エピソード10 前世の記憶

 真っ白な空間。そこで目を覚ましたサクヤは直感する。

 ああ、また死んだのか、と。

「いや、死んでないよ。キミは気を失っただけ。十一回目のゲームはまだ続いている」

「創造主……」

 聞き覚えのある声にゆっくりと体を起こし、視線を声の主へと向ける。

 そこにいたのは想像通りの人物こと、創造主であった。

「そう、想像だけに創造主だよ。なんちゃって」

「で、ここはどこだよ?」

 創造主の寒々しいギャグなど無視をして、サクヤは状況を説明するようにと促す。

 すると彼女は少しだけつまらなさそうな顔をしてから、仕方なく表情を固め直した。

「ここは夢と現実の狭間……とは言っても、ゲームの世界の中だけどね。キミは記憶の鍵を使い、前世の記憶を思い出した。そしてそのショックで気を失い、倒れてしまったというわけだ」

「そうか……」

 その状況説明を聞き、サクヤは自身の両掌を見つめる。

 殺人を犯したのは前世だし、今世でもモンスター達を幾度となく斬り裂いているというのに。その掌に人を殺した感触が残っている気がするのは、気のせいだろうか。

「オレは、人を殺したんだな」

「そう。キミは怒りの感情を抑える事が出来ず、欲望の赴くままに人を殺してしまった。それによって、多くの人に怒りと悲しみを与えたんだ」

「それが、オレの罪……」

 記憶の鍵によって思い出せた事。それは前世の自分『柊朔矢』が殺人を犯してしまった事。そしてサクヤが今いるこの世界は、前世ではゲームとして存在しており、朔矢はこのゲームが大好きで、夢中になってプレイしていたという事。

「つまり、柊朔矢はその罪を償うべく、前世で夢中になっていたゲームの主人公、サクヤ・オッヅコールとして転生し、ゲームではなくリアルに世界を救わなければならなくなった……って事か?」

「うん……九割くらいは正解だね」

「あ?」

 その返事に、サクヤは顔を上げ、視線を掌から創造主へと移す。

 九割くらい正解? なら、一割くらい間違っているという事か。

「どこが間違っているんだよ?」

「言えないよ」

「仕様かよ。たっく、しょうがねぇなあ……」

 その後に続くだろう言葉に、サクヤは溜め息を吐く。

 すると創造主は、その通りだと言わんばかりに苦笑を浮かべた。

「なあ、何でオレは、人を殺したんだ?」

「うん?」

「オレが殺したのは、たぶんあの女の子の母さんだろ? 女の子にも、一緒にいた爺さんと婆さんにも見覚えはないから、たぶんあの女の人も赤の他人だ。その赤の他人を、どうしてオレは殺してしまったんだ?」

 思い出せたのは、自分が人を殺したという事だけ。どうして殺してしまったのかとか、あの女性が誰なのかとかは、全く思い出せない。

「それに、このゲームだってそうだ。これは、オレが前世で夢中になってプレイしたゲームの世界。だけどこのゲームは確か、魔王を倒して世界を救う物語だったハズだ。こんな、魔王が世界を滅ぼして、オレ達勇者側が皆殺しにされるような話じゃなかったハズなんだ」

 そうだ、夢中になって何度もプレイしたこのゲーム。そこにはこんなバッドエンドなんて存在しなかった。待っていたのはいつでもハッピーエンド。そしてそのエンディングでサクヤは、いつもヒロインであるエリーと結ばれて……、

(結ばれて、いた……?)

 と、そこでサクヤは違和感を覚える。

 でもその違和感が何なのか、サクヤにははっきりとは分からない。

「サクヤ。キミは今、ゲームを攻略するのに重要なアイテムを使った。それによって、記憶が甦る状態になった。何かきっかけがあれば、思い出す事が出来るだろう」

「つまり、お前からは教えられねぇ、知りたきゃ自分で思い出せって事か?」

「仕様だからね」

 苦笑とともにいつも通りの答えを返せば、サクヤは仕方がなさそうに溜め息を吐く。

 そうしてから、サクヤはゆっくりと立ち上がった。

「でも、一つだけ分かった事があるぜ」

「何?」

「エリーは、排除すればいいってわけじゃないって事だ」

「……」

 エリーは魔王側の人間で、最終的にはサクヤ達を裏切り、魔王とともに世界を滅ぼしていた。だからこの世界を救うには、エリーの裏切りを早々に証明し、何らかの方法で彼女を排除する事が絶対条件だと思っていた。

 しかし、たぶんそれは違う。何故なら、今思い出した前世でのこのゲームのエンディングは、平和になった世界でサクヤとエリーが笑い合って……、

(笑い合っていた……?)

 またまた引っ掛かるその違和感。確かにゲームの中でのサクヤは、いつも笑顔でエンディングを迎えていたような気はする。だけど……。

「エリーを排除すればいいってわけじゃないって考えは正解だ」

「え?」

 いつもは仕様だなんだのと言って、答えをはぐらかすクセに。明確な答えをくれたのは、これが初めてではないだろうか。

 そのいつもとは違う答えにポカンと目を丸くすれば、創造主の真剣な眼差しと目が合った。

「エリーと向き合ってやれ。それできっと、道は拓ける」

 その言葉を最後に、サクヤの意識は浮上する。

 だから、

「ごめんな、全部教えてあげられなくて。キミに教えてあげられる事には、制限があるんだよ。私もキミと同じ、罪人だからね」

 と、創造主が言ったような気がするのは、もしかしたら気のせいかもしれない。

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