エスカマリ

「ごめんなさいご主人……大事なお客様に早とちりを……」

「ま、僕たちも戦ってたのは事実だからさ、しょうがないよ」


 二人の会話を聴きながら、私はじっと目の前の女性を見つめる。

 毒々しい紫色の髪は、片目の隠れたポニーテール。見える方の目はこちらも薄いが紫で、ちゃんと見えているのか少し不安になってしまう。


 服装のメイド服は……これは、羽場切翔の趣味だろうか? 単に偽造の可能性もあるが、どうやらご主人という扱いではあるらしい。


「まあともかく、こちらがスコーディアへのお客さんだよ」

「先程は失礼を働きました。フィルポイス・スコーディアと言います……と、どうやら貴女は私のことを知っているようですが」


 表情をコロコロと変えながら、蠍座の女性は頭を下げた。私も同じように頭を下げ返す、どうやら主人に比べてわかりやすい性格のようだ。


「ああ、仲間になるかもしれなかった子だからね。攻撃したのは気にしてないよ、私も随分床を汚して──」

「あっ、そうですよご主人! こんなに床を汚して、片付けするのも大変なんですからね!」

「ごめんごめんって、僕も手伝うから」

「いえ、ご主人にやらせる訳には……」


 こほん、とひとつ咳を挟む。


「あー……続けていいか?」

「あう、ごめんなさい、話を遮ってしまって……」

「いやいいさ。床を汚したのは私だから、失礼はおあいこってことで……で、本題なんだが」


 いいながら、少し思考を整理する。

 2人とも、敵意は感じられない。先程羽場切翔が提案を断ったのも、おそらく単なる拘り以上のものではないだろう。


 ……とはいえ。


「私の目的は蠍座の監視で、その主人……拾い主は、攻撃しないと宣言することは出来ないらしい」

「うんそうだね、気が向いたら攻撃したくなるかも」

「だが、同じ星座の力を持った仲間を傷つけたくはなくてね」


 口実はできた。

 予定調和のように言葉を交わす。目の前のこの男は、どこまでこの流れを予測していただろうか。


 ──あるいは、こうなると思っていたのは教祖様の方かもしれないが。


「しばらくの間、近くで監視させてもらう。異論は無いな?」

「いいよー……って言いたいけど、完全部外者が社内にいるのはまずいからさ。形だけでも、うちで働かない?」


 まあ、そのくらいなら。そう思って頷けば、彼は書類を持ってくる、なんていいながらこの場を去っていく。


 ここにきて、私はようやく一息つくことが出来た。知らない間に結構緊張していたらしい、身内以外で、あれだけの底知れなさを出すやつは初めてだ。


「いい人に拾われたな、元気そうでなにより──」


 その安堵に任せるまま、私は隣にいる蠍座に話しかけた。

 蠍座候補を捕まえたが、人体実験に心が耐えきれなかったので放棄した。研究者チームにそう伝えられた時は、壊れた心のまま無秩序に破壊を撒き散らすような存在になっていないかと心配したものだが。

 先程までのやり取りを見るに、どうやらその心配は無いらしい。


 そう思いながら、横を向いて。


「ええ、そうですね」


 先程までの豊かな表情が嘘みたいに、凍りつくような表情だけが張り付いている。

 それを見て、私はすぐに理解した。ああ、さっきまでの方が演技で、こっちが今の彼女の素なんだろう、と。


「ご主人は、私を拾って。そして、人間らしく戻れるようにと育ててくれました。彼は、素晴らしい人です」


 そして、こちらを見た。


「……私は、こうなる前の記憶ももうありません。今の私にとって、ご主人は全てです」


 声のトーンは変わらない。


「だから、あなたがもしご主人を傷つけるようであれば」


 1歩、こちらに距離を詰めて。


「刺し違えてでも、私はあなたを殺します」


 その顔に宿るのは、怯えと恐怖。そしてそれを無理やり押さえつけるような覚悟だ。

 なるほどやっぱり、この子はご主人と比べて随分わかりやすい性格らしい。


「そうだな、まあ……仲良くしよう、これからは同業者らしいからな」


 その言葉を受け流すように手を振りながら。私は、どうやらまたひとつ、退屈を埋めるものが起こりそうな予感を覚えるのだった。



 ──そして、私の物語はここから動き始める。

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