エピソード14 移り行く感情

 先程聞こえた懐かしい声、エリーだけに覚えたあの感情。それらは全て、記憶の鍵を使った影響なのだろうか。

(でも重要なところが分かんねぇよ。あの声が何なのかも分かんねぇし、何でそう思ったのかも分かんねぇ)

 プラプラと、更地になった村を歩きながら、サクヤは溜め息を吐く。

 少し歩きながら考えてみたが、結局は無駄な行為だったようだ。

(この鍵も使えるんだか使えないんだか、分っかんねぇしなあ……)

 エリーから借りたままの記憶の鍵を、そっと翳してみる。

 前世が少しだけ見え、自分が犯した罪と、この世界がゲームとして前世に存在していた事を知ったサクヤ。

 しかし何故自分が人を殺してしまったのか、その理由は未だに分からない。

創造主はきっかけがあれば思い出すと言っていたが……本当に思い出せるのだろうか。

(ずっとこの鍵を持っているが……。でもあれから何の反応もねぇしなあ……)

 また何か思い出させてくれるのではないかと思ったが、どうやら期待外れだったらしい。この鍵にはもう使い道はないのだろうか。

「あ?」

 ふと、サクヤは足を止める。

 プラプラと適当に歩いていたその先で。小さな墓石を見付けたからである。

「何だ、これ?」

「さすがの国王軍も、これは壊せなかったみたいね」

「え?」

 自分以外の声が聞こえ、サクヤはハッとして振り返る。

 いつからそこにいたのだろうか。振り返った先には、冷たい目をしたエリーの姿があった。

「これを壊したら、それこそ世界が滅びそうだもんね」

「世界が滅ぶ?」

「ええ。ここは百年前に魔王を討伐した、巫女様の眠る場所だから」

「えっ?」

 そう説明をすると、エリーは墓石の前に跪き、そっと手を合わせる。

 これが百年前に魔王を倒した巫女の眠る墓? え、そんなのゲームにあったっけ?

(いや、あったんだ。けど、オレ達はそこまで辿り着けなかった)

 鍵の影響か否か、唐突にその時の記憶が甦る。

 完全クリアのためには、巫女の眠る墓へ行く必要がある、という攻略情報は確かにあった。

 しかしその墓はおろか、その墓があるリバースライトにさえ、前世の朔矢達は辿り着く事が出来なかったのだ。

 それが、殺人を犯してゲームなんか出来る状況ではなくなったからなのか、はたまた巫女の墓を見つけ出す事自体が難しかったからなのかは思い出せないが。

 しかし、巫女の墓へ行けという攻略情報があったのは確かなのだ。ならばこの墓を調べれば、何か有力な情報が見付かるのではないだろうか。

(この墓、掘り起こしてみるか?)

 例えば創造主の言っていた重要なアイテム。彼女はそれが記憶の鍵一つだけだとは言っていない。という事は、もしかしたらまだ他にもあるかもしれないのだ。

 そして前世の攻略情報にもあった、この巫女の墓。

 ならばここは、このお墓を掘り起こすしか選択肢は……、

「どうしたの、サクヤ。そんな真剣にお墓を見つめて?」

「うわあっ!」

 良からぬ企み事をしていたところに声を掛けられ、サクヤは後ろめたさから驚愕の声を上げる。

 そんな彼の大袈裟な驚きっぷりに、エリーは訝しげに眉を顰めた。

「そんなに驚く事ないじゃない。それとも何? まさかお墓を荒そうとか考えていないわよね?」

「えっ? そ、そんな事、カンガエテイルワケナイダロ?」

 何で分かったんだろう。とりあえず掘り起こすのは、みんなが寝静まった夜中にしようと思う。

「と、ところでカグラとヒナタはどうした?」

「野営と夕ご飯の準備。思うところがあるだろうから、こっちは任せて村を回って来なよって言われてね。お言葉に甘えて巫女様のお墓参りに来たの」

「そっか」

 とりあえず墓荒しの件から話を逸らせた事に、サクヤはホッと安堵の息を吐く。

 そうしてから、サクヤはその手に記憶の鍵が握られたままである事を思い出した。

「ああ、そういやこれ、返さねぇとな」

「え?」

 エリー自身も、記憶の鍵の事など忘れているのだろう。何が、と首を傾げる彼女に、サクヤは借りていたそれを差し出した。

「これ、返し忘れていた。ありがとうな」

「あ、そっか! 忘れてた!」

 やはり彼女自身も、記憶の鍵の事など忘れていたらしい。ようやく鍵の存在を思い出したらしいエリーはそれを受け取ると、彼女は心配そうな眼差しをサクヤへと向けた。

「体の方はもういいの?」

「え?」

「これのせいで倒れたでしょ? もう大丈夫なのかなって」

「ああ。それは大丈夫だって、この前も言っただろ? 心配すんな」

「そっか、良かった。この鍵のせいでサクヤに何かあったらどうしようって、心配だったから」

「別にお前のせいじゃねぇだろ。オレが無理言って鍵を借りたんだから。仮に何かあったとしても、それはオレの自業自得だ」

「うん、ありがとう。サクヤがそう言ってくれるの、すごく嬉しい」

 両手で大切そうに鍵を握り締め、エリーは柔らかな笑みを浮かべる。

 見たところ、その笑みが演技だとは到底思えない。という事は、今現在エリーが闇の力を覚醒させている可能性は低いという事だ。

 ならばこの先、一体何が原因で覚醒してしまうのだろう。そしてそれを防ぐ方法はあるのだろうか。

「そういえばエリー。お前もこの鍵を使ったんだよな?」

「え?」

 鍵を首に戻すエリーを眺めながら、サクヤはそれをふと思い出す。

 するとエリーは、困ったように首を横に振った。

「使った……とは思うよ。でもごめん、その時の事は覚えていないの。気が付いたら部屋で倒れていたから……」

「それだよ!」

「え?」

 急に大きな声を上げたサクヤに、エリーは驚いてビクリと肩を震わせる。

 しかしそんなエリーには構わず、サクヤは更に言葉を続けた。

「オレは鍵を使って倒れた。そしてお前も、鍵を使った気がした後に倒れていた。つー事は、お前は鍵を使ったと思うじゃなくて、確実に鍵を使っているんだよ。だからオレのように倒れていたんだ」

「な、なるほど……。でもサクヤは鍵を使った後、色んな記憶が流れ込んで来たんでしょ? それなのにどうして私は、何も覚えていないんだろう?」

「あー……それなんだよなあ……」

 コテンと首を傾げるエリーに、サクヤもまたうーんと考え込む。

 状況からして、エリーが記憶の鍵を使ったのは間違いない。しかしどうして、彼女は何も覚えていないのだろう。何故、自分だけに前世の記憶が甦ったのだろうか。

(創造主は鍵を使った事で、記憶が甦る状況になると言っていた。それなのに、何で同じく鍵を使ったエリーはその状況になっていない? やっぱりオレが前世は日本人だったという事と、エリーがこのゲームのキャラクターである事の違いなのか? いや、それともまだ他に原因が……)

「ねぇ、サクヤ」

「うん?」

 その原因について考え込んでいた時、ふとエリーから声を掛けられる。

 一体何だろうと顔を上げれば、不安そうなエリーと目が合った。

「その……思い出した方がいいのかな?」

「何が?」

「だからその、私が鍵を使った時に見た記憶。私が鍵を使ったのは確かなんでしょ? でも私は、その時に見た記憶を覚えていない。だからそれ、思い出した方がいいのかなって」

「ああ、そりゃまあ……」

 不安そうにそう尋ねられ、サクヤは少し考える。

 思い出した方がいいかどうかと聞かれれば、それはもちろん思い出した方がいいに決まっている。どんな記憶を見たのかは知らないが、その記憶がゲームクリアに結び付く可能性だってあるのだ。そりゃ思い出してもらうに越した事はない。

 しかし問題は、どうやって思い出してもらうかだ。サクヤはいつの間にか使う事が出来ていたが、ぶっちゃけどうやって使ったのかは……いや、ちょっと待て。これ、エリーに思い出してもらうのは危険なんじゃないのか? だって確かにゲームクリアに結び付く可能性はあるが、それと同時にその記憶が闇の力を覚醒させ、いつも通りの死亡エンドになってしまう可能性だってもちろんあるのだから。

 これは言わば諸刃の剣。思い出してもらうのは危険だ。やっぱり止めておこう。

「無理に思い出す必要はないんじゃねぇか?」

「え?」

 それはエリーにとっては意外な返事だったのだろう。そう口にしたサクヤに、エリーは驚いたようにポカンと目を丸くした。

「もしかしたら辛い記憶かもしれないだろ。そんなモン、無理に思い出す事はねぇよ」

「そうかもしれないけど……。でも、もしかしたら力の覚醒に必要な記憶かもしれない。それだったら無理にでも思い出すべきじゃあ……」

「そんなに重要な記憶だったら、逆にちゃんと覚えているハズだろ。それが覚えてねぇって事は、大した記憶じゃねぇんだよ。大した事もねぇ辛い記憶なんて、思い出したところで何になる? 必要ねぇよ。そんなモン、逆にこっちから忘れちまえ」

「でも……」

「それに、オレだってゴチャゴチャした記憶が流れ込んで来ただけで、重要な事なんて何一つ覚えちゃいねぇんだ。何も覚えてない時点で、お前と大差ねぇよ」

 まあ、覚えてないなんて、嘘なんですけど。

「覚醒の事はあんま気にすんな。その内フッと覚醒するさ」

「……」

 ニカッと笑いながら、「な?」と念を押してみる。

 死亡エンドを回避するべく、内心ドキドキしながらの返答であったが、意外にもエリーは、しばらく思案した後にコクリと首を縦に振ってくれた。

「そう、だね……。ありがとう、サクヤ。何か元気出た」

「そうか? それは良かった」

 覚醒もせず、記憶を思い出す事を諦めてくれたエリーに、サクヤはホッと安堵の息を吐く。

 そんなサクヤからそっと視線を逸らすと、エリーはどこか恥ずかしそうに口を開いた。

「その……、最近優しいよね、サクヤ。何か嬉しい。ありがとね」

「え?」

 その意外な言葉に、今度はサクヤがキョトンと目を丸くする。

 優しい? え? オレが?

「そう、か……?」

「うん、今もそうだけど……リオンの事も、見守ってくれていたんでしょう?」

「……?」

 見守っていた?

「カグラとヒナタには普通なのに、私にだけそっけなかったり、冷たかったりしたから、私はサクヤに嫌われているのかなって思っていたんだけど。でも最近はちゃんと私の話を聞いて、ちゃんと向き合ってくれている。それ、すごく嬉しいよ」

 フッと、エリーは目元を緩ませ、口元に柔らかな笑みを象る。

 そしてポカンとしたままのサクヤに、更に言葉を続けた。

「私と向き合いたいって言ってくれた事、嬉しかった。リバースライトに行きたいって言う私を心配してくれた事も嬉しかった。そして何より……」

 胸元で握られた拳を、更に強く握り締める。恥ずかしそうに微笑む彼女の頬が赤らんでいるのは、気のせいだろうか。

「オレと一緒に来て欲しいって言ってくれた事、すごく嬉しかった」

「……」

 ポツポツと彼女が口にする好意の数々。恥ずかしくも嬉しそうに笑うその表情。

 これらも皆、自分を陥れるための演技なのだろうか。いや、違う。確証はないけれど、本能がそう叫ぶ。

 これは演技なんかじゃない。素直に受け取るべき彼女の本心だ、と。

「あのね、サクヤ。さっきは男の人を好きとか、私にはまだよく分かんないって言ったけど……」

「……」

 トクトクと、心臓が脈を打つ。エリーの頬が赤らんでいるのも、きっと気のせいなんかじゃない。

「本当はね、サクヤ。私は……」

 逸らされていたオッドアイが、意を決したようにサクヤの緑色の瞳と真っ直ぐに向き合う。

 しかし、エリーがその先を口にしようとした時だった。

 向こうから、自分達を呼ぶカグラの声が聞こえて来たのは。

「サクヤ、エリー! 晩御飯の準備が出来たぞ!」

「……」

 何だ、このタイミングは。悪すぎるだろう。

「ヒナタが早く来いって言ってるんだ。急いで来てくれ!」

「……」

「うん? 何だよ、その目は? 何かあった?」

「別に」

 しかも悪びれた様子は一切なく、ジロリと睨み付けるサクヤに首を傾げる始末。クソッ、いいところだったのに!

(……うん? いいところだったのに?)

 しかしふとそう思った自分の心に、サクヤは不思議そうに首を傾げる。

 いいところだったのに? 何が?

(え、あれ? ……まさかっ!)

 そして気付いてしまったその感情に、サクヤは動揺に瞳を揺るがせる。

 そんな、だって相手は裏切り者で、最終的には自分を殺す女だぞ!

 そんな……嘘だろ?

「な、何でもないわよ、カグラ! 今、行くわ!」

 おそらく赤らんでいる顔を隠すように伏せると、エリーはカグラの背中を押しながら立ち去って行く。

 そんなエリーの背中を呆然と見送っていたサクヤは、その感情に戸惑いを隠せなかった。

(嘘だ……これは、ただの気のせいだ……)

 エリーの笑みに胸が高鳴ったのも、好意の言葉に顔が熱くなっているのも、いいところだったのにと思ってしまったその心も。

(ああ、全部気のせいだ、有り得ねぇ。魔王に恋して世界を滅ぼすような女、オレが好きになるわけないだろうが)

 肯定するべきか、否定するべきか。小さく芽生えてしまったその感情。

 その感情が吉と出るか、凶と出るかなんて、それはサクヤの選択次第である。

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