蛇の誘い

 広いお屋敷の玄関を、数機のドローンが飛び交っています。

 あまりこういった機器に詳しい訳では無いですが、これはここ数ヶ月以内に販売された静音モデル。飛行時の静かさと──以前より押し出されていた、星素による思考トレース機能を売りにしているものです。


 専用の装置を付けることで、脳内でイメージした動きを正確に再現する……と聞けば、随分と素晴らしい物のように感じられますが。

 実際のところ、少しでも無理な動きをイメージしてしまえばその場で停止する上、操作中に他のことを考えると動きが途切れやすいということであまり流行ることは無かった──言うなれば、頭のいいバカの作った様な商品です。


 私はこういう意味のわからない発想でできた物は好きですが……それはさておき。

 そんな妙に使いにくいドローンを、並行して数機動かしている彼の異常性は……ストライブから聞いた通り、と言うべきでしょうか。


「ご主人、こちらの火器は……」

「ん、そっちは依頼用だから置いといて」

「私もなにか、手伝いましょうかぁ?」

「別にいいよ、友人にそんなことはさせられないから、座ってて」


 とはいえ、私の能力はちゃんと聞いているようで一安心。とは言い難いですね、違和感があるのを分かってて、それを面白がっているような様子。


 まあ、追い出されなければなんでもいいです。目的はあくまで情報収集と印象付けで、なにか手荒なことをする訳でもありませんから。


 ちらりと辺りを見渡せば、視界に映るのは物騒な防犯機器の類。センサー式の軽火器は、ストライブさんの話的に星素が込められた威力の高いものでしょう。


「随分厳重な警備なんですねぇ、普段からこうなんですかぁ? 貴重品もいっぱいありますしぃ……」

「ごちゃごちゃしててごめんね、普段はこんなに物がないんだけど、今は2つほど事情があって」


 彼がそういったのを聞いて、後ろを歩いていた蠍座の子がぴたっと足を止める。

 ああ、そういえばストライブさんが言ってましたね。仕事の最中、反抗組織と思われる人とばったり遭遇してしまい戦闘になった、と。


 幸い友人は顔を見られなかったようですが……そうなると、蠍座の子が戦ったことになるのでしょう。会社の帽子もつけていたようなので、それはもうそうなるとしか。


「変なところに目をつけられちゃった可能性があってね、念の為に防犯設備は増やしとこうかなって」

「なるほどぉ、じゃあもう一つの理由はなんですかぁ〜?」


 気まずそうに頭を下げる彼女が少し不憫ではあったので、私は早々に話を進めました。

 目の前にいる彼の視線が、一瞬私から横へと移ります。追いかけるように顔を向ければ、そこには見慣れないものが。


 ……拷問器具、でしょうか。

 大型のものから、手錠や紐などの拘束用具まで幅広く取り揃えられています。なんというか、癖がよくわかるラインナップというか……


「まあ、新しく出来たお得意様から大量に依頼が来た、ってところかな。直接取りに来るらしいから置いといてる」

「へぇ〜……ちなみに、その様子は見せて貰えますぅ?」

「駄目」


 お客様のプライバシーくらい守るよ、仕事だし。

 と、当たり前の様なことを言いながら、彼はその荷物の1つ……手錠を取り出します。


 なにをするのかと思えば、手持ち無沙汰を補うように、指先でクルクルと回し始めます。

 しばらくその様子を目で追っていると──本当に、気付かぬくらいのちょっとの隙に。引っ掛けられている手錠の数が2つに増えていました。


「……その星座能力は」


 私が思わず口を開けば、彼は手の動きを止めて私の次の言葉を待ち始めます。

 誘われたな、と思いました。面倒な探り合いをしたくなかったのか、それとも脅しのつもりなのか。後ろを飛ぶドローンが動きを止めて無いことをみるに、こちらにだけ集中してるという訳ではないのでしょうが。


「どうやって手に入れたのか、教えて貰ってもいいですかぁ?」


 この質問が、私がこうやってここに来た理由の大部分。

 能力発動までの速度、手に触れている必要が無いという条件の緩さ、そして実際に起こる現象。そのどれをとっても、イオン・ヘブンズウォーズ──教祖様が確保のための動きを理由付けができません。


「それはね──」


 彼が返事をする前に、私は不意打ちで能力の深度を深めます。

 単なる友情より深く……私が、均衡を保つ天秤に向けるような、尊敬の関係性へと。


「──例え君でも秘密。大した理由でもないけれど……義理があるから」

「……そうですかぁ、それなら仕方ありませんねぇ」


 情報は空振り、という程でもないでしょう。

 誰かとの義理がある、つまり少なくとももう1人、関係する人物がいることになります。それがあるいは組織の中の人間であれば、探してない理由にもなり──こちらの陣営に引き込む仲間にもなり得る、でしょうか。


「まあ、結構僕も義理堅い性格だからさ」


 ……と、思考を続けている間に、彼の方から声がかかりました。顔を見てみれば、申し訳なさそうな……あるいはやりにくそうな顔をして。


「感情か、関係性かな? そろそろ頭が疲れてきた、ストライブの友達ならいつでも話はするから──解除してくれると嬉しい」

「……ふふっ、では最後にもうひとつ〜」


 可愛らしい、と形容するのが良さそうな愉快な反応に、私は思わず笑いをひとつ。

 ともすれば、からかいがいのある相手になりそうだなとも感じながら──私は一言。


「あなたが蠍座の子を目覚めさせてでも叶えたい世界平和って、具体的にどう言う風なんですかぁ?」


 その言葉と同時に、違和感。


「そうだなぁ、詳しくはあまり言えないんだけど」


 ストライブさんなら、言葉を聞く前にその違和感に気づいたでしょうか。


「メアリーさん、君は……世界が滅ぶと言ったら、どこまで信じる?」


 空中で静止したドローンと、注がれる視線。

 ──彼が、こちらを見ている。




 ◇



「乙女座、何度も言うがあまり車内のものに触るなよ」

「……もう何度目? そんなに言われなくても」

「前回私の車を壊したのはどんな機械音痴だったか」


 溶けているかのような速度で、景色が横に流れていく。私たちの全速力よりは少し遅い程度の速さだ、慣れているからいいが、普通の人は酔わないのだろうかと少し心配になる。


「……走った方が早いのに」

「しょうがないだろ、水瓶座のお願いだ」

「いやぁ悪いね我が友達、なにぶん運動は苦手だし……今朝の星座占いでは、ゆっくりするのが良いと書いてあったものでね」

「……ストライブさんは、水瓶座にだけ甘すぎじゃないかしら? 確かに家族同士とはいえ仲の良さに差が生まれるのはわかるわ? 私だってさっくんとさっくん以外の家族で分けてしまいがちだもの。でもそれは血の繋がりが──」


 こうして始まる詠唱のような言葉を聞くと、自分のペースで速度をあげられる徒歩の方が良かったかという気持ちにさせられる。

 まあ、その辺りは仕方ない。贔屓とかではなく、速度を合わせるために車という選択肢を選んだのだから。


「……というかな水瓶座、毎度私が車を出してるが……君は持ってないのか」

「さぁてどうだろうね? 僕が車を持っているところ……実は教会にも車で来ていて、なんなら旧世代のハンドル運転にまで手を出してる、なんて想像してみるかい?」

「……やめとこうか、騒々しそうだ」


 思わず出そうになった溜息を、どうにか抑え込む。

 名目上は観光である、と言っていたが。果たして一般客もいるだろう場所で、お気楽に景色を見て回ることが出来るだろうか。


「それに道なりにしか動かないのは不便だと思うの……ほら、そこの崖とか私達なら飛び越えられるのに」


 ──非常に、非常に嫌なことではあるが。

 教団内では、むしろ隣の彼女のような思考を持つものの方が多数派を占める。


「ああ、あの崖を私が斬ってしまえば、そっちの道を通ってくれるかしら」


 乙女座、剣川満月。

 彼女は、星座持ち以外の人にかかる迷惑や負担のことを考えない。

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