エピソード7 十一回目の世界

 深い緑色の瞳に、柔らかな茶色の髪。高身長である彼のイケメンフェイスは、今や血でべっとりと濡れている。

 光の届かぬ薄暗い世界。そして目の前で転がっているのは、モンスターと呼ばれる人成らざぬ者達の死体、死体、死体。

 どうやら今回も、『サクヤ・オッヅコール』として、無事に巻き戻る事が出来たようだ。

(また戻って来たな。魔王軍に占拠された村、バルトを解放したところ)

 いつの間にか握られていた愛剣、エクスカリバーを振るう事でモンスターの血を払うと、サクヤはその剣を鞘に片した。

「それにしても、段々強くなっているよな。やっぱり魔王城が近いせいか?」

 いつもの呟き声に振り返れば、そこにあったのは、うーんと大きく伸びをしているカグラの姿。

思いっ切り体を伸ばし終えた彼女は、これまたいつも通り、その紫紺の瞳をサクヤへと向けた。

「それはそうと、さっすがサクヤだよな。バルトのモンスター達、僕は結構いっぱいいっぱいだったのに、サクヤは余裕で倒しちゃうんだもんな。おかげで助かったよ。ありがとうな」

「あ、ああ……」

「サクヤがいれば、エリーの力がなくても魔王なんて簡単に倒せちゃうかもしれないな」

「それは楽観視し過ぎですよ、カグラさん」

 ニコニコと笑うカグラに、ヒナタが呆れた視線を向けるのもいつもと同じ。きっとこれから続く会話も、いつもと同じなのだろう。

「魔王を倒すには、エリーさんの光の力が必要なんです。その力がなければ、例えサクヤさんが千人集まろうとも勝てはしません。各国の騎士団が束になっても敵わなかったのが、その証拠です」

「それはそうなんだろうけどさあ……」

「本当に分かっているんですか? 大体あなたはいつも考えが足りないというか、詰めが甘いというか……」

「ごめん、ヒナタ。私の力が覚醒していないばかりにみんなに迷惑を掛けて……」

「っ!」

 ガミガミと続くヒナタの小言を、しゅんとしたエリーが遮る。

 その赤と青のオッドアイを、これでもかというくらい申し訳なさそうに歪めているのも、いつもの見慣れた光景であった。

「私の光の力が覚醒していれば、ここにいたモンスター達だって一瞬で消せたのに。それなのにその力が覚醒していないばっかりに、みんなを危険な目に遭わせてしまっている。本当にごめん」

「え、あ、違います、違います! 私はエリーさんを責めているわけではなくて……っ!」

「あーあ、ヒナタがまた余計な事言ったー」

「ちょっと、何ですか、またって!」

「気にする事ないよ、エリー。この辺りにいるモンスターだったら、まだ僕達の力で討伐出来るんだし。僕達の力が及ばないのなんて、魔王だけだろ? だったら魔王に会うまでに覚醒すれば良いんだ。大丈夫、焦らず落ち着いてやれば、きっとその内覚醒するよ。なあ、サクヤ。お前もそう思うだろ?」

 いつものやり取りの後、カグラは同意を求めるように、その視線をサクヤへと向ける。

「……」

 いつもなら、サクヤはここでエリーを冷たく突き放す。「魔王を倒す気のないヤツが、光の力に目覚めるわけがない」と言い捨て、この場から立ち去るのだ。

 だけど……、

(今回の目的は、エリーを排除して世界を救う事じゃない。例え世界が滅びようとも、創造主の言う『アイテム』を探し出し、次の世界に繋げる事)

 だからエリーに冷たく当たっても意味はない。エリーはエリーで、魔王と好きなだけイチャつけばいい。

「さあな。でも今回だってどうせダメなんだ。好きなだけアバンチュればいいさ」

「は?」

「今回も?」

「あ、アバン……え、何?」

「オレは、捕えられている村の人達の救出に行って来る。じゃあな」

「えっ? ちょ、ちょっと、サクヤっ?」

 意味不明な言葉を残し、サクヤはその場から立ち去って行く。

 村の人達が捕えられている地下牢。そこに創造主の言う『アイテム』は落ちていないだろうか。

「え、何? どういう事?」

「さあ。頭が疲れているのではないですか?」

「そうね。そっとしておきましょう」

 その場に残された三人が生暖かい目を向けていた事など、サクヤにとっては知る由もない。




 翌日。魔王軍によって破壊された村の復興を、サクヤ達は少しだけ手伝っていた……とはいっても、今回はいつもより真面目に手伝ってなどいない。今回の目的は、創造主の言う『アイテム』探しなのだ。昨日の地下牢にも何もなかった事だし、どこか瓦礫の中にでも混ざってはいないだろうか。

「なあ、サクヤ。さっきから何を探しているんだ?」

 瓦礫を片付けるふりをしてアイテムを探していたその時、ふと背後から声を掛けられる。

 振り返れば、不思議そうに首を傾げているカグラと目が合った。

「別に。何も探してねぇよ」

「嘘だろ。さっきから瓦礫を片付けるふりして、何かを探しているじゃないか」

 その証拠にちっとも片付いてないし、と続けるカグラを誤魔化す事はどうやら不可能らしい。ならば別に誤魔化す必要はないか、と早々に諦めると、サクヤは正直にその目的をカグラに話した。

「アイテムを探しているんだ」

「は? アイテム?」

「大事なモノとか、貴重品とかいうヤツ」

「え、まさか金目のモノを探しているの?」

 魔王軍に破壊された村の復興を手伝うふりをして、金目のモノを探している仲間。

 サクヤはカグラの目にそう映ってしまったのだろう。まさかの仲間の行動に、カグラは口角を引き攣らせた。

「あのさ、サクヤ。そういうのは止めた方がいいと思うんだけど……」

「仕方ねぇだろ。創造主がアイテムを探せって言うんだからよ」

「創造主って何?」

「それよりもカグラ。お前も瓦礫の片付け手伝ってんだろ? 何か貴重そうなモノ落ちてなかったか?」

「え? いや、こっちにはなかったと思う、けど……」

「そうか? じゃあ、何か大切そうなモノがあったら拾っといてくれ」

「えええ? いや、でも万が一そういうのがあったとしても、それは持ち主に返した方がいいんじゃあ……」

「でも、その持ち主が亡き者になっていた場合は、オレが貰っても文句ねぇだろ」

「不謹慎ッ!」

 サラリと恐ろしい事を口にするサクヤに悲鳴にも似た声を上げると、カグラは彼の肩を両手で乱暴に掴んだ。

「うわっ!」

 思ったよりも力強く肩を掴まれた事に驚きの声を上げると、サクヤはようやくその視線をカグラへと向ける。

 見上げれば、涙ぐんだ彼女の紫紺色の瞳と目が合った。

「止めてくれ、サクヤ! こんな、亡くなった人の貴重品を漁るなんてお前のする事じゃない! 魔王のする事だ!」

「え、何で泣いてんの?」

「ここの片付けは僕がするから、お前は少し休んでくれ!」

「いや、でもまだ向こうの方は探してねぇし……」

「あ、そうだ、あっちでヒナタが炊き出しの手伝いをしていたんだ。そこで何か食べて来るといいよ。うん、それがいい」

「でもまだ……」

「お前は疲れているんだ! だから休んでくれ! お願いだからッ!」

「わ、分かったよ! 分かったから泣くなってっ!」

 わっと泣き出してしまったカグラに追い払われるようにして。サクヤは炊き出しをしているというヒナタのところへ向かう事にした。




 野菜がたっぷり入った温かい豚汁。その最後の一杯を、ヒナタは訪ねて来たサクヤへとそっと差し出した。

「危なかったですね、サクヤさん。これが最後の一杯でしたよ」

「ああ、ありがとう、危うく食い損ねるところだったぜ。その点については、追い払ってくれたカグラに感謝だな」

「追い払われた? 何ですか、カグラさんと喧嘩でもしたんですか?」

「いや、ヒナタんトコで休んで来いと、カグラに泣いて追い払われたんだ」

「あんた、マジで何したんですか?」

 泣いて追い払われたって……。一体何をやらかしたのだろうか。

「オレは貴重品を探していただけだ」

「貴重品? もしかして財布でも落としたんですか?」

「ちげぇよ。そうじゃなくて、何かに使えそうな便利な道具。瓦礫の中に埋まってないかって探していたら、カグラが泣いて止めて来たんだ」

「はあ、話はよく分かりませんが……。でも使えそうな道具とやらが、そんな瓦礫の中に落ちているとも思えませんけど」

「あー、それもそうか……。じゃあ、どこに落ちていると思う?」

「え、それガチで探しているんですか?」

「当たり前だろ。それがあるかどうかによって、世界が救えるかどうかが決まるんだからな」

「はあ……?」

 真剣な表情を見せるサクヤに、ヒナタは眉を顰めながらコテンと首を傾げる。

 あるかないかによって、世界が救えるかどうかが決まるらしい貴重品。それが本当の話なのか、サクヤがどこかで頭を打った時に思い付いた出鱈目なのかは、残念ながらヒナタには判断が出来ない。

「じゃあ、聞きますけど。その貴重品とやらは具体的にはどんなモノなんですか?」

「具体的に?」

「はい。魔王を絶命させる事の出来る聖剣とか、エリーさんの力を強制的に覚醒させる事の出来る聖石とか、一度死んでも復活出来る聖水とか。一体何をお探しなんですか?」

「え、そんな便利なモノがあるのか?」

「ないですよ。今のは例として、私が思い付くままに述べただけです。それについては、サクヤさんの方がご存知ではないですか? こうして探しているくらいなんですから」

「そんなん、オレだって知らねぇよ。創造主があるっつーから、仕方なく探しているだけなんだからな」

「何ですか、創造主って?」

 聞き覚えのない単語に、ヒナタは訝しげに眉を顰める。やはりどこかで頭を打った説の方が濃厚だろうか。

「じゃあ、何ですか? サクヤさんは、存在するかどうかもよく分かっていない便利なアイテムを求めて、瓦礫を漁っていたんですか?」

「存在はするだろ。創造主がそう言っていたんだからな」

「だから何なんですか、創造主って?」

 先程から不明瞭な事ばかりを口にするサクヤに、ヒナタは頭が痛くなって来たと頭を抱える。

 するとそんなヒナタの姿に、サクヤはハッと思い付いたように瞳を輝かせた。

「そういえばヒナタは聞いた事ないか? そういう便利なアイテムの話」

「何ですか、藪から棒に?」

「だってヒナタって僧侶だろ? そういう聖なる的な話はオレよりお前の方が詳しいんじゃねぇか?」

「えー……?」

 そう尋ねれば、ヒナタは困ったような唸り声を上げる。

サクヤが探しているのは、闇の魔王を倒せる便利な光の道具(たぶん)だ。だからそれについては、聖職者であるヒナタの方が詳しいのではないかと思ったのだが……。そうではないのだろうか。

「そんな話は聞いた事がないですよ。だいたい、そんな便利な道具を知っているのなら、さっさと皆さんに話して探してもらっています。知っておきながら黙っているなんて、そんな要領の悪い事はしませんよ」

「それもそうか」

 魔王を倒したいのはみんな(ただし、約一名を除いて)一緒だもんな、とサクヤは溜め息を吐く。創造主の言うアイテムとやらを見付けるには、他の方法を探した方が良さそうだ。

「あ、でももし何かあるとすれば……」

「え?」

 ふと、思いついたようにそう呟くヒナタに、サクヤはコテンと首を傾げる。

 するとヒナタは、「あそこならどうだろう」と一つの案を口にした。

「教会じゃないですか?」

「教会?」

「まあ、教会とは言っても、ほとんど原形は留めていないと思いますけど。でも魔王討伐に便利な道具があるとしたら、やっぱりそこじゃないですか? 民家の瓦礫を漁るよりも、聖なる的な場所である教会を漁った方が、可能性はあると思いますけど」

「教会、か……」

「運が良ければ神父様もいらっしゃると思いますし……って、あれ、そんな顔してどうしたんですか? 教会には行きたくないんですか?」

「いや、行きたくないって言うか……」

 崩れた教会。そこに行ってもエリーと魔王が逢引きしているのを見るだけだ。神父様に会った事など一度もない。

(でも、そうか。神父に会った事もないが、教会を漁った事もないか)

 ならば教会に行く価値はあるかもしれない。エリーと魔王の逢引きについてどうするかは後で考えよう。二人がどうなるかなんて、今回の自分には関係のない事だ。

 そう考え直すと、サクヤはいつもと目的は違えども、いつも通り教会に向かう事にした。

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