エピソード1 オープニング

 闇に染まった世界とは一変、そこは白に染まった世界であった。

それでもここが、先程までいた場所よりも闇の中にいるように感じられるのは、自分をこの永遠とも思える世界に放り込んだ張本人がいるからだろう。

「失礼な言い方をするね。いくら私でも、そんなクリア出来ないゲームの世界なんて作らないよ。何度やってもクリア出来ないのは、他でもないキミのせいだ。それを他人のせいにするのは止めてもらえないかな」

 呆れと怒りを含んだその声に、サクヤは忌々しそうに視線をそちらへと向ける。

 そこにいたのはボサボサの黒髪を後ろで一つに束ね、黒縁の眼鏡を掛けたスウェット姿の女。

 化粧の一つもしていないその女は、パチパチと拍手をしながら、目が覚めたばかりのサクヤを冷たく見下ろした。

「八回目のゲームオーバーおめでとう、サクヤ。今回も何の進展も面白味もない、いつも通りのエンディングだったね」

 くつくつと笑うその女を、サクヤは恨みの籠った目で睨み付ける。そうか、六回目でも七回目でもなければ、八回目だったか。

「一回目の記憶はキミにはないからね。創造主たるこの私の怒りを買って封じられちゃったわけだし」

 ハハッと笑うこの女の言う事は、半分くらいがよく分からない。何せ、サクヤのいる世界をゲームの世界と呼び、彼が死ぬ度に転生を繰り返し、同じ時間に巻き戻っているのも、彼がゲームをクリア出来ないからだと言うのだ。クリアというのが魔王を倒し、世界を救う事を指している事は分かるのだが、それをゲームだのクリアだのと言う意味が分からない。

「でもそれは、目上に対する態度がなっていないキミが悪いんだよ。まったく、前世で一体何を学んで来たんだか」

「……」

 ハンッと嘲るように鼻を鳴らす女に、サクヤは冷たい眼差しを向ける。

 何度も繰り返されている、ゲームと呼ばれるこの世界だが、創造主と名乗るこの女の言う通り、サクヤには一回目の記憶の一部がない。

 何故なら一回目の世界で死に、この白い空間で目を覚まして初めて創造主に会った時、サクヤは彼女に「おばさん誰?」と言ってしまったからだ。

 年齢不詳である彼女にとって、おばさん呼ばわりは悪口と同類だったのだろう。額に青筋を立てた彼女は、サクヤにとって貴重な一回目のプレイ記憶を封印し、その上クリアが難しくなるようにと、難易度を上げてからサクヤを同じゲームの世界に放り込んだのだ。

 当然、貴重な一回目の記憶がない二回目のサクヤにも世界を救う事など出来るハズもなく、彼は一回目と同じように敵に殺される事によって、二回目の人生を終了させてしまったのである。

「あんた、本当に性格悪いよな」

「は? 確かに一回目の記憶は封じたけど、それ以降の世界の記憶は引き継がせてやってんじゃん。その都度記憶を封じられないだけ、感謝するべきなんじゃないの?」

 何故、自分をこんな世界に放り込んだ張本人に感謝しなければならないのか。全く持って意味が分からない。

「つーか、何でオレがこんな事に巻き込まれなきゃならねぇんだよ……」

「何で?」

 ぼそりと呟いたその何度目かの質問に、創造主の目がギラリと鈍く光る。

 そしてその苛立ったような眼差しを、静かにサクヤへと向けた。

「何度も言わせないでくれる? キミは前世でとんでもない罪を犯した。だからその罪を償うべく、キミは勇者としてこの世界を救わなくちゃいけない。救えませんでした、なんて失敗は許されない。世界を救えるその日まで、キミには何度でも死んで、何度でも甦ってもらう」

「……」

 何度聞いても変わらないその理由に、サクヤは不服そうに眉を顰める。

 創造主の話では、サクヤは前世ではニホンジンと呼ばれる男性だったらしい。そして彼は、その前世でとんでもない罪を犯してしまったそうなのだ。

 その罪は創造主の怒りを買うには十分なモノで、彼は前世での命を終えるとともに、創造主の手によってこの世界に転生させられたらしい。

 しかしそう何度も説明をされたところで、サクヤには前世の記憶がない。あるのは『サクヤ・オッヅコール』という今の人生の記憶だけなのだから。

 サクヤ・オッヅコールは、深い緑色の瞳に、柔らかな茶色の髪を持っており、どちらかといえば整った顔立ちをしている高身長の少年であった。

 そんな彼は幼い頃から剣術が得意であり、将来は王国騎士団に入って活躍したいという夢を抱いていた。

 そして十五になったその年、彼は幼い頃からの夢を叶えるべく、生まれ育った故郷を離れ、王都へと旅立ったのだ。

 しかし丁度その頃、宇宙からやって来たという魔王が、この星を乗っ取るべく、世界を侵略し始めた。魔王の影響からか、その日から世界は薄暗い雲で覆われ、太陽の光が届かなくなってしまったのだ。そしていつ魔王軍が襲って来るかも分からない恐怖に、世界は陥ってしまったのである。

 詳しい話は割愛するが、サクヤはその魔王との戦いに巻き込まれて行く事になる。そして仲間達とともに魔王討伐に向かうのだが……。

 しかし残念な事に、サクヤは世界を救う事が出来ず、仲間ともども返り討ちに遭って命を落とす事になる。そして世界もまた滅ぼされ、魔王の手に堕ちてしまうのだ。それが彼の知る、『サクヤ・オッヅコール』の人生なのである。

 だから前世は『柊朔矢ひいらぎさくや』というただのオタクだったと言われても、何の事だか全く分からない。

「この世界だって、キミの前世に存在していたんだ。ゲームとして、だけどね」

「その説明も全く分からねぇよ」

「だから前世の記憶さえ思い出す事が出来れば、こんなゲーム、簡単にクリアする事が出来るんだよ。あれだけ沢山の人に迷惑を掛けておきながら、前世で遊んだゲームをクリアするだけで許してあげようだなんて、私ってものすごーく優しい創造主だとは思わないかい?」

「だから、その前世の記憶がねぇって言ってんだろ」

「何言ってんだよ、そんなの思い出せばいいだけの話だろ? それに、例え前世の記憶がないにしたって、キミには二回目から八回目までの記憶があるじゃないか。その記憶があれば、どこをどうやればクリア出来たのかを導き出す事くらい、そろそろ出来る頃なんじゃないの?」

「そう言われてもなあ……」

 はあ、とサクヤは深い溜め息を吐く。

 創造主が指摘する通り、確かにサクヤは『サクヤ・オッヅコール』としての人生を何度も繰り返している。

 しかしその結果はいつも同じ。仲間の一人であるエリー・ディファインの裏切りによって、サクヤは仲間ともども殺されてしまうのだ。その後の事はサクヤにとっては死後の話となるので実際には見ていないが、創造主曰く、世界は魔王の手によって滅びてしまうらしい。

 だから単純に考えれば、この裏切り者たるエリーをどうこうすれば世界を救えるのだろうが、それがどうも上手くいかない。彼女が裏切り者である事を他の仲間に伝えても全く信じてもらえなかったし、無理矢理パーティーから追放した時は、それだけ彼女が魔王に寝返る時期が早まっただけで、結果は変わらなかった。

 ならば最初からエリーと関わらなければ良いとは思うのだが、残念ながらそれは出来ない。何度も巻き戻っているサクヤだが、彼は生まれた時からやり直しているわけではない。彼がやり直せるのは、エリーを含めた仲間達と出会い、そして魔王討伐に向かう旅の途中から。つまり、裏切り者とガッツリと関わっているところから話を再開し、世界を滅びの運命から救わなくてはならないのだ。

 だから今からエリーと関わらないようにするとか、そんな都合の良い事は出来ないのである。

「だったらせめて、エリーと出会う前に巻き戻せよ。そうすりゃアイツと関わらなくて済むんだからよ」

「はあ? エリーは光の巫女だよ。魔王を倒せる唯一の力を持つ女の子じゃないか。彼女なくして魔王は倒せないよ」

「あ? それは周りがそう言っているだけだろうが。アイツが持っているのは光の力じゃなくって闇の力だ。そんな魔王と相性ピッタリの力で、どうすりゃ魔王が倒せるってんだよ?」

「それを考えるのが、プレイヤーたるキミの仕事じゃないか」

「何だよ、プレイヤーって」

「それに、時間はあそこ以外には巻き戻れないよ。そういう仕様だからね」

「何だよ、仕様って」

 はあ、とサクヤは何度目かの溜め息を吐く。訂正。創造主の言う事は半分くらいではなく、大半がよく分からない。

「さて、そろそろ時間だ。サクヤ、九回目のゲームを始めようか」

「嫌だって言っても始めるんだろ?」

「その通り。やれば学習出来るじゃないか。偉い、偉い」

 ははっ、と笑いながら、創造主は両腕を広げる。パアッと地面が光り輝いた。

「クリア報酬は、キミが前世の過ちを犯す前に戻れる事。失敗すればもう一度ゲームのやり直し。それじゃあ、頑張ってね」

 地面から放たれた光が空間を覆いつくし、そして一気に消える。

 その光が消えた時、そこにはもうサクヤの姿はなく、創造主の姿しか残ってはいなかった。

「キミがクリアしてくれないと、私もここから出られないんだよ」

 だから信じているよ。彼らを愛してくれたキミの事を。

 ポツリと呟かれた彼女の言葉は、誰の耳にも入る事はなく消えて行った。

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