」

「ええ、そうよ。だからサクヤと一緒に国王と会い、国王から直々に魔王討伐の依頼を受けた時は、怒りのあまり何も言えなかったわ」

 ギュッと、その両拳を強く握り締める。

 そしてその双眼に、エリーは怒りと憎しみの色を浮かべた。

「リバースライトのみんなを殺した事、反省も何もしていなかった。そればかりか、私を連れ去った後に魔王が村を焼き払ったと、平気な顔で言い切ったのよ!」

「……」

 十一回目であるサクヤにとっては遠い記憶。それを思い出す。

 光の巫女の末裔であるエリーとともに国王に面会した時、確かに国王はそう説明していた。『そなたを連れ去った後、魔王はリバースライトの民を皆殺しにし、村も跡形もなく焼いてしまった』『報告を受け、我が軍を向かわせたが間に合わなかった。残念だ』『魔王は我が人類共通の敵だ。犠牲となったリバースライトの民のためにも、ともに魔王を討ち果たそう』と。

 サクヤ自身も噂でそう聞いていた事から、国王の説明を疑う事なく聞いていたのだが……。仮にエリーの話が真実だとしたら、彼女はあの時、どういう気持ちで国王の言葉を聞いていたのだろうか。

「それが、お前がどっちに付こうか迷っている理由か?」

「そうよ。確かにリオンに付けば、何の罪もない人達が殺され、生き残った人達も魔族の奴隷として、酷い扱いを受ける事は目に見えている。だからリオンに付く事が、間違った選択である事も分かっている。だけど……」

 そこで一度言葉を切ると、エリーは辛そうに表情を歪めた。

「村のみんなや家族を殺し、その罪を平気な顔でリオンに擦り付けている国王が許せないのも、また事実なの……」

 エリーの迷うその理由。

 辛そうに話すエリーからその理由を聞くと、ヒナタは困ったように眉根を寄せた。

「確かにそれが事実であるのなら、国王陛下のした事は許せません。エリーさんがこちら側に付きたくないという気持ちも分かります。ですが……」

 そこで一度言葉を切ってから。ヒナタはその真剣な眼差しを、真っ直ぐにエリーへと向け直した。

「国王に一矢報いたい。そのために罪のない沢山の人達を犠牲にするのも、また間違っていると思います」

「分かっている。そんなの、分かっているよ……っ」

 だからどうしたらいいのか悩んでいるんじゃない、とエリーは再び俯いてしまう。

 そんなエリーや、彼女の肩をそっと支えるカグラ、そしてそれ以上は何も言えなくなってしまっているヒナタを見つめながら、サクヤはふと思う。

 今はまだ迷っていると言うエリーだが、彼女はこれまでの十回の世界において、結局はリオンに付く事を選んでいる。

 それならばまだ他にも理由があるハズだ。エリーがリオンを選ぶ、決定的な別の理由が。

「ねぇ、サクヤ。サクヤはどう思う?」

「え?」

 その決定的な何かを考えていたその時、名前を呼ばれ、サクヤはふと顔を上げる。

 見れば、縋るように自分を見つめるエリーのオッドアイと目が合った。

「私、どうしたらいいのかな? どうするべきだと思う?」

「それは……」

 初めてされるその質問に、サクヤは戸惑ったように瞳を揺るがせる。

 もちろん「自分達に付いて、ともに世界を救って欲しい」が、正直な答えだ。しかしそれが、エリーにとっての正しい答えだとは限らない。今はまだ、リオン側にも付いていないようだが、ここから先、何がきっかけでリオン側に付くかが分からない。下手をすれば、自分の一挙手一投足が原因で世界が滅びる事になるかもしれないのだ。そうならないよう、慎重に行動しなければならない。

 真剣なエリーのこの質問。一体何と答えるのが正解なのだろうか。

(やっぱりここは、エリーの気持ちを優先させるべきか……?)

 無理に自分達に付かせたところで、それがエリーの気持ちを押し殺した選択だったとしたら、そのうち我慢の限界が来て、リオンに寝返り、一気に世界を滅ぼしてしまうかもしれない。

 それならば今は、「お前の好きにしたらいいよ」とエリーの気持ちを尊重するふりをして、徐々に自分達に付くようにと説得して行った方がいいのではないだろうか。

『えー、それはどうだろう?』

「え?」

 ふと、耳に誰かの声が聞こえる。

 エリーでもカグラでもヒナタでもなければ、創造主でもない。

 どこか懐かしい声。これは、一体誰……?

『お前の好きにしたらいいは、どうでもいいと同義語だよ』

『うーん、私だったら一緒に来て欲しいって、正直にそう言って欲しいかな』

「……」

 誰の声だかは分からない。分からないけれど……。

 でも、もしもこれがエリーにとって正しい答えなのだとしたら、今、彼女に伝えるべき答えは一つしかない。

「オレは……オレと一緒に来て欲しい」

「え……?」

「リオンと一緒には、行かないでくれ」

「……」

 シンと、辺りが静まり返る。

 エリーが何も言わないのはもちろんの事、カグラとヒナタも無言のままポカンとしている。

 しかし、そこでサクヤはふと気付く。

 オレと一緒に来て欲しい、リオンと一緒には行かないでくれって……、これじゃあまるで愛の告白じゃないか!

「え、今、告った?」

「いや、違う! そういう意味で言ったんじゃない!」

 それを告白と捉えたのは、どうやらサクヤだけではなかったらしい。ポツリと呟いたカグラに過剰な程否定すると、ヒナタが呆れたように溜め息を吐いた。

「じゃあ、どういう意味で言ったんですか?」

「どうって、そりゃ、一緒に世界を救ってくれって意味だよ! つーか、エリーが好きなのは、オレじゃなくって、魔王だろうがよ!」

「えっ?」

 と、突然話の矛先を向けられ、エリーが驚いたように目を見開く。

 そうしてから、エリーは怒ったようにサクヤを睨み付けた。

「な、何で私がリオンを好きなのよッ!」

「だってそうだろ! オレ達の目を盗んで頻繁に魔王と会っていたじゃねぇか!」

「頻繁じゃないわよ!」

「でも、サクヤの言う事も一理あるよな? 魔王に口説かれていたわけだし」

「ち、違うわよ、カグラ! あれは口説かれていたんじゃなくって、一緒に来ないかって誘われていただけなんだから!」

「でも、会っていたのは事実ですよね? それに、魔王がエリーさんに好意を抱いているのも事実みたいですし……」

「ぶっちゃけさ、エリーは魔王の事どう思っているんだ?」

「ど、どうって……」

「好きなの? 嫌いなの?」

「白状して下さいよ」

「そ、それは……っ」

 半分本気、半分からかって聞いているカグラとヒナタに、エリーは怒ったように反論するが、そんなエリーに怯む事なく、二人は彼女を問い詰めて行く。

 こういう時の女子って怖いなあ、とサクヤが傍観に徹する中、遂に観念したエリーが、躊躇いがちに口を開いた。

「どうこう聞かれても困るわ。私もよく分からないから」

「どういう事?」

「好きか嫌いかって聞かれたら好きなんだと思う、けど……。でも、そこに恋愛感情があるかって聞かれたら、それもまた違うと思うし……」

「友愛って事ですか?」

「えーっと、うん、それに近いと思う……」

「つーまんねっ!」

「ええっ、ちょ、何よ、それ!」

 心底つまらなさそうに唇を尖らせるカグラに、エリーはムッと眉を顰める。

 そして不貞腐れたように頬を膨らませながら、エリーは怒ったように言い訳を口にした。

「仕方ないでしょ! 男の人を好きとか、その、私にはまだよく分からないんだから!」

「はあ? 分からないって、お前がそれはマズイだろ」

 エリーが口にしたその言い訳に、サクヤが思わず苦笑を浮かべる。

 するとエリーが、「何よ」と恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。

「それって私が、お子ちゃまって言いたいわけ?」

「いや、そうじゃなくてさ……」

 別にそういうわけじゃないと首を横に振ると、サクヤはこれまた呆れたように言葉を続けた。

「カグラとかヒナタが分かんねぇんのはいいんだけどさ、お前が誰を好きだか分かんねっぇってのは問題だろ」

「え?」

「え?」

「ん……?」

 その言葉に、エリーとカグラが揃って首を傾げる。

 どうしたんだろう? オレ、何かおかしな事でも言っただろうか?

「はあ? ちょっと待って下さいよ、サクヤさん! それって、私とカグラさんはお子ちゃまだって言いたいんですか!」

「いや、そういうわけじゃねぇけど……」

「じゃあ何なんですか! 私達みんな同世代なのに! それなのにどうしてエリーさんだけが特別扱いなんですか!」

「どうしてって、そりゃあ……」

 心外だとばかりに怒り声を上げるヒナタに、サクヤは不思議そうに首を傾げる。

 そして「変な事を聞くなあ」と思いながらも、サクヤはその理由を口に……、

(……うん?)

 口にしようとしたところで、サクヤは言葉を詰まらせる。

 どうして、エリーだけが問題なんだ?

(ヒナタの言う通りだ。どうしてエリーだけが問題だと思ったんだ?)

 でも、

(でも確かに問題なんだ。それは間違いない。でも、そう思った理由が分からない)

 エリーが誰を好きなのか分からないのはおかしい事だし、それは問題だ。確かにそう思っているハズなのに。でもそう思っている理由が分からない。何故、そう思ってしまったのだろうか。

「悪い、ちょっと頭を冷やして来る」

「は?」

「え、ちょっとサクヤ?」

 突然くるりと踵を返したサクヤに、ヒナタ達は意味が分からないと眉を顰める。どうして今、このタイミングでそんな事を言い出したのだろうか。

「あ、おい、サクヤ!」

「逃げるんですか!」

「そう捉えてもらって構わない。じゃ」

「って、ちょっと!」

 背後から自分を引き止める三人の声が聞こえるが、サクヤが足を止める事はなくて。

 その不思議な感情を整理するべく、サクヤは一人、スタスタとその場から立ち去って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る